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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
神村夏子
14/39

――― 5月4日 想い・流 ―――

「くっ!!」

 これでは格好の餌食……この『虚』達の狙いは凜や夏子さんではなかったということか!?

「町に人間を標的にしておってからに!!じゃから『虚』達がバラバラに転送されておったのか」

 ワシの体は跳躍による上昇から重力による下降に映り、

「お祖母ちゃん!!町の皆がっ!?」

「わかっておる!!すぐに『漆黒境界』に塗り替えっ」

地上へ墜ちる最中、右手に集中させていた魔力を町を覆う空間術に込めようとして、

「そうか」

 地上間際で体を捻り、着地。着地の衝撃で路地のアスファルトが砕けたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

「………………」

「お、お祖母ちゃん?」

 凜は無言のまま動かんワシに不安を覚えたのか、か細い声でワシを呼んだ。

「この為の空間固定法術か」

 不安げな凜の声にワシは少しだけ苛立ちを織り交ぜた声で答えてしまい、

「すまんの、凜。どうやら幾分あの死神の方が上手じゃったようじゃ」

「どういうこと?それに空間固定法術って?」

上空の『虚』達を睨み付ける。

「お主も『視』えているからわかると思うが、今ワシらの上を飛んでいる『虚』達は町の住民を標的にしておる」

「う、うん」

「じゃが、どれも住民を襲ってはおらんじゃろ?」

 凜はワシの投げかけた言葉に上を見上げ、

「そういえば……今までだったら現れたら問答無用で襲ってきてたのに。何で?」

顔を下げ、ワシに視線を戻す。

「恐らく、ワシに対しての人質じゃろうな」

「お祖母ちゃんに対しての人質?」

 無言で凜の言葉に頷き、凜を抱え直して跳ぶ。

「それに加えて空間固定法術で『紅境界』を防御しておるからの、空間固定法術を使用されれば内部外部共に法術やそれに類する力で『紅境界』を破れんようにしてある。空間固定法術は空間防御法術なんじゃ」

「空間結界の防御法術……」

「そうじゃ」

「この空間固定法術は術者……つまりジュマを殺さん限り破る事は出来ん。お主の能力でも『核』は『視』えておらんじゃろ?」

「う、うん」

「いくらお主の能力であっても『核』が『視』えてなければ取り込むのは不可能」

 自分の状況判断の甘さに唇を噛む。

「となれば、ワシがする事は一つ」

「なっ!?お祖母ちゃん!?」

「安心せい、住民達が今すぐ襲われる事はない」

「何で!?」

 ワシの行動驚きを隠せないようで声を荒げる凜。

「言ったじゃろ?ワシに対しての人質じゃ、と。『虚』側から町の人間を襲っていないのが証拠じゃな」

「だ、だから!!どういう意味さ!?」

「ワシがジュマと戦えばワシが勝つ。どれ程小細工を有してもワシとジュマの間にはそれほどの差がある事がわかっておるのじゃろう、結果がわかっている戦いならば最初から戦えないようにワシの行動を制限してしまえばよい、とな」

 見慣れた家々の屋根を跳び移り、凜の学校に向かう。

「ワシがジュマと戦おうとしたら、あの『虚』達が一斉に町の住民を襲うように仕込んであるのじゃろう……今ワシらと住民達を襲っていないのが証拠じゃな」

「じ、じゃあ皆が襲われないように今『虚』を倒しちゃえば良いんじゃ」

「その間にジュマが夏子さん達をどうにかしてしまうじゃろうな」

「そんなっ!?セフィリアがいればっ!!」

 あり得ない、と言った風な顔で凜が叫ぶ、が。

「今のセフィリアは魔力が回復しきっておらんからの、あまり長い間戦ってはいられんじゃろ」

 ワシは正面を向いたまま、言葉を返す。

「かと言ってワシが夏子さん達を助けようとするとジュマもおまけで付いてきてしまうからの、夏子さん達のいる学校にもあまり近寄れんし……正面から戦えば住民達に犠牲が出てしまう。いくらワシでも町全域の住民全員を護りきるのは不可能じゃからな」

