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魔法少女ミーラヤ・バギーニャ

魔法少女より愛をこめて

作者: 川里隼生

 人通りの多い、とある市街地で事件は起きた。成人ほどのサイズに巨大化した人形が突如出現し、暴れ回っている。ちょうどそこを通りかかった三人の女子中学生は逃げることなく、ステッキを振ってピンク、青、白とカラフルな衣装に変身した。彼女たちはミーラヤ・バギーニャ。謎の組織オッソロスから世界を救う力を手に入れた戦士たちである。活動中はそれぞれローザブイ、シーニー、ビエリーと名乗っている。


 三人の息が合った攻撃で人形はすぐさま建物の壁まで追い詰められた。ローザブイが止めの一撃を決めようとしたとき、若い女が人形をかばうように立ちはだかった。

「ちょっと待って! この子は悪くないの!」

 ローザブイは咄嗟に攻撃を空に向かって放った。人形は一瞬、自分を庇った女に手を伸ばしかけたが、すぐにどこかへ消え去った。


「あなたは……?」

 シーニーが尋ねる。

曽似そに泰葉やすは。ここの端っこで働いている、役人よ」

 泰葉が背後の建物を指差す。ミーラヤ・バギーニャが人形を追い詰めたそこは、ロシアの駐日大使館だった。

「今の人形は私があなたたちより小さかった頃に持っていたやつでね、確かロージャって呼んでいたかな。好きだった本の主人公の名前なの」


「あんなに大きな人形を持ってたの?」

 ビエリーが驚いたようにそう言うと、泰葉はおかしそうに笑った。

「まさか! 小学一年生にちょうどいいくらいの大きさだったのよ。でも、変な男の光線に当てられて暴走してしまったの。ポルフィーリーだなんて、ふざけた名前の奴で」


「ねえ、ルウ」

 泰葉に気づかれないように、ローザブイが顔のすぐ横に浮かぶ妖精にささやいた。ミーラヤ・バギーニャの三人にはそれぞれルウ、エス、イアという名前の、自分以外には姿も声も認識できない妖精をパートナーにしている。ルウはローザブイに頷いた。

「うん。オッソロスがよくやる悪さだよ。人の思い出を操って、悲しむ様を見て楽しむんだ」

 正義感の強いローザブイは自然と、拳を握りしめた。

「許せない……!」


 その日、人形ロージャが再び現れることはなかった。警察と消防の発表によると少なくとも七人が病院に搬送され、その内の六十代の女性一人は人形に後頭部を殴られ重症だという。ロシア大使館では今回の事件を受け、日本に滞在しているロシア人が被害を受けていないか調査するそうだ。大使館の中へ戻る泰葉の背中は、ローザブイには悲しそうに映った。


 泰葉が仕事を終え、自宅の最寄駅に着いたときには、既に月が空高く昇っていた。住宅街の細い道を、街灯がほぼ等間隔に照らしている。進行方向に人影が見えた泰葉は立ち止まった。それが誰かわかったのだ。

「ポルフィーリー……」

 長身の男は慇懃に応える。

「覚えておいででしたか。いかがです? あなたも幼い頃の思い出が蘇って、懐かしい気分になったでしょう」


 泰葉は声を震わせて返した。

「そんなわけない。ロージャは……私の思い出のロージャは、人を殺した罪と向き合って、相応の罰を受けて、互いに愛した人と幸せに暮らすの! いつまでも間違った考えのままでいるバカじゃない!」

 ポルフィーリーと名乗るその男は、飄々とした態度のまま、泰葉に近づく。


「それはあなたの思い出補正というものです。本来の『罪と罰』では、ロージャとも呼ばれる主人公ラスコリニコフはシベリア流刑とされて幕を閉じます。善行で罪を免れることなどなく、ましてや愛が罪を軽くすることなど決して無いのですよ」

 男が青い拳銃を取り出した。泰葉が一歩だけ下がるのを見て、男は嗜虐的に口を歪ませた。

「何をする気?」

 その銃は、人形を化け物に変えてしまったものだった。


「いやあ、もっと盛り上がりそうな展開を思いついたものですから。——自我を失い暴走する主人公『ラスコリニコフ』を止めようと、悪の親玉に立ち向かうヒロイン『ソフィア』。しかし彼女は返り討ちに遭い、同じように操られてしまうのだった——」

 泰葉が逃走を試みて背中を見せた瞬間、男は容赦なく引き金を引いた。

「ああぁーーっ‼︎」


 赤い子熊の耳がぴくぴくと動いた。

「起きて! 遠くでオッソロスが出た!」

 声の主はシーニーのパートナー、エスである。

「んえ? ……あ、はい。今は何時ですか?」

 シーニーに変身する西条さいじょう実彩登みさとはゆっくりと上体を起こし、布団から出た。

「十二時だよ?」

「じゃあ、明日の学校はずる休み決定ですね」

 苦笑してから、両親に見つからないよう静かに家を抜け出した。変に真面目な実彩登は、実際のところ明日の学校を休もうとは考えていない。


 夜の街で、人形と泰葉が戦っている。互いの目には光がない。ロージャは所々から綿が飛び出し、泰葉の体も傷と砂埃にまみれ、呼吸が荒々しい。現場に最も早く着いたのはローザブイ、露空つゆぞら安那あんなだった。続けて途中で合流した実彩登と、ビエリーに変身する亜木あきかなでもやって来た。


