エゴと友愛と駆け引きと②
「じゃあ速やかに死ね」
俺は懐からするりと銃を取り出すと、躊躇いなくドナルドの額に押しつけた。
「……っ!?」
ドナルドは呆然と俺を見ていた。
「俺がお前に与える処分は、俺のこの手で今ここで殺してやるというものだよ」
「お前は僕の想像以上にイカれてやがったんだな……!」
ドナルドは苦虫を噛み潰したような顔だった。
「別に? ただ、姫様から比べたら、お前の命は優先順位が低いってだけだよ」
普段は誰にも漏らさないようにしている気持ちが気づけばポロリと口からこぼれた。
俺も心のどこかで動揺していたのかもしれない。
人を撃つなど滅多にした事がないし、それもそこそこ愛着がある幼馴染み相手となったら、壊れかけの心でも、少しはゆれ動くものはあった。
それでもやