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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
神村夏子
16/39

――― 5月4日 想い・嘆 ―――

「…………ぁっ」

 意識が飛んでた。体中が痛くて、ぼやけてた意識がハッキリしてくる。

 右の肋骨が三本、右手首と左肩の骨もヒビくらい入ってる。左足も怪しいかな……でもラッキーだったのは致命傷がないってところかな。

 私…………ジュマのヤツに最大威力の『第二位』を破られて、吹き飛ばされたんだ。

 壁か何かにめり込んでるのか、早く抜け出さないと。

 血が足りないのか体が震えて、うまく動けなかったけど何とか壁から抜け出した。床に足を付いたの同時に膝から力が抜けて、両手をついて四つん這いになった。

「リ……ン、ナツ…………コ?」

 二人の姿とジュマのヤツを探して顔を上げてみた。

「…………………えっ?」

 額から裂けた血で視界右半分が赤く見えたけど、それでも充分だった。

「やぁ、目が醒めたのかい?」

 ジュマの左手は血で肘まで染まっていて、

「残念、少し遅かったね…………」

達成感に満ち足りた笑顔で左手で持ち上げたモノ、正確には突き刺したモノを私に向けて突きだした。


「もう終わったよ」


 ジュマが左手に刺していたモノは胸を赤一色に染めた…………ナツコ。

「ナツコッ!?」

 ナツコのその姿に飛び上がるように立ち上がる私。

「セ……フィリ、ア?」

 ほんの少し前まで澄んでいた黒い瞳から光が消えて、代わりに冷たい涙を流して。

「凜、が…………」

「へぇ、まだ喋れるんだ。簡単に死んだ割には意外に魂は丈夫なんだね」

 自分の唇に左手の人差し指を添えて、

「やっぱり、モノを壊す瞬間って気持ちいいよねぇ」

指に付いたナツコの血を舌先で舐め取りながら顔を綻ばせた。

「ジュマッ!!」

 ジュマの綻んだ顔に痛みが全部吹き飛んで、

「今すぐ殺スっ!!」

「おー、こわっ」

恐怖なんて微塵も感じていない声で呟きながら左手を払って、ナツコを私に投げつけた。

「クッ!?」

 咄嗟に前に飛び出して、ナツコを受け止める。

「っ、あっ!?」

 その衝撃と、ぶり返した体の痛みにナツコを支えられなくて、またその場に膝を付いてしまう私。

 でも、その時にナツコの体からピキッって不気味な小さい音がして。私の体と接触した左肩から貫かれた心臓にかけて亀裂が入って、血が吹き出る代わりに赤い光の粒が流れていく。

「くっ!!」

 まずいっ!!どんどん魔力の気配が小さくなってく!!このままじゃ五分と持たずにナツコの魂が消えちゃうっ!!

 私は貫かれた心臓の傷口に左手を押し当てて、残り少ない魔力をありったけ流し込む。

「ナツコッ!!もう少しだけ頑張って!!今、私とリンでコイツを」

「リンって…………コレのこと?」

 ジュマの満ち足りた声。まるでこの後、私がどんな反応をするのかがわかっているような薄気味悪い声につい視線が動いて。

「このっ!!うるさっ!?」

 今度は頭を鈍器で思いっきり殴られたような衝撃に声が出てこなかった。 

 私の言葉を、思考を止めたモノ……それはなんの混じり気もない赤で染め上げられた。

「リ…………リン?」

 見るも無惨な姿。

 襟を掴まれてゴミ袋みたいにジュマに持ち上げられたリン。綺麗だった二色の瞳も、特異な色だった髪も。頭のてっぺんから靴の先まで赤一色の姿。その姿はまるで血で造られた彫刻みたいだった。

「…………ァ、アンタッ!!一体リンに何したのよ!?」

 止まってた思考を全力で働かせて、出てきた一言がコレ。我ながら情けなくなってくる。

「何って……『器』になって貰っただけだよ」

「う、『器』って」

 ジュマはリンを私に向けながら突きだして、

「ベェルフェール、君の単純な頭でもわかるように説明してあげるね」

得意気に話し出した。

「この町の人間、四万七千二百八人分の魔力……魂を取り込む為のとびっきりの『器』にね。今の彼は人間としての肉体を構成している物全て魔力の浸食で石化された状態……まぁ、見て貰った方が早いかな」

