――― 5月3日 ココロ模様・後 ―――
更新は前回から十日。寝落ちが多くて大変でした(ホントですよ?)さて今回ですが…………スミマセン!!過去最高文字数です!!長くてスミマセン!!長くても良いと神様な方がいると信じて、どうぞお読み下さい!!
薄暗い倉庫の中。その中央には舞台照明のように光が差し込んでいて、
「よし!!」
「終わったようじゃな」
「うん」
そこには端から見れば倉庫に悪戯をしにきた小学生の兄妹が、しゃがんで何かしてるように見えてるはずだ。まぁ、実際は孫とお祖母ちゃんなんだけど。
「凜や、此処でいくつ目じゃ?」
「えっと……昨日とさっき商店街で封印したのと此処で三つだね」
「そうか、あと他にはどの場所に行く予定だったんじゃ?」
僕とお祖母ちゃんは揃って立ち上がって、お祖母ちゃんの問い掛けに苦笑いした。
「それが、昨日はとりあえず此処までっていうのは聞いてたんだけど……」
「聞いておらんのか?」
「ごめん」
僕は申し訳なさで顔を俯かせて、
「誰に似たのか…………普段はちゃんと考えて動くのにのぅ。余裕が無くなると一つのことしか見えなくなるの」
少しだけ呆れたようにため息をつくお祖母ちゃん。
「ははっ、父さんかな?」
「蓮か…………まぁ、確かに性格も蓮の方に似とるかの」
今は海外にいる父さん。最近は仕事が忙しいのか連絡一つ寄越さない。多分、元気ではいると思うけど……連絡の一つや二つくれたって良いのに。こっちから電話しても全然繋がらないし、全く仕事以外
は何やってんだか。
「まぁ、良いじゃろ。ワシの方でも探りを入れてた場所があるからのそっちを回ってみるとするか」
「えっ、探りって……」
お祖母ちゃんが倉庫の出入り口へ向かって歩き出して、
「お祖母ちゃんにも法術の場所とかってわかるの?」
慌ててすぐ隣に並んで歩く。
「まぁの。感知範囲は精々この町程度の範囲じゃが」
「へぇ、やっぱりお祖母ちゃん凄いなぁ」
僕の言葉に何気なく話していたお祖母ちゃんの顔が少しだけ綻んで、
「なに、これも経験じゃよ。お主も視覚だけに頼らずに魔力自体を感じようと努力すれば出来ると思うがの」
「努力って修行的な?」
「簡単に言えばそうじゃな…………じゃが、お主には必要ないかの」
どこか嬉しそうだけど寂しそうに笑うお祖母ちゃん。
必要ない、って言われた時に「なんで?」と言いそうになったけど……お祖母ちゃんの笑顔に口にしちゃいけないような気がして、別の言葉を振り絞った。
「えっと……まぁ、その話はまた後で詳しく聞くとして。お祖母ちゃんの心当たりの場所ってどこ?全部で何カ所くらい?」
「全部で七ヶ所じゃ」
「七っ!?そんなにあるの!?」
昨日と今日で三ヶ所封印したからあと少しかなと思ったけど、全然予想してなかった数。
「そ、それって近い場所?」
「いんや、ほぼ町全体にバラバラに」
「っぁ」
もう、声が出てこなかった。
心当たりが七ヶ所もあるってだけで気が遠くなるのに、町全体って広すぎるよ。
顔と肩をガックリ落とす僕にお祖母ちゃんは優しく頭を撫でて、
「誰も巻き込みたくないから歩いていこう、と言ったのはお主じゃろ。最後までワシも手伝ってやるから頑張るんじゃ」
「う、うん……頑張るよ」
お祖母ちゃんの励ましのなでなでを糧に気持ちを切り替える。
「じゃあ、此処から一番近い場所から回ろう」
「そうじゃの、じゃが…………いくつか聞きたい事があるんじゃ」
「聞きたい事?」
「よいか?」
お祖母ちゃんは僕の顔色を窺いながら僕の頭から手を降ろして、
「いいけど……僕に聞きたい事って?」
「一つ目はじゃな」
僕の右眼を指さして言った。
「凜、お主……今までワシと一緒に過ごして右眼が痛んだ事はあったか?」
「右眼が痛くなった時?」
僕は「うーんっ」と唸って産まれて『僕』という意識が出始めた頃からの記憶を辿りながら、
「一度もないけど……」
「二つ目じゃ」
僕の右眼から自分の耳へ指を指しかえすお祖母ちゃん。
「その場にいない者の声が聞こえてきた事はあったか?」
「えっと、一昨日……かな。世界が赤くなった時、すごく大きな声で聞こえ……ううん、あれは聞こえてきたって言うよりは頭に響いてきたっいうのが近いかな」
「…………三つ目じゃ」
お祖母ちゃんは腕を下げて、また胸の前で腕を組んだ。
「凜」
「何?」
お祖母ちゃんは言葉を選んでるみたいに僕を何秒か見つめて、決まったのか口を開いて。
「ーーーーーーーーーー」
それは突然過ぎた。
「え?」
今までの会話から何の繋がりもない様な質問だった。でも、それを言ったお祖母ちゃんの表情が暗くて、重くて。本当はこんな事を聞きたくない……って、後悔と悲しみでいっぱいのお祖母ちゃんの表情。それにこれは冗談でも関係ないことでもないって…………これは僕が選ぶことが決まってる。選ばなきゃいけない時が絶対に来るって言われてる気がする。でも、なんでそんな事を今聞くのかがわからない。
「お祖母ちゃん……それって」
どういう意味?って聞こうとして。
「…………お客さんの」
「へ?」
それが始まり。
―――――――――――――――ビキッ!!
