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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
神村夏子
18/39

――― 5月6日 終始 ―――

「え?」

 目が覚めて一番最初に私の目に映ったのはピンク一色の私の部屋だった。

 それもベットの上にいて、その上パジャマ姿。

「えっと…………な、なんで?私、自分の部屋にいるの?」

 私の記憶が正しければ、私は凜とセフィリアと一緒に学校で死神と戦ってて、凜を助けようとして心臓を。


 ―――――――――――――――ドクンッ!!


 私に知って欲しいって言わんばかりに心臓が強く脈を拍って。

「っ!?」

 私はバッと顔を下げて、慌てて胸の上に手を置く。

「し、心臓が動いてる…………」

 手から伝わってくるの紛れもなく私の心臓の鼓動。一瞬、これは夢なんじゃないかって不安になって。思いっきりほっぺを抓った。

「っ!!」

 抓ったほっぺたは涙が出てくるくらい痛くて、コレは夢なんかじゃないっていう不安が。

「私、生き返ってる!!」

 確信に変わった。


 コンコンッ!!


 生き返った喜びに浸る間もなく、ドアをノックする乾いた音に視線を向けて。 

「夏子、入るぞ」

 お父さんの声。それと一緒にドアを開いて入ってくるお父さんの姿に私はベットから飛び起きて、

「お父さんっ!!」

「おっと、いきなりどうしたんだい?」

突然、抱きつかれたことに驚いているお父さん。

 でも、私はそんなこと気にせずお父さんの胸に顔を埋めて、お父さんの体温と石鹸まじりの優しい匂いに生きてるんだって実感する。

「高校生になっても父親に抱きつく娘がいるなんて僕は幸せ者だ、けど。ほら、ベットに座りなさい。少し体の調子を診るから」

 お父さんはほかほかした笑顔で私を体から放して、私をベットに座らせた。

「体の調子って?」

「ん?まだ熱でぼーっとしてるのかい?」

 お父さんは驚いたように目を見開きながら、私の額に手をそっと当てて。

「フム、熱は無いみたいだけど……夏子、口開けて」

「えっ、うん」

 お父さんの指示に従って口を大きく開いて、お父さんはスラックスの右ポケットから小さなライトを取り出して、私の口の中を照らす。

「閉じても良いよ、見たところ喉の炎症も治まってるみたいだな。頭痛は?」

「ないけど?」

「関節の痛みはあるかい?それに体のだるさは?」

「ないってば」

 お父さんの質問が病院の先生って感じ……って先生だった。

「ひとまず、症状は治まってるみたいだな……起きたばかりで、まだ寝ぼけてるのかな?」

 私へ苦笑いを見せながらライトを消をまたポケットにしまうお父さん。

「まっ二週間もインフルエンザにおたふく風邪、最後に普通の風邪って体調を崩してたから少しポヤッとするか」

「に、二週間もっ!?」

 お父さんの口から出た話に驚いて、思わず大きな声を出してしまった私。

「はは、元気にはなったみたいだね。まぁ、昨日にはほとんど治っていたし夏子が元気になって安心したよ」

 ほっとしたような笑顔で私の頭を撫でるお父さんの手がすごく温かかくて、

「でも、残念だったね」

「ん?なにが?」

お父さんの手の温もりを感じながらお父さんを見上げて。

「何がって…………私は仕事が立て込んでいたからね、最初から出掛けられなかったけど。夏子はせっかくのゴールデンウィークが全部ベットの上だったんだよ、友達と遊びに行ったりとかどこか行きたいところとかなかったのかい?」

「…………っ!!」

 お父さんのその一言に目が覚めた。いや、目は覚めてたけど。

 私はお父さんの手を払って、勢い良く立ち上がる。

「おっと」

「お父さん!!」

 いきなり立ち上がった私に驚くお父さん。

「な、なんだい?」

 私はお父さんに詰め寄るように顔を覗き込んで―――――――――――――――あることを確認した。

「今日って何月何日!?」

 そう、生き返った私が一番に確認しなきゃいけなかった大切な事。

「へっ?」

「ダ・カ・ラッ!!今日は何年の何月何日!?」

 私が殺されたのが平成――年四月二十二日。そして凜達と一緒に死神と戦っていたのは五月四日。

 私はお父さんの口元に釘付けになって。


「今日は平成――年の五月六日。それと週始めの月曜日、だけど?」


「う、嘘!?」

 なんで日付が進んでるの!?それも私が殺された日より二週間、お父さんが言ってた時間と同じ。

「嘘じゃないさ、昨日ゴールデンウィークが終わったばかりだし。うっかりでも間違えないと思うぞ」

「で、ででっでも」

 セフィリアが言っていた話と違う、確か『事象回帰』は私が殺された日よりも前。時間指定できないからどれくらい前かもわからない、って言ってた筈なのに!?

「ど、どうしたんだ?夏子、まだ具合が」

「学校に行く!!」

 気遣いの言葉と一緒にお父さんを部屋から追い出す。

「な、夏子!?お前、体の具合は?」

 ドアの向こうから心配そうな声が聞こえてきて、

「大丈夫、元気すぎるくらい!!」

健康を誇示するように大きな声で返事をした。

「今何時!?」

 枕元にあったピンクの目覚まし時計を睨み付けて。


 ――――――――――――午前十一時五十二分三十六秒。


 今から行けばお昼休みには間に合う!!

