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月夜に照らされし彼女の決断②

 一向に寝台に来ない姫様に業を煮やした俺は、俺は彼女に近づき、手を取る。


「姫様はもっと堂々としていていいんですよ。あなたが俺の為に着てくれたのに、それを俺が笑う筈ないでしょう?」

「タナト……ありがとう」


 姫様の照れたような笑顔をした。

 俺は姫様のそのあまり見れない笑顔に動揺した。まさか俺のこんな言葉でこういう顔を見せてくれるだなんて。


「なーんて、ね。女の子が自分の為にお洒落をしたのに、それを笑うような男はただのクズですよ。俺はそんな男じゃありません」


 俺は誤魔化すように当たり障りのない事をいい、にっこりと作り笑いをした。

 俺は姫様の返答を待たずに、彼女の手を引き、寝台へとエスコートする。

 姫様は何か言いたげだったが、黙って俺についてきて、寝台へと横になった。


 俺はごくりと生唾を飲む。

 寝転がった姫様は俺に食べられるのを待っているようで(実際は全くそんな事はないのは重々承知だ)、毎晩床を共にしているのにも関わらず、姫様を抱かないと決めている俺にとっては目の毒だった。


 俺は正直、姫様に多大な劣情を抱いている。姫様は体の凹凸があまりないちんちくりんんではあるのだが、俺にとっては大変そそられる存在なのだ。こういっては何だが、俺の歴代彼女の誰よりも、姫様には性欲を煽られる。


 憎んでいるのに何でそんな感情を抱くんだと思われるかもしれないが、むしろだからこそ、そういう欲求を抱くのだと反論したい。


 憎んでいるからこそ、その全てをめちゃくちゃにしてしまいたい衝動にかられるのだ。姫様に俺の存在を刻みつけたいと思ってしまう。

 それに憎んでいる相手を抱くのは、大変征服欲を満たされるだろう。これは特殊な趣向ではなく、そういった趣旨の春本も多数見かけた事があるので、一般的な話な筈だ。


 そんな風に姫様をものすごく抱きたいと思っている俺が実行に移さないのは、簡単な話だ。俺は姫様が自ら望むまで、抱かないと決意していたからだ。姫様本人にも「あなたが俺に抱かれたいとおっしゃるまで、俺はあなたを抱きません」と言っていた。


 姫様が俺に抱かれたいと屈した上で抱くからこそ、意味があるのだ。嫌がる姫様を無理矢理組み敷くのもそれはそれで楽しそうだが、俺は自分の意志でそうしたいと決めた姫様を抱く方が遥かに悦楽に浸れそうだと思っていた。


 だが、屋敷から何度も逃げ出す程俺との結婚を嫌がっている姫様は当然のごとくそんな事を言わなかった。姫様の友人に頼み、「夫婦ならそういう関係をもたないとおかしい」と吹き込んでもらったり、姫様にロマンチックに性描写がほのめかされた少女小説を読んでもらったりなどしたが、全て空振りだった。


 いつになったら、この毎日お預け状態が解除されるのかは未知数だが、姫様がこの屋敷から逃げるのをやめるようになるまでは無理かもしれないと気長に待とうと思っている。

 そんなに俺の忍耐力がもつかって? 俺は理性には自信がない訳ではないが、あまりにも長期戦すぎる気がしているので、正直絶対に待てるとは言いきれない所がある。なるべく持ちこたえられるよう毎日頑張っていくつもりだが。


 姫様と一緒に寝る事をやめれば、ここまで理性が脅かされる事もないかもしれないが、姫様が隣に寝ている姿を見ていると大変満たされた気持ちになるので、そういう選択肢は俺の中ではない。


「タナト? 寝ないの?」


 姫様はずっと立ったままの俺を見て、きょとんとした顔をしていた。


「もちろん寝ますよ。姫様、薬をお飲みになってください」


 姫様にはいつも寝る前に飲むとすぐ効いて、朝まで目覚められないような睡眠薬を飲ませていた。決して姫様が夜眠れないからそうしているのではなく、そうする事で夜中の脱走は防いでいるのだ。


