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エゴと友愛と駆け引きと③

「何となく察しはついたよ……君は、オペラ様と会った時に、姫様ともお会いしたんだね?」


 ドナルドは固まり、一瞬目が泳いだ。

 分かりやすい奴だな。


「……どうして、そう思った」

「前々から、姫様の逃亡には、オペラ様が関わっている気がしていたからだよ。だから、オペラ様と接触したという事は、姫様とも会っていると考えるのは自然だろう?」

「どうしてそう思う」

「姫様一人とあのナイトとかいう男だけで、いつまでも俺の追跡を巻けるだなんて、ちょっと考えにくいからね。俺の目を誤魔化せる力をもち、姫様に力を貸しそうな人間は、オペラ様しか思いつかなかったよ」


 オペラ様は姫様を溺愛しており、そういう所も含めて邪魔だったので、市井へと下る手伝いをした。

 しかしそれでも、姫様が駆け落ちするとなった時に、力を借りる候補として挙がるとしたら、十分な証拠がないとしても有力だ。


 オペラ様は姫様への強い愛情をもち、俺でも正面から争って勝てるかは五分五分な程にやり手なのだ。

 どこにいても、姫様が頼りにすれば真っ先に駆けつけ、彼女を助けてもおかしくない。


「でもやっぱり、姫様と僕が会っただなんて、証拠が少ないだろ」


 これだけ分かりやすい反応をしているのに、まだ誤魔化すつもりらしい。

 中々、往生際が悪い。


 これに関してはドナルドの言う所の証拠もあるので、俺はにっこりと笑って言った。


「残念だけど、姫様と君が俺の結婚前に手合わせなどしていない事は、どう考えても明らかなんだよ。姫様が俺以外の人間とどう接触したかは、姫様見守り隊に見張らせ、逐次報告を受けていたからね」

「は? 何だそれ、お前って気持ち悪いな」


 ガタッとクローゼットから音がした気がしたが、気のせいだろうと無視した。


「俺は姫様の行動記録は紙にしてまとめてあるから、物理的な証拠もあるよ」


 ハーベスト邸に姫様関連の資料専用の管理部屋があるという話は流石にしなかった。

 ちなみに姫様と一緒に住んでいた時は、当然ながら姫様にはひた隠しにしていた。その部屋の存在を知る使用人達にも箝口令を敷いていた。


「……こ、こいつ、頭おかしい……」

「心外だな。世界一憎んでる女を管理しようと思ったら、誰だってここまでやるだろ?」

「……お前、本性を表したな」

「あぁ、お前にはここで死んでもらうから、もう今さら取り繕おうとは思わないからね」


 こいつを殺せば、こいつと繋がりがあるオペラ様と姫様は察知して、動く可能性がある。

 いわば、こいつの死体には姫様を誘きだす餌としての価値があった。

 それに、自分のせいで人が一人死んだ絶望を姫様に味あわせてやりたい。きっと今出来る、姫様への良い見せしめになるだろう。


 万が一これらの推理が外れていたとしても、元からドナルドは殺すつもりだったから問題などない。


「……は?」

「ちなみに俺はお前にオペラ様が初恋の人だという事実を話した事は一度もない。俺がオペラ様を初恋の人だと話したのは、この世でただ一人、姫様にだけだ。そこからもお前と姫様が接触したのは分かるだろう?」

「……お前……」

「何かな?」

「何でよりにもよって、姫様に伝えたんだ。相当馬鹿だろ」



「動かないで、タナト」



 カチャリと引き金を引く音と共に、緊張で掠れた声が部屋に響いた。


 ……何で彼女がここに?