「と、とにかく今日が平日なら凜も学校にいるはずだし」

 パジャマのボタンをむしり取るみたいに一気に外しながら脱ぎ捨てて、壁に掛けてあった制服を乱暴にとる。

「具合大丈夫そうなら父さん、病院に戻るが……昼ご飯くらい食べてから学校に」

「いらないっ!!準備できたらすぐ学校に行くから!!」

 私は気遣ってくれるお父さんに心の中で謝りながら。

「お父さん、学校まで送っててくれない!?」

 Yシャツのボタンを流すように全部締めて、スカートを引き上げてチャックを閉める。

「構わないが…………いいのか?一応、今日も休みと連絡してあったんだが」

「大丈夫よ、お父さん。ホント元気になったから!!それに今行かないと授業終わるまで凜と話できなくなるしっ!!」

 ネクタイを締めながら机の上に置いてあった鏡で寝癖がないか確認。

「そ、そうか…………ならいいんだ。じゃあ、父さん車で待ってるな。学校にも午後から授業に出ると連絡しておくぞ」

「うん、ありがとっ!!」

 そう言ってドアを思いっきり開けて、

「おぁっ!?」

「ごめん、お父さん!!」

お父さんがいたことを忘れてた。

「ご、ごめんね!!」

 でも私は薄情な娘だった。今はそれどころじゃないって一気に階段を駆け下りて洗面台に向かって。

「すごい慌て様だな。まったく、誰に似たんだか?年頃の子はこんなものかなぁ」

 お父さんが私の様子に唖然としながら呟いた一言が、

「…………それにしても」

聞こえなかった。



「凜、って同級生の子かな?友達だと思うが…………聞き覚えがない名前だ」



   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   



 今はお昼休み。学校全体が教室や廊下、職員室と関係なく和やかな雰囲気になる時間。

 そんな和やかな時間と雰囲気に場違いな緊張感に包まれる私は、

「えっと、凜のクラスって三組…………」

校舎の二階、二年生の教室の並ぶ廊下を少しだけ速めに歩く。

 体感時間で言えば、昨日。学校の校舎はセフィリアと死神の戦いでガラスは全部壊れて、階段付近に至ってはかなり窓際の壁なんて吹き飛んで…………間違いなく休校になる状態だった筈なのに。

「直ってる…………セフィリアの法術かな」

 セフィリアから聞いたけど、ウチの家の壁を壊した時もセフィリアが直したって言ってたっけ。

 全身にまとわりつく妙な違和感。

「ん…………」

 学年事に階わけされている所為か、三年の私が歩いている私が珍しいのかすれ違う子や教室でご飯を食べてる子達の視線が集中して何とも居心地が悪い。それも時々歓声?みたいな声が上がったりするからなお悪い。

 早く凜を見つけて、屋上とか人がいなさそうな所に行かないと。

 私はチクチク刺さる視線に、

「あ、あった……ここだ」

気を紛らわすように教室のドアをノックする。

「す、すみません」

 控えめに教室のドアを横に引いて、

『っ!?』

引いた途端に集まる教室中の視線に表情が強張る。

 お弁当を食べていた子達全員が何故か私の方を向いたまま固まっていて、

「あ、あの。このクラスの子で萩月凜君って子に用事があるんですけど…………い、いますか?」

固まったまま身動ぎも一言も喋らないクラスの小達に恐る恐る声を掛けてみる。

「はは…………」

 一応、愛想良く笑顔で教室を見回して。

 バタッ!!バタバタッ!!ドタンッ!!

 中にいた数人の男子達が倒れて、周りにいた女の子達は呆れたようにそれを眺めてた。

「ん?」

 何だろう?と思ったけど、ともかく凜を探してみる。

「えっと…………凜は」

 教室の一番後ろ、窓際の席が凜の席だったはずだけど…………。

「…………えっ?」

 そこには今まであったはずの凜の席がなかった。

「な、なんで?」

 それも最初からそこにはいなかったみたいに。

「あ、あの…………神村先輩、ですよね」

 私の右横から控えめな女の子の声が聞こえてきて。

「は、はい!!そうですけど!?」

 考え事の最中に声を掛けられた所為で変な受け答えになっちゃった。

 栗毛色のセミロングで眼鏡をかけたおとなしそうな女の子が少しだけ、変な目で私を見ていた。まぁ、昼休みに上級生が来ればそんな目になるのも仕方ないのかも。

「あの、ウチのクラスに『萩月』って名字の生徒っていないんですけど…………」

「へっ?」

 眼鏡の子の言葉の意味がわからず、

「えっ、でもここ二年三組だよね?」

「はい、そうですけど?」

「ここのクラスの子のはずなんだけど……今、とかじゃなくて?」

 もう一度聞き返して、次の言葉に頭が真っ白になった。

「いえ、ホントにウチのクラス……というか。二年にそんな名字の生徒はいませんよ?」

「っ!?」

 凜が…………いない?