「打つ手なし、ってこと?」

「いや、手はある…………至極単純な手がな。じゃが、同時に最も危険な賭けと言って良い」

 ワシは視線だけを凜に向け、

「ほれ、学校が見えてきたぞ」

瓦屋根を強く蹴り、大きく跳躍する。

 ワシは凜を抱える腕に力を込め着地の衝撃に備え、トッと衝撃を殺しながら軽く着地。着地先は見通しの良い大きな十字路じゃった。

「ほれ、降ろすぞい」

 凜に一声掛けて、凜が自分から地面に足を付けるのを確認して静かに凜を降ろした。

「…………………」

「…………………」

 互いに無言のまま視線を同じ方向、十字路の北側に向ける。距離にすれば約五百メートル、ワシと凜の視線の先にはほんの少し前まで凜と夏子さんが笑い合いながら通っていた学校が見えた。

「…………」

「お祖母ちゃん」

 続くかと思っておった沈黙は凜の方から崩され、

「その賭けに勝てば夏先輩にセフィリア、お祖母ちゃん…………それにこの『紅境界』にいる町の人達皆助けられるんだよね」

「…………あぁ、そうじゃ。ワシらが賭けに勝てば皆助けられる」

凜の問にワシは体を凜に向け直す。

「じゃがな、凜よ。この賭けは」

「賭け金は僕の命だけで足りるかな?」

 凜はワシの方に首だけを向け、

「ッ」

一切の恐れも躊躇いもない真っ直ぐな銀と紫の瞳がワシを見詰めていた。

「夏先輩を、セフィリアを、お祖母ちゃんを……町の皆も全部。僕がこんな事に巻き込んじゃったんだ……だから、これは僕の責任。どんなに分が悪くても、どんなに危険な賭けでも僕は逃げないよ」

「……………………」

 信念、と言えばよいのか。自慢するわけではないがワシの孫ながら芯の通った男の顔になりおった。

「そうか、お主が覚悟しておるなら何も言うまい」

 その顔を見れた事に嬉しさを覚えた反面。悲しさ、切なさ、無力感といったモノもワシの中で渦巻いた。

 たった十六歳で誰かの為に命を賭けられる男になった。一人の人間としては尊敬に値する、と思う……じゃが一人の女として、育て親として、祖母としては簡単に選ぶ事も賭ける事も望んで欲しくなかった。

「凜よ、ここからは別行動じゃ」

「えっ?」

 ワシが望む望まんに関係なく目の前の可愛い孫はもう決めてしまった。

 昨日、ジュマや『虚』に襲われる前。凜に問うた言葉がふと過ぎった。きっと今の凜の出した答えが、あの時聞けなかった答えなのじゃろうと思った……じゃからワシは。

「今から話す事をちゃんと聞くんじゃぞ?この賭けの勝敗はお主の働き次第」

「……うん」

 ワシの言葉に一切迷いのない瞳で頷いた。凜のその姿に。

(すまんのぅ、ディアナ。お主と交わした約束……護れんようじゃ)


 世界で一番、孫不幸な祖母になると決めた。


  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 赤い世界に降り立つ黒い闇。

「あっ……ぁ」

 心臓を握り潰されてしまいそうな圧迫感に声が出てこない。

「神村夏子さん、君はこのお祭りの最後の出し物」

 ジュマと名乗った死神が私にゆっくり一歩ずつ近づいてきて、その度に体中にのし掛かる圧迫感が大きくなっていく。

「あぁ…………ぁっ」

「僕と一緒に来て欲しいんだよね」

 私にニッコリ笑いかけてるだけの筈なのに、冷たい汗がどんどん流れてくる。

 死神は廊下に座り込んでいる私に手を差し出して、

「さっ、僕と一緒に、ん?」

(ナツコ!!伏せて!!)

