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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
神村夏子
17/39

――― 5月4日 想い・消 ―――

 気がついたら僕は真っ白な世界にいた。そこには僕以外に赤と青の二つ色の大きな扉があって、僕はその扉の正面に座り込んでた。

「ここは…………っ?」

 意識がハッキリしてきて。

「なんで扉しか」

 扉の所へ行こうと立ち上がろうとして。


 ―――――――――――――――ジャラッ。


 重い鉄が擦り合う音に視線を落として。

「これは……鎖?」

 両手足と首に巻き付いていた黒い鎖。

 僕が鎖を意識に捉えた瞬間。


『コレはね、『事象隷属黙示録(アポカリプス)』だよ』


 白い世界全体から死神の声が世界に響いた。

「っ!!」

 声が響くのと同時に白かった世界は一瞬で赤に変わって、景色全てがあの死神と夏先輩とセフィリアの姿を映し出していた。

「な、何これっ!?」

 突然、世界に映し出された光景。その光景の中で夏先輩とセフィリアが黒い影に床に縛り付けられていた姿に一気に体が熱くなる。

「二人とも、すぐに助けっ!?」

 どんなに助けたいと思って立ち上がろうとしても、黒い鎖がそれを許してくれないかった。

「くそっ!!邪魔なんだよ、この鎖!!早くしなきゃ二人が」

 右手首を縛る鎖を掴んで力任せに引っ張ってもびくともしない。

「早くっ!!二人を助けに行かなきゃ」

「どちらの希望を選びますか?」

 黒い鎖に苦戦していた僕に突然掛けられた言葉。

「誰っ!?」

 僕は鎖から声がした方向に顔を向けて、

「貴方はどちらの希望を選びますか?」

僕の正面。赤と青の扉の間、そこには黒の外套を着た人が立っていた。

 黒の外套を深くかぶっている所為で口元しか見えない。でも艶のある高い声に僕より頭一つ分くらい高い背丈、判断するには情報が少ないけど………たぶん、女の人。

「き、君は」

「貴方はどちらの希望を選びますか?」

 僕の疑問なんてまるで関係なし。何度も繰り返しで録音したテープを流しているような無機質感タップリの質問。

「貴方はどちらの希望を選びますか?」

「さっきから希望、希望って…………今はこんな事してる場合じゃないんだよ!!一秒でも早く二人の所に行かなきゃいけないんだ!!邪魔しな」

 僕が話をしているのも構わに、外套の人は右手で赤い扉を指差して。

「『赤』を選べば神村夏子を救う事ができます」

「なっ!?」

 突拍子もない事を喋り始めた。

「しかし、『赤』を選べば神村夏子を救う事ができる代わりにセフィリア=ベェルフェールは希望の糧になります」

「何を、言って……」

「こちらの青の扉の希望」

 今度は左手で青の扉を指差して、

「『青』を選べばセフィリア=ベェルフェールを救う事ができます。しかし、『青』を選べばセフィリア=ベェルフェールを救う事ができる代わりに神村夏子は希望の糧になります」

ただ、淡々と僕に問い掛けてくる。


 ――――――――――――――希望の糧。


 頭がそんなに良くない僕でもすぐにわかった。希望の糧、きっとこの場合……それは。

「な、なんでっ!?なんで一人しか助けられないのさっ!?なんで一人しか助けられないのに希望なんていうのさ!?」

 僕は外套の人に飛びかかりかけて、理性ギリギリの所で押し止まれた。

 あんまりだ―――――――――――――――僕は心の底からそう思った。

「希望ってっ!!二人を助けられるから、二人を護れるから、二人が笑っていられるから希望って言うんじゃないの!?君が言ってるのはただの絶望じゃないか!!」

 平凡と天才、成功と失敗。義務と自由、平和と争い。夢と現実…………世界は相反する事でバランスがとれてる。希望には絶望が付きもの…………そう言われた気がした。


『さぁ、おしゃべりの時間はおしまい。僕は優しいからね、『彼』が寂しく無いように君達二人も『彼』の中に取り込んであげるよ』


 嬉しさのに弾んだ声。その声が僕の感情を逆撫でする。

「くっ!!」

 もう時間がないっ!!早くここから抜け出さないと!!