 そう言ってリンを持ち上げていた右手を開いて、

「っ!?」

リンの体が重力に逆らわずに床に落ちて、その衝撃にガラス細工みたいに粉々に砕け散った。

「ぁ………ぁぁ、っあ」

 簡単すぎた。

「あぁ、ぁ…………ぁ」

「はは、壊れちゃったよ。」

 ジュマは消しゴムをついうっかり落としたように、何の罪悪感もなく。

「っ……あぁ。ぁあああっ」

 簡単に目の前のコイツはリンを殺した。

「ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「おっと」

 リンを殺された。その事実に頭が真っ白になってナツコを投げ捨てる、

「じっとしててよ」

前にジュマが指を弾いて。

「ッァ!?」

 それを合図にナツコ事、私の体を黒い影が床に縛り付ける。

 幸い、ナツコの体から手は離れていなかったおかげで魔力は供給し続けられたけど、私は怒りでどうにかなってしまいそうだった。

「このっ!!ナツコも殺しておいてリンまでっ!!このクズ死神っ!!今すぐ放しなさよっ!!二人を殺した事も!!産まれてきた事も後悔させてやるっ!!」

 それとは真逆で、何てことはない。二人を殺したのはただのお遊び……って感じのジュマ。

「もう、さっきから…………少し落ち着きなよ?君は貴族の出だろ、人間が一人二人殺されたくらいで取り乱さないでよ。君も死神だろ?別に人が死ぬのも殺されるのも、いつもの事じゃないか」

「こっのおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 縛られた手足と体を怒り任せによじっても全くピクリとも動かない。

「それに彼はまだ生きてるよ」

「なっ…………何、言ってんのよ!?アンタ」

「まぁ、生きてるっていうよりは存在してるっていった方が正しいかな」

 ジュマの突拍子もない言葉に、

「アンタ、ホントにっ!?ゴホゴホッ!!」

思わず咳き込んで、ほんのり鉄臭いの臭いがした。

「ほら、砕けた彼の破片。形が変わるよ」

「な、にっ!?」

 床に散らばっていたリンだった結晶が淡くて黒い光を放ちながら宙に浮いて、ジュマの右手の手の平の上に集まって。一瞬、強烈な黒の閃光がジュマの右手を包んで閃光が散るのと入れ替わりに。

「これが新しい『彼』の姿だよ」

 拳大の赤と黒の螺旋模様を描いた玉が不気味に浮いていた。

「な、何よ…………それ?」

「コレかい?」

 赤と黒の玉を右手で掴んで、こっちに歩いてくる。



「コレはね、『事象隷属黙示録(アポカリプス)』だよ」


「ア、アポカリプス?」

 私は状況が二転三転して頭が付いていかず、ただジュマの言葉を繰り返すのだけで精一杯だった。

「そ、事象操作の法術を具現化させて道具化させたものだよ。まぁ、略して『法具』って言えばいいのかな?この場合は。黙示録って言ってみたものの、僕も初めて創ったから上手く形はできなかったみたいだけど」

 状況を理解できていない私を置いてけぼりにして、心が満たされたのかどんどん饒舌になっていく。

「準備に苦労したよ。『法具』を創るのには大量の人間の魂とそれを取り込める頑丈な魂…………『器』が必要だったんだ。さっき下で言ったけど、最初から彼を殺せてたらスムーズだったんだけど……ちょっとしたハプニングで遠回りになっちゃったよ。ホントなら彼を殺して『虚』にして、あとは町中の人間の魂を空間法術で全部奪う……たったこれだけだったんだけどね」

 口元が緩みっぱなしの表情に悪寒が走って、

「彼を殺しそこねた所為で僕を処理する死神は来るわ、勝てもしない『殲滅斬手』と戦わなきゃいけなくなったり、『虚』を使って下準備をしたり…………ほんと大変だったよ」

笑いを堪えようとしてるのか、いきなり左手で顔を覆って。

「『彼』から物凄い数の魔力を感じるだろ?」

「っ」

 確かにあんな状態になってもまだ魔力を感じる事ができる。でも感じてる魔力の気配が何かおかしい。

「それだけ魔力を詰め込んでるとね。普通は僕ら死神の魂であってもその魔力の大きさに耐えられずに壊れちゃんだよ。でも、彼は違う」

 顔を覆っていた左手を自分の胸に押し当てるジュマ。ジュマは歩くのをやめて、その場で演説じみた言葉を並べていく。

「彼は魔力の『具現化封印』って激レアな能力のおかげでどれだけ取り込んでも魂は壊れないんだ。一応、万が一魂が壊れても最低町の人間の魂は確保したかったからね。保険で『虚』二体に魂の転送の『法具』と魔力搾取法術を分けて組み込んでおいたけど、いらない心配だったみたいだけど」