「学年違いとかじゃありませんか?委員会の仕事で生徒名簿をよく借りたりするので確かですよ、少なくとも二年にはいません」

 私に追い打ちを掛けるように眼鏡の子はもう一度『凜』はいないって追い打ちをかけられて、

「う、嘘…………そんな筈」

全く働かない頭にふらつくように一歩、後ろに下がって。


「あれ?夏子、今日も学校休みじゃなかったっけ?」


 聞き慣れた声が驚きを含んで、私の耳に届いた。

 すぐ後ろ。廊下の方から聞こえてきた声に私は振り返って、

「あかり!!」

幼馴染みの姿に思考がまた色づいてくる。

 振り返ると同時に、私はあかりの両肩を掴む。

「ちょっ、夏子!?」

「あ、あかりは知ってるよね!?」

 あかりは突然のことに驚いていたけど、そこまで気が回らなかった。

「な、何を?」

「凜のこと知ってるよね?」

「凜って」

 あかりの口から凜の名前が出てきて、

「誰だっけ?ウチのクラスっていうかウチの学年にそんな子いたっけ?」

心がどんどん押し潰されていく。

「冗談はよしてよ、ねぇ…………」

「いや、冗談ななんていってないけど…………どうしたの、夏子?まだ風邪治ってないんじゃっ!?」

 あかりの肩を掴む手に力が入る。

「あかり、本当に知らないの?ここのクラスの子だよ?いつも凜のことで悩んでる時、相談に乗ってくれてたじゃない。ねぇ、あかり!!本当に知らないのっ!?」

 取り乱すなんてものじゃない、ただがむしゃらに私の中に積み重なっていく何かを壊したくて。

「ねぇっ!?あかりってば!?」

 あかりの肩を思いっきり揺さぶって、

「ちょっ、やめてよ!!夏子!!」

乱暴に振りほどかれた。

「ぁ…………」

「変だよ、夏子。私は『凜』なんて子、知らないの。ホントよ?」

 よっぽど強く掴んでしまったのか、右肩をさするあかり。

「ご、ごめん」

「気にしてないよ。それよりその子…………夏子の知り合いなら、携帯の番号とかメアドとかないの?」

「あっ」

 あかりに言われるまで気がつかなかった。

「携帯に掛けてみれば」

 私はあかりの言葉にすぐブレザーの内ポケットから携帯電話を取りだして。

「えっと…………凜の番号、番号……ばん、ごう」

 ボタンを操作する指が止まる。

「番号が…………ない?っ!!」

 私はもう一度携帯電話の電話帳の登録欄を最初から全部確認して。

「ぁ…………っ」

 携帯電話がすり抜けるように廊下に落ちた。

「な、夏子?」

「うぁ…………っ」

 あかりが私の様子に不安げに名前を呼んで、

「ねぇ、夏子って」

「っ!!」

それを振り切るように弾かれた様に走った。

「ちょっ、夏子!?待ってよ!!」

 廊下を走らない。そんな簡単な校則も守っていられなかった。守りたくなかった。目の前に突き付けられた現実から逃げたくてただ…………走ることしかできなかった。


 もう、あそこに行く以外、この突き付けられた現実を壊す方法が思い浮かばなかった。


   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   


「ハァ……ハァッ、ンッ………ハァ」

 弾む息、揺れる肩、暴れる心臓、汗で肌に吸い付くシャツ。

 そのどれもがどうでも良かった。

「つ、ついた…………」

 木造二階建てでクリーム色の壁に青い屋根。そして石造りの外壁。

「蘭さん、ならっ…………何か知ってる筈…………」

 外壁には木で作られた表札に『萩月』と名字が書かれてた。

 凜のお祖母ちゃんで死神以上に何でもありの強かった人。蘭さんなら私の中に積み重なった何を壊してくれるはずだ…………きっと。

 不安と恐れ、その両方に押し潰されそうになる心で祈りながら、私はインターホンのスイッチを押そうとして。

「あら、学生さん?」

 通りすがりの手提げバッグを肘に掛けたふくよかな女性が声を掛けてきた。

 私はその声にビクついて、

「は、はい」

「こんな時間にこんな所で何してるの?まだ学校の時間じゃないの?」

ごもっともな質問に私は。

「私の学校、今日は午前授業で……早く終わったので友達のウチに遊びに」

 咄嗟に嘘を付いた。でも、こんな嘘を信じてくれる筈もないと思って。

「あら、そうだったの?ごめんなさいね」

 あっさり信じてくれた。

「でも、お友達のウチに遊びに来たって…………」

 女性は不思議そうに首を傾げて、

「ここのお家の方、今は誰もいないはずよ?」

その言葉に心を刃物で突き刺されたように鋭い痛みが走った。

「だ、誰も…………いないんですか?」

 ここまで来たのに、私の中に積み上がったものがより高くなって。

「ええ、正確には今は(・・)だけど」

「今は?」

 積み上げたものは、積み上がった高さに耐えられなくてユラユラ揺れて、

「ここのお家の方、見た目は小学生みたいに若いんだけど、今年で八十歳になるお祖母様がいらっしゃってね。今は京都の方に旅行に出てるはずよ。それと息子さんはお医者様で今海外にいるはずだから」