「『核』はどこっ!?」

 僕は外套の人から視線を外して、急いで右眼で周りを『視』渡した。

 こんな訳のわからない場所、きっとあの死神が法術を使って作り出した世界のはず。なら、僕の力で『核』が『視』える筈なんだ。

「どこっ!?どこなんだ!?早く『核』を」

「この世界に『核』なんてモノ、存在しません」

 僕の焦りを止めようとしたのか、それとも煽ろうとしたのかわからない。

「無いって」

「ここは貴方の心…………精神世界の中」

「精神世界って…………」

 驚きはした。けど、今はそんなのどうだっていい。

「ど、どうすればここから出られるの!?」

「『赤』か『青』、どちらか一方の扉を選択して下さい。選択する事で神村夏子かセフィリア=ベェルフェールの『魂』を代価に扉の開放が可能になります」

「ふざけないでよっ!!」

 今度こそ怒り任せに飛びかかろうとして、鎖が伸びきった所で止まる。

「そんなの選べるわけ無いっ!!」

「では希望を捨てますか?」

「そんなの希望じゃないって、何回も言わせないでよ!!」

 怒りに鎖が軋む音が静かに世界へ広がっていく。

「二人を助けられない希望なんていらない!!僕はそんなの、希望なんて認めないっ!!」

「では、貴方の望む希望とは?」

「二人を助けるっ!!それ以外に希望なんてあるわけ無いじゃないかっ!!」

「それは絶望です」

「ぜっ!?」

 その言葉を聞いた瞬間―――――――――――――――鎖が軋む音が消えて、今度は頭の奥で理性の鎖が軋んだ。

「こ、のっ!!」

「貴方が希望と答えたそれは絶望への道標…………貴方が望むのは絶望の未来」

 外套の人は腕を振り上げて、それに答えるように白の世界から突き上げるように『黒』の扉が現れる。

「なっ!?」

「貴方は」

 僕の方へ一歩。音もなく踏み出して、

「抗い難い絶望を…………救いの無い絶望を選択しますか?」

残り一メートル手前で止まった。

「僕の絶望?」

「貴方の得られるはずだった平穏な日常、光り輝く明日、幸福で満ちた未来を引き替えに絶望を選択しますか?」

 僕を縛り付ける鎖が鳴く。

「僕の、平穏な日常なんていらない」

 それは十年前のあの日に奪われた。

「光り輝く明日も必要ない」

 それは誰もが持っている掛け替えのない大切なモノ。

「幸福で満たされた未来なんかに価値なんて無いっ!!」

 それは自分以外の誰かを犠牲にしてまで手に入れるモノじゃない。

「今ここでっ!!二人を助けられなきゃ意味がないんだ!!」

 僕は奥に見える黒の扉へ右手を伸ばす。

「選択すれば、二度と希望を得る事は」

「いらないよっ!!」

 悲鳴を上げていた鎖は少しずつ痛みを刻み始めて。

「逃げ出す事も」

「逃げないからっ!!」

 鎖が鳴く度に痛みが深く刻まれて。

「投げ出す事も」

「背負い続けるっ!!だからっ!!」

 黒い鎖が痛みに塗れて。


『…………ごめん、二人とも』


 世界に響いた悲しい音…………セフィリアの声。


『私…………何も護れなかった』


 悲しさしか届かない声。その声に僕は。

「絶望を受け入れ」

 もう、我慢できなかった。


「受け入れてやるからそこをどけっ!!」

 理性の鎖が砕けるのと一緒に僕を縛っていた鎖が砕けて、

「二人を助けるのに代価が必要なら僕からいくらでも持っていけばいいっ!!」

目の前にいた外套姿の人の横を走り抜けて、吐き捨てる。

「選択を再提示して下さい」

 後ろから聞こえた声に僕は振り返らず黒の扉へ走って、お祖母ちゃんの言葉が不意に過った。


 あの時、『虚』に襲われる直前。

『ーーーーー絶望を受け入れられるか?』

 その時、お祖母ちゃんに答えられなかった答えを。

「代価がっ!!犠牲が必要なら僕がなるっ!!だから」

 拳に込めて黒の扉に飛び込む。



「『絶望(ちから)』をよこせっ!!」



 僕の想い全部を乗せて拳を扉に叩き付けて。

「選択を受理」

 白い世界は黒一色になった。


   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   


「さぁっ!!新たな『神』たる僕が創る世界の礎になれっ!!」

 僕の意志に従い『事象隷属黙示録』が破壊と創世。赤と黒の光を放って、

「ごめん、二人とも…………」

影に縛られた無力な餌二人を飲み込もうとして。


 ―――――――――――――――ガッ。


 右手首を締め付けられる感触に視線を落として、

「何んだ…………ナッ!?」

事象隷属黙示録(アポカリプス)』から突き破るように出てきたモノに僕の全てが凍りついた。

 僕の右の手首、そこにあったのは―――――――――――――――――――――黒一色の人の手。

 ソレと認識した一瞬。『事象隷属黙示録』が黒一色に染まり、

「くぁっ!?」

僕の手首を掴んでいた手を振り払うように『事象隷属黙示録』を放り投げた。

「何なんだよっ!?コレは!?」

 全く想定していなかった事態に思わず声が荒くなる。

「い、いきなり何なのよ!?」

 僕同様にベェルフェールも動揺に表情が歪んで、放り投げた『事象隷属黙示録』は溢れ出た光に耐えられず砕け散った。

 その瞬間。

「キャッ!?」

「くっ!?」

 枷を外された荒れ狂う獣のような荒々しい暴風と黒の閃光が僕達を……世界そのものを支配した。

 暴風と閃光に視界は完全に奪われた。けど、気まぐれな子供みたいにそれすらも唐突に終わって。

「っぁ…………ぁ」

 肌を裂く張り詰めた空気に目を開けて、黒一色に変わった世界に愕然とした。

「そんな、こんな事…………あり得ない」

 首がねじ切れる位のスピードで街の方に顔を向けて、肌で感じる巨大な魔力を確認する。

 今だって『殲滅斬手』は『虚』と戦ってる。

「なっ……な、なんで『紅境界(クリムゾンライン)』が『漆黒境界(ノワールライン)』に塗りつぶされて」

 理解できない異質な何かに声が震えて。

 誰がって以前に空間固定法術が働いてる『紅境界』を破るなんて、僕を殺さなきゃできないのに…………例え、それ以外の方法があったとしても僕を相手に気づかれずにするなんて不可能なのに。