突然、もう一人の死神の女の子の声が頭に響いた。

 私はその声に無意識に頭を伏せた。

「ハアアアアアアアアアアッ!!」

 背後からの一撃。私は大鎌をジュマの胴目掛け、躊躇無く横凪する。

 大鎌はジュマを呆気なく上下真っ二つに切り裂いた。けど、

「くっ!?」

壁とガラスを切り裂いた感触だけが伝わってきて、切り裂いたはずのジュマの姿は空気に融け込むように消えた。

「へぇ、誰か僕を処理しに来るとは思ってたけど……まさか三大貴族が筆頭、名家ベェルフェール家の嫡子が来たんだ。僕への評価って結構高めなんだね」

 今度は私の背後から嬉しそうに笑う声が飛んできて、大鎌を構え直しながら後ろを振り返った。

「過大評価だと思うけど?私が来たって事はそれほどでもないんじゃないの」

 廊下の終わり、一番奥の壁に寄りかかっていたジュマに唾を吐くように言ってやった。

「セフィリア!!」

 後ろで涙目になりながら私を呼ぶナツコ。

 私はジュマを見据えたまま振り向かずに、

「子供じゃないんだから泣かないの……って無理か、こんな状況じゃ。泣いてても良いけど、すぐ動けるように準備しててよ」

「な、泣いてないよ」

涙を拭きながらナツコが浮き上がったのを気配で感じて。

「そう、良かった」

 短くナツコとの会話を済ませて、目の前の敵に集中する。

「それほどじゃない、か。そんなに自分を謙遜するモノじゃないよ、ベェルフェール」

 壁に寄りかかるのをやめて、両腕を開きながらこっちに歩いてくる。

「若干九歳という若さでクラス1stに昇格。歴代ベェルフェール家当主でさえ並ぶ者なしとまで言われる稀代の天才。魔力の絶対容量から近接戦闘技、法術取得数に任務達成率……全てにおいてトップクラス。そして現在は僕達死神は全十三部隊に編制されている中で、精鋭とされる第十三部隊に所属。家柄、才能、実力…………三拍子揃った次代を担う死神の一人」

「へぇー、私そんなにスゴイんだ」

 私の事を話しているはずなのに、まるで自分の事のように酔って話をしてるジュマにカチンと来て。

「遠回しに自分もスゴイって自慢してるわけ?だったら最初からハッキリ言いなさいよ、それくらいの相手じゃないと僕の相手にならないって」

「いやいや、そんなつもりは全然ないんだけど。気に触ったなら謝るよ」

 苦笑いを浮かべながらほっぺを掻くジュマ。その姿に、一瞬だけどリンの笑顔がタブって……すぐに別物だと認識した。

 同じ柔らかくて純粋な笑顔。リンの笑顔は見ただけで心が温かくなるそんな笑顔。でも、目の前のコイツの笑顔の質が違う。どこまで続くかわからない暗闇に心を鷲づかみにされるような感覚と、氷塊に閉じ込められているような冷たさ。

 私はソレを振り払いたくて、

「アンタに質問よ」

「ん?何かな」

ジュマはほっぺを掻いていた手を下ろして、私は一呼吸息を付いて言った。

「何でたくさん関係ない人間が『紅境界』にいるの? 人質のつもり? 関係ない人間を盾にすれば私が戦えないとでも思ったの?」

 ピンポーンッ!!って効果音を口で言って、

「でも、半分正解」

何かを企んでる悪戯っ子みたいに楽しそうに笑うジュマ。

「半分ですって?」

「そ、半分。残りの半分はまだ教えられないけど……まぁ、すぐにわかると思うよ。さてと、彼が来る前に君の後ろにいる神村夏子……『霊現体』(ゲシュペンスト)を渡して貰うとすごく嬉しいんだけど」