「がっ!?」
色づいていた世界が一瞬よりも更に速く、赤に染め上げられる。
右眼に感じる感覚を押さえるように右手で押さえる。
「ぐっ……また『虚』なの?……でも。何、これ?」
右眼が……おかしい。痛みがある、のか?でも、今までみたいな激しい痛みじゃない。それになんだろ、この体全身を押し潰されるような感覚。いや、それも違う……もっと、こう……引き込むっていう感じだ。体が何かを欲しがってる……そんな感覚。
僕が右眼と体の違和感に戸惑っていると、
「ほっ、世界が赤くなると聞いておったが『紅境界』か。これを『虚』に練り込むとは……かなりの手練れか」
軽い口調……半分は笑って、もう半分は余裕って感じで言った。
「クリム、ゾン……ライン?何、そ」
「いやーっ、予想通り。余裕綽々って感じで困っちゃうな」
僕の声を飲み込むように、場に響く陽気で明るい声が響いた。
「ぁっ!?」
「来たのぅ」
僕は右眼を押さえていた手を慌てて離して辺りを見回す。けど、声の主の姿はなくて……お祖母ちゃんは気にしてない様子で正面をずっと眺めている。
「やっぱ、僕程度じゃ役不足ですかね」
その声と一緒に空間がねじ曲がって赤を汚すように黒が混ざる。
「いやいや、役不足も何も死神が相手じゃ。それもお主の魔力、法術技術から察するにクラスは1st、人間のワシには充分すぎる」
トッと地面に足が付く音が響いて、僕達の前には黒一色の制服とコートを羽織った金髪癖毛の男の人。外見で言えば僕と同じ十代後半くらいで背も十代の平均身長くらいだと思う。パッと見、女の人みたいに見えてそこそこ整った顔立ちをしてる。中性的な感じの人ってきっきこんな感じの人だ。
「っぁ」
目の前にいる人は人懐っこい笑顔でこっちを見てた。明るくて優しい、そんな笑顔……その筈なのに心臓を掴まれたような圧迫感に冷や汗が体中から一気に吹き出た。
「初めまして、ジュマ=フーリスです」
名乗るのと同時に軽く会釈をして、
「これはご丁寧に、ワシは」
「萩月蘭さん、ですよね。お噂はかねがね」
自然とお祖母ちゃんの言葉をさらう。
「挨拶も済みましたし。早速、ソレ……頂きたいんですけど」
寒気がする笑顔のまま僕を指差す死神。
「ほほっ、最近の死神はせっかちじゃの」
お祖母ちゃんも死神の言葉に笑顔で返して、
「済まんが代金は先払いじゃ」
僕を護るように前に出るお祖母ちゃん。
「先払い?意外ですね…………ふざけるなっ!!って怒られると思ってたんですけど。ちなみに幾らですか?」
「何、そんなに高くないぞ」
お祖母ちゃんは組んでいた腕をダラッと力を抜いて両脇に下げ、両足を前後に軽く開いた。
「貴様の命じゃ」
お祖母ちゃんがそう言い放ったのと同時にお祖母ちゃんから強烈な風が襲ってきて、
「くっ!?」
アカイ世界に黒の亀裂が走って、世界が黒に塗り変わる。
「こ、これは」
最初、通り魔に襲われた時の。
「ははっ。僕の『紅き境界』を砕いて『漆黒境界』に塗りつぶすなんて、さすがですね。でも、僕の命が代金ってメチャクチャ高くないですか?」
左眼から死神の姿が消えて、右眼だけに映る死神はほっぺを掻きながら苦笑いしていた。
「何を言うておる?」
強烈な風が吹いた直後から感じる死神とは別の圧迫感に、僕はお祖母ちゃんに視線を向けると。
「ワシの孫とその嫁に手を出したんじゃ、百万、億…………いや何度殺しても毛筋ほどの価値もありゃせんよ」
僕と同じくらい大きかったお祖母ちゃんの瞳は……刃物みたいだった。今まで一度も見た事のない暗くて鋭くて冷たい光がに支配されてた。