「な、何よ……コレ?」

 僕同様に震えているベェルフェールの声が思考を遮って、

「かっ…………」

ベェルフェールへ視線を戻して―――――――――ソレに視線が釘付けになる。

 いつの間にか僕の影から解放されたベェルフェールが『霊現体』を護るよう抱きしめていた姿。そして僕を焼き尽くそうと燃えさかる炎のように激しく流動する黒い光の塊。


 その光の塊を砕いて出てきたのは小さな子供の手。


「なっ!?」

 それが始まりだった。

 光の塊から突き出た子供の手はゆっくりその姿を世界に晒していく。


 ――――――――――――――――――コッ。


 床に発つ小さな靴音。


「そ、そんな……」


 異質だと感じていた何かは少しずつ光の塊を剥ぎ捨て。


「馬鹿な、事が」


 剥ぎ捨てた塊は場に吹いた風に乗り、欠片となって消える。

 風にふわりと煌めく銀髪。揺るぐ事の無い強靱な光を暴力的なまでに宿す銀の両眼。幼い顔つきと子供のような華奢な体にはどこまでも無機質で、どこまでも冷たい闇を纏っていた。




 私の目が正常なら、私の目の前にいるのは。

「リ、リン…………なの?」

 黒と白。私達死神の戦闘着に似た服を着たリンが立ってた。

「リン、なんだよね?」

 後ろ姿で髪の色は違ってはいたけど…………私の心が叫んでた。

「うん、心配掛けてごめん」

 顔だけ振り向かせて見せてくれた優しさ一杯の笑顔に確信した。

「ホントに、余計な心配掛けさせないでよ!!」

 涙でぼやけた視界の中にいるのは紛れもなくリンだった。

 リンは私、そしてナツコを交互に見て顔をが引き締まる。

「ごめん、助けに来るのが遅かったみたいだ…………」

 後悔と自己嫌悪に歪んだ表情に、奥歯を噛みしめる音が聞こえてきて。

「私こそゴメン……私が付いていながら」

「大丈夫、すぐに終わらせるから」

「終わらせるって……何をだい?」

 落ち着きを取り戻した無邪気な子供の声。

 リンは無言で正面に視線を戻して、私は声の主を睨み付ける。

「……………………」

「ジュマ」

 私とリンの視線の先、そこにはいい加減見飽きた私達を見下して笑うジュマが立っていた。

「正直、『事象隷属黙示録』を破壊して出てくるなんて驚いたよ、一体何をしたんだい?『殲滅斬手』に何かアイテムでも貰ってたのかな?」

「……………………」

「おや、だんまりか?ちょっと寂しいんだけど」

 無言で答えたリンに対して、あくまでも小馬鹿にした態度のジュマ。

「まぁ、いいや…………どうせ『殲滅斬手』の術か何かでしょ?予定はかなり狂っちゃったけどまた造れば良いだけだからね。君達三人を殺して」

「死ぬのはお前だ」

 ジュマの言葉を切り捨てて、冷たく言い放つリン。

 その瞬間、場の空気が一気に張り詰めて、

「死ぬのは、僕?プッ!!アアアアハハハハハハハハハハハアハッハハハハハハッ!!」

ソレを壊すように笑うジュマ。

「誰が僕を殺すの?『殲滅斬手』は当然だとしても、今ここにいるのは死にかけの死神に消えかけの『霊現体』。それに真似事で僕らみたいな格好をした魔力のないちっぽけで無力な人間の君だけ……まだ『事象隷属黙示録』になる前の方がマシだったのにさ。死の恐怖で頭おかしくなった?」