「はっ、馬鹿言ってんじゃないわよ。誰がアンタなんかに渡すと」

 私がジュマに言い切る前にある方向から飛んできた圧倒的な波動に。

「なっ、この魔力はランさん!?」

 それにさっきまで無かった町を飛び交う気配……これは『虚』。

「嘘っ!?さっきまで何も」

「はは、驚いてる」

 ほんの一瞬だった。私がランさんの方に気を取られてた一瞬の隙に、滑り込むように入り込んできたジュマが目の前に。

「ッ!?」

 周囲の空間を埋め尽くす魔力の急激な高まりに、反射的に大鎌を縦に構えて。

「どっかーーーん」

 間延びした効果音を口で付け加えながら打ち出した拳を受けると同時に大鎌を握っていた両手に爆発的な衝撃が襲う。

 その瞬間。廊下のガラスが波を打つように鋭い音と一緒に砕け飛んで、壁や床は重く響く低音をぶつけ合いながら亀裂を刻んで円形状に吹き飛ぶ。

「ぐぅっ!!」

 衝撃に痺れる両手を無視して大鎌でジュマを両断、

「へぇ、今の受け止めたんだ。結構本気で打ち込んだんだけどなぁ」

したつもりが振り抜いた先には軽口だけが残っていて。

「さすがベェルフェール家、そう簡単に壊れないか……何回も使えるわけじゃないから速く壊れて欲しいんだけど」

 また壁際まで離れて元の定位置に戻る。

 壁や床の残骸がパラパラッて軽い音を発てて降ちた。

「………………っ」

 両手が痺れる感覚に息が漏れる。

 今の一撃、気がそれた一瞬で魔力を最大まで高めて拳に乗せた。

 魔力での身体強化は基礎中の基礎。でも基礎があるならその上も当然あるわけで、自分の巨大な魔力を循環させるだけじゃなく更に収束させて肉体そのものを武器として扱う全距離対応の戦闘技法。単純だからこそ名前なんて付いてないけど、近接戦闘の最終形って言っても良い。

「へぇ、アンタも結構法術なしでも戦えるタイプなんだ」

「まぁね、これでも君の十倍は生きてるし、これくらいは。でも、さすがに『殲滅斬手』みたいに馬鹿すか使えるわけじゃないよ。魔力制御も気が抜けないし、何より一回使うだけで結構体力も消費するし……使い勝手はそんなに良くないかな」

「見た目は若作りでも体力はお爺ちゃんみたいね」

 私は大鎌を下段に構えて、静かに息を呑んだ。

(今の私じゃ完全に分が悪い、魔力は半分も回復してないし…………何よりナツコを庇いながら戦うのはかなりハンデがあるわね)

 ホントは私の方から仕掛けたいところだけど、仕掛けたタイミングで『虚』がナツコを襲ってくるかもわからないし。『空絶』を張ってナツコを護りたいところだけど今の魔力じゃ紙切れみたいな『空絶』しか張れない…………ランさんもこっちに向かってるみたいだし、ここはナツコを連れて引くのが最善かも。

 私はジュマを睨み付けたまま一歩後ろへ下がって、

「あぁ、逃げたらここの生徒を暇つぶしに殺すから。何人殺すかは知らないけどね」

私の頭の中を覗いた風に舌を出しながらブリっ子笑いした。

「ブリっ子ぶるな、男が気持ち悪いのよ」

 心の中で最悪、と呟いて。

「ひどいなぁ、地味に傷つくよ?」

「そっ、じゃあその傷で死んでくれないからしら?」

「……結構毒舌だね。君」

「あら、どういたしまして」

 口では強気なことを言っみたけど、完全に遊ばれてるのがわかる。

「それにしてもこっちに来るなんて意外だなぁ」

「何が意外よ?」

 ジュマは私から視線を外してガラスが無くなった窓に顔を向けて、

「いや、自分が狙われてるってわかっているのにこっちに来るなんてさ。()、よっぽどの頭が悪いのかなぁ……違うか。そこの『霊現体』が大切なんだね」

遊べる玩具を待ってる子供みたいに目を輝かせて熱っぽい息を付く。

「このっ!!自分からそうなるように」

 自分以外の存在を馬鹿にする笑顔のジュマに初めて感情が高ぶって、 

「彼?」

その熱を奪うには充分すぎるくらいに震えた声。

「ん?あれ、聞いてなかったの?」

 今度はホントに意外だと目を丸くしてジュマが呟いた。

「彼っていうのは」

「しゃべるなっ!!」

 怒声と言っていい声でジュマの声を遮るのと同時に大鎌を振りかぶる。

「第二位解放!!」

 魔力の温存なんて言ってられない!!それだけは、そのことだけは絶対にナツコに知られちゃいけない!!