「はははっ、凄まじい殺気ですね。殺気だけでも殺されてしまいそうだ……さすが『殲滅斬手』。レベルが違いすぎるなぁ」
「そうかの、随分余裕があるように見えるがの」
お祖母ちゃんは片手を僕の方に向けて、
「しばらくジッとしておれ」
袖口から四枚の人の形をした小さな白い紙が飛び出してきた。
「な、何っ!?」
「心配せんでいい」
飛び出してきた白の紙は僕を取り囲むように前後左右と四方向に飛んで、
「護符の結界じゃ、少しばかり荒っぽい事になるでの」
四枚の護符が同時に閃き、僕を眩い光の膜が包んでいく。
「お祖母ちゃんっ!!」
僕は僕を護ってくれている筈の膜を乱暴に殴りつけて、
「何で、僕だけっ!?此処から出してっ!!」
「足手まといなんじゃから仕方がなかろう」
こっちを顔だけで振り返って、呆れたような目で僕を見る。
「心配せんでも大丈夫じゃ、少し運動がてら……こやつの命を絶つだけじゃて」
まだ身を護ってくれる術は『対象外』になっておるようじゃの。これなら決着が付くまでは持つじゃろて。
「そんなの関係ないよ!!僕も戦うっ!!だから、お祖母ちゃんってばっ!!」
お祖母ちゃんはため息をついて顔を正面に戻して、
「さて、始めるとするかの」
僕の言葉なんて完全に無視。正面にいた死神に視線を合わせる。
「殺す前に二、三聞きたい事がある」
「答えられる範囲であれば」
死神は短く答えて、
「お主の目的は?魔力を集めて何をするつもりじゃ?」
「秘密」
クスッと目を細めて笑う。
「では、魔力吸収の法術を発動もさせず四つに砕いて設置しているのはどうしてじゃ?」
「それも秘密」
また笑って質問を受け流す。
「他の六カ所の空間固定法術と何か関係があるのじゃろ?」
「それもそれも秘密」
「…………最後の質問じゃ」
「はい、何でしょう?」
死神に答えるつもりなんてサラサラないって笑っているのがわかる。
「どこまで知っておる?」
「…………何を?」
現れてからずっと笑顔だった死神の表情が初めて曇った。
お祖母ちゃんは死神の問い掛けに答えず、ただ黙っていた。
「…………ふむ」
今の反応、どうやら凜が狙いであっても根本的な目的は違うようじゃの。まぁ、先程の法術の事は気になるが…………。
「いや、あまり気にせんで良いぞ」
今度はお祖母ちゃんが死神の質問を流して、
「今ここでお主を殺せば良いだけの事じゃ」
「っ!?」
瞬間、僕の目の前にいた筈のお祖母ちゃんが死神の頭上へ突然現れる。
死神はお祖母ちゃんの動きに半瞬遅れて顔を上げ、
「おっと」
「どれ、強めにいくぞ」
死神が顔を上げきる前に腕を真横に振った瞬間。
ドオンッ!!
爆音じみた音と土煙が舞い上がる!!
「くっ、やっぱり『視』えない」
もう全部、一瞬で起こっている。きっと色んな遣り取りがされてるんだと思うんだけど完全に目で動きを捉えられない。
こんな戦いに割り込んでも自分にできる事なんて何一つ無い事くらいわかってる。でも、それでも僕は戦わなきゃいけないんだ。あの死神を思いっきり殴り飛ばしてやりたい、なのに……。
「くそっ、どうしたら……」
あの戦いに割って入る以前にこの結界の中から出られない。
「僕にもお祖母ちゃんやセフィリアみたいに法術みたいなのを使えたら…………」
無力感を突き付けるように舞い上がる土煙と轟音が絶え間なく起きて、
「くっ」
突き付けられた無力感に顔をさげて。
―――――――――――――――ケテ。
「な、何?」
ズキッ!!