 いつの間にか世間話ペースに巻き込まれている私、でも『小学生みたいに若いお祖母ちゃん』という言葉に蘭さんがすぐに思い浮かんで。

「蘭さん、ですよね」

「あら、蘭さんとお友達なの?」

「えっと、蘭さんというよりはお孫さんと友達で……」

 少しずつだけど、突き刺さった痛みが和らいで、

「お孫さん?」

眉間にシワを寄せた女性の一言に、今度は硬い鈍器で殴られたような衝撃が襲って来て。

「へんねぇ、萩月さんは蘭さんとその息子さん。蓮さんと二人暮らしだったはずよ」

「…………二人?」

「ええ、息子さんは結婚はしていたはずだけど…………奥様が事故で亡くなってた筈。お子さんが産まれてたって話は聞いたことないわね」

 それが決定打だった。私の中で積み上げられたものは一気に崩れて、

「ん?お嬢さん、顔色が悪いけど……どこか具合でも」

「いえ…………大丈夫です。お話……ありがとう、ございました」

言葉が出てこなくなる。

「そう?じゃあ私も用事があるから行くわね、気をつけてお家に帰ってね」

 そう言って女性は小さく手を振って路地へ姿を消した。

「…………………………………………」

 それと入れ替わるように私の後を追ってきたのか、あかりが息も途切れ途切れの汗だくで。

「や、やっと……み、見つけたぁ…………」

「あかり…………?」

 私の方に手を差し出して、

「ほら、携帯…………落としていったわよ」

「ぁ…………」

私はそれを恐る恐る受け取る。

「何が、あった……かは、わからないっけど、学校に戻るよ」

 携帯を差し出した手でそのまま私の手を握って、

「…………」

私はただ、引きずられるようにあかりと一緒に学校に戻った。


   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   


 学校に帰った後のことは良く覚えてない。

 気がついたら職員室にいて、あかりと一緒に担任の先生に何か言われてた気がした。

 その後も何の授業をしたのかも覚えてない。

「夏子、私には夏子に何があったのかわからない。けど…………夏子の中で整理がついて話しても良いって思えたら話してよね、私はいつでも聞くからさ」

 放課後、教室であかりが帰り際に言った一言だけ覚えていた。ありがたいって心から思う……けど。

「話してよ、か」

 二週間前、私は通り魔に殺された。殺されて幽霊になって、凜に取り憑いて。生き返らせるって死神の女の子が来て、怖い化け物に襲われて。もう一人の敵の死神と戦って、生き返ってたら今日だった。

「話せないよ、こんな事…………」

 放課後、私は一人学校の屋上で赤く染まった太陽をフェンス越しに見ていた。

 私の中で考えたくない現実がじわじわ、私の心を締め付けていく。

「凜が…………いない」

 フェンスに額をぶつけるように顔を伏せて、

「何で?何で凜の事知らないの?何で凜の事覚えてないの?何で?何で誰も、何でっ!?何でなのよ!?」

受け入れられない現実に叫んだ。

 視界が涙で滲んで、

「会い、たいよぉ」

泣きそうになるのを堪える。

「凜に、会いたいよ」

 もう今ある現実なんてどうでもいい。

「会って言わないきゃいけないこと、たくさんあるのにっ!!」

 私を護る為に戦ってくれた事。忘れないって約束してくれた事。私の為に危険な目に遭わせてしまった事。私を生き返らせてくれた事…………そして。

「凜に言ってないのにっ!!まだ伝えてないのにっ!!」

 私の一番大切な想い。

「会いたいっ!!会いたいよっ!!」

 もう涙が溢れて、我慢できない。

「りーーーーーーーーーーーんっ!!」

 赤く染まった空に叫んだ。赤い空はその声事、私の想いを呑み込んで。




「何ですか?夏先輩」



 聞こえてきた声に一瞬、時間が止まって。

「っ!?」

 空から声のした後ろへ迷いなく振り返って、そこにいたのは。

「今、僕の事呼びましたよね?」

 見間違いようのない綺麗な紫色の髪に、髪と同じ紫色の左眼と黒の瞳。背丈は小学生みたいに小さくて可愛いをたくさん詰め込んだ私と同じ学校の制服を着た男の子が、いつも心を優しく包んでくれる笑顔で微笑んでいた。