「同感じゃな。少々頭がおかしくなっとるようじゃの、お主」

 ジュマの言葉に合わせるようにリンの隣に振ってきたのは。

「お祖母ちゃん」

「ランさん!?」

 着物姿の小学、じゃなかった。リンのお祖母ちゃんだった。

「なっ!?『殲滅斬手』!?」

「凜に気を取られてワシの事忘れ取ったじゃろ?」

 ランさんはそう言って笑った、けど額には汗が滲んでいて息も少し弾んでいた。

「ワシも歳じゃの……『虚』相手に息が上がるとはの」

 弾む息で苦笑い。ランさんはジュマを一目も見ることなく、私とナツコの方にきてしゃがみ込んだ。

「すまんの、セフィリア。ホントならもっと早く来てやらんといけなかったんじゃが…………」

 魔力にはまだ余裕はありそうだったけど、ランさんの汗と息づかいで大分疲れているのが伝わってくる。

 ランさんは私達を助けるのに必死で戦ってたのに。私は自分の不甲斐なさに、

「い、いえ……ランさんのせいじゃ。私の」

責任です、と言おうとして唇にそっと指を当てられて。

「何、お主の所為でもありゃせんよ」

 私の後悔一杯の心を優しく包み込んでくれる笑顔を浮かべるランさん。

「…………お祖母ちゃん、二人をお願い」

「わかっとるよ」

 でも、リンの言葉にその笑顔は消えて……私と同じ深い後悔を瞳に宿らせていた。

「凜や、『虚』なんじゃが」

「うん、わかってる。全部で三十七体、こっちに向かってきてる」

「さ、三十七って!?」

 残りの『虚』の数に咽せそうになる私。

「大分、でかいのばかり残してしもうたが…………それも任せても良いかの?」

「大丈夫、問題ないよ」

 ただの日常会話、そんな風に話を続けるリンとランさん。

「も、問題ないって……リン、アンタ…………魔力の気配がわかるの?」

 今まで魔力の気配なんてわかっていなかったリン。それも原因はわからないけどジュマの言う通り、魔力を失ったリンにそんな事できるはずが無いのに。

「うん、ちゃんと感じるよ。どれくらいまで強いのか、くらいまではね」

「夏子さんの状態があまり良いとは言えんが」

 話は後、って感じにランさんが割って入って。

「どれくらい、お願いできそう?」

「ワシを誰だと思っておる?お主の祖母じゃぞ、好きな時間を言ってみぃ……何時間でもきっちり保たせてやるわい」

「三分」

 リンは振り返ることなく、ランさんに時間を告げて。

「了解じゃ」

 ランさんはソレを当たり前と返事を返した。

「ラ、ランさんっ!?」

 私はジュマに向かって歩いていくリンとランさんを交互に見て、

「大丈夫じゃ」

言いたい事はわかってる、って顔で言われて。

「……すぐ終わらせるから」

 リンが静かに構えを取って、

「な!?」

瞬間。リンから放たれる波動に体が凍り付けられる。

「っぁ…………」

 私だけじゃない。さっきまで軽口を叩いてたジュマも言葉を失った。

 空間。そんなせまい範囲じゃない。世界そのものを押し潰す強大で無慈悲で、どこまでも理不尽で圧倒的すぎる魔力の奔流。

「ここじゃ狭いから、校庭に移動するよ」

 気がついた時にはもう吹き飛んでいた。 

「がっ!?」

 ジュマの短すぎる悲鳴と校庭の地面が弾け、砕ける音がほとんど同時に聞こえてきて。

「全員、僕の『中』にいるんだもんね…………全力で戦っても大丈夫そうだ」

 戦闘着をはためかせ、静かに校庭に降り立つリン。

「いっ…………」  

 見えなかった。言葉通り、リンが馬鹿みたいに魔力を練り上げた瞬間から。動きの初動からジュマが吹き飛んだ軌跡、リンが学校の玄関前へ飛び降りた姿まで…………全部、見えなかった。

「今、何を…………」

「蹴り飛ばしただけじゃよ」

「へ?」

 私とナツコの肩をそっと抱きしめて、

「今、魔力を流し込んでやるからの……」

優しい音の一緒に体に流れてくる温かくて力強い波動に心が和む。

「ん」

「魔力で目を集中的に強化してみるとよい、ちゃんと見えるはずじゃぞ。それと少しばかり距離があるからの耳も強化しておくと良い、あやつ等の会話もちゃんと聞こえるからの」

「は、はい」

 私はランさんに言われた通り、供給してくれた魔力を両眼と両耳に集中させる。



「ぐっ…………っぁ」

 体を襲う強烈な痛み。それに耐えながら体を覆っていた瓦礫を押し退けて、何とか立ち上がる。

「時間がないから、早くしてくれないかな?」

 体の痛み以上に突き刺さる冷たい言葉。

「こ、この…………」

 今の一瞬、右側頭部を蹴られた。視界は僕の血で赤く染まり、全てのものが二重三重にぶれて見える。首が折れるかと思った衝撃は激突で額が裂けた程度で済んだのは幸いだった。

「良くも僕に傷をっ!!」

 体に流れる練り上げた魔力を外へと開放して、周りの瓦礫を吹き飛ばす。

「…………来い」

 彼が興味なさそうに一言呟いて、彼へと吹き飛ばした瓦礫を難なく砕き払って。瓦礫と一緒に間合いを詰めた僕は手刀を心臓目掛けて放つ。

「遅いよ」

「っ!?」

 前に彼が僕の左側へ拳を振り上げた状態で現れた。

 咄嗟に左顔面への攻撃を右手で掴み、防御。その選択が間違いだった事に気がついたのは右手が受け止めた衝撃で爆ぜてから。甲から皮はおろか骨と肉も一緒に弾け飛んで、

「ぐぁっ!?」

「フッ!!」

爆ぜた右手の痛みを感じる間もなく、喉を鷲掴みにされて瞬き程度のほんの短い時間。右拳に収束される紫電。拳から吹き出すように溢れ出す具現化した魔力の奔流が腹部に六度、爆音と共に叩き付けられた。

