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俺が彼女を嫁にするまで【はじまり編②】

『いいですか、これはあなたがクラリス様を手に入れるチャンスなんですよ』

『は?』


『クラリス様はいずれこのまま放っておけば、誰か婿をもらうでしょう。あなた以外の男のものになるという訳です。ですが、ここで反乱をおこしてしまえば話は違います。ホーランド家を倒した後、どさくさにまぎれて妻にしてしまえばいいのです。王家もホーランド家潰しの功労者たるあなたの望みならお聞き届けになるでしょう。クラリス様は何も悪い事はされていないですから、罪に問われる立場から上手くすれば逃れられるでしょうし、嫁に出来る筈ですよ』

『何を言ってるんだ? そんな事言われても、別に私は姫様を嫁にだなんて望んでないよ』

『……あぁぁ、もしやと思ってたんですけど、自覚なかったんですね、クラリス様への思いに』


 ドナルドには「あなたは本当に姫様の事が大好きですね」などと言われる事はあり、その度に素知らぬフリを決め込んできたが、姫様に恋愛感情をもっていると決めつけられたのは初めてだった。

流石にスルーできないので、俺は苦虫を噛み潰したような気持ちになりつつ、言った。


『私は姫様の事を別に何とも思っていないよ。そんな恐れ多い事をいわないでくれるかな?』


 正しく言うと、何とも思っていない所ではない。

 俺は姫様の事を憎悪していた。


 俺はハーベスト家の当主の子ではあるものの、母親は娼婦で、卑しい血を引き継いだ子として生まれた。父親は優しくしてくれたものの、周囲の人間からの風当たりは強かった。更に言えば俺は病弱で、病院で幼い頃はずっと時を過ごしていた。

 俺が自分の存在意義について悩みだすまでに、そう時間はかからなかった。俺は自分自身に対して激しいコンプレックスと劣等感をもつようになっていったのだ。


 そして同じく姫様も娼婦から生まれた子だった。姫様も俺と同じように周囲からの風当たりが強かったようだ。だが、姫様はそんな境遇をものともせず、まっとうでお人好しで、娼婦の娘である事に負い目もなく成長されていた。しかも、姫様は健康優良児で、特技・運動といってしまえるぐらいに体力が有り余った方だった……俺とは違って。


 俺がそんな姫様を妬ましく憎らしく思うまでに時間はかからなかった。

 そんな事も知らずに幼い頃の姫様は、俺とは正反対な明るい元気さを振りかざし、俺にまとわりついていたのだが。そういう呑気さも俺にとっては憎らしかった。


 そんな俺の事情を無視し、ホーランド家は姫様が懐いているから彼女の面倒を見てくれと、姫様の側仕えになるよう俺に命じてきた。……まぁそれは間近で姫様を不幸にする事が出来る立場ではあるので、俺も希望してのものではあったが。


 俺は苛立ちを覚えつつも姫様に優しく接してきた。だが、姫様は歳をとるごとに明るかった性格からどんどん引っ込み思案になっていった影響からか、俺への態度もよそよそしくなっていっていた。ただ、以前からの知り合いという事か、姫様は俺を前に他の人間に対してのように緊張はせず、素の姿を見せてはいたが。(その姫様の素の姿は以前の明るい姫様を彷彿とさせるものではあった)


 俺に対して、そういう姿は見せるのにも関わらず、どこか壁を作った対応をされているという矛盾のようなものが姫様にはあった。

 ともかく、そういう所が苛立ちを加速させていたといってもいい。俺がこんなに優しくしてるんだから、その分だけ懐けばいいのに。


 俺は今では高貴な血筋をもっていた兄を追い落として当主になり、俺の事を生まれてはいけなかった子といった奴らを全員黙らせてやった。それに、体力こそ普通の人よりないが、病院の外で暮らせるぐらい健康にもなった。だが、劣等感やコンプレックスは解消できないままであったし、姫様への憎悪は消えなかった。


『ドナルド、君は私の歴代恋人を何人か知っているよね?』

『ええまぁ』

『なら分かるだろう?彼女達は全員姫様と正反対の女性ばかりだ。自立していて、気が強く、頭が切れ、コミュニケーション能力が高く、仕事も出来る。姫様のように公爵家を離れれば生きていけない、気が弱く、頭脳労働より肉体労働な、コミュニケーション能力の低い、仕事なんてした事がない人間ではないよ。つまり私の好みは姫様とは正反対という事だ』

『僕相手だからいいですけど、クラリス様に対してめちゃくちゃ失礼ですね……いやいや、というか、その彼女達に「いつもいつも姫様姫様ってクラリス様の事を優先してばかり。私とクラリス様のどっちが大事なの?」っていつもふられてるのはどなたですか?』


 確かに俺は歴代彼女の事より姫様の事を大切にしていたように見えるかもしれない。

 歴代彼女より姫様と過ごす時間の方が多かったし、姫様の通われている学園の送迎を予定が空いた時は積極的に行っていた。(ちなみに歴代彼女に対しては送迎はした事はない)

 それに学園内に手配した姫様見守り隊から姫様の身に何かが起きたと情報が来たら、どんな些細な事でも姫様の所に駆けつけた。それは歴代彼女との予定が入っていても、だ。

 他にもまぁ、色々ある。

 だが、それは別に姫様が好きだからじゃない。むしろ、姫様を憎んでいるからだ。


 姫様と多くの時間を一緒に過ごしていたのも、元々友達が少ない姫様から更に人付き合いをする必要性を奪う為だ。俺がいっぱい関われば、姫様の人付き合いキャパシティを奪い、姫様の交友関係が膨らまないですむという寸法だった。


 送迎をしていたのは、自分で言うのも何だが異性にとって魅力的な俺が、姫様を贔屓する事で姫様を女子生徒から憎しみの目で見られるようにする為だ。存分に学園内で浮いてしまえと思ってやっていた。


 この二つをかけ合わせる事によって、俺は姫様をある程度学園で孤立させる事に成功していた。いい気味だ。完全に友達がいない訳ではないようだが、まぁ姫様を追いつめすぎるのもよくないかと放置している。俺は獲物は徐々になぶり殺したいタイプだった。


 当然、姫様見守り隊に頼み、苛めや嫌がらせなどといった目にあわないように仕向けてはいたが。俺は姫様を一人ぼっちにさせたいだけで、姫様がどこの者とも知れない奴らの手によって傷つけられてほしい訳ではない。姫様が俺以外の手で傷つけられるのは、姫様を憎んでいるものとして認められないのだ。

 それでも、姫様が酷い目に合うのを止められないようなら、俺が直々に手を下していた。姫様見守り隊でもどうにも出来なかったような奴らは相当害悪な場合が多いので、それなりに痛めつけてやった。

ちなみに姫様見守り隊には他にも姫様が大変な事になりそうになったら、適度に助けろと指示はしていた。


 そして姫様の身に何かあったらすぐに駆けつけているのは、姫様が俺に慰められて笑顔になる所を見るのが好きだからだ。

 姫様は普段俺の前では固い表情しかされない。幼い頃はあんなに俺に懐いていたのに、薄情な方だ。……もしかしたら、俺の事を嫌っているのかもとさえ思う。

 それを思うと俺の中の全てがぐちゃぐちゃになりそうになる。この感情を姫様にぶつけたら大変な事になりそうなので、これに関してはあまり考えすぎないようにしていた。


 ……とにかく、そんな固い表情しかされない姫様が俺の前で笑うのは、俺が慰められた時だけだ。

 俺は姫様が俺のした事で笑顔になるのが好きだ。俺が姫様にそれだけ影響を与えられたと思うとゾクゾクする。俺の中の何かが満たされる。それは歴代彼女が……というよりあらゆる人間が俺に与えるどんなものよりも、優先したいと思えるだけの価値があった。


 そもそも再三言っているが、姫様が俺以外の何かに傷つけられるなど、認められない。だから俺以外から与えられた傷など、早く忘れてしまえと思っているというのもあった。


 ……まぁだが、こんな感情をいくらドナルドとはいえ、人に知られる訳にはいかない。


『姫様は主のようなものだ。私がいくら歴代彼女を大切に想っていても、姫様を優先するのは仕方のない事だろう?』

『タナト様、僕の目はごまかせません。あなたは本来なら、あそこまでクラリス様の面倒を見る必要は、いくらなんでもない筈だ。あなたはクラリス様に特別な思い入れがある、違いますか?』


 憎悪も「特別な思い入れ」に入るのなら、正解だ。

 だがドナルドはそういう意図で言ったのではないだろう。

 俺は段々面倒になってきた。

 俺はこの後用があるというのに、下らない邪推の話でこれ以上時間をくいたくない。


『俺は姫様の事なんてそんな目で見ていないよ、といっているのが分からない?もうこれ以上こんな話はしたくないな。俺は用があるから、君との話は終わりだ』

『……っ!僕との話より大事な用ですか?』

『あぁ、もちろん』

『この話の流れでクラリス様関連の用事だったら、怒りますよ』

『よく分かったね。姫様に今日発売日のガーディアン先生の小説を差し上げるという用事だ。姫様はガーディアン先生の大ファンだけど、なにぶん庶民の読むものだから姫様は手に入れる事が出来なくてね。私が代わりに入手してさしあげてるんだ』

『今日、姫様と会う約束でもされているんですか?』

『別に? 特に姫様と約束はしていないよ』

『じゃあ別に明日でもいいじゃないですか!』

『駄目だよ、こういうのはなるべく早く渡した方が姫様もお喜びになるだろう?』


 姫様はいつも俺が本をさしあげると(というより物全般をさしあげるとではあるが)、困ったような表情をされる事が多い。

 しかし、びっしりと感想が書かれた手紙をしっかり書いてくださる。姫様は文章を書くのが苦手なのに、俺の為だけに。

 その拙い文章は姫様が俺の為に努力されて生まれたものだ。そう思うと、たまらない気持ちになるのだ。

一刻も早くそれを読みたいので、俺は姫様の好きな庶民の小説は、発売されたらすぐに姫様にお渡しするようにしていた。


『……本当に、本当に、あなたは昔っからクラリス様馬鹿ですね。クラリス様に他に男ができてから後悔されても知らないですよ。いやむしろ、そうなって人生の全てに絶望してしまえ』

『ははっ、そうなってくれたら姫様に仕えるものとして祝福するよ』


 姫様に男?

 そんな事ありえない。学内の姫様見守り隊からの話によるの、付き合っていそうな男などいないとの話だった。実は姫様見守り隊は学園の中の他にも、ホーランド家の中にもおり、そちらからも特に男の影がある話は聞いていなかった。


 俺は外套を羽織ったりなど、出掛ける準備を始める。

 ドナルドは頭をかかえていた。


『自覚がない恋って厄介だなぁ……いや違うのか? クラリス様の事を好きって気づいているけど、ホーランド家のお嬢様の事を好きだなんて言えないだけ? いくらなんでもここまで特別扱いして、恋してる自覚がない方が考えづらいもんなぁ! そうなんですか、タナト様!』


 は? どうしてそういう結論に至った?

 ……仕方ない。もう時効であろう話をするか。

この主人公とその幼馴染の男の子の会話パートがあと1話だけ続きます。話に必要な部分ではあるのですが、読者様には男女の恋愛小説でこんな野郎同士のやり取りを長々と読んで頂いてしまい、申し訳ないです。


また、次の話は明日の20時に予約投稿しました。スロースターター気味の話ではあるので、1話でも長く読者様に付き合って頂ける事を祈っております。

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