「っぁ!?」
疼いていた右眼が僕に警告するように痛み出す。
「こ、これって…………」
――――イ―――――――――――タ―――――――――――テ。
頭に響く得体の知れない音と右眼の痛みが連動して起こる。
僕は痛みに耐えるように右眼を押さえて、
「ぐっ…………く」
倉庫の中央でまた爆音と土煙、そしてそこから飛び出す二つの影。
「おわっ!?」
「ほぉ、器用に避けるのぅ」
お祖母ちゃん達は人間の枠を完全に逸脱した世界で命の遣り取りをしていた。
「ほれ、休む暇はやらんぞ」
「っぁ!?」
ワシは死神の首筋と胴の二ヶ所に左右から手刀を放つ。
「こっ、のっ!!」
その攻撃を防ぐように青色の盾が現れたが関係ない。
「なっ!?」
死神……ジュマじゃったか。ジュマはワシの攻撃が難なく盾を切り裂いて防げなかったのに驚いたようじゃった。が、そこはさすがに死神。即座に反応して後ろに跳び、ワシから離れた。
「案外しぶといのぅ」
「かぁーっ!!危ないトコだった!!」
ジュマは喉元をさすり、ワシはその様子に目を細めた。
危ないと言った割りには初撃から最後の二連撃を含めて十二撃……全て避けるとはのぅ。汗を掻くどころか息も乱れておらん、全力ではないにしろ殺す気でいったんじゃが…………かなりの手練れじゃの。魔力操作に体裁きだけしか見とらんが、セフィリアより力は上か。
「魔力で強化された手刀の攻撃全てが一撃必殺クラスなんて半端無いなぁ、これじゃあどっちが死神かわかりやしない」
ジュマは降参という風に両手を上げ、
「すまんの、これでもだいぶ手を抜こうと努力しとるんじゃが」
「やっぱりまともに戦っても勝ち目薄いなぁ」
「そうじゃな、じゃがそんな心配はせんで良い。次の一撃で終わりにするからの」
「そうですね、ホントはアレ……持って帰りたかったけど諦めます。今は、ですけど」
全く会話が噛み合わん。そのくせジュマは生意気な笑みをワシに向けた。
「ん、何がおかしいんじゃ?」
「忘れてません?ここ、最初『紅境界』が張られてたの」
「そんな事言われんでも」
「あああああぁぁぁぁぁあああああぁぁあああああああああっ!!」
ワシの声を飲み込んで凜の痛みに満ちた声が広がる。
「凜!?」
ワシは凜の声にすぐさま向かおうと振り返り、
「ぬっ!?」
反射的に両腕を交差させ頭の上に上げる。
間髪入れず全身に粉々に吹き飛ぶような衝撃が走り抜け、
「ぐぅっ……こ、小奴は」
「見ての通り、『虚』だよ」
目の前には体を黒光りさせた巨大な獣。
その獣は姿形で言えば狼……じゃが狼と決定的に違うのはと狼と鷲の二つの頭を持ち、背中にはコウモリのような不気味な翼が生えていた。ワシが受け止めたのは前足。その前足ですら、ワシの体躯を超え倉庫の天井に翼が届きそうなほどに巨大。
「馬鹿な……これほど巨大な『虚』など」
「まだだよ」
「何じゃと」
ワシは『虚』の攻撃を受けたまま首だけで背後を振り返り、
「なっ!?」
「良い表情だね、やっと出し抜いた気がするよ」
そこにはジュマの姿など無く、代わりにジュマの声で笑う一匹の大蛇がおった。
「どこじゃっ!?隠れずに姿を見せいっ!!」
「貴女の事を知っているのに無策で来るわけ無いじゃないか」
大蛇は舌をニュッと何度も出し入れし、
「僕の代わり……と言ったらなんだけど、この『虚』は特別製だから少しは楽しんでもらえると思うよ」
「くっ、転送術か」
「あと少しで完成だからね、僕も準備で忙しいからゆっくり相手をしてもらう時間がないんだ……それじゃ、僕はこれで」
ジュマの声が途切れるの同時に大蛇が動く。
「っ!?」
大蛇はワシではなく『虚』に飛び付き、そのまま体へ融け込むように消えていった。
それと同時に前足からの圧力が上がり、
「ぬぅ、これだけでかいというに…………融合なんぞしおって」
大蛇は『虚』の尾にとして姿を現した。全くもって化け物とは形容しづらい姿になるもんじゃの。
「ほっ」
ワシは前足を払いのけ、凜の前まで跳んで凜を見やる。
「凜や、大丈夫か?」
「ぁ…………おば、ぁ……ん」
「右眼が痛むのじゃろ?すぐあ奴を滅するでの、少しばかり我慢すんじゃぞ」
視線を凜から『虚』に戻し、ワシを見下ろす犬と鳥の頭を見上げる。
大きさには驚いたが、魔力はワシの百分の一程度か。これなら一撃で終わりそうじゃが…………いまの凜の右眼が痛むという事は『アレ』が繰り込まれておるはずじゃな。それがどういった物かでだいぶ変わるが。
「何にせよ、すぐに」
「っぁ、っ!!」
凜は何かワシに伝えようと口を開いたが、声の変わりに濁った物を吐き出した。
「ガハガハッ!!ゴホッ……っぁ」
また『虚』…………それも今度は何かわからないモノが……ううん、アレは混ざってるんだ。色んなモノが。
「凜!?」
「だ、大丈夫…………す、少し気持ち悪いだけ…………だから」