「ゴハッ!?」

 一瞬、意識が飛びかけて。全身を容赦なく襲う虚無感に、彼を視界に捉える。

「ぐっ、このっ!?」

 喉を掴む左手を振り払おうとして、

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

彼の咆哮と一緒に地面へ投げつけられる。

 抵抗する時間など一秒もない。投げつけられた僕の体は弾丸のように地面に着弾、そのまま地表……地中ごと貫き砕いて校門まで砕き飛ばされる。



「あ、あれが……リン?」

 私は目の前で起きている光景に愕然とした。

 私をこんなにボロボロにしたジュマを、今度はリンがボロボロにしていく。それも圧倒的って言っても足りないくらい一方的に。

 魔力が巨大すぎる。確かにソレもあると思う、でもそれだけでああなるはずがない。

 確かに、もともと体術はかなりのレベルだった。けど、魔力を使った戦い方なんてリンはできなかったはずなのに……魔力制御での肉体強化なんて基本的な事じゃない。クラス1stの死神であるジュマを圧倒する魔力収束による常時近接戦闘。それも初めから(・・・・)そのレベルだったような熟練度。

「まぁ、そうなるじゃろうな」

 そんな光景を予想通り、当たる事が当たり前。当たり前すぎて驚く必要がない…………それくらい当たり前に呟いたランさんに視線が向いた。

「そうなるって…………」

「言葉通り、それ以上でもそれ以下でもない。『虚』を二体に空間系法術を十、それにさっきまで張られていた『紅境界』と空間固定法術。その上、町の人間全ての魂…………まっ、正確には肉体もろともじゃが。ワシの魔力の一部にお主の魔力の半分を取り込んでおるからの。ああならん方がおかしい位じゃ」

「ああならなきゃおかしい、って!?」

 私はランさんからリンに視線を戻して、

「リンの能力はその絶対、じゃなかったですけど魔力の『具現化封印』の筈じゃ」

「魔力の『具現化封印』か?まぁ、確かに似とるがの…………ただ『核』を視覚化して封印する、なんて生易しいモンじゃないぞ。それにワシは取り込んだと言ったが封印した(・・・・)とは言っておらんはずじゃが」

その言葉にハッとなった。

 リンが最初に『虚』を封印時も。私と法術を封印して回った時も。リンがランさんと法術を封印しに回ってくれた事を教えてくれた時も全部。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――取り込んだ(・・・・・)


 そう言っていた。

「た、確かにそうですけどっ!!みんなの魔力を取り込んであんなバカでかい魔力になった、っていうのはわかります!!けど、いくら魔力があんな莫大でも魔力を自在に制御できるなんて」

「このっおおおおおっ!!人間風情が調子に乗るなっ!!」

 私の思考を殴り飛ばすようにジュマの叫び声が耳に突き刺さって。

「アイツ、まだっ!?」

 まるでボロ雑巾、そんな言葉でも足りないくらいにボロボロなジュマ。

 視覚を強化しているからハッキリ見える。額はザックリ裂けて、顔中血みどろ。右手に至っては掌が皮しか残ってなくて、戦闘着はボロボロで破けた所から見えるのは赤く染まった肌だけ。

「来いっ!!」

 そんな状態でも怒りが痛覚を押さえ込んでいるみたいで、まだ比較的無事な左手を空に掲げて。

「これはっ!?」

 私はリン達の頭上。黒で染まった空にいくつもの赤い渦が現れた。

「フム、転送法術じゃな……この気配、『虚』か」

 ランさんの呟きと一緒に赤い渦の奥から『虚』の大群が現れて、

「君の魂なんてもういらないっ!!『虚』に欠片も残さず食べられちゃえよっ!!」

その全てがこの学校と同じくらい巨大な『虚』。それも数は丁度、リンが言っていた『虚』の数と当てはまる。

「こんなたくさんの『虚』を一度になんてっ」

「いや、問題ないじゃろ」

 私でも分の悪い状況。なのにランさんは平気な顔をしていった。

「凜の能力でワシら二人の経験も取り込んでおるし、あの魔力じゃ。すぐ終わる」

「私とランさんの……経験?」

「ほれ、見とれ」

 ランさんは凜を指差して、

「…………来い」

「なんで私達の経験がリンの能力に」

示し合わせたようにリンが右手を掲げる。

 それに答えるように私の背後から紫色の雷が放電しながら一直線にリンの右手へと飛んで、

「な、何!?」

紫電がリンの右手に握られ、そのまま雷を振り払う。

「なんで!?」

 紫電を振り払って現れたのは、

「『魂喰い(ソウルイーター)』解放」

ジュマに刃を断ち切られた私の大鎌。

「魂威」

 私の驚きなんて置き去りにして、リンは上空にいた『虚』の群れを飛び抜いて大鎌を背負う。

 リンの動きが速すぎて『虚』達は一体も反応できていない。

「『第二位』解放」

 反応なんて待たない、そう言うように大鎌に紫電が巻き付いて雷光の刃が煌めく。

「ごめん」

 リンはただ一言、そう呟いて。大鎌を振り抜いて放たれた雷光が三十七体の『虚』全てを塵へと返して、

「そ、そんなっ!?」

校庭…………ううん、大地に巨大な傷を刻み付けた。

「っ!?」

「ムッ」

 その余波で飛び散る紫電と暴風にナツコをしっかり抱きしめて、

「ッ―――――――――――――――!!」

「戒っ!!」

ランさんが咄嗟に張ってくれた結界が紫電と暴風の濁流を弾き流す。

「フム」

 ランさんは結界を張ったまま空を見上げて、

「いっ今の!?私のワ」

「見たじゃろ、アレが凜の能力じゃ」

どこか寂しげに笑って振り返ったランさん。

 でも、そんなランさんに私は。

「能力じゃ、って言われても全然わかりませんよ!!なんですか!?アレ!?『虚』の魂は取り込むわ!!法術は具現化するわ!!私の技は使えるわ!!アイツ、いくつ能力持ってるんですか!?多すぎてどんな能力かなんてわからないですよ!?」

