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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
神村夏子
15/39

――― 5月4日 想い・奪 ―――

(凜よ、お主にして貰わねばならん事が三つある)

 僕はお祖母ちゃんと別れると同時に一気に学校まで走り出す。

(三つ?)

 走りながらお祖母ちゃんに言われた事を何回も頭の中で繰り返した。

(まず一つ。最悪、ジュマと会ったとしてもいきなりジュマと戦おうなんて考えるんじゃないぞ?お主が最優先でしなければならんのはジュマが設置した最後の魔力吸収法術を取り込む事じゃ)

 近くまでお祖母ちゃんに運んで貰ったおかげで、一分もかからずに校門を走り抜いて。

(これ以上、後手に回るわけにはいかんからの。あやつがコレまで入念に準備していたモノの一部でもあるからの……何かしろの仕掛けが施されていると思って要人にこした事はない。先に仕掛けられる前に取り込んで扱えんようにしておくんじゃ)

(わかったよ)

(二つ目じゃが、お主とセフィリアの二人でワシが『虚』を全て滅ぼすまで時間を稼いで欲しい。ワシがジュマと戦えんようにするのとセフィリアが夏子さんを連れて逃げられんように人質を取っておるからの、犠牲と被害を最小限……零で押さえるにはワシが『虚』と戦う他ない)

 校門には一生懸命に部活に打ち込んでいる沢山の先輩達や同学年の人達、後輩がいた。時間を奪われたみたいに身動き一つしない皆。そんな皆に心の中で「きっと助けるから」って謝った。

(まぁ、お主にもおとなしく出てこいという意味合いも含まれておるじゃろうからな。かなり危険じゃがここは耐えてくれんかの?)

(うん、僕は大丈夫)

(それでこそワシの自慢の孫じゃ)

 そう言って笑ったお祖母ちゃんの笑顔が心配と不安、悔しさに壊れてしまいそうだったのは一目でわかった。

(これは可能であればで良いのじゃが)

(何?)

 僕は生徒玄関のドアを突き破るよう押し退けて、それと同時に校舎全体が震えて大きな爆発音が響いた。

(万が一、ワシが間に合わない場合の事じゃが……今のお主の右眼、ジュマの魔力と魂を『視』る事ができる状態になっておる。今までの経緯からすれば存在としての根源、ジュマの場合は『魂』になるが……それが『視』えていれば例え死神といえど取り込む事が出来る筈じゃ。セフィリアの状態次第じゃが、お主が『虚』同様取り込んでしまえばいい。大分セフィリアに頼る形になるでの、セフィリアと話が出来る隙があれば話しておくんじゃぞ)

(うん、それで三つ目は?)

 息が切れるのも構わずに階段を一気に駆け上がろうとしてところで、二度目の爆発音が鼓膜に突き刺さった。けど、

(三つ目じゃが……その前に)

無視して階段を駆け上がる。

 お祖母ちゃんは僕の右眼にそっと触れて、触れた瞬間淡い光が僕の右眼を包んだ。

(なんか……温かい)

(一時的にじゃが右眼の痛覚だけを抑えておいた。完全に痛みを感じんわけではないが大分マシじゃろ。ジュマと戦っている最中に痛みで動けんようになっては何の意味もないからの)

(ありがとう、お祖母ちゃん。助かるよ)

 ホント、何から何までお祖母ちゃんに頼りっきりな僕。でも。

「もういいよ、死んでも」

 階段を上りきった途端、聞きたくなかった声で聞きたくない言葉が聞こえてきて。僕の右眼と左眼に映ったのは、夏先輩に手を伸ばす死神の姿。そして僕は叫んでいた、感情が赴くままに。

「夏先輩に触るなっ!!」

(三つ目は)

(うん)

(事が終わったら、肩でも揉んで貰おうかの)


   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「やぁ、待ってたよ!!」

「萩月凛!!」

 嬉しさを込めた笑顔で僕を見据えるジュマ。

 それとは対照的に好意なんて一欠片もない。

「ジュマ=フーリス」

 ただの敵だと認識して睨む僕。

「嬉しいよ、萩月凜君。君とこうして話せる時を心待ちにしていたんだ」

「残念だね。僕は君と話なんてしたくもないし、顔も見たくなかったよ」

 理由は違うけど互いに感情的になって声を張り上げる僕ら。

「ふふ、『虚』達の魔力がどんどん減ってる。予想通り『殲滅斬手』とは別行動をとったんだね、感心感心」

 死神は誰にというわけじゃなく、貶してるみたいに拍手をして。

「お祭りの主役も来てくれたし……そろそろお開きにしようかな」

「へぇ、まだ来たばっかりなんだけど?」

 僕は睨んだまま軽口をたたいて、右眼に『視』えてる光景をしっかり見定める。

(死神の胸の辺りで脈を打ちながら光る青い光、これが死神の『魂』)