 俺は薬を飲む用にと水差しからコップに水を注ぎ、姫様に渡そうとする。だが、姫様は受け取らなかった。


「今日はまだ飲まないでもいい? タナトと話ししたいんだ」

「どういう意図でそれを言ってるんですか?」


 姫様が俺と話したいだなんて珍しすぎる。何か裏があると考えた方がいい。


「意図なんてないよ。ただ、タナトに質問したい事が色々あるだけ」

「何でしょうか?」

「長い話になるかもしれないし、立ってないで横になってほしいな」


 姫様はポンポンと布団の自分の隣のスペースを叩いた。

 いや、姫様と顔が近すぎるような至近距離で一緒に寝ながら会話だなんてしたくない。理性が焼ききれてしまうかもしれないだろう。


「ははっ、遠慮しておきます」

「でも、タナトは立ったままだなんて、何だか悪いよ。私も立とうかな」

「いえ、その必要はありません」


 俺は寝台の上に座った。


「ほら、これで俺が立ったまま会話という事にはならないでしょう?」

「……う。そ、そうだね……」


 姫様は何故か少し不本意そうな顔をしていたが、納得はしてくれたようだった。


「それで俺に聞きたい事とはなんですか?」

「……ホーランド家の不正の詳細を知りたいと思ったの」

「はぁ。何を聞きたいのかと思えば、またその事ですか」


 姫様はホーランド家のしていた悪事の詳細を知らず、俺に何度もその事を問いつめてきた。

 姫様は責任感はある人だ。ホーランド家の悪事を見ないままで過ごす事が出来ず、どういう事をしていたのか直視したいのだろう。


「私も元とはいえ、ホーランド家の一員だよ? 罪を背負うためにも、本当の事を知りたいの。お願い、教えて」

「姫様がそんな事に思考を割く必要はありません」


 姫様は詳細を知ったら、大変気に病まれるに違いなかった。今でもホーランド家の身内であった事にかなりの罪悪感を抱えてそうなのに。

 俺としては姫様がホーランド家の罪を過剰に気にされるのはやめてほしかった。姫様にはそんな事に思考をさくより、俺に思考をさいてほしい。


「タナトは私の事を心配してくれてるからそういってくれるのかもしれないけど、そんな気づかいなんて、しなくていいんだよ」

「気づかいではありません。姫様は直接ホーランド家の悪事に関わっていなかったでしょう? そんなお立場で、悪事について知りたがるのはあまりいい事に俺には思えないのです」

「……分かった。じゃあ、ホーランド家のしてきた事の詳細を知りたいなんて言わないから、せめていつからそういう事をしていたのかだけ教えて」


 俺は少し考える。

 それぐらいなら言っても問題はないだろうし、姫様も別にそんな事で落ち込まれたりなどはしないだろう。


 教えてもいいが、別に言わなくてもいい事ではある。俺にとってメリットがある条件をつけて、それをのめないなら教えない事にするか。


「教えてもいいですが、その代わりにもう二度と俺にホーランド家の悪事の詳細について聞かないでくださいね」


 姫様は一瞬躊躇ったが、神妙な顔で頷いた。


「分かった、その条件をのむよ」

「……へぇ、姫様がそうお答えになるとは、意外だ」

「そう、かもね」


 姫様は自嘲するかのように笑った。

 俺はそんな姫様の様子に何となく違和感を感じつつ、姫様の質問にこたえた。


「俺が知る限りではホーランド家が不正をしていたのは、姫様が生まれる前からです。だから、姫様が何をしようとも、ホーランド家の不正はとめようがなかったでしょう」

「……そんな」


 一応姫様へのフォローもしつつ伝えたのだが、姫様は顔を真っ青にさせ、ガタガタと震えだした。


 は? この程度の事で何故そんなに動揺する?


「ホーランド家にいた私は、そんな不正からうまれたお金で生まれた時からずっと生活していたんだね……」


 なるほど、そういう風な捉え方をされるのかと俺は思った。

 全く、いい子ちゃんの考える事は分からない。正直、気にしすぎだと思った。


「姫様が気にされる事はありません。姫様ご自身は不正などに無関係でしょう? あなたに罪など一つもありません」

「それでも、ホーランド家の不正の恩恵にあずかって生きてきていた以上、私だって同罪だよ!」


 姫様は珍しく声を荒げた。


「あなたは自意識過剰だ。何でもかんでも自分の罪だと思うのはやめなさい」


 俺はわざと厳しい言い方をし、姫様の考えを変えようとする。が、姫様は「タナトは私に優しすぎるんだよ」と俺の意見を突っぱねた。


 失敗した、まさか姫様がこんな風に気にされるなんて。適当に誤魔化せばよかった。

 姫様の性格を考えれば、俺にはよく理解できない所を気にされる事は分かっていた事だったのに。


「姫様、俺はあなたは……」

「タナトが気にしないようにって言ってくれるのは分かってるのに、こんな事言ってごめんね。時間がないから、次の質問、していい?」


 姫様は俺の言葉をさえぎるようにして言った。



次の話で今回のパートはおしまいです。

次回の更新は明日の20時です。よろしければ、そちらも読んで頂けると嬉しいです。


ブックマークやお星様でのご評価、ありがとうございます。とても嬉しく、励みになっております。

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