色んな事がありすぎて、もう訳がわからないまま煮詰まった脳みそでランさんに詰め寄った。

「一つじゃよ」

「へっ?」

 たった一言で即答され、

「凜の能力は一つじゃよ」

紫電と暴風が止んだのを見計らって結界を解くランさん。

 それと同じタイミングで校庭に着地するリン。

「この、化け物めっ!!」

 たった一振りで呼び出した『虚』を全滅させられた事実に、死神が人間に言う事のない言葉を吐き捨てるジュマ。

 リンはジュマの言葉を無視して、大鎌を地面に突き刺す。

「…………化け物、か」

 ジュマの言葉に応えたのはリンじゃなく、

「まぁ、それも正解ではないがの」

ランさんが答えた…………それも今まで一度も見た事がない、無力感を噛み締めた表情で。

「ラ、ランさん?」

 そんなランさんの表情に一気に感情から熱を奪われて、

「凜の能力はの、お主が言ったみたいに複数でも複雑でもない…………至極、単純なんじゃ。単純でどこまでも馬鹿げた能力」

認めたくないモノを認めなきゃいけない、そんな理不尽なモノを見るような目でリンを見た。




「―――――――――名を『略奪の審判者(レセプション)』という」




「レセ、プション?」

 ジュマの『事象隷属黙示録』と同じで、初めて聞く能力に自然とリンに視線が移る。

 ランさんも顔を向けてリンから視線を外すことなく、ただ淡々と言った。


 ―――――――――――――――『略奪の審判者(レセプション)』。


 視覚により『存在』という概念を主軸に視覚認識し、肉体の有無に関わらず、魂の有無にかかわらず、生死に関わらず、世界として成立しているかいないかに関わらず…………『存在』としての『核』に触れる、もしくは破壊する事で全てを取り込み、自身の能力として受け入れる能力。

 眼には見る事のできない時間。積み重ねた経験も『概念』でという形で『存在』しているが、これらは元の『存在』の一部を取り込み選別の後、同レベルの経験を有する事ができる。

 一言で言えば『神』を含め、『存在』する全てを自身の糧にできる能力。


「それが凜の能力じゃ」

「知っていたんですか?アイツの能力の事」

「あぁ、知っておった」

 ばつが悪そうに唇を噛みしめるランさん。

「なんで、今まで黙ってたんですか?」

 そんなつもりはないのに、どこか尋問じみた言葉しか出てこなくて。

「できるなら目覚めて欲しくは無かったからの。目覚めてしまえば嫌でも世界が『視』えてしまうからの」

また、ランさんの表情を無力感で歪めてしまった。

 罪悪感なんてモノじゃない。触れて欲しくない傷を抉ってるようなどうしようもない自分に吐き気がする。でも、ちゃんと知っておかなきゃいけないと思った。

 リンとナツコを一人の死神の下らない欲望から護れなかった自分の責任だって。 

「じゃあ、今までのリンの力は?」

「その片鱗じゃろ」

 最初の引き金は地縛霊に襲われた時。

「お主の法術で傷を治したのが切っ掛けじゃろうな」

「わっ、私!?」

「死神という高位の『存在』の魔力に当てられて、眠っていたモノが起きた…………と言ったら良いかの。それを皮切りに『虚』という『存在』事セフィリアの強大な魔力を取り込み、次に法術を、その次にはまたワシの魔力を吸収した『虚』を取り込んで…………終いには町の住民を肉体事取り込んでおるからの何時目覚めてもおかしくない状態じゃった」

「それ、って…………少し違うけど、ジュマの言っていた『事象隷属黙示録(アポカリプス)』と似てる」

「っ」

 私の一言にランさんの視線がこっちに向いて、

「それを創るのが目的じゃったか…………」

一人、合点がいった。そんな風に視線を戻すランさん。

「『事象隷属黙示録』を知ってるんですか!?」

 私はランさんの様子に顔を向けて、

「まぁ、の。昔の事じゃが…………」

話の続きを遮るように、つんざく鋭い音が鳴り響く。

「何っ!?」

「そろそろ時間じゃな」




「なんでだ!?なんでこんな事になったんだ!?」

 死神は狂ったように叫びだして、僕を睨み付ける。

「僕は何を間違った!?ただ一人の人間を殺して!!人間達の魂を奪って!!ただそれだけで僕は全てを手に入れられるはずだったのに!!何でだよっ!?」

 目の前の死神は何も失っていないのに、なんでこんなにも悲しい顔をするんだろう?