「そんなものの為にリンも、ナツコも……」

 この地区の担当だった死神も、この町に住む大勢の人間達も。

「そんなものの為に犠牲になったっていうの?」

「そんなものって…………これだから若い子は駄目なんだよ。人の話を最後まで聞かないから、聞けば絶対に欲しくなる…………『彼』と君と一緒に縛ってる死にかけの彼女。そしてこの二人を助けたかった君……そう、特に君達三人はね」

「アンタのいう『事象隷属黙示録(アポカリプス)』の何を私達が欲し」

 欲しがってるって言うのよ!?

 私はそういうつもりだった。大勢の人間を犠牲にして得た物に価値なんか無いって…………でも、ある言葉が引っ掛かって。

「事象、隷属?」

(聞けば絶対欲しくなる―――――――――――――――特に君達三人はね)

 さっきのジュマの言葉と引っ掛かった言葉に。

「事象隷属って、まさかっ!?」

 私が辿り着いた……いや、辿り着かされた答えに。

「そう。事象隷属……その言葉通り、この世界に存在する人や物、過去や未来……そういった事象として存在する全てを従える事ができるんだよ!!コレは!!それも僕らの事象に関する法術みたいに膨大な魔力も使わず、時系列や儀式代価もなく…………一切の制限を無視して、使用者の望むままに事象を操作できるんだ!!死人だって簡単に生き返らせる事だってできるんだよ!!」

「そんな…………そんな事って」

「正に『神』の力だよ!!僕達は『生命』という限定的な力の上、それも事象を操作する為にはいくつもの条件を満たさなきゃいけなかった不完全な神『死神』として存在していたけど、この『事象隷属黙示録』があれば!!僕達『死神』を含め、この世界の全てを創造した『神』の定めた事象を!!理を否定して新しい『神』になることも可能なんだよ!!」

「アンタ、狂ってる」

 目の前にいるコイツは何もかもが狂ってる。

「す、少しおしゃべりがっ…………過ぎたね」

 声を荒げて乱れた息を整えながら、私とナツコに視線を戻す。

「さぁ、おしゃべりの時間はおしまい。僕は優しいからね、『彼』が寂しく無いように君達二人も『彼』の中に取り込んであげるよ」

 獲物を定める獣のように私達に標準を定め、リンだったモノ…………『事象隷属黙示録(アポカリプス)』を掲げるジュマ。

「くっ!!」

 そうはさせまいと影を破ろうとして必死に藻掻く私……けど。

「無駄だよ、その束縛法術を破ったところでもう魔力が尽きかけている君に僕はおろか空にいる『虚』にすら勝てないよ!!」

 勝ち誇った、いや最初からも勝負にもなってないって言いたげな顔で私を嘲笑うジュマ。

「っ…………」

 リンだったモノがジュマの意志に答えるように赤と黒の閃光をまき散らしながら光を強めていく。

 悔しかった。何も言い返せない私に。

 悔しかった。死神として任務を全うできない私に。

 悔しかった。目の前のいる敵に勝てない私に。

 でも。

「ごめんね、ナツコ」


 そんな事、どうだって良かった。


「こんな下らない事のせいで、ナツコを死なせちゃって」

 私のすぐ脇で息も途切れ途切れに、どんどん姿が薄れていっているナツコ。

「ごめんね、リン」

 ジュマに握られている変わり果てた姿。

「ナツコを生き返らせるって約束したのに、護れなくて」

 目が焼けるように熱くなる。

 それと一緒に奥から熱いモノが溢れて、視界がぼやける。

「さぁっ!!新しい『神』(ぼく)が創る世界に礎になれっ!!」

 悔しさに打ちひしがれている私に容赦なく現実を見せつけるジュマ。そんなジュマに答えるように私とナツコ、そして世界を赤と黒の光が飲み込んでいく。

「…………っ」

 赤と黒の光に飲まれる直前。

「…………ごめん、二人とも」

 産まれてから今まで生きてきた十六年間。その中で一番悔しかった事…………それは。






「私、…………何も護れなかった」




 人間界で初めてできた二人の友達を護れなかった事。


 





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