 リンがその事を知ってしまった時の顔が、想い……あの罪を背負ってしまった姿が私の中に広がっていく。

 私の焦りに答えるように大鎌が強烈な白銀の閃光を宿して、

「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」

一足でジュマの懐に入り込む。

「っと」

 ジュマは私の姿に短く声を漏らして、

「消し飛べ!!」

渾身の力で大鎌を振り抜いた。

 白銀の閃光がジュマを飲み込んで耳をつんざく轟音と粉塵が舞い上がる。

「っ!?」

 閃光と轟音はナツコの悲鳴をかき消して、

「ハァ…………ハァハァッ、くっ」

二階の一角を完全に吹き飛ばして、周りは元は学校の一部だった粉塵に支配されていた。

 視界は粉塵一色。

 魔力障壁を張ったみたいだけど。

「ッ……ァ…………ハァハァ……」

 振り抜いた大鎌から伝わってきた肉と骨を切り裂いた確かな感触に私は息を付こうとして。

「あっぶなぁーっ!!まともに喰らってた死んでたよ」

「なっ!?」

 粉塵を散らす強烈な風。その風に乗せるように聞こえる声。

「セフィリア!!」

 ナツコの声と一緒に体に走る灼熱感。


 ―――――――――――――――バキバキッ!!


 私の体からは嫌な音が聞こえて、それからはわからなかった。

 私が次に理解したのは全身を砕かれているような激しい苦痛とナツコがいつの間にか私の前にいる事。そして、

「ナツ……ッ、ゴホッ!!」

「ハハッ、飛んだ飛んだ!!」

 霞む視界の真ん中には私と同じ金髪の死神が赤で染められた顔で無邪気に笑っていた。

「いやー、右腕一本で済んで良かったよ」

 今まで黒一色だった服は右肩から指先まで赤くなっていて、けど。

「全力で魔力障壁を張ったのにコレかぁ、それも魔力が回復してない状態でこの威力とは。さすがはベェルフェール家嫡子。末恐ろしいね……まぁ」

 てんで無傷の左手でパチンッと指を弾いて、蒼い光が右腕を包むように一瞬だけ光って、消えた途端。

「それがどうした?っていうだけだけど」 

「あ…………っぁ、う……嘘」

 ナツコの震える声に私は。

「ナツ、コ…………にげっ、て」

 体が悲鳴を叫ぶのを無視して、壁から抜け出し大鎌を床に刺して体を支える。

「逃げてみたら?無駄だけど」

 ジュマがもう一度指を弾くと今度は吹き飛んだ右袖が元通りになって。

「質問に答えて上げるね」

 ナツコの前まで近寄って目線を合わせながらしゃがみ込む。

「彼っていうのはね、萩月凜君のことだよ」

「っ!?」

「ははっ、驚いてる驚いてる。いい顔だね」

 今にも崩れ落ちてしまいそうなナツコの表情。そんなナツコをジュマがあやすように頭を優しく撫でる光景はこれ以上ないくらいに不快だった。

「くっ」

 すぐに助けに行きたいのに、膝が笑って床に吸い付いてみたいに動かない。動かせない。

「でもね、彼の事を心配なんかしなくて良い。逆に君は憎んでも良いんだ」

「え?」

 言いたい。そんな感情に自然と口元が緩むジュマの表情に、

「キッ!?ゴホッゴホゴホ!!」

聞いちゃ駄目、そんな一言すら言えなくて――――――――――口からは言葉のかわりに赤い血があふれ出す。

「な、なんで……私が、凜を」

「本当は通り魔に殺されるはずだったのは彼の方だったんだから!!」

「っ!?」

 無邪気なんてほど遠い。遠目でもハッキリわかる、どこまでも残忍な笑顔。それと一緒にナツコの体がビクッて震えて。

「ははははははははははははははははっ!!ビックリしたぁ?」

 ジュマは跳ね上がるように立ち上がって、

「僕もビックリだよ!!僕が直接動けば『殲滅斬手』が動く危険があったからね。人間は人間、魔力を持たないゴミみたいな不味い人間の魂を喰らってやったのにさ?彼じゃなくて、彼の残存魔力にひかれて君の方に行っちゃったんだよ。僕は真面目にこの地区担当の死神を殺して準備してたのに」