「り…………凜?」

 私はその男の子に名前を呼んで、

「いや、そうですけど…………どうしたんですか?夏先輩……っ!?」

思いっきり抱き締めた。

「凜!!凜!!凜っ!!」

「んぐっ!?」

 凜の柔らかい感触に、伝わってくる確か温もり。その二つが凜がいるって教えてくれる。

「凜っ!!」

 夢じゃない。凜はここにいる。

 私の腕の中にいる凜を感じていたくて、ずぅっと抱きしめ続ける。

「凜」

「ムゴッ!!フゴゴッ、フゴ!?…………ッ」

 放したくない。ずっと凜と一緒にいたい、そう思って抱きしめる腕に力が入った、

「ナツコーーーーーーーーーッ!!凜が死んじゃうわよっ!?」

所で、空から絶叫じみた女の子の声が聞こえて。

「セ、セフィリアッ!?」

 その声に涙を袖で拭いて、トッって軽い音と一緒にもう一度絶叫じみた声が響く。

「ナツコッ!!リンを放してっ!!窒息死させる気っ!?」

「ちっ、窒息?」

 セフィリアの慌てぶりに私は視線を凜に向けて、

「り、凜っ!?」

そこには私の胸に顔を埋め、いや私に押しつけられた凜。両手を力なく垂れさせてブラブラさせながら体中痙攣させていた。

「り、凜っ!?しっかりしてっ!?」

 私はすぐに凜を放して、さっきとは違う意味で涙が出てくる。

「はっ!?あ。あれ?さっきまで綺麗な花畑にいたはずなのに…………」

「あぁっ!!良かった!!気がついて」

 少しあっち側に逝ってた発言に苦笑いを浮かべる私とホッとしたって胸を撫で下ろすセフィリア。

「ほほっ!!熱い抱擁じゃったのぅ…………ワシも若い頃は爺さんとよくしたもんじゃ」

 いつの間にかセフィリアの後ろで口元を着物の袖元で隠しながら笑っている蘭さん。

「ら、蘭さん!?あ、あのこれはっ!?」

「いやいや、皆まで言わんでもわかっとるよ。早速凜と子ッグッ!?」

 蘭さんが何かを言う前にセフィリアが蘭さんの頭にチョップをお見舞いして、

「そういう絡みは後にして下さいっ!!」

ほんのり頬を赤くしたセフィリアが蘭さんを睨み付けていった。

「ぐぉ…………っ、セフィリア。少しは加減を」

「ランさんなら大丈夫です!!」

 容赦なくランさんの言い分を切り落として、

「ほら、私の言った通りでしょ?絶対ナツコを不安にさせるって」

「うん……そう、みたいだね」

どこか怒ったように凜を見詰めて、凜はそれに苦笑いで答えた。

「ごめんね、ナツコ。せっかく生き返ったのに驚かせて」

 セフィリアが苦笑いしながら私の方に歩いてきて、

「ほらっ!!リンも謝って!!」

「ス、スミマセンでした」

リンの頭を掴んで一緒に頭を下げた。

「どっ、どういう事?」

 私は二人が頭を下げる理由がわからなくて、

「さっきリンにあった時の反応だと知ってると思うけど…………リンの事、誰も知らなかったでしょ?」

二人とも頭を上げて、私の顔色を窺うように言った。

「あっ!!そうなの!!っていうか、私起きたら生き返ってるんだもの、ビックリしちゃった!!」

 さっきまで沈んでたのが嘘みたいに心が軽くなったのがわかる。

「私、あの死神に心臓を刺されて…………凜が変な光の玉にされたところまでは覚えてるんだけど」

「大丈夫、最初から説明するから。じゃぁ、まずは……リンの方から」

「うん。お願い、セフィリア」

 セフィリアはコホンッと小さく咳払いをして、

「簡単に説明するけど、リンは」

私はセフィリアの説明を黙っていく。

 凜は町の皆の魂の入れ物にされて、あの死神が出来事を思い通りにする為の道具にされた。でも、凜は自分の能力『略奪の審判者』っていう私でも反則だって思う力で道具を壊して脱出。その後は凜があの死神と戦って『魂』を取り込んで終わった、らしい。

「それでナツコの方は…………その」

「ん?どうしたの?」

 さっきまでスラスラ話をしてくれていたセフィリアが急に口ごもって。

「えっとね…………その」

「夏子さんの魂は死神に破壊されておっての、かなり危険な状態じゃった」

 セフィリアの代わりに蘭さんが説明を続けた。

「えっ?」

「ラ、ランさん」

「セフィリアも少し話すのが辛いじゃろ?代わりにワシが話をしよう」

 蘭さんが私とセフィリアの間に入って、私の顔を見上げる。

 私の顔を見詰める蘭さんの瞳には痛みとか後悔、そんな感じの気持ちがこもっているように見えた。

「さっきも言ったが夏子さんは魂…………霊体の『核』を死神に貫かれて、粉々に破壊されておったんじゃよ」

「粉々って…………」

 私はそっと自分の胸に手を置いて心臓の鼓動を再確認する。

「本来であれば、その状態からは『事象回帰』や他の儀式法術をもってしても『核』を復元することも夏子さんを生き返らせることも不可能じゃった」

「えっ?じゃあ私どうやって」

 生き返られない筈だった私。でも今、私はここにいて。

「…………『核』をな、他の者の『核』を代用したんじゃよ」

「『核』を代用…………っ!?」

「正確には共有なんじゃが、それで儀式法術を使用できる状態にしたんじゃ」

「したって!?そんな、私の為に誰かを犠牲にしたって事じゃないですか!?」

 私は蘭さんに詰め寄って、

「何でそんな事したんですか!?だ、誰なんです!?私の代わりに」

「いや、夏子さんや。犠牲ではなく共有じゃ、『核』を共有した者もちゃんと生きとるよ」

蘭さんが慌てて私を宥めようと、説明を続けてくれた。

「い、生きてるんですね…………よかったぁ」

「それでじゃな、夏子さんと『核』の共有をしてとるのは…………凜じゃよ」

 蘭さんは後ろにいた凜を振り返らずに指差して、

「あっ、凜なんだ。なんだ、凜かぁ…………ビックリしっ!?ええっ!?」

「まぁ、驚くのも無理ないないがのぅ。凜も夏子さんと『核』を共有していなければ危なかったんじゃぞ」

「り、凜もですか?」

「ああ、そうじゃよ…………あの時。凜はジュマの魂を受け入れて(レセプション)、夏子さんと町の人間全てを助ける為の方法を理解したんじゃ」

「そ、それで?」

「その方法なんじゃが」

 蘭さんが話をする邪魔にならないよう、私は一言も喋らずに相槌をうつ。

 凜が私と町のみんなを助ける為に理解して、実行した方法…………それは。

「『事象代価操作(じしょうたいかそうさ)』」

 最初、私を生き返らせる為に使おうとした儀式法術『事象回帰』の上位法術。その法術を使えば代価を差し出す度に望みの事象を扱える儀式法術、聞いた時は最初からそれを使えば良かったんじゃないのかなって思ったけど。

