――― 5月4日 想い・漂 ―――
お待たせしました!!一ヶ月と一週間ぶりの更新です!!ここからラストまで突っ走りますので最後まで見捨てずに凜と夏子、セフィリアの物語にお付き合い下さいませ!!
気がついたら僕は黒くて暗い世界で一人ぼっちだった。
海でプカプカ浮いているみたいに黒い世界をただ漂って、
「また夢、か」
意識だけの感覚にボソッと呟いた。
夢に呟いても返事が返ってくるわけもなく、また世界は静かになった。
「…………………………」
なんで……僕はこんなところにいるんだろう?意識はハッキリしてるのに記憶は霧がかかったみたいにモヤモヤして何も思い出せない。
「戦ってた、はず……だよね」
そこだけはうっすら覚えてる。
ーーーーーーーーーーーーピキッ。
「ん?」
僕を無視して黙ってた世界がそんな音を呟いて、僕は意識を世界に向けると。
赤い亀裂がまるで蜘蛛の巣みたいに世界に刻まれて、
「ッ!?」
黒い世界が崩れ落ちて、赤い世界が顔を出した。
その瞬間。さっきまで何の感覚もなかった体が体中の血が沸騰したように一気に熱くなって、全身から逃げ出すように汗が溢れ出す。
「な、何で……っ!?」
夢の中じゃありえない感覚を体感して、その感覚に戸惑っていると……突然、両手両足に噛み千切られるような雑な痛みが絡みついて。
「な、これは……」
僕の両手足に噛みつくソレは赤い世界からまるで生えるように溶け合っていた――――――――――――赤で汚された黒い手。
黒い手は獲物を襲う獣のように爪を……ううん、指ごと僕の両手足に突き刺して僕が動く度に僕を縛る手の数が増えていく。
「ぐっうぅっ!!こっ……のぉっ!!」
それでも僕はなんとか黒い手から手や足を引き抜こうとしてもがいて、
「無駄だよ」
背中の方から耳元に誰かが囁いて。
「っ!?」
その言葉が耳から離れていくのに引っ張られるように後ろを振り向いた。
「誰も……いない」
振り向いた先には誰もいなくて、
「ほらほら、こっちだよ」
また反対、今度は正面側から楽しさに裏返りそうになっている声が飛んできた。それに僕は振り回されるように正面に向き直って、
「だっ」
誰だ、そう言うつもりだったのに。振り回されて見せられた光景に声が消える。
「ぁ…………」
「君がどんなに望んでも運命は変わらないよ。だって」
僕に突き付けられた光景は僕を内側から壊していく。
全てを包み込んでくれるような優しくて温かくて……どこまでも冷たい笑顔で僕を見る死神、ジュマ=フーリス。その死神の足下には血だまりの上で倒れてる死神がもう一人。
「セ、フィリ……ア」
白くて透けるような肌も、艶やかで輝いていた金髪も、意地っ張りだけど優しさで一杯だった笑顔も全部。体中を埋め尽くすように、全身に意味もなく刻まれた傷から溢れた重くのしかかる赤で塗りつぶされていた。
「り、凜…………」
そして。
「なっ、夏……先輩っ!!」
腰まで届く長い黒髪をバックの柄みたいに無造作に掴まれて吊り上げられている夏先輩。夏先輩もセフィリアと同じように体中傷だらけで、まるで遊び古した人形みたいにボロボロだった。
「おっ、まえぇえええええええええええええええっ!!」
体の奥から沸き上がってくる感情が怒りなのか、憎しみなのか……そんな事もわからないくらい僕の中で感情が弾けて。そんな僕をジュマは下らない冗談を鼻で笑うように小さく笑って、
「だって君は」
「っぁ!?」
僕に向かって夏先輩をゴミみたいに放り投げた。
いらないものをゴミ箱に投げ入れられるように綺麗な放物線を体で描きながら跳ぶ夏先輩。僕に向かって投げつけられた夏先輩を受け止めようとして、
「ぐっ!?」
両手を縛る黒い手がそれを邪魔して、もっときつく縛り付ける。
「このっ!!いい加減離せよっ!!」
動きたいのに動けない、助けに行きたいのに助けに行けない。護りたいのに護れない…………夢の中なのにどうしようもない現実を突き付けられている自分への不甲斐なさ。それが僕の中で針みたいに鋭くなって。
「夏先輩!!」
もう一メートルもない、手を伸ばせばすぐに抱き留められる距離に夏先輩がいて……夏先輩はそこで張り付けられたように止まった。
「り、ん…………」
「夏、先輩……?」
なんで?と思う間もなく、
「萩月凛という人間はどこまでも」
その声と一緒に五本の小さな赤い花を束ねた花束が二つ、赤い花片と一緒に僕の瞳に映った。
「あ……っぁ」
僕の顔に飛び散った赤い花片は……凄く温かくて。
「…………り」
僕の名前のを呼ぼうとしてた夏先輩は、名前の代わりに。
「ッ……ゴフッ」
赤黒いモノを吐き出した。
「な」
「ちっぽけで」
僕の声を待っていたように夏先輩の後ろから死神は楽しい事を我慢できない子供のように。
―――――――――――――――ブチッ!!