「みんな、行くよ!」

「はい!」

「うん!」

 三人が同時に変身する。

「チェンジ・バギーニャ!」

 三色の光が彼女たちを包み、光の使者ミーラヤ・バギーニャへと変身させた。


「ミーラヤ・ローザブイ!」

「ミーラヤ・シーニー!」

「ミーラヤ・ビエリー!」

「涙の数は強さの証! 私たち、ミーラヤ・バギーニャ!」

 三人が並んだ様はまるで、ロシア国旗を縦にしたような配色だった。泰葉が条件反射のように三人を注視した。


「シーニーはロージャをお願い! ビエリーは私と一緒に泰葉さんを助けるよ!」

「いいけど、よくあの人の名前覚えてたね」

「記憶力は自慢できるからね!」

「歴史の期末テスト何点だったっけ?」

「うっさい!」

 ローザブイとビエリーが泰葉を挟んだ。オッソロスの光線による暴走は、過呼吸になるほど興奮した状態を沈静化させれば元に戻る。二人がかりで泰葉に覆い被さり、ビエリーが泰葉の耳元で呼びかける。


「私の声聞こえる⁉︎ 大きく息を吸って!」

「ウゥ、グアッ」

「吸え!」

「ヒィ!」

 ビエリーは大人相手でも強い口調で対話することができる。両手足をばたつかせる泰葉から戦意を強引に奪った。

「今度は吐いて。いいよ。そのまま全部吐き出して」


 呼吸の乱れがなくなり、筋肉が弛緩したことを確認してから、二人はそっと泰葉の上から離れた。潤んだかに見えた泰葉の瞳からは、すぐさま涙が溢れ出した。

「止めて、あの子を、ロージャを……」

 自身が無力だったばかりか、いいように操られた悔しさでいっぱいの感情を抑え、泰葉は二人にロージャを託した。それに対し、ローザブイがある提案をした。


 シーニーは被害の拡大を防ぐ以外の戦いができずにいた。生物でないロージャには最初から呼吸も体力の限界もない。このままではシーニーの力が尽きてしまう。

「お待たせ!」

 泰葉をビエリーに任せたローザブイが現れた。

「お待ちしていました。そちらはどうでした?」

「泰葉さんなら大丈夫。それからさ、シーニー。ロージャも私に任せてくれないかな?」


「何か、良い方法があるのですか?」

「……」

 五秒、沈黙が流れた。シーニーはローザブイの考えを察したが、その作戦はローザブイらしくないと思った。

「まあ、代案もありませんし。お任せします」

「ありがとう。……ごめんね」

「私に謝られましても」


 ローザブイが全ての力をステッキに込める。

「スプートニク・ショット!」

 ローザブイの必殺技はロージャに直撃し、超高温で布と糸と綿を焼いた。後には塵ひとつ残っていなかった。

「おやおや、これはとんでもないものを見てしまいました。ご主人様に報告しなければ」

 一部始終を物陰から見届けた男は、都会の闇に消えていった。


 変身を解いた安那と実彩登が泰葉とビエリーの避難している場所まで戻った。

「うまくいったのね」

 ビエリーにもたれかかったままの泰葉に問われ、安那が答えた。

「はい。ロージャは私が……消しました」

 言い淀み、消えるような返答になった。


 数日後、どうしても泰葉のことが気になった安那は、ロシア大使館を訪れた。

「私は大人なんだから、人形ひとつ失くしたくらいで落ち込んだりしなのに」

 泰葉はそう笑ったが、安那には、初めて会ったときよりも泰葉のメイクが強くなっているような気がした。涙の跡を隠しているのでは、と邪推してしまう。


「あの、私、泰葉さんに謝りに来たんです」

「え? どうして?」

「だって、事前に提案したとは言え、泰葉さんの大事な思い出の人形を消してしまって。……他に何か解決策があったかもしれないのに……」

 しどろもどろになりつつある安那を、泰葉はそっと抱きしめた。


「優しいのね、あなた」

「……私がですか?」

「ええ。ドストエフスキーっていう、ロシアを代表する作家がいるんだけどね。『苦しむこともまた才能である』って言葉を残しているの。現実に起きている問題って、答えの選択肢を自分で見つけなきゃいけないでしょう? 多くの人の立場になって考えられる人ほど選択肢が増えて、決められなくなっちゃう」


 不条理よね、と泰葉は安那の頭を優しく撫でながら話した。

「思い出を守ってくれて、ありがとう」

「私こそ、ありがとうございました」

 泰葉は今、『罪と罰』を書店で買って読み直している。ヒロインの愛称、ソーニャが自分の名前と似ていることに気づいた。

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