「この儀式法術に必要な代価は死神の魂なんじゃ」

 思い通りに事象を操作できる様になるとはいえ、死神の魂一つを代価に、一つの事象…………死神の魂じゃなくても簡単に使って良いものじゃないって思った。

「幸い、死神の魂はジュマのモノが凜の中にあったからの。まぁ、後味は悪いが使わせて貰った」

 あの死神の魂を使って操作した事象は私…………『神村夏子の復活』。でも、

「じゃが、それをする前に夏子さんの『核』を復元しなきゃならんかったからの。その為には夏子さんと関わりが深い人間の魂の一部を使用しなきゃいけなかったんじゃが」

 幽霊だった私の『核』を復元する為には霊体の『核』が必要だった。

「最初は夏子さんの父、冬樹さんの『魂』と共有しようと思ったんじゃが、冬樹さんに限らず凜は肉体事取り込んでおったからの。使えなかったんじゃが、一人だけ霊体の状態で夏子さんと関わりが深かった者がおったんじゃが…………それが凜じゃ」

 何故かと言えば、凜は町の皆を助ける為に一度魂を破壊して皆を解放した。その時点で凜の魂も『核』を破壊した状態になってしまって、私と同じように深い関わりの霊体の『核』が必要になってしまった。

「それ故、二人の粉々になった魂の『核』を結合して二つに分け直したんじゃ」

 その際、私と凜に分けられた『核』は凜の膨大な魔力が『楔』の役割をしてくれて、常に繋がった状態で二つに分かれていても一つの『核』として作用するになっているらしい。

「魂の『核』が繋がったと言うだけで記憶や精神まで繋がる事はないからの、そこは安心してくれて言いぞ」

 説明は一段落、っといった感じに蘭さんが小さく笑って。

「あの、それで凜が皆から忘れられている理由って何ですか?それに、私…………殺された日より前に生き返るって」

「あぁ、忘れておったわい」

「…………お祖母ちゃん」

 忘れないで欲しいな、って凜が肩を落として、

「すまんすまん、最近歳での」

蘭さんが年齢を言い訳に話を続ける。

「凜が町の住人に認識されておらんのは凜の肉体を作る為に住人の記憶と世界の事象記録を使ってしまったからじゃ」

 霊体になってしまった凜の体を取り戻す為にまた別の儀式法術をセフィリア指導の下、蘭さんが行ったらしい。肉体としての基本情報を経る為に大小、関係性の深い浅い関係なく町の皆から記憶を。そして世界からは、皆から奪ってしまった記憶の矛盾や歪みをを取り除く為に事象としての記録(この場合、簡単に言えば出生とか)を代価にしたみたい。

 その為、私が体調不良だったり学校の皆が知らなかったり。凜の携帯の番号がなかったり、凜の家の近所の人が凜だけを知らなかったりと色々書き変わっているらしい。

「それで夏子さんが殺される以前の日に生き返る筈だったのが、進んだ時間になってしまったのは」

 本来であれば私は五月五日に生き返るはずだったらしい。けど、私と凜の魂の『核』が共有してしまった為に、肉体を作った時の代価。皆の記憶と事象記録上では凜がこの町にいなかった筈の時間(・・・・・・・・・)に戻れなくなってしまった事。そして一日ずれたのは私と凜、二人分の肉体生成に時間がかかってしまった所為。

「とまぁ、長い説明は今度こそ終わり…………じゃな?」

 自信ありげに説明していた蘭さんは最後に凜とセフィリアに確認するように後ろを振り返って。

「うん、ありがとうお祖母ちゃん」

「ありがとうございます」

 二人の言葉にほっと胸を撫で下ろす蘭さん。

「と、いうわけなんです夏先輩」

 蘭さんの横を通り抜けてピョコッと凜が私の前に立って。

「夏先輩」

「なに?凜」

 無邪気な笑顔(それも自然でありながら私の心を抉り取るように鋭くキュンッ!!とする)で、私を見上げる凜。

「お帰りなさい」

「あ…………」

 その言葉に一瞬なんて言ったらいいかわからなかった、けど。

「…………ただいま」

 また目頭が熱くなって、それを誤魔化すように…………でも思いっきり嬉しいを伝えるように笑った。 そう、私は帰ってきたんだ。あの日、通り魔に殺されてから始まったあり得ない日常から。凜の言葉にそれを物凄く実感して。