夏先輩の後ろから背中に……正確には心臓に突き立てていた両腕でぬいぐるみ引き裂くように。
―――――――――――――――バキッ!!
まるでお菓子の袋を開く簡単な作業みたいに。
―――――――――――――――ブシャッ!!
中身が酷たらしく飛び散らせるように両腕を左右に振り抜いた。
「無力な人間なんだからっ!!」
もう死神が何を言ったのか何てどうでも良かった。だって、言葉以上にソレを明確に見せつけられたから。
「ぁっ……」
僕の左右色違いの瞳。
「あっあぁ…………」
その二つの瞳に映った別々のモノ。
「……っつ」
それと一緒に降り注ぐ温かい赤い雨。
「あっ……あっあぁぁぁっ」
左右の瞳に別々に映るのは二つに分かれた夏先輩の。
「アアアァアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
喉が壊れる程の絶叫に僕は体を跳ね上げるように起きた。
「カハッ!!……ゴホゴホッ」
喉と気管が声量に耐えられなかったのか、僕は咳き込んで。
「ッ…………ここは」
周りをバッと見渡して右半分暗闇の視界に入ってきたのは見慣れた壁と脇の棚に置かれた母さんと小さい頃の僕の写真。そして今、僕がいるのはずっと使い続けてきたベットの上。
「僕の、部屋……それにいつの間にコンタクトしたっけ?」
僕は黒で塗りつぶされた右眼を押さえながら、自分の部屋にいるっていう安心感から自然に息を深く吐いて。
「……ッ」
今にも体を突き破りそうな心臓の鼓動に、汗を吸って吸い付くように肌にくっついたパジャマ。それに体にまとわりつく倦怠感。
「夢……か」
夢、だったはずなのに……まるで現実みたいだった。最初は意識だけがハッキリしてたのに……段々いろんな感覚が鮮明になって来て。
「っ!?」
夢の結末に喉の奥から込み上げてくるモノがでそうなったけど、口の中に広がるの少しだけ苦味の強い胃液だけ。
「ッ……そういえば昨日の夜から何もない食べて」
口に広がる胃液の味に顔をしかめて、
「って、何で僕、部屋にいるの!?」
今さらな感じで状況のおかしさに気がついた。
「さっきまでお祖母ちゃんと一緒に『虚』と戦ってた筈…………」
あの『虚』が現れた時からたくさんの人の声がして、それで。
「僕、あの『虚』を封印しようとして・・・・・・それから」
その先の事を思い出そうとしたら頭の奥で鈍い痛みが起きて。
――――――――――ドタドタドタドタドタッ!!
その痛みを押し退けて、階段を物凄い勢いで駆け上がって来る音がドア越しに響いた。
(誰だろ、お祖母ちゃんかな?)
攻撃的だった音は僕の部屋の前で止まって、
「おば」
ドアの向こうに多分いるはずのお祖母ちゃんに声を掛けようとした時だった。
―――――――――――バギャッ!!