「あまり無茶はせんでいいぞ」
お祖母ちゃんは『虚』を見上げながら僕へ気を向けてくれる。
―――――――――――――――ス―――――――――――――――テッ。
「っ!?」
「凜!?」
また『声』が響く。その『声』に意識が飲み込まれそうになる、けど。
「あの、う……ろ。――――――――って言ってる」
「…………何じゃと?」
僕の言葉にお祖母ちゃんが戸惑ったのがわかって、
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
獲物の隙を突くように『虚』が咆哮を上げるのと同時にお祖母ちゃんへ襲いかかる。
「ええいっ!!うるさいのぅっ!!」
お祖母ちゃんは苛立ちを吐き出すように『虚』へ跳んだ。
「っ。お」
「わかっとるわいっ!!」
お祖母ちゃんを止めようとして僕の言いたい事が伝わっていたのか、お祖母ちゃんは言い出す前に返事をかえしてくれた。
「ひとまず一旦黙らせるとするかの。この空間でなら暴れても現世には影響しないしの」
お祖母ちゃんがそう呟いて二人の姿がほとんどかすれてしまい、次の瞬間。右眼に『視』える混ざり合ったモノは一瞬で何か砕ける音と一緒に倉庫端、いや倉庫の壁ごと吹き飛んでしまった。
僕から少し離れた所でお祖母ちゃんが右手を突き出した状態のまま、何かに驚いてように表情を曇らせてジッと『虚』を吹き飛ばした方向を見ていた。
「今の手応え……それにあの感覚」
尽きだしていた右手を引いて、小さく構えた状態で呟いた。
「小奴…………魔力を取り込むようじゃな」
面倒じゃな、と苦い表情で呟くお祖母ちゃん。そしてお祖母ちゃんの焦りを肯定するように『虚』の咆哮が場を切り裂く。
「凜、その結界を解くぞ。じゃが、結界が解ければ『虚』の影響が酷くなる…………よいか?」
「う、ん」
「ならばよい。あとはワシが『虚』の動きを止めるでの、凜は『核』を」
「わか、ったよ」
僕の心の準備を確認するお祖母ちゃん。僕はそれに声を振り絞って答える。
お祖母ちゃんはそれに静かに頷いて、右手を僕に向ける。
「やるぞ…………散っ!!」
念の込もった鋭い声と一緒に結界を握り潰すように右手を握り込むお祖母ちゃん。
その意志と行為に従うように護符が強烈な光を放つと同時に燃え尽きて、僕を包んでいた光の膜は一瞬で砕ける。
「ぐっ!?あああああぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして通過儀礼のように僕の右眼には抉られるような痛みが襲ってきて、頭には『声』……じゃない。結界を解いた所為で押さえられていた濁流が押し寄せるように頭の中を暴力的に苦痛を響かせる。
痛イ!!痛いっ!!イタイッイタイッイタイッイタイッイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイッ!!
「っあ……ぐぅ!!」
嵐のように吹き荒れる痛みの声に僕はありったけの気力を込めて立ち上がる。
タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテッ!!
頭の中に沢山の苦しみの声が、強い感情が流れ込んでくる。
誰デモ良イッ!!ダレデモイイカラ―――――――――――――――コロシテクレッ!!
言葉の一つ一つがあまりにも残酷で。
「ゴアッ!!」
「もう回復したか、さすがに速いの。じゃが」
お祖母ちゃんはそう言って『虚』の頭上に跳んで両手を頭の上で組み、
「凜!!」
僕の名前を呼ぶと同時にお祖母ちゃんは『虚』を地面に叩き付けて、地面が大きく陥没する。
「今じゃっ!!」
「ぐぅぅぅぅぅああああああああああっ!!」
その声に右眼に『視』える『虚』の姿は、無理矢理人としての形をそうでないモノを繋ぎ合わせて作った凄惨な姿。そしてそのつなぎ目の要である脈動する心臓……………『核』。僕は引きずり込まれそうな感覚に右手を差しのばして。
「あああああああぁぁっああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
痛みに苦しみ、そして救われたいと願う沢山の想いを掴み取って。
―――――――――――――――受け入れた。
「へぇ、死神にも役割分担とかあるんだぁ」
「当然、死神って言ったって得意不得意があるからね」
私は自分で煎れ直した温かいお茶を一口流し込んだ。やっぱり、自分で煎れたお茶を飲んでみると良くわかる。凜のお茶は優しい味がすると再認識した。
死んだ人間と話をするのは珍しい事じゃないけど、ナツコほど明るい……いや、積極的って言った方が良いのかしら?死神の世界の概念から存在意義と堅苦しい面から私の趣味に特技、好きな食べ物に嫌いな食べ物。法術から仕事から恋び……ゴホンッ。家族構成にプライベートな話まで色んな事を聞かれた。ちなみに私は父、母、妹、祖父の五人家族。