「君が、君が黙って死んでいれば!!君さえ!!君さえ僕の邪魔をしなければっ!!」

 夏先輩を殺して。

「僕は!!僕がっ!!僕こそがっ!!」

 セフィリアを傷つけて。

「この世界全ての王にっ!!世界の支配者にっ!!」

 町の人達、皆を犠牲にして。

「新しい世界の『神』になれるはずだったのにっ!!」

 叶えたかった事は…………。

「…………下らない」

「下らない、だって……?」

 死神は僕の言葉が信じられないって顔をして、

「ふざけるなっ!!『神』になる事の何が下らないって言うんだ!?」

傷だらけの左手を僕に向ける。

 苛立ちを魔力に込めて、死神の影が無数の鋭い剣になって飛んでくる。

「下らないよ」

 僕は目の前の死神に会った時に決めていた事を思い出して、セフィリアの『魂喰い』を地面に突き立てる。

「神様になって、何ができるって言うんだ?」

 僕に向かって飛んでくる黒い剣の弾幕。その手前に『視』える赤く光る『核』を右手で払って。

「なっ!?」

 死神の顔が驚きに歪むのと同時に全部砕けて、剣の破片が僕の中に沈んでいく。

「お前が言った、世界を何でも思い通りにできるってさ」

「こ、このっ!?」

 僕は右手を降ろして、死神へ歩き出す。

「僕には、ただの…………子供の我が儘にしか聞こえない」

「くっ、来るな!!」

 左手で指を弾いて、僕のを取り囲むように吹き出す黒い炎の壁。

「来るなっ!!」

 それを僕は今度は左手で正面に『視』えた『核』を振り払う。

「あっあぁ…………あぁあ」

 死神の体が声に合わせて震えて、

「そんな、お前の……我が儘を下らないって言って何が悪い?」

炎の壁も僕が歩くのに合わせて……僕の中に消えていく。

 黒い炎を取り込むと同時に取り込んだ炎よりもドス黒い感情が。

「お前の身勝手な欲望を押しつけるなよっ!!」

 ただ純粋な殺意になって体中に駆けめぐる。

 瞬間、僕の足下は殺意で溢れた紫電に砕け飛んで。

「ああああああっアアアアアアアアアッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 死神はまるで恐怖から逃げるように空へ飛んだ。

「来るなっ!!来るな来るナッ!!来ルナ来ルナクルナッ!!」

 死神の初めて聞く恐怖に染まった声。悲鳴を上げるの当時に左手を振り上げて。

「クルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 魔力の全てを左手に収束。掌には一本の巨大な漆黒の槍。

「ジュマ=フーリスッ!!」

 空へ飛んだ死神を追って、

「お前の子供じみた我が儘はっ!!」

「アアアアアアアアあぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアアアアッ!!」

死神は法術で創られた漆黒の槍を音速を超える速度で撃ち出す。

「お前の身勝手な欲望はっ!!」

 撃ち出された音速を超える槍。僕はそれの上に着地と同時に、『核』を粉々に砕いて。

「お前の下らない幻想はっ!!」

 槍の残骸を踏み台に、死神へ跳んで。駆けめぐっていたドス黒い感情を全部、右手に握り込む。




「お前の絶望はっ!!」




 僕の感情を乗せた右手が、死神の体を貫いて。



「お前が受け入れろっ!!」



 青く光る『魂』を粉々に砕いた。

「がっ、あぁ」

 貫かれた痛みと、魂を砕かれた虚無感に死神の目からは光が消えて。

「し……たく……よ」

 赤い涙を流しながら一言だけ言い残して、黒の光の粒になって僕の中に消えていく。

 取り込み切ったことを確認して、地上に戻る僕。

「……………………っ」

 死神が僕に取り込まれる寸前、言い残した言葉が心に突き刺さる。

 僕は静かに校庭に着地。僕が作り出した黒い世界の空を見上げて。



 ―――――――――――――――死にたくないよ。



「…………何だよ、それ」

 自分で望んで受け入れた感情は…………どうしようもなく悲しかった。



「きっかり三分じゃの」

 空を見上げていた僕は後ろから聞こえてきた声に振り返る。

「ごめん、待たせちゃった」

 振り返った先には夏先輩とセフィリアを抱えたお祖母ちゃんがいた。

 お祖母ちゃんは二人を静かに地面に降ろして、

「…………いや、気にせんで良い。良く我慢したのぅ(・・・・・・)