重くて鋭い音が鳴るのと同時に、僕のすぐ横スレスレを二つの黒い影が飛び去ってドスッ!!って鈍い音を立てて壁に突き刺さった。
「ぁっ!?」
壁に突き刺さっていたのはほんの一秒前まで僕の部屋のドアだった木製の板。
僕がそれを認識する前に、
「凜や!!大丈夫かっ!?」
お祖母ちゃんが左手にお玉を持ったまま、右足を上げた格好で怒鳴るように叫んだ。
「こ、こっ」
お祖母ちゃんは僕の姿を見るなり部屋の中をぐるっと見渡して、
「何じゃ、何ともないようじゃの」
安心するように小さく息を吐いて、僕に近寄ってきた。
「まったく、いきなり大声で叫びおって…………また何かあったかと思ったぞ」
困り顔で僕に笑い掛けてくるお祖母ちゃん。
「こ、ここっこここっ!!」
「ん?何じゃ、鶏みたいにココココッ言いおって……朝の鳴き真似か?」
左手に持っていたお玉で口元を隠しながら僕を馬鹿にするように目を細めて、口端を小さく上げるお祖母ちゃん。
「殺す気かぁあああああああああああああああああああっ!?」
僕は跳ね上がるようにベットから立ち上がって、壁に突き刺さってるドアだったモノを何度もブンブンッ腕を振って交互に指差して抗議した。
「お祖母ちゃんっ!!僕!!今、別ルートで殺される所だったんだけどっ!?」
「ん?そうなのかぇ?」
何の悪意もない顔で首を傾げるお祖母ちゃん。
「そうなのかぇ?じゃなくて!!お祖母ちゃんが蹴破ったドアが当たってたら死んでたよ!!」
壁に突き刺さったドアの破片はさっきまで座ってた僕の頭と心臓の高さに突き刺さっていて、もう少しずれていたら確実に僕も一緒に壁に突き刺さってた。
「起きがけにそんな大声なんぞ出しおって……体に毒じゃぞ?」
僕の叫びをあっさりスルー。
「いやっ!!」
お祖母ちゃんの間違った心配の方向性を戻そうと声を張り上げて、
「体に毒っていうレベルじゃなっ!?」
お祖母ちゃんの顔や部屋の景色が歪むのと同時に両足から力が抜けて、意志と関係なくベットに膝をついてしまった僕。
「な……何?」
「ほれ、言った通りじゃろ?」
お祖母ちゃんは呆れた。って感じに目を閉じながら顔を押さえて。
「っ」
体のだるさだけじゃない。視界も少しぼやけてて頭がクラクラする。
「あまり無理をするな、今のお主は少しばかり血が足りとらんのじゃよ」
「血が、足りないって……?」
「お主、丸一日寝取ったんじゃぞ?」
「丸一日っ!?」
お祖母ちゃんはお玉をベット脇の棚において、
「覚えとらんのか?……まぁ、仕方ないかの。ほれ、説明してやるから横になれ」
「だ……大丈夫、起きたまま聞くよ」
寝かせようと僕の肩を掴んだお祖母ちゃんの手をそっと解く。
「フム……まぁ、良いか」
お祖母ちゃんは手を引っ込めてその場に正座。僕もベットから降りて正座しようとして、
「降りんでいいぞ、そこで聞いておれ」
「う、うん」
その言葉に僕はせめてとベットの上で正座をして、お祖母ちゃんをベットの上から見下ろすような格好になった。
いくら身内とはいえ、目上のお祖母ちゃんを上から見下ろして話を聞くのは気が引けるなぁ……なんか気まずい。
「『虚』と戦っていた事は憶えておるな?」
「あっ、うん」
僕の気まずさなんて関係なしにお祖母ちゃんは僕を見上げながら話し始めた。
「お主の能力で『虚』を取り込んだまでは良かったんじゃがな」
「うん」
僕はお祖母ちゃんの話に頷いて、
「一つ、誤算が出てしまったんじゃ」
「誤算?」
普段、あまり聞かない言葉に首を傾げた。
「……お主が『虚』の『核』を取り込んだ直後に自分の心臓を貫こうとしたんじゃ」
「心臓っ!?」
「驚いたのはワシの方じゃ。いきなり自殺をしようとしおって、ギリギリ止めるのが間に合ったから良いものの……心臓の当たりから左肩までザックリ肉を切っての。かなり出血して危なかったんじゃぞ」
「心臓からって……痛みはないけど」
僕はパジャマの一番上のボタンを外して確認してみると、お祖母ちゃんの言うような傷なんかなくて。
「傷はワシが治してやったぞ。セフィリアがやれば出血の影響も無く完治させられたじゃろうが……ワシは治癒系との術も苦手じゃからの、傷を治すので精一杯じゃ」
「ううん、充分すぎるよ。お祖母ちゃん……助けてくれてありがとう」
