【第2話】卵が割れた日。俺の中の“何か”が目覚めた
──それは、かすかに脈動していた。
あの夜、布団の中で陽斗は、枕元に置いた紫色の卵をじっと見つめていた。
「……これ、モンスターの卵なんだよな……」
柔らかそうで、でも触るとひんやりしていて、軽く震えている。
なにより、不思議なことに──卵に触れていると、不思議と心が落ち着いた。
恐怖、絶望、空虚さ。あのダンジョンに入るまで心を支配していた負の感情が、ほんの少しだけ遠ざかるような気がした。
(……なんで、生きて帰ってきちまったんだろ)
陽斗はそう思った。
けれど──思い返すたびに、胸が熱くなる。
(あのとき……本当に、死ぬのが怖かった)
泥にまみれ、牙を突き立てられそうになり、命の灯が尽きかけた瞬間、頭ではなく、本能が叫んだ。
「死にたくない」と。
その思いが、自分を突き動かした。
そして手に入れた、命と、スキルと──この卵。
「……生きたいって、思っちまったんだよな……」
自嘲気味に呟いたその瞬間。
ピシッ──
静かな音が響いた。
「……え?」
目の前の卵に、細いヒビが入っていた。
「お、おい、まさか……!」
まるで命を感じ取ったかのように、卵は光を帯びて脈動し始めた。
ヒビはみるみるうちに広がり──
パキン!
殻が割れた。
中から現れたのは──一匹の小さなモンスターだった。
紫の体毛、丸い体つき、ツインテールのようにふわふわと揺れる尻尾。そして、クリッとした金色の目が、陽斗をまっすぐ見つめていた。
「……え、なに、これ……」
それは、異様な“可愛さ”を持っていた。異世界的で、けれどどこか懐かしいような。
そして。
「アナタ……ボク、の……ごしゅ、じんさま……?」
──しゃべった。
「えぇぇぇええええ!?!?」
陽斗は盛大にベッドから転げ落ちた。
その後、陽斗はそのモンスターに「名前」をつけた。
といっても、言葉を話したのは最初の一言だけで、それ以降は意思疎通も曖昧だった。
けれど、懐いてくるのは確かだった。
「……お前、なんか犬っぽいし、尻尾二本あるし……『ビィ』でいいか?」
ビィ、と呼ぶと、小さなモンスターは「ぴぃっ」と鳴いた。
「お前、……なんで俺のこと“ご主人様”なんて……」
陽斗は、そのときまだ知らなかった。
この“ビィ”という存在こそが、後に彼の運命を大きく変える鍵になることを。
翌朝。
「おい、山瀬……ちょっと来いや」
学校で、またいつものように呼び出される陽斗。
そこにいたのは、いじめの主犯──葛西 亮。
「なんだよ、その目。……生きる気になったってか? お前は生きてる価値ねぇんだよ」
その言葉に、以前の陽斗なら震えていた。
でも──今日の陽斗は、違った。
「……うるせぇよ」
たった一言。それだけで、教室の空気が変わった。
そして彼のポケットの中では、小さなビィが微かに震えていた。