「さっき、言ってた死神のランクって1stと2nd、3rdって分かれてたけど……どんな意味で分けてるの?」
ナツコはまだ満足していないようで説明をハショッた所を突っ込んできた。
「死神のランクは魔力最大量と基本戦闘技術に法術取得数をベースに振り分けられるの」
「フンフン」
ナツコは勉強してるみたいに相槌をうって、私はそんなナツコを眺めながら話を続ける。
1stは無制限粛清権限を持っていて現世から黄泉、神界と様々な世界で任務をこなす事が出来る言わばエリート。2ndは現世と黄泉でのみ行き来が許されていて、そこから細かく担当地域まで決められていてその範囲内での任務や『霊現体』の管理。3rdは主に1stと2ndの助手をする……っていう感じだ。後は任務の実績だったりでランクの変動があったりするくらいで……ちなみに私は1stで任務はナツコの復活……が目的だったんだけど。
私はナツコに話しながら、頭の隅で凜の事を考えていた。
昨日、リンは「僕が狙われている事は夏先輩には内緒にしてね」って言っていたけど……本当に話さなくて良いのかしら?まぁ、余計な心配は掛けたくないのはわかる…………けど、もしリンの身に何かあった時(そんな事絶対にさせないけど)ナツコはどう思うのか……きっとリンは考えてない。でなければ「これは僕の問題だし……僕の所為で夏先輩は殺されたんだもん。僕だけでなんとかしないと」なんて言わないもの。
「へぇ、2ndの死神って担当制なんだ……あれ?でも」
「何?」
ナツコは顎先に指を立てて、不思議そうに呟いた。
「担当制で振り分けられてる死神がいるなら私を生き返らせる事とかセフィリアが倒さなきゃいけない親玉って、この町を担当してる死神じゃ駄目だったの?」
「まっ、そうなんだけどね。でも今はいないっ!?」
私は自分の言葉に思わず口元をピシャリッと手で押さえて、潤滑油の足りない人形のみたいにギヂギヂって音が出そうな動きでナツコの方に目を向けた。
「いないって…………なんで居ないの?それって今回の事とセフィリアが来た事と理由があるの?」
ナツコは私の顔を疑うように覗き込んで、私は視線を逃げるように逸らした。
しまったぁぁっ……これは蘭さんにしか話してないのに。口が滑ってしまったことに海よりも深く反省して、何とか誤魔化さないと。
私は瞬きをするくらいの神懸かり的(一応、神様なんだけど)時間に言い訳を思いついた。
「…………リ、リンには内緒よ?」
私は出来るだけ深刻そうな顔をして、ナツコに顔を寄せる。
「う、うん」
ナツコは私の表情にただ事ではないと勘違いしてくれたようで、この後に言う言葉にインパクトを上乗せさせやすい。
内緒話をするようにナツコの耳元で出来るだけ馬鹿馬鹿しい感じで呟いた。
「…………寿退職ってやつ」
ナツコは面をくらったように目をパチクリさせて、
「へ?」
気の抜けた声をだした。
私はそんなナツコの様子に心の中でガッツポーズをして、話を進める。
「その、ナツコにも悪いとは思ってるのよ。その退職する死神と次の死神の引き継ぎがうまく進んでなかったみたいで……ホンの二、三日なんだけど担当者がいなかったの」
申し訳なさそうに背中を丸めて、顔を俯けてナツコを上目遣いで見た。
これで「ふざけるなっ!!」と怒ってくれれば予定通り。ナツコの死を軽く見ているようで気が滅入るけど、これ以上ナツコにも……そしてリンにも負担も余計な心配も掛けさせるわけにはいかない。
「こ、寿退職って…………」
「その、ホント……あんたを護れなかったのにこんな馬鹿みたいな理由で」
ごめん、と頭を下げようとして。
「結婚かぁ……羨ましいなぁっ!!」
ナツコはほっぺをほんのり紅くして、言葉通り羨ましいって想い一杯の声で笑っていた。
「……………」
今度は私が予想外のナツコの様子に、
「へ?」
と、間の抜けた声を出してしまった。
「お、怒らないの?」
私は恐る恐る舞い上がっているナツコに声を掛けて、
「怒る?何で私が怒るの?」
「いや、だって…………」
ナツコの態度に意表を突かれすぎて言葉が出てこない。
「まぁ、セフィリアの言う通り。死神の人が居ない間に私は殺されちゃったけど、それはセフィリア達がしようとした事じゃないし。それにセフィリアだって私が殺されたのは予定外って言ってたじゃない」
「いや、そうなんだけどね」
ナツコの一言一言が嘘をついてしまった自分の心に突き刺さる。でも、それと一緒に。
「それに私が殺された事を責めて、折角これから幸せな時間を過ごす人……じゃなかった、死神さんが可哀想でしょ?」
「…………」