パジャマのボタンを掛け直してお祖母ちゃんにお礼を言うと、
「なに、婆が孫を助けるのは当然じゃよ」
どこかくすぐったそうに笑ったお祖母ちゃん。
「でも、僕は自殺願望なんて無いんだけどなぁ…………」
「そうじゃろうな」
僕はお祖母ちゃんから聞いた僕の行動に首を傾げて、お祖母ちゃんも後に続くように頷いた。
今の僕は夏先輩を助けるって言う目的があるから死ぬわけにはいかないし、今回の事件の事が無くてこんな事が起きてなかったとしても自殺なんてあり得ないと思う。
「ウーン、何でそんな事したんだろ?僕」
「…………あくまでこれは仮定の話じゃが」
お祖母ちゃんは胸の前で腕を組んで、片目……左目を閉じた。
「ワシが思うに……お主のその不可解な能力。その能力の副作用のようなモノ……じゃないかと思っとるんじゃが」
「……副作用」
「そうじゃ、お主が前に『虚』に殺され掛けた時。『虚』を取り込んだ後に怪我が治ったのとは正反対じゃが、何かしろ能力に関係ある事と思うのじゃが……何か心当たりはないかの?」
「心当たり、かぁ…………」
僕はお祖母ちゃんの言葉にもう一度『虚』を封印した時の事を思い出そうとして、
「つっ……」
「凜?」
記憶を揺り動かそうとするとまた鈍い痛みが走った。まるで、思い出す事が危険だって警告するみたいに。
「いや、ちょっと頭痛が……」
「そうか……あぁ、それとじゃ」
「何?」
何か思い出したみたいでお祖母ちゃんが僕の右眼を指差して、
「昨日、右眼にコンタクトを入れておいたんじゃが」
「コンタクト、お祖母ちゃんが入れたの?」
「すまんが、外してワシを『視』て欲しいんじゃが」
「いいけど?」
わざわざ外すんだったら入れなきゃ良いのに、なんで入れたんだろ?
僕はそんな疑問を心の中にしまってお祖母ちゃんに言われた通り、黒のコンタクトを外してお祖母ちゃんにピントを合わせる。
「…………っ」
「どうじゃ?ワシはどんな風に『視』えておる?」
「どう……って」
僕の右眼と左眼の二つに映るお祖母ちゃんの姿。左眼はは普段通りに見えてる……けど、右眼は。
「法術や『虚』とは少し違うけど、胸……心臓の当たりに赤い光の玉が『視』えるよ。心臓みたいに脈打ってる……今までこんなの『視』えなかったのに、何で?」
まるで命そのものを『視』ている光景に不快感が沸き上がってきて。
「これも憶測じゃが、『虚』事態はは魂の残骸じゃが大きな魔力の塊でもあるからのぅ……『虚』を取り込んだ事で取り込んだ右眼の力が上がったのかもしれん」
「っ」
沸き上がってきたモノを押さえ込むように口を右手で押さえる。
「凜、どうしたんじゃ!?」
「だ、大丈夫……少し、『視』過ぎたかも。ちょっと気分が」
「すまんの、もう入れてもいいぞ」
「ううん、いつ襲ってくるかわからないし……このままでいいや」
僕は右蓋だけ閉じて、申し訳なさそうに眉を寄せるお祖母ちゃんに苦笑いで答えた。
「そうか、ならば少し横になっているとよい。まだ体力が回復してはおらんからの」
「うん、そうする」
僕はお祖母ちゃんの言う通り。少し横になろうと体を倒しながら片肘をついて、
「そういえば……夏先輩とセフィリアは?」
二人の名前を口にして口端が少しだけ引きつったのがわかった。
黙って家を出て倒れて戻ってきたんだからびっくりしただろうなぁ。
「ん、二人か?」
「うん」
「二人は夏子さんの未練探しに学校にいっとるぞ」
「未練探しって!?」
ベットに付いていた片肘を支えに起き上がって、
「学校に行ったって、何か手掛かりでも掴んだの!?」
お祖母ちゃんに詰め寄った。
「それはわからんが……お主と違ってセフィリアの場合は女同士じゃ、物事の見方が違うからの。何か掴めるかもしんと一時間前くらいに出て行ったぞ」
「そう、なんだ」
僕は妙な仲間はずれ感に気の抜けた声で返事をして、
「まぁ、晩ご飯前には戻ってくると言っておったから大丈夫じゃろ。元々狙われておるのはお主の方じゃしな」
「あ、そっか」
あまり納得したくない話を素直に納得しちゃった僕。
「ところで凜」
「ん、なに?お祖母ちゃん」
「一応、粥を作っておったんじゃが食べるか?気分が優れんようじゃが……一昨日の夜から何も食べておらんじゃろ」
「そういえば……」