 死神だけじゃない。死神の後ろにいる夏先輩や奥にいるセフィリアの『魂』も『視』える。

 ここに来る途中、お祖母ちゃんや夏先輩もだけど校庭や校舎の中にいた皆……人間の魂は赤。死神やセフィリア……多分、死神は青い光の玉で『視』えるんだ。

「ごめんね、僕って気分屋だからさ。もう飽きちゃったんだよね」

「ふーん、そうなんだ」

 あの青い光の玉、アレを触る事が出来れば…………。

「じゃあ、僕達帰っても良いかな?」

 助けられる。夏先輩もセフィリアもお祖母ちゃんも皆も。

「良いよ、帰っても…………僕に殺されてからならね」

 死神は勇み足で一歩、僕に向かって歩き出して。


「させるわけないでしょうが!!」


 一歩。死神の踏み出した足が床に付く寸前で、セフィリアの怒声と一緒に大鎌が閃いた。

 夏先輩をを縛る黒い影を断ち切るのと同時にそのまま床を切り裂いて、僕に気が向いた一瞬で大鎌の刃を死神の細い体に叩き付けるように振り上げる。

 それと同時にパチンと死神が指を弾いて、

「へぇ、まだ動けたんだ。結構しぶといねぇ」

大鎌の刃は火花を散らしながら、碧い壁に阻まれた。

 けど、

「まだよっ!!」

セフィリアは斬撃を防いでいた碧い壁ごと天井へ吹き飛ばす。

「なっ!?」

 死神は二階、三階と天井を砕きながら吹き飛ばされて学校の屋上へ。

「ぐぅっ!!」

 セフィリアは大鎌を振り上げた反動と循環させた魔力の負荷に体が耐えられなくて、

「セフィリア!!」

前のめりに倒れそうになるセフィリアを床より先に抱き留められた。

「…………リ、リン」

 セフィリアに肩を貸しながら立ち上がって貰って、

「…………ごめん、アンタとの約束護れなかったわ」

「え?約束って?」

セフィリアはふらつきながら壁により掛かって、僕の後ろを指差した。

 セフィリアが指差した方向に体を向けると、

「凜」

右のほっぺたを襲う衝撃と弾ける音が一緒にやってきて。

「アンタが狙われてるの、ナツコにばれちゃった」

 セフィリアの気まずさ一杯の声と、夏先輩の黒目がちで澄んだ瞳に溜まった涙に自然と顔の筋肉が引き締まる。

「…………あの」

「どうして黙ってたの?」

 夏先輩の静かな声。でも、その声に乗せて僕に突き刺さる感情に声を飲み込んだ。

「っ…………」

「ナツコ、今はそんな状況じゃ」

 声の出てこない僕に代わってセフィリアが状況が状況だけに止めに入ったけど、

「セフィリアもなんで黙ってたの?」

その一言と夏先輩の視線に僕と同じく何も言えなくなって。

「…………そ、それは」

「…………その」

 僕とセフィリアはさっきまでの命の遣り取りで張り詰めた緊張感が嘘みたいに感じるくらい、何も出来なくなった。