「あーーーっ、そういえばキョウはスーパーのトクバイビじゃったぁーーーー」

 その実感を押し退ける突然の棒読み発言。

「ら、蘭さん?」

「そーいえばー」

 蘭さんに続いてセフィリアも不自然な棒読みで、

「キョウはナツコのイきカえったキネンしなきゃあー」

「イソいでジュンビをせねばぁー」

蘭さんとセフィリアは互いに棒読みで会話をして。

「ど、どうしたの?二人とも」

 それに呆気に取られる凜。

 二人は凜の言葉なんて無視。それなのに示し合わせて同時に私を見る。

「へ?」

 でも、私はその意味がわからなくて。

「さぁ、ワシとセフィリアはは『先にっ!!』カエってジュンビをしておこうかのぅー」

「はい、『私とランさんっ!!』ハ『先にっ!!』カエりましょうーーーーー」

「っ!?」

 特定の言葉を強調して私と凜を交互に見る二人にある事が思い浮かぶ。

 そんな二人の様子に気を使って凜が、

「え、僕も行くよ。たくさん買い込むんだったら荷物持ち」

「いらんわっ!!馬鹿孫っ!!」

「いらないわよっ!!バカリンッ!!」

「ひどくないっ!?」

予想外の鋭い視線と罵倒に顔が引きつった。

「ナツコと一緒に、ゆっーーーーーーーーーーーーーくりっ!!帰ってきなさい!!」

「そうじゃ、ゆっーーーーーーーーーーーーーーーくりっ!!帰ってくるんじゃぞ!!」

 あらかさま過ぎる二人の気遣いに顔だけじゃなく体も熱くなるのがわかる。

 二人は突き付けるように言い残し屋上を後にして、

「頭が悪いのはわかってるからバカバカ言わなくても…………」

二人の後ろ姿が消えたのを見計らって凜が口を零す。

「いきなりひどいですよねぇ。ねぇ、夏先…………ぱい?」

 苦笑いと一緒に振り返った凜が私を見て、

「顔、すごく赤いですよ?ホントに風邪ひいたんじゃ」

私のおでこを触ろうと手を伸ばそうとして。

「凜っ!!」

 それを止めるように私は凜を呼んだ。

「え?あっ、はい」

 いきなり名前を呼ばれたことにビックリしたみたいで伸ばし掛けていた手を下ろす凜。

「や、約束…………憶えてる?」

 き、緊張で声が震える。

「約束って、どの約束ですか?」

「へ?」

 どれって…………何?

「夏先輩と約束した事が多くて」

 凜は苦笑いを浮かべて、思い当たるものを声に出していく。

「悪霊に襲われた時の『死んでも護りますっ!!』ですか?」

「う、嬉しかったけど…………違う」

「じゃあ、『夏先輩を生き返らせる』っていうのと『僕だけは世界中の誰もが夏先輩を忘れてしまっても憶えています』ですか?」

「いや、それも……すっすごく嬉しかったけど違う!!」

「えっと。じゃあ…………『皆で遊びに行く』で正解ですよね!!」

「それも違う!!」

 自信満々に言った凜に申し訳ないながらも思いっきり否定をする私。

「えっと、そのっ!!ほ、他にはっ」

 答えた約束が私の指してる約束じゃなかったことに慌てる凜。

 必死に約束を探してる凜の様子にクスッて小さく笑って、

「一番最初に、ここでした約束」

緊張がほぐれて。代わりに私の中で想いが溢れてくる。

「明日の放課後、話があるの…………って」

「あっ!!」

「あ、忘れてたんだぁ…………かなり寂しいなぁ」

 今思い出した凜に、ちょっとした意地悪でいじけた振りをして。

「す、すみません!!お、思い出しましたからっ!!それはもうしっかりと!!」

「ふふっ、冗談よ」

「もう、本当に悪いと思ってるんですからね。そういう冗談はよしてくださいよ」

 子供みたいにほっぺを膨らませて怒る凜。

「……………………」

「……夏先輩?」

 その話をする前に、言っておかなきゃいけないことがあった。

「凜」

「はい、なんですか?」

「私を助けてくれてありがとう」

「え?」

 いきなりのことに、凜は呆気に取られて。

「私なんかの為にたくさん、たくさん迷惑かけちゃった」

「…………いえ、迷惑だなんて」

 私の態度に、何か接してくれたのか…………凜は私の言葉を待ってくれた。

「私なんかよりずっと凜の方が大変だったのに…………本当にありがとう」

 自分の命が危ないってわかっても、ずっと私を助けてくれようとした凜。

「私が幽霊になっても怖がらずに接してくれたこと。私を通り魔の幽霊から護ってくれたこと」

 フェンスに掛かる手に少しずつ力がこもる。

「私の事を忘れないって約束してくれたこと。私を生き返らせてくれたこと」

 ほんの少しだけ声を高くして、

「その全部に、心から感謝してる」

フェンスから手を放して、ゆっくり凜へ振り向た。

「本当にありがとう」

 感謝を込めた笑顔で。

「いえ、僕も夏先輩に助けて貰いましたから……おあいこです」

「わ、私が?」

 私を真っ直ぐ見詰める凜。

「僕の所為で巻き込まれたのに、僕の所為で夏先輩を危険な目に遭わせてしまったのに…………それなのに夏先輩は僕のことを心配してくれた」

 凜は自分の胸に手を添えて、

「こんな僕を心配してくれて、僕が背負ってるモノを一緒に、少しでも背負ってくれるって言ってくれた時…………本当に涙が出るくらい嬉しかった」

痛みを含んだ笑顔。でも、それがなんだか凜らしく見えて。

「その一言に、僕は夏先輩に助けて貰いました。だから、僕も心から感謝してます…………本当に、ありがとうございます」

 凜は勢い良く深々とお辞儀をして、

「こちらこそ…………どういたしまして」

私もゆっくり、気持ちが伝わるようにお辞儀する。

 それから合わせるわけでもなく、二人一緒に顔を上げて。

「……………………」

「……………………」

 無言だったけど満ち足りた時間。いつまでも……ずっとこの満たされていく時間が続けばいいのにって思った。けど、それじゃあ今までと同じで…………ずっと後悔ばかりしてた。