一昨日はいつの間にか寝ちゃって、晩ご飯食べ損なったんだっけ。
「少しでも胃に何か入れておいた方が回復も速いが……食べられそうかのぅ?」
「うん、ありがとう。それじゃ、少し食べておこうかな」
不思議だよね、ご飯の話をした途端に食欲が体の奥から沸き上がって来る感じがするのって。
「少し待っておれ、今持ってきてやるからの」
そう言って棚に置いてあったお玉を手にとって立ち上がるお祖母ちゃん。
「うん、わかったよ」
部屋からお祖母ちゃんを見送って、
「さてと」
僕は布団を押し退けて、壁に突き刺さった壁を一個ずつ引き抜いて床に置いた。
「お祖母ちゃんが来る前に着替えておこうかな」
アイツがいつ襲ってくるかわからないしね。
僕はクローゼットからハンガーに掛けてあったパーカーとズボンを取り出して、ベットの上に放り投げる。そのままパジャマを脱ごうとボタンに手を掛けて、
「お祖母ちゃん、なんで嘘なんか付いたんだろ?」
さっきのお祖母ちゃんとの会話を思い出して、思わず呟いてしまった。
―――――――――――――――お祖母ちゃんが胸の前で腕を組んで、片目……左目を閉じた。
多分、お祖母ちゃん自身気がついていないんだと思う。お祖母ちゃんは何か嘘を付く時は決まってさっきみたいな事をする。
「…………僕の『力』の事で何か知ってる、よね?」
能力の事を話す時にしてたから間違いないと思うし、多分だけど右眼のコンタクトも右眼の話に持って行きたかったからワザと入れたんだと思う。けど、お祖母ちゃんが僕にわざわざ能力の事で嘘を付く理由がわからない。嘘を付いてお祖母ちゃんに得なんかあるとは思えないし…………そうなると。
その考えが浮かんでソレを明確にするように、夏先輩のお父さん。冬樹さんの硬い笑顔が重なった。
「…………僕に知られたくない事、か」
ドアに掛けていた手を下ろして、自分の中のモヤモヤを少しでも吐き出したくて。
「…………ハァ」
少し長めに息を吐いた。
出来たてのお粥を茶碗に取り、蜂蜜で漬けておいた梅干しを真ん中に添える。
「…………」
お盆に茶碗を置いた所で動きが止まる。
「第二段階、といったところかの」
ワシは台所で一人、呟いた。
まだ魔力の変動は無いようじゃが…………『虚』の感情まで取り込み出したの。
食器棚の引き出しを引き、スプーンを一本取り出す。
凜が自分を傷つけたのは恐らく感情の同調が原因。凜自身、その時の記憶がない所を見るとまず間違いないじゃろうな……どういった感情だったかはわからんが、憶えていない方が凜の為じゃろう。それに加えてワシの……正確には人の魂まで『視』えるようになったようじゃ。今の右眼ならば魂だけではなく魔力やも『視』えるようになっていると考えてもよいの。じゃが、あの『虚』を取り込んだと言う事はワシの魔力も取り込んだという事になる。
「…………手間が省けたと思えばよいか」
それに最悪、封印が解けてしまった時には役に立つじゃろうしな。
「しかし、セフィリアには悪い事をしてしまったのぅ」
最初からワシが凜の傍についておればセフィリアから積み上げてきたモノを奪う事もなかったんじゃが、これはワシの失策…………甘かったと悔いるしかない。セフィリアだけには伝えておくべきだったのぅ、凜の能力を。
「…………」
また封印が解けていない状態でどこまでを『対象』として識別しているのかが気になるが。
「さて、可愛い孫に粥を持っていこうかの」
今は凜の回復と護衛、それと夏子さんの未練探しが最優先かの
ワシは凜とセフィリアへの後悔と謝罪の念に深くため息を付いて、
「っ!!」
首筋に走るざわめきに思わず振り返る。
振り返れば見慣れた風景が赤く染まり、
「お祖母ちゃん!!」
階段を駆け下りてくる音と同時に孫の声が飛んできた。
ワシは手に持っていた粥をテーブルに置き、即座に台所を出た。すると、丁度いつの間にか私服に着替えた凜が階段を下りてきた。
「お祖母ちゃん!!アイツが」
「来おったようじゃの。じゃが、ワシらの所ではないぞ。この魔力の気配は……くっ!!」
魔力の発生源は。
「夏子さんらの方じゃっ!!」
「な、何でっ!?」
凜はワシの言葉に取り乱し、肩に掴みかかってきた。
「僕が狙いじゃないのっ!?」