「私が本当は凜が狙われてるって事を知ったら、私が死んだの事。凜の所為にすると思ったの?」

 手探りとかジャブとか前振りなし。いきなり渾身の右ストレートで心をガードしてた両腕事、心を折られた。

「ちっ、ちがいま」

「セフィリアも私に嘘付いて……担当してくれてた死神の人も殺されてたじゃない」

 僕の言葉を完全無視。それでもめげなかった僕は初めて聞く話に、

「えっ?担当の死神って……デッ!?」

「なんで教えてくれなかったの?」

額に容赦なくチョップをお見舞いされて舌を思いっきり噛んだ。

 声にならない悲鳴を上げる僕をよそに、夏先輩はセフィリアの心にも右ストレートを打って。

「いや、悪気があったわけじゃないのよ、ホントに。ただリンにもナツコにも心配させたくなくて」

 甘くて心が落ち着く香りが、

「えっ?」

「へっ?」

僕とセフィリアを優しく包み込んだ。

「な、夏先輩!?」

「ど、どうしたのよっ!?いきなり抱きついて!?血、血が付くわよ!!」

 僕とセフィリアの脇の下を通して背中に手を回す夏先輩。そのまま僕達を引き寄せて僕とセフィリアの顔が夏先輩の顔を挟むように並ぶ。

 僕は二回目だけどそれだけで免疫ができてるわけがないから、セフィリアと二人。わけもわからないままドギマギしながら顔を赤くして、

「…………嫌だよ」

夏先輩がポツリと呟いた一言に。

『えっ?』

 僕とセフィリアの熱が飛んだ。

「私だけ、何も知らないなんて……嫌だよ」

「…………夏先輩?」

「ナ………ナツコ?」

 夏先輩の抱きしめる力が強くなって。

「凜やセフィリア、それに蘭さんが危ない目に遭ってるのに……私だけ何も知らなくて、自分が生き返る事しか考えて無くて」

 失いたくない。ただそれだけ、そんな気持ちが伝わってきて。

「皆が私を助けてくれても、私は皆に何もして上げられない」

 そんな事無い。そんな言葉が浮かんだけど、今は言っちゃ駄目な気がして。

「皆が私を護ってくれても、私は皆を護れない…………協力する事だって、手伝う事だってできないのに」

 声に想いと一緒に嗚咽が混ざりはじめて。

「生き返ったって…………凜も、セフィリアも、蘭さんも……皆がいなきゃ生き返ったって意味無いじゃない」

 泣くのを堪えているのが抱きしめてくれている腕から伝わって来る。

「私は凜達みたいに戦えるわけじゃない、けど」

 夏先輩から伝わってくる温もりがどんなモノよりも温かくて。

「それでも、皆が背負ってるモノを。ほんの少しだけで良いから私にも背負わせてよ」

 僕は腰を、セフィリアは肩を。夏先輩の想いに答えるように強く抱きしめる。そして僕とセフィリアは打ち合わせしたわけじゃなかったけど心に浮かんだ言葉を夏先輩の想いに重ねて。