「死神だって私達と変わらない世界を作って生きてるんだもの。失敗の一つや二つ、神様だってしたって良いじゃない」
心が優しいモノで満たされていく気がした。
「……………………」
「…………セ、セフィリア?」
ナツコは一言も喋らない私の様子に不安そうに飛び寄って来て、
「ど、どこか具合でも悪い?」
自分の事よりも私の事を気遣ってくれる。
そんなナツコに、私は。
「ううん…………リンは幸せ者だな、と思って」
「凜が幸せ者って……どうして?」
今の話の流れでそんな事を言われたらナツコでなくても首を傾げると思う。
「こんな心がバカッ広い彼女がいて幸せ者だなぁって」
「…………へ?」
「いや、だからね。こんな良い彼女がいてリンは幸せ者だなって……」
ナツコが何を言われたのかわからない、って感じで固まって。私はもう一度ナツコに伝えようと口にして。
「かかかっかかかかのかのっ!?彼女っ!?」
顔、というか肌が見えてる部分全部が一瞬で赤くなって。大声で叫ぶナツコ。
「ちょっ!?ナツコ!!リンに聞こえるでしょうがっ!!」
口調は強め、でも声は出来るだけ音量を抑えてナツコを宥める。
「彼女って言われたくらいで慌てないでよ」
浮いていたナツコを下に引き寄せて、過呼吸寸前のナツコに話しかける。
「何でそんなに慌てるのよ?別にホントの事言っただけ」
「……じゃない」
ナツコが私の言葉を切るように荒い息で悔しそうに言った。
「私は凜の彼女じゃないもんっ」
顔を赤くしたまま拗ねて、顔をプイッって背けた。
「えっ、違うの?」
「違うもん…………セフィリアこそ、何でそんな風に思ったのよ?」
自分の中の悔しさやら苛立ちを込めて私を睨むナツコ。
「いや、だって……ランさんに任務の支援をお願いした時に「曾孫を見る為なら何でもしてやるぞ、何なら料金は無料でどうじゃ?」って言ってたし、あんただってリンとイチャついてる時とか幸せうな顔してていつもリンの心配してたじゃない」
「らっ、蘭さんったら…………」
私の話を聞き進めていくほどナツコの顔が赤くなって、湯気みたいなのが出てきた。
「それにリンだって…………最初「人の命をなんだと思ってるっ!?」って怒ったし。ずっとあんたの事しか考えてなかったから、てっきり……」
「そっ、そうなんだ…………ははっ」
恥ずかしいのを隠すように笑ったみたいだけど、そんなに顔赤くして笑われても意味ない。なんだか、こっちまで恥ずかしくなってきた。
「あぁっ!!でも凜が私の事しか考えてないのってさ、凜が優しいからだよ」
「ん?」
ナツコからは照れとは別の感情が見え始めて、
「凜は優しいから……きっと私以外の人が同じ目に遭ってたら同じ事すると思う」
「…………」
自分が感じていたものをさらけ出すように話し始めた。
「凜はその、特別な人っていない……というか周りの人を遠ざけてる所があるの。友達はちゃんといるんだけど必要以上に親しくならないようにしてるっていうのかな。触れてしまったら簡単に壊れてしまうガラス細工を壊さないように触らずに見てるだけ……っていう感じ」
ナツコは自分の記憶を探るように瞼を閉じて、
「最初は人付き合いが苦手なのかな、って思ったの。私と初めて遭った時も社交辞令みたいな感じで……正直な所、この子冷たい感じがするなぁって。髪の毛も変な色に染めてるしあまり関わらない方が良いって思ったぐらい…………でも」
少しずつ言葉に熱が、想いが込もってくるのがわかる。
私は余計な口を挟まないようにただ黙ってナツコの話を聞いた。
「ほんと偶然と言えば偶然だったんだけど、学校の帰り道で凜を見たの」
それが私の中の凜の始まり。
喧嘩……ううん、あれは多分イジメだったんだと思う。家の近くの河原で、私の学校の生徒だったと思う。何人かの男子の子達が一人の男子の子取り囲んでいた。囲まれてた男子の子は制服は土で汚れていて、顔も殴られたの唇が切れてて血が出てた。
私は考えないしに止めようと駆け寄ろうとして。
「やめなよ」
紫色の髪の小学生がそう言って現れた、と思った。でも私と同じ学校の制服を着てて、会った事がある子だって思い出した。
そこからは衝撃の連続だった。小学生みたいな男の子一人に体格ではずっと逞しい子達が全員殴り飛ばされた。勿論、凜の方から手を出したわけじゃない。何人かいた内の一人が凜を思いっきり殴って、それから凜が手を出したのだ。人を殴る事はどんな理由があっても良い事じゃないけど、人助けの為ならある程度は仕方が無いとも思う。
いじめっ子達全員を殴り飛ばした後。凜はもっていた鞄から小さい救急セットの箱を取り出して虐められていた子の手当をし出した。その手当が程なく終わってそのまま帰るのかと思ったら、いじめっ子達の手当もし始めた。