「凜」

「なんですか?」

 一年間、後悔ばかりしてた…………目の前にいる小学生みたいな男の子に惹かれてからずっと。

「私ね、ずっと凜に言わなきゃって思ってた事があったんだ」

 でも、何もしないで後悔するのはもう終わり。

「僕に、ですか?」

 凜は不思議そうに首を傾げて、

「うん、凜に……ずっと伝えたかったこと」

その仕草に、また私は心をくすぐられる。

「伝えたかったこと?」

 これからは近くとか傍じゃなくて、凜の隣で。

「あのね、凜」

 私はフェンスから離れて凜のすぐ正面まで歩く。

「はい?」

 緊張で心臓が張り裂けそう。喉も干上がったみたいにカラカラで、体中が熱くなって。

「凜は好きな娘いる?」

「へっ?」

 唐突すぎる質問に凜は普段よりも高い声をあげて、

「好きな娘って、あの日もそんな話になって…………確か、僕は『いない』って答えました。よね?」

確認するように私を見上げる。

「そうだったよね」

 あの時、そう言われて安心したのと一緒に……少しだけ寂しかった。

「それがどうしたんですか?」

 いない。それは私もそういう対象として見られてないって事だったから。

「私はいるよ…………好きな男の子」

 自分で言った言葉に顔がもっと赤くなるのがわかった。

「えっ!?夏先輩、好きな人いるんですか!?」

 凜は鈍感だから気づいていないんだ…………私がそうじゃないってことに。

「好きな人がいたら悪いの?」

「い、いえっ!!その、夏先輩って色んな人から告白されてても全部断ってたじゃないですか。だから、なんでだろうなぁって不思議に思ってて。で、誰なんですか?夏先輩の好きな人って」

 興味のあることを知りたがる子供みたいにキラキラ目を光らせて、凜は私の答えを誘う。

「大丈夫ですよ、夏先輩!!ちゃんとここだけの秘密にしますから」

「いいよ、別に。秘密にしなくても」

 私はずっと想い続けてきたから。

「え、いいんですか?」

「うん」

 一年という長い時間の中で私の中に生まれたこの想いは褪せる事なんて無くて。

「まぁ、そう言われても別に誰にも喋る気はないですけど」

 逆に私の心を温かい想いでいっぱいにしてくれた。

「じゃあ、私の好きな人の名前…………発表します!!」

「っ!?」

 私は自分自身に気合いを入れて、想いを声に込める。凜は私の声の大きさにピシッと姿勢を正す。

「……………………」

 思い返せば私が凜に取り憑いてから色んな事があった。

 凜に取り憑いて凜に触れることが、凜に私を感じてもらえることが嬉しくて大泣きした…………まぁ、スカートの中は見られちゃったけど、結果オーライで。その次の日は凜と商店街に行ってちょっとしたデート気分だった。その最中に通り魔の幽霊に襲われた時はすごく怖くて……でも、凜が『護りますっ!!』って言ってくれた時は本当に恐怖から護ってくれた。

「私は」

 凜は自分が命を狙われてるのに私を助けるって一生懸命で、身の危険を顧みずに私を生き返らせてくれた。でも、その所為で凜は自分の十六年間の大切な時間を無くしてしまった。私の為に…………人生を捨てさせてしまった。

「ゴクッ」

 凜が緊張からなのか、唾を飲み込む音が響いて。

 そんな凜に、私ができる事なんて何もないのかもしれない。何も恩返しなんてできないのかもしれない…………本当ならこの想いも伝えちゃいけないのかもしれない。でも、それでも私はこの想いを伝えようと決めた。


 だって、この想いがあったから私はこの世界にいられた。

 

 この想いが私を凜と繋げていてくれたから…………今、私はここにいる。


 この想いがあったから私は凜とこうしていられる。


 でも、この想いは凜から奪ってしまった時間への償いなんかじゃない。これは私が私に、私から凜に。


 私以外の全てに向ける意思表示…………そう、ただの自分勝手な我が儘だ。



「私、神村夏子は」



 これから凜が過ごしていく時間の全てに、私が隣で一緒にいる。一緒に作っていく…………他の誰でもない、私が。


 目の前にいる凜に伝えよう、何の打算も偽りも後悔も何もない…………私の想い。


 心の中で枯れることなく溢れ出る温かくて、優しくて、輝いていて…………私を満たしてくれているこの想いを。


 伝えよう…………世界で一番愛おしい人に。


「あなたが」


 私の一番大切な人に。





 優しい朱色に染まる世界。


 その世界の中で私と凜の現実離れした非日常は終わりを告げる。


 そして、凜が失ってしまった日常はここから始まる。


 今度は凜だけの日常じゃない、新しい日常が始まる。そして、その始まりのスタートに私の想いと一緒にこの言葉を贈る。






「萩月凛が大好きです!!」





 朱い世界の中、私と凜の新しい日常が走り出す。

 お疲れ様でした。そして長い長いお話にお付き合い頂きありがとうございました。凜と夏子のお話はひとまず一段落です。次回の更新から文庫で言えば二冊目的な感じです。詳しい予定ではないですが考えを活動報告に載せておきますので是非お読み下さい。是非、『神村夏子編』についてついてのご感想とご指摘をいただけたらと思います。

 

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