 疑問はあったが、その声は、俺がこの世で一番欲しているものだった。

 俺の肉体も精神も、全てが沸き立つ。体内が熱いような冷えていくような、不思議な錯覚に襲われた。


 頭に嫌な感触がある。

 恐らく、銃口だろう。

 だが、全く恐ろしいとは思わなかった。それどころか、高揚さえ感じる。このまま彼女に生死を握られ続けるのも、愉快だった。

 最も俺が知っている彼女なら、決してこの銃を打てはしないだろうが。今だって銃を握りしめる手は震え続けているようだ。


 相変わらず、甘っちょろい。俺以上に戦闘力があったとしても、そんなに付け入る隙だらけでは、すぐにやられてしまうだろう。


「い、今すぐ、ドナルドさんを解放しなさい、タナト。そうしないと、う、打つよ」

「クラリス様、タナトに気づかれず接近できたのはナイス! だが、僕に構わなくていい、こいつに捕まる前に今すぐ逃げてください! 僕なら自分でどうにかしますから!」

「そういう訳にはいかないよ。私は一応元あなたの主だし、協力者だ」

「義理堅いのは結構ですが、あなたがこのまま捕まったら、僕だって無事じゃないし、オペラ様にどう言い訳するんですか!」

「それはなんとかなるよ」

「根拠は?」

「う、う~ん、強いていうなら、何となく?」

「いっそあっぱれな程に無計画ですね!」

「それを言われると辛い」


 俺の頭上で、この状況にそぐわないノー天気な会話のキャッチボールがなされていた。

 この二人が会話をしている所を見かけた事は少なかったが、こうして見ると波長が合う組み合わせではありそうだった。


 平常時だったら、ドナルドが姫様とこの調子で必要以上に話し続けるようだったら、穏便に引き離している所だ。

 姫様にドナルドなど必要ない。姫様には俺さえいれば良いのだから。


「……姫様」


 この一年間、彼女に対してこうして呼びかける日が来る事をひたすら焦がれ続けてきた。


「……姫様。姫様、姫様、姫様、姫様、姫様……!!」

「タ、タナト?」

「姫様、今までどこへ行かれていたんですか? あの男と幸せな日々を過ごせてよかったですね!……俺のいないあなたの人生は、さぞかし快適でしたでしょうか?」


 彼女を前にすると、この一年間で貯め続けていた、今まで彼女にぶつけたかった恨み辛みが滔々と溢れでてくる。


 やはり、俺は姫様の事を世界で一番憎んでいる!

 ……他の誰もが、何もかもが、霞む程に!


「…………」

「クラリス様、頑張れ。このクソ馬鹿野郎に言いたい事を言ってやれ」


 俺を見上げているドナルドは俺の真後ろに立つ姫様の表情が見えているのだろうか。

 俺からでは姫様の姿は見る事が出来ない。彼女が今どんな顔をしているか、しっかり見たいと思った。

 姫様の声や気配だけでは足りない。姫様の全てを感じていたかった。


「タナト」

「えぇ、何ですか、姫様」



「タナトは私の事を世界で一番憎んでいるの?」



「……は……?」

「愛している女性は他にいるのに、何で私にこだわるの? 何で居なくなった私を探し続けたりなんてするの? ……タナトは私の事を、どうしたいの!?」


 常に浮かべている作り笑いが、引きつるのが分かる。


 ……彼女は今、何を言っている? 頭が心が、理解を拒んでいる。

 さっきまでこの世の絶頂を感じていた心が、どん底に叩き落とされるように感じた。


 彼女には、愚かで純粋な姫様には、一生俺のこの感情に気づかれないと思っていたのに、なぜ、どうやって、気づいたんだ!?


「ずっと知ってた! タナトが私を憎んでいた事! でも、言えなかったの! だって、それを認めたら…認め、たら……」


 威勢のよかった姫様の声が萎れていく。

 もしかしたら、今が姫様から銃を奪うチャンスなのかもしれない。


 しかし、俺は何も出来なかった。

 姫様の思わぬ言葉に思考は停止し、手先に力も入らず、まるで死んだようだった。


 姫様に、知られた。知られてしまっていた。

 ……俺が姫様に抱く感情の正体を。

 それは、他の誰に知られたとしても、姫様だけには絶対に知られたくないものだった。

 姫様には一生俺の真実などに気づかず、俺の側にいてほしかった。


 姫様には俺の上っ面だけを見て、それが俺だと、信じていてほしかった。

 ……本当の俺が彼女の目にどう映るか、そう考えただけで、身がすくむ。


 俺は姫様の前では、姫様の前だけでは、醜い感情を持て余す俺ではなく、姫様に対して執着など見せない、ただただ彼女の味方面をしている俺でありたかった。

 きっと今の姫様はその澄んだ瞳で、社交界の言葉を借りるのなら、微笑みの才人としての俺ではなく、毒蛇の貴公子としての俺を見ている。


 この世の終わりとは、こういう事を言うのだろう。


「……あ~あ、これでお互い腹割って話して上手くいってくれりゃ、僕の心労が減るんだが……」


 ドナルドの小さなぼやき声は、俺の耳には届かなかった。


副題の「友愛」は何だったの?と思われてしまいそうな展開でしたが、ドナルドくんにはタナトに友愛はもちろんあるし、タナトからもドナルドくんへの友愛も一応あります。タナトの中で姫様の優先順位が他の人類と比べるとあまりにも高すぎるだけです。

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