「ありがとう、ございます」

「ありがとう」

 その言葉に僕達を抱きしめる腕に一層力がこもって。

「二人とも、指切りしよっ!!」

 名残惜しさを振り切るようにバッ!!と勢い良く離れる夏先輩。

「指切り、ですか?」

「指切りってアレよね?約束破ったら針千本飲むってやつ」

「うん」

 涙を袖で拭いて、夏先輩は両手の小指を。僕は左手の小指、セフィリアは脇に大鎌を刺して右手の小指を互いに差し出した。

「それで?何を約束するのよ?」

 セフィリアは夏先輩に話し掛けながらも、注意を上に向けている。

「え、えっとね」

 夏先輩もセフィリアの様子に少し慌て気味になってた。その所為か、

「やくそく、約束よね……あはは」

何も考えていなかったみたいで苦笑いをして。

「全く……こういうのって普通は決めててするものじゃないの?」

 セフィリアも夏先輩につられて小さく笑って、

「じゃあ、こういうのはどうかな」

僕が代わりに約束を決めてみる。

「ジュマを倒して、夏先輩を生き返らせたら……元の生活に戻れたさ。皆でどこか遊びに行くっていうのはどうかな?」

 特に深い意味も理由もない。ただ、そうしたいなぁ……って思っただけ。

「行き先とかは後で決めるとして、僕や夏先輩、セフィリアにお祖母ちゃん。皆で笑って遊べたらいいなぁっ、て」

「いいね、それにしようよ」

「私は、まぁ……行って上げても良いけど?」

 珍しくもない、というか普通にただの遊びの約束。でも、きっとこの何て事無い約束が今の僕達に一番必要な事なんだって皆で確信した。

 僕達は小指を絡ませて、

「ゆーびきりげんまんっ!!」

「嘘ついたーら」

「針千本、のーっます!!」

唄に合わせて小指で繋がった手を上下に揺らしながら。


『指、きったっ!!』


 約束をした。

「凜、それにセフィリア……約束、破らないでね」

「はい、わかってます」

「こっちのセリフよ」

 三人で顔を見合わせながら、今みたいに笑っていられるように。

「っていうか、ナツコ」

 何かを思い出したようにセフィリアが夏先輩の肩に手を回して、

「私とランさん、邪魔にならない?」

僕と夏先輩をニヤニヤしながら交互に見た。

「ん?」

「っ!!」

 セフィリアの言葉に夏先輩の顔が一瞬で赤くなって。

「ナツコの魔力、完全に安定したみたいだからね。『未練』思い出したんでしょ?」

 口元に手を添えて、何か楽しい事でも見つけた子供みたいに夏先輩を弄って……るように見える。まぁ、そういうセフィリアの顔も少し赤くなってたけど。

「夏先輩!!未練、思い出せたんですか!?」

 状況はかなり変化したけど、夏先輩の未練探しが一番最初の目的だった。

「あ、いや……お、思い出した……よ?」

 夏先輩は僕から視線を逸らして、

「セフィリア、何で?」

「言ったじゃん、女の勘って」

「あぅ」

全然話が見えない僕を置いてけぼりにして楽しそうに話すセフィリアと茹で蛸みたいになった夏先輩。

「まっ、今ナツコを弄っても楽しみが減るし……さっさと上にいる馬鹿を片付けないとね」

 好きなおかずは最後に取っておく。そんな言葉が今のセフィリア見ていた浮かんだけど……一体何の話をしていたんだろ?まぁ、男の僕には関係ない話だとは思うけど。

「今の間に襲ってこなかったけど……屋上で待ってるみたいだね、あの死神」

「そうね、いつでも私達なんか殺せるってアピールしてんでしょ?」

 セフィリアは小さく息を付いて、大鎌を後ろに回す。

「今の魔力じゃそんなに強力な『空絶』は張って上げられないけど、無いよりはマシだから……二人はここにいて。すぐ終わらせて」

「セフィリア」

 僕と夏先輩の為に『空絶』を張ろうとしてくれたセフィリアを呼び止める僕。

「ん、何?アイツ、いつまで待ってくれるかわからないから早くして欲しいんだけど?」

「僕も一緒に行くよ」

「はぁっ!?何言ってんのよ、リン!?わかってんの!?狙いは」

「だからだよ、僕を囮に戦った方がセフィリアも隙を狙いやすいでしょ?さっきだって僕に注意が向いた時に隙できたし」

 僕は屋上に向かおうと階段の方に振り返って、

「さっきはさっき!!駄目よ、危険すぎる!!」

大鎌を握ってない右手で僕の頭を鷲掴みにして僕を止める。

「大丈夫、お祖母ちゃんからも作戦を貰ってきたし」

「ラ、ランさんから?」

「そっ、しかも決まれば一撃必殺の作戦だよ」

 頭を鷲掴みしている手を解いて、僕は自信たっぷりに笑ってみせる。



「あぁ、長かったなぁ…………ホントに」

 死神の僕がたかが人間一人の魂を刈り取るのに一ヶ月前から準備しなきゃいけなかったなんて…………ホント、泣けてくるよ。

「吹き飛ばされたけど追ってこないなぁ……何か話してるのかな?」

 目には見えてはいないけど、魔力に気配は足下から感じる。

「まっ、最後くらいはゆっくり話をさせて上げるのが優しさか」

 待ち焦がれた時まであと少し、そう思うと自然に表情が緩む。

「ったく、僕だけ難易度が高いんだよ。いくら僕が優秀でも『殲滅斬手』の相手なんかホイホイできないっての」

 学校の屋上から見える光景。

 赤い世界に何度も紫色の閃光……雷が煌めいて。

「あれだけ魔力収束して撃っても全然減ってないって…………ホントに人間なのかなぁ」

 任務がてら『虚』用に人間の魂を刈り取ったり、空間固定法術や魔力吸収法術をわざわざ砕いて設置したり、地区担当の死神を殺したり…………極めつけなんて言葉じゃ全然足りない一番の障害だった『殲滅斬手』も今は『虚』の相手で手一杯。