私はその光景に「なんで?」って驚いていたけど、凜が黙々と手当をしている姿にハッとなって慌てて凜へ駆け寄った。私も手当を手伝い、簡単ではあったけどものの十分で手当は終わった。その後、虐められていた子を見送って。
「君も手当を」
と、声を掛けようとして。
「あれ?」
ついさっきまで隣にいた凜の姿はなかった。
次の日、当然私は凜の事が気になって学校で凜を探した。
目立つ髪の色をしていたし、何よりほっぺに湿布をしていたからすぐにわかった。
その時は授業合間の十分休みで、凜はクラスの男の子達と話をしていた。楽しそうに笑って話している姿は小学生みたいで可愛いなぁ、とつい微笑んでしまったけど。男の子達と話が終わったらすぐに窓際の自分の席に座ってじっと外を眺めていた。その時の表情はさっき話してた笑顔と違って、今ある現実とは違うものを見ているような表情だった。私はそんな凜の様子に声を掛けようとして休み時間の終わりを告げる鐘が鳴った。教室からだいぶ離れていたからその時は慌てて戻ったけど、昼休みもすれ違う度に声を掛けようと思うのだが、あの場で会ったはずの私の顔を見ても顔色一つ変えずに横切っていく……まるで誰も見ていないような感じで。まぁ、あまり好ましい出来事じゃなかったから話したがないのもわかっていたし。機会があれば話す事もあるかなと思った。
そんな感じで一ヶ月が過ぎたある日、帰り道にまた凜を見掛けた。今度はイジメとか殺伐とした場ではなく、別の意味で心が痛む光景。
「……………」
無言で足下を見つめている凜。
凜の足下には多分、産まれてそんなに時間が経っていないばかりの白い毛並みの子犬が一匹。その子犬は小さな段ボールに入れられていた……捨て犬だ。
子犬は凜に甘えるように「きゅーんきゅーんっ」と弱々しく鳴いて、凜は子犬の呼びかけて答えるようにしゃがみ込んで子犬を抱き上げた。
「君、捨てられたの?」
子犬と視線を合わせ、小さい子供に話しかけるように子犬に言った。
「君はフワフワだなぁ」
子犬はまた小さく鳴いて、凜のほっぺをペロペロなめた。
「フフッ、くすぐったいよ」
子犬に顔を舐められて、その仕返しのように子犬に頬刷りする凜。
「ほんと温かくてフワフワだぁ、ウチの子になる?」
そう言って笑った凜の笑顔に、体が一気に熱くなって……心の中で何かが弾けた。
それからだ凜の姿を自然に追うようになったのは。後から聞いた話だけどその時拾った子犬は「お祖母ちゃんが犬アレルギーだったから違う人に引き取って貰いました」という話だった。
登校から始まって授業の休み時間、体育でグランドにいる時。昼休みに下校まで。凜が視界の端に入る度にすぐ凜に釘付けになる。でも、その度に思う。
「あの時みたいに、笑ってくれないのかなぁ…………」
凜が子犬に見せたあの温かい笑顔。あれはホントに心の優しい人にしかできない笑顔。思い出す度に体が熱くなって、心に温かいモノが広がるのがわかる。けど、その笑顔をあの日から一度も見た事がない。
人間嫌い、と疑った時もあったけど嫌いならただ遠ざければいいし笑って話せたりしないと思う。他の人は出来る人もいるかも知れないが、少なくとも私には無理だと思う。そして何より、凜はいつも凜は決まってあの表情をする。
―――――――――――――――今ある現実とは違うものを見ているような表情。
嫌いとかそういうものじゃなくて、もっと違う……そんな単純なものじゃないものを見ているんだと思う。でも何を見ているのか私にはわからなかった。だから私は。
「凜の見ているものを一緒に見てみたいって思ったの」
私は自分の中にあったモノを口にして、
「ノロケが長いっ!!」
思いっきり、セフィリアに切り捨てられた。
「なっ!?ひっ酷い!!」
「酷いっ!!じゃないわよ!!凜は誰にでも優しいからって話から何が始まるかと思えば結局ノロケじゃないのよ!!あんたがリンを好きなった過程なんて聞いてなかったのに……聞いてるこっちがはっ恥ずかしくなったわよ!!」
よく見ればセフィリアもほっぺを赤くしていて。
「それで「見ているものを一緒に見てみたい」って思ったあんたはリンに――したの?」
「…………えっ?」
一瞬、セフィリアが喋った言葉が途切れて。
「だからぁ、あんたはリンに――」
ドンッッ!!
セフィリアの声を遮るように玄関の方で何かが落ちる音がして。
「何っ!?」
「っ!?」
セフィリアが居間の襖を開けて、私とセフィリアは覗くように顔を出して。
私達二人の瞳に映ったのは。
「…………おぅ、帰ったぞ」
「っ!?」
「ラ、ランさんっ!?」
血まみれの着物姿で苦笑いをする蘭さんと、
「凜!?」
同じように血まみれ姿で床に横たわった凜の姿だった。
一応、一区切りなので厳しい感想が欲しいです(本気で)。一言でも良いです「つまらない」&「長い」贅沢言えば「面白い」。それだけでも良いので感想よろしくお願いします。