表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お半長さん

作者: 庭鳥

魚屋さんというのは、粋で良いものですね。皆様もご存じかの魚屋宗五郎や、夏祭浪花鑑の団七九郎兵衛も魚屋でございました。町の人気者ですね。

朝早く、裏長屋の前を掃除をするお婆さんがいます。早起きは三文の得、年寄りは眠りが浅いもの。町内の誰よりも朝が早い一人暮らしのお半婆さんのお出ましです。井戸端で前を通る魚屋さんを見つけました。

「あらあら、早いこと。魚屋の長さん、お稼ぎかい」

「これは、ご隠居さん。今朝もえらく、お早いことで」

長さんは三十を少し越えた男盛り。イケメンというよりは三枚目、魚を三枚におろすのもお手の物であります。

「ご隠居とは、あれまあ随分な言いぐさじゃないかい。あたし、お半と長さんの仲だと言うのに」

「へいへい、帯屋のお半お嬢様。今朝も一段とお美しゅうございます。手前、鼻垂れ丁稚の長吉でございまあす」

「へんっ。この丁稚、相変わらず口だけは達者だね。それはそうと長さんや、今朝はまた、気合いの入った出で立ちじゃないかい。上得意さんからの呼び出しかい」  

長さんは頷き、ふとお半婆さんの隣の長屋を見やりました。隣は、常磐津の師匠お巻さんが住んでいます。

「嫌だねえ、長さん。お巻さんは、お伊勢参りだよ」

「お供は、津島屋の旦那あたりでしょうかね?それとも加賀屋のご隠居さんかな」

意味ありげな目配せに、長さんは頷きます。帯屋も加賀屋もお巻さんの稽古を受ける素人弟子ですが、お巻さんは二十半ばの色っぽい女師匠。恋の噂は尽きません。

「お出入り先だから言うわけじゃないけれど、津島屋さん加賀屋さんのどちらとも、師匠は特別な仲じゃないと思いますよ。あくまでも可愛がってくれるご贔屓。お巻師匠のいい人は、お武家じゃないかと睨んでいましてね」

「そうだねえ、あのお巻さんの性格から考えると通いのお弟子とは、ねえ。ところで長さんや、あたしのこといつ桂川に連れて行ってくれるんだい?」

道行朧の桂川!声なき声で長さんはつぶやきました。

「いやいや、心中ではなくてお半さんが行くのは桂川とは違う川」

「えっ。どこの川だい?」

怪訝そうに問い返すお半婆さんに、長さんは由良助の名台詞を放つのでした。

「鴨川で水雑炊を食らわせい!」


2020年に頒布された、うさうらら様主催の和綴じ本、江戸長屋アンソロ「ひとのうわさ」に投稿した短編小説です。

タイトルの「お半長さん」は、人形浄瑠璃「桂川連理柵」の登場人物から取りました。桂川連理柵は、帯屋の主人長右衛門が近所の娘・お半(十四歳)を妊娠させてしまい、結果として二人が桂川で心中に至る話です。この浄瑠璃には長右衛門の他にもう一人の長さん、丁稚の長吉が登場します。

ラストの長さんの台詞は「仮名手本忠臣蔵」から、七段目・祇園一力茶屋での大星由良助から取りました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