顔を覆うように右手を添えて体を反らせながら大笑いした。

「でも、気分はどう?君は彼に巻き込まれて死んだんだよ!?君が生きて楽しむはずだった未来も、幸せに溢れていたかもしれない未来も全部!!彼の所為で!!彼が君の近くにいたから!!彼が君と親しくなってしまったから!!彼が彼が彼が彼がっ!!君を殺したっていって良いんだ!!彼がいた所為で!!彼が生きていた所為で!!彼が存在していた所為で君は死んだんだよ!!死んだんだっ!!はははははははハハハハハハハハハッ!!」

 不愉快極まりない勘違いヤローの笑い声に怒りで頭がおかしくなりそう。

「こ、のぉっ!!」

 私はその怒りを起爆剤に大鎌を構え直して、

「違う」

たったその一言で場の空気が変わったのがわかる。

「凜の所為なんかじゃない」

「な……に?」

 ナツコの言葉に不快だった声が止まって、

「私が死んだのは凜の所為じゃない!!」

さっきまで恐怖に縛られていたのが嘘だったように、ナツコはジュマを涙一杯の瞳で睨み付けた。

 声が震えていたけど、それは恐怖からでも怒りからでもない。もっと優しくて強い感情。

「凜は悪くない!!全部悪いのはあなたでしょっ!!」

「ナツ、コ?」

 ナツコはゆっくり立ち上がって、まっすぐジュマを見据える。

「あなたが凜を殺そうとしたから、あなたが何の関係もない人を操って凜を殺そうとしたから!!」

 ナツコは自分の想いを押し出すように胸に手を添えて、

「私が死んだのは凜の所為なんかじゃない!!全部っ!!あなたの!!」

ナツコの声に一番熱がこもった瞬間。

「あーあぁっ、つまんないの」

 呆れ果てた、っていう声と一緒に教室の壁が吹き飛ぶ。

 ジュマは物凄くつまんない()を見る目で、右腕を振り抜いていた。

「ホントは彼が来るまで殺さないでおこうと思ったけど……なんかもういいや」

「な、何!?」

 ジュマの足下か伸びる影。その影がナツコの手足に絡みついて、

「くっ!!この」

「…………………」

 ジュマは無言でナツコの首に手をそっと伸ばす。

 その光景はまるで飽きた玩具を捨てる子供みたいに、いらなくなった玩具を壊す子供みたいに…………悪い事を悪いとわかっていない子供がごく当たり前に悪い事するそんな光景。

「いいよ、消えても」

 ジュマの冷たい言葉と一緒にナツコの首に手が掛かる瞬間。


「夏先輩に触るなっ!!」


 この場で聞こえちゃ駄目な声がジュマを止めるように響く。

「なっなんで!?」

「この声は」

 ジュマの背後でちっちゃい肩を弾ませて。

 ナツコとジュマ。驚きと待ちわびた。二つの視線が同じモノを捉えた。

 誰が見ても見間違えようもなく。紫色の髪に、銀と紫に大きな瞳。とても自分とは同い年に見えない、小学生みたいなアイツがいた。

「やぁ、待ってたよ!!」

 ジュマは尽きだしていた手を引っ込めて、待ちわびたプレゼントが届いた子供みたいにはしゃいで。

「萩月凜!!」

 嬉しさ一杯にリンの名前を呼ぶジュマ。

 そしてリンとジュマが向かい合ったこの瞬間、私は気がつかなかった…………ううん、後悔できなかった。





 ―――――――なんで、ジュマをリンが来る前に殺せなかったんだろう、って。 



 


 







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