「その筈じゃ……ワシらもそう思っておったんじゃが」
あのジュマという死神。凜が狙いの筈じゃが……何故、夏子さんらの方に。
ワシは取り乱す凜をよそに思考を巡らす。
夏子さんは凜の代わりに犠牲になった筈、あの死神も凜の魂が狙いだと言っておった。セフィリアの任務以来の際に聞いた話でもそうじゃった筈じゃ……じゃが、あやつの目的そのものかどうかは不確定。実際あやつの目的である凜の魂と、この町全域に設置された六カ所の空間固定法術に四つに砕いてあった魔力吸収の法術の関連性が繋がっておらんのも事実。
「今は後回しじゃ。ともかく夏子さんらの所に行くぞ!!」
「わ、わかった」
ワシらは急いで学校に向かおうと、玄関のドアを押し退けるように開いて。
「っ!?これは……」
ワシは体のざわめきに押し上げられるように顔を上げ、
「な、なんで……」
凜のその言葉と共に、ワシら二人の瞳に映ったのは。
「どうやら今回は本気で事を成すつもりらしいの」
赤い空に飛翔する黒い巨大な影。その数はざっと二十……いや。
「こんなたくさんの『虚』」
「ここだけではないようじゃぞ」
「えっ!?」
町全体に感じる歪な魔力の気配。上空の『虚』を合わせれば約百体といったところかの。これだけの『虚』を揃えておくなど……前々から準備しておったわけか。
「それにこの魔力の気配」
『紅境界』とは別の空間。正確には『紅境界』と混じり合って感じる魔力の気配。
空間固定法術を発動させたようじゃな……しかし、何故今になって空間固定法術を?
空間固定法術の効果はその名の通り固定。本来は時系列や事象変動によって歪みが生じ崩壊してゆく異空間の保護に使う法術。使えば固定された空間は時系列や事象変動は勿論、法術や単純な魔力による空間破壊も受け付けない言わば空間限定の完全防御法術。これは唯一の例外を除けば術者を殺さん限り解除はされん。
ワシに『紅境界』を破壊されん為か?確かに『紅境界』で戦えば被害を現世に反映させてしまうからの『漆黒境界』で戦った方が都合がよいが、上空で戦えば手間は掛かるが問題はない。『紅境界』を維持できれば殺した瞬間に凜の魂を奪う事が出来るから都合が良いのかもしれんが、ジュマや周りの『虚』達程度ではワシ相手にさほど意味は成さんとわかっておるはずじゃが…………何か別の狙いが合っての事か。
「やはり、あの時に仕留められんかったのは失敗じゃったの」
じゃが何故こうも『虚』をバラバラに転送したんじゃ?凜や夏子さんを襲うのであればもっと集中させれば良いものを……いや、出来なかったのか。どちらにせよ、時間が惜しい事にかわりないのぅ。
「凜や、右眼は痛むか?」
「右眼?少し……だけど」
「そうか、なら良い」
今回は『虚』にアレは組み込まんかったようじゃの、これならある程度力を出して戦っても良さそうじゃな。
「凜や、学校に行くぞ」
ワシは凜の腰に左手を回し、
「ちょっ!?お祖母ちゃん!?」
脇に抱える。
「時間がないからの、お主を抱えて動いた方が速いんじゃよ」
血を媒介に流れる魔力。その魔力を体中、神経の一本一本にまで流し込んでいく。
「抱えた方が速いって」
「舌を噛むなよ」
全身を満たすように高まった魔力の奔流。両足に力を込め、荒ぶる奔流を解き放つように跳ぶ。
「お」
凜の言葉を置き去りにして、たった一歩の跳躍で上空へ跳ね上がる。
「さてさて」
さっきまで悠々と飛んでいた『虚』達はワシが跳んできた事に驚いたのか、距離を置くように散っていく。
「まずは小奴らを蹴散らしていこうかの」
ワシは全身に込めていた魔力を維持しつつ、右手に同量の魔力を込める。込めた魔力は右手から紫電を散らし、その右手を振り払おうとして。
「お祖母ちゃんっ!!下見て!!」
凜が一切の血の気のない真っ白な顔をして叫びながら、地上を指差す。
「何じゃっ!?時間がないと言って…………っ!?」
凜が指し示した地上、その光景は赤一色の世界…………の筈だった。
「なん……じゃと」
赤い世界である事にかわりはない。じゃが、今までと決定的に違うのは。
「何故、他の者達までこの『紅境界』におるんじゃっ!?」
視認できるだけでも数百は下らない数の住民が姿。町の住民達は魔力が低い所為か『紅境界』の中では時間が止まった状態で存在しておった。