「まだ十分しかたってないのに、もう三十体もやられてるよぉ…………準備するのに一週間掛かったのになぁ。このペースだとあと二十分弱で全部消されちゃうか」

 でも、ゴミ掃除とジリ貧の死神を処理するのには充分すぎる時間。

「まぁ、あと一つ取り込ませてあの子を殺せば終わり。手間が掛かった割にはあっさり終わりそうだな…………」

 僕は仕事終わりの中年死神みたいに小さくため息をついて、

「………………どこまで知ってる、か」

つい、この間。『殲滅斬手』に言われた言葉が頭の中に浮いてきた。

「あの子の能力……魔力の『具現化封印』って聞いてたし、『虚』を取り込んだだけ(・・・・・・・)のところを見ると実際そんな感じだしなぁ」

 あの時。『殲滅斬手』が僕を見ていた時の目。

「なんかムカムカするな」

 何を確かめたかったのか知らないけど。僕が知っているかどうか…………それ以外に全くの興味無し、孫を殺そうとしてる僕の事なんて完全無視。僕の目的も理由も、存在自体どうでも良いって感じ。

「…………ヤな目」

 あの時、僕を見てた目がアイツみたいで気持ち悪かった。

「まっ、いっか。孫を殺されたら少しは楽しめそうな顔になってくれるだろうし、彼を殺せばアレも完成するし『殲滅斬手』も僕には勝てなくなる…………少しはスッキリするよね」

 僕はモヤモヤする気持ちを無理矢理納得させて、自然と屋上の入り口に視線が向いた。

「……………………やっと来た」 

 そう呟いた瞬間、僕の心は楽しさで弾んだ。


 ――――――――――――――ドンッ!!!!!!!!


 屋上のドアが切り飛ばされたのと同時。

「やぁ、最後のお別れは済んだかい?」

「今からするところよ」

 身の丈以上の大鎌が白銀の光を放って煌めく。

「アンタの首を撥ねて、魂事砕いてあげる!!」

 末恐ろしい後輩の一言に笑みがこぼれる。

「無理だと思うけど」

「やってみなきゃわからないよ!!」

 彼の声を合図に白銀の閃光が屋上の床を切り裂きながら一直線に僕へ迫る。

「荒っぽいなぁ、がさつな女の子はモテないよ?」

 右半分、体を後ろに引いて閃光を回避。

「夏先輩はここにいて!!」

「行くわよ!!リン!!」

 僕の言葉はまるで無視。

 彼と後輩が同時に僕へと走る。



 チャンスは一回。それが僕とセフィリアに残された最初で最後のチャンス。

 僕とセフィリアは同時に死神に走り出して、最後のチャンスを掴みに行く。

「第二位解放!!」

 左眼に見えるジュマの後ろ、正確には屋上のど真ん中。右眼に『視』えるのは屋上の中央から床の隅々まで木の根っこみたいに広がる黒い線、その黒い線が群がって形作る黒い十字架。それに埋め込まれたように脈動する赤い塊……『核』だ。