そう言って、僕の頭を優しく撫でてくれた。

「っぁ…………はは、大丈夫だよ」

 お祖母ちゃんの言葉に涙が出そうになって、

「僕のことより、夏先輩とセフィリアが」

慌てて撫でてくれていた手をそっと払う僕。

「ごめん、セフィリア。少し待たせちゃった」

「ううん、私は平気よ。ランさんが供給してくれた魔力で大分楽になったから」

 セフィリアはふらつきながらも立ち上がって、大丈夫って胸を張る。

 でも、あちこちに傷が残っていてやせ我慢しているのがバレバレだった。

「私よりもナツコが…………」

 セフィリアはしゃがみ込んで、体の輪郭がぼやけ始めている夏先輩をゆっくり抱き起こした。

「私とランさんで魔力を供給し続けてるんだけど……」

 セフィリアの表情が曇るのと同時に口ごもって。

「不味いことに夏子さんの魂が消えかかっておるんじゃ」

 セフィリアの代わりにお祖母ちゃんが答える。

「…………うん、『視』えてるからわかるよ」

 セフィリアに抱えらている夏先輩。外見もぼやけ始めているからわかるけど、何より内側に『視』えているものの方が酷かった。

「夏先輩の『魂』…………粉々になってる」

 霊体の状態で心臓を貫かれた夏先輩。生身の体だったら即死ものだけど、夏先輩は心臓を刺されるのによくよく縁があるみたい…………嫌な縁だけど。

「この状態じゃ『事象回帰』をしても、時間回帰の最中に魂が消えちゃって…………い、生き返らせれない」

 セフィリアの声が色んな感情に震えていて。

「ごめん、リン…………生き返らせるって言っておいて、結局」

「大丈夫だよ、セフィリア」

 そっと、セフィリアの肩に手を置く僕。

「リ、リン?」

 僕の言葉の意味がわからない、そんな驚きと戸惑いに顔を上げるセフィリア。

「大丈夫って…………このままじゃナツコが消えちゃうのよ!!大丈夫なわけ無いじゃない!!」

 夏先輩をギュッと抱き寄せて、

「こんなっ!!せっかくリンが頑張ってアイツを倒しても、ナツコが生き返れなきゃ何の意味も無いじゃない!!それでっ!!それでも、リンは平気なの!?」

夏先輩と僕の為に同情からじゃない、心からの悲しみの涙を流すセフィリア。

「大丈夫だよ、セフィリア。夏先輩は絶対に死なせない、僕が絶対に助けるから」

 そんなセフィリアの涙に力を貰ったような気がした。

「凜よ、お主…………」

 お祖母ちゃんが心配そうに僕を見て、

「大丈夫、方法はさっき取り込んだから」

「…………そうか」

僕の答えに表情が曇って、心配が確信になったみたいだった。

「さっき、取り込んだって…………リン、アンタ何するつもりなの?」

 セフィリアもお祖母ちゃんの様子に何か嫌ものを感じ取ったみたいで、

「大丈夫。この方法なら夏先輩もちゃんと生き返らせれるし、セフィリアの力も返してあげられる。お祖母ちゃんの力もちゃんと返せるし、僕が取り込んじゃった町の皆も助けられるから」

そんなセフィリアを安心させるようと力一杯笑って。


「じゃあ、リンは?リンはどうなるの?」


 セフィリアのその一言に言葉が詰まりそうだったけど無視して、

「あっ、でもここの担当だったって死神の人は助けて上げられないかな。僕が取り込んだ『虚』の中にも魔力の欠片も残ってないみたいだし」

「リンはどうなるのよっ!?」

今までで一番、苛立った声で怒られた。

「…………」

「今のリンは皆の魂を取り込んで『リン』として存在してるんでしょ!?それなのに、リンの中の『魂』全部を元通りにしたらリンは」

「消えるかもしれんな」

 セフィリアの疑問に答えるようにお祖母ちゃんが言葉を繋げて、

「そ、そんなっ!?」

「あくまで可能性の話じゃが」

「そんなの!!可能性があるだけでも酷すぎる!!」

元から真っ白だったセフィリアの顔色が真っ青になって、血の気が引く音が聞こえたような気がした。

「ごめん、セフィリア」

 一瞬の隙だった。セフィリアが僕から視線をお祖母ちゃんに移して、その瞬間にセフィリアの首筋に紫電を流した。

「なっぁっ!?」

 驚きと電撃の衝撃に目を見開くセフィリア。

 セフィリアの体からガクッと力が抜けて、

「すまんのぅ…………祖母として間違っていると思うが、凜のしたいようにさせてやってほしいんじゃ」

倒れそうになるセフィリアを支えるお祖母ちゃん。

「ごめんね。痺れさせただけだから安心して」

 セフィリアと入れ替わりみたいに夏先輩の肩に手を回して、膝裏にそっと手を通して抱き上げた…………まぁ、簡単に言えばお姫様抱っこなんだけど。

「大丈夫、消えるつもりなんてないよ」

 僕は夏先輩を抱えたまま、セフィリアを見下ろす。

「っ…………ぁ、ぅぁ」

 セフィリアは体が麻痺しているのに、必死に何かを喋ろうとしていて、

「でも、一つだけ…………一応、頼んでおこうかな」

僕はそんなセフィリアにお願いをした。それもできるだけ、とびっきりの笑顔で。

「っ!?」

 僕の足下から黒い光が、僕と夏先輩を包むように吹き上がって。

「…………夏先輩が生き返ったら伝えて」

 今の僕にとって一番大切だったことを。

「約束、護れなくてすみません…………って」

「ぁっ!!」

 セフィリアの綺麗な碧眼から、雫が落ちて。それを黒い光が遮っていく。




 平成――年五月四日土曜日、校舎の外壁に組み掛けられていた時計の時刻は。


 ――――――――――――――――――――――――――――午後十一時五十九分五十六秒。


 五月五日、ゴールデンウィーク最終日。僕はその日を過ごすことなく、長い長い…………本当に長かった休みを終えた。





 

 

 

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