【第3話】いじめっ子とダンジョンで再会した。俺が壊れる前に、壊れてくれ。
「おい、山瀬……昨日の態度、忘れてねぇよな?」
廊下の隅、掃除用具入れの前。
陽斗は葛西に胸ぐらを掴まれていた。
「……言い返したくらいで何だよ。ムカつく顔しやがってよ」
周囲の空気がピリつく。陽斗は俯きながら、それでも目を逸らさなかった。
「……うるせぇよ」
小さく返したその言葉に、葛西は目を細めた。
「なあ、知ってるか? ダンジョン、ヤバいアイテムとかモンスター倒せば金になるんだってよ。……お前、入ったことあるんだろ?」
陽斗は黙っていた。
「お前さぁ……俺に協力しろよ。案内してくれよ、な?」
葛西の言葉は、命令に近かった。
断れば殴られる。従っても、搾取される。
昔からそうだった。
でも──
(俺は、もう……前の俺じゃない)
その夜。
陽斗はビィを肩に乗せ、再びダンジョンへ向かっていた。
もちろん、葛西と一緒じゃない。
「……勝手に入って、勝手に死ねばいい」
それが陽斗の本音だった。
けれど心の奥底で、どこかざわついていた。
葛西みたいな奴でも、あそこに入れば──「死ぬ」かもしれない。
(あいつらが、死ぬほどビビる顔……見たい気もするけど)
(……でも)
──誰かが死ぬのを見るのは、もう、うんざりだった。
ダンジョン内部。前回よりも深く、空気はさらに重かった。
そのときだった。
「よう、山瀬。やっぱり来てたかよ!」
「……っ!」
葛西がいた。数人の取り巻きと一緒に。明らかに装備も整えている。どこかから手に入れたらしい金属バットと、簡易ランタン。
「この先に、モンスターの巣があるらしいんだ。お前、知ってんだろ? 案内しろよ」
「……嫌だ」
「は?」
「嫌だって言ってんだよ、聞こえなかったか?」
その瞬間、空気が止まった。
「てめぇ……!」
葛西の拳が陽斗の顔面に迫る──が、その瞬間。
ズシャッ!!
何かが葛西の背後から飛び出し、取り巻きの一人を吹き飛ばした。
「っ、な……モンスターか!?」
闇から現れたのは、鋭い嘴と羽を持つ怪鳥のような魔物だった。
取り巻きが悲鳴を上げて逃げ出す中、葛西は腰を抜かしていた。
「や、やべぇって! 助け──」
「……ビィ」
陽斗が小さく呼ぶと、ビィが光を帯びた。
【スキルリンク:契約体「ビィ」に《電撃牙》を付与します】
ビィの小さな身体が、青白い光に包まれ、魔物に向かって突進する。
牙が魔物の首元に突き立ち、爆音とともに崩れ落ちる。
──静寂。
葛西は、陽斗を見たまま、震えていた。
「お、前……なんなんだよ……」
「……俺は、お前みたいに、“なんとなく”で命を使う気はない」
陽斗は葛西の方を見下ろし、かつて自分がされたように、肩を一度、軽く押した。
「怖いか? これが“死ぬかもしれない”ってことだよ」
「う、うるせぇ……!」
葛西はそのまま、這うようにして逃げていった。
取り巻きもいない。装備も投げ捨てていた。
陽斗は深呼吸して、静かに呟いた。
「……ざまぁ、とは思えなかったな」
自分でも驚くほど冷静だった。
その夜。
ダンジョンの奥で、陽斗はまたひとつレベルを上げ、ひとつスキルを得た。
【スキル《恐怖耐性(Ⅰ)》を獲得しました】