「わぁ、ボロボロなのにまだそんな魔力残ってたんだ?」

「ボロボロで丁度良いくらいよ、アンタと鍛え方が違うんだから!!」

 セフィリアの煌めく白銀の斬撃がジュマを頭から一閃。

「ほっ、と」

 でも、斬撃は碧い障壁に阻まれて光になって消える。

「まだまだっ!!」

 でもセフィリアはそんなお構いなしに閃光を纏わせながら大鎌を振り続けた。

「なっ!?捨て身!?」

 一撃一撃が出し惜しみ無しの全力の一撃。嵐のような怒濤の攻撃、その攻撃に防戦一方だった死神の障壁にひびが入って、初めてジュマが焦った顔を見せる。

「くっ!!」

「リンっ!!今の内に法術の欠片を!!」

 大鎌を振るう手を休めることなく、僕に叫ぶセフィリア。

「わかった!!」

「なっ!?」

 僕はセフィリアの後ろから死神を無視して二人の脇を駆け抜ける。

 死神は僕が何もせずに通り抜けていく姿に、

「まさかっ!?やめろ、そっちには」

「法術の欠片があるんでしょ?」 

驚いているのか、目を見開いて口をパクパクさせていた。

 右眼に『視』える光景。

 僕は黒の十字架で跳ね上がる『核』を右手でむしり取って、

「よしっ!!」

その瞬間、『核』が赤い光を放ちながら砕ける。

「あぁっ!!」

 法術の『核』を砕かれて死神の声が震える。

「残念だったわね!!ジュマ=フーリス!!」

 セフィリアの自信で溢れた声が響いて、

「っ!?」

死神の碧い障壁が白銀に斬撃に砕かれる。

「っぁ」

 右眼に『視』えたのはセフィリアの『魂』から溢れ出た青い閃光が余すことなく大鎌へ流れて、大鎌を全て飲み込んで……煌めく白銀の斧へと変わる。

 正真正銘、セフィリアの全身全霊の一撃。

「あぁ……ぁっあぁああああっ!!」

 お祖母ちゃんが来るまでの時間稼ぎも、倒す作戦もいらなかった。セフィリアの渾身の一撃で終わるんだ。

「これでっ!!」

 夏先輩を襲った悪夢も。

「セフィリアアアアアアアアアッ!!」

 夏先輩がいない日常も。

「頑張って!!セフィリアッ!!」

 死神にねじ曲げられた理不尽な運命も。

「終わりよっ!!」

 セフィリアは僕と夏先輩、そして自分の想いを込めた一撃を振り下ろす。

「いっけえええええええええええええええええええっ!!」


 この一撃で全部―――――――――――――。






「終わりだよ」





 白銀の斧を黒い閃光が断ち切って。

「………………な、に?」

「どうだった?僕の演技は?」

 枯れ葉が風に舞うみたいにセフィリアの体が吹き飛んで、

「がっ!?」

屋上の出入り口の壁に大の字で張り付けられた。

「セフィリアッ!?」

 壁に張り付けにされたセフィリアへ飛び寄る夏先輩。

「セフィリアっ!!しっかりしてっ!!……な、何!?」

 それを邪魔するようにジュマの影が伸びて夏先輩の手足を縛る。

「セフィリアッ!!夏先輩!!」

 セフィリアと夏先輩の所へ急いで戻ろうとして。

 

 ――――――――――――――――――――――ドクンッ!!


「なっ……何?」

 体の奥から……ううん、それ以上の深い場所から引きずり込まれる感覚が体の自由を奪ってく。

 体から力が抜けてその場に膝をつく僕。胸に感じる鼓動に視線を僕の胸に向けて、

「こ、これって…………」

右眼に『視』えたのは全てを喰らい尽くす闇色の塊。その奥には僕の魂が黒い鎖で縛られていた。

「あ、…………ぁ」

「君のが取り込んだ法術。あれ四つに分かれてたよね、なんでだと思う?」

「カハッ」

 体の中で何かが壊れていく感覚。

「君の力って魔力の『具現化封印』なんだけどさ……欠片のまま取り込むと封印できないって知ってた?」

 どんどん自分が崩れていくような感覚に体を抱きしめる。

「さっき君が取り込んだ法術の欠片で最後だったんだけど、君の中で法術として完成するようにワザと砕いておいたんだ。そうするとね、君の中で法術が組み上がるから『核』に触れない。だから」

「あ、っ………………ぁあっ!!」

「君は黙って『魂』を取り込むしかないんだよね」

黒い鎖が僕の魂を容赦なく縛り上げて首が跳ね上がる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアッ!!」

 僕の右眼に『視』えたのは赤い空を埋め尽くす無数の赤い光り。

「あ、来た来た。じゃあ、最後に僕からプレゼントをあげるね」

(な、に?)

 この状況でプレゼントなんてあり得ない言葉に嫌な予感が走って顔を下げると。

「君が完成したら死んじゃうんだから一緒に逝きなよ」

 死神は後ろを振り返って、夏先輩に左手を向けて。

「大事な人なんだよね?あの『零現体』」

 向けた瞬間。


「ッァッ!?」


 夏先輩を縛っていた影が一気に死神の前まで夏先輩を運んで、 

「っ――――――ッ!?」

 やめろっ!!て叫んだ筈なのに声が出てくれない。


「魂だけでも一緒になれればいいね」


 助けに行こうとしたのに足が動いてくれない。


「心から願いを込めて贈るよ」


 死神を止めようとしたのに腕が上がらない。


「君達二人に絶望を」


 死神の指先が夏先輩の胸に沈んで。

「りっ!?」

 夏先輩の言葉を切り捨てて、言葉の代わりに赤い雨が吹き出した。

「ッ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

 瞳なんて優しいモノじゃない。魂そのものに刻み付けられた。






 ―――――――――――――――――――――――――――――僕の無力を。





 その光景と現実に僕は降り注いできたモノに赤く染め上げられて、赤と罪と暴力と絶望に飲み込まれた。そう、言葉の意味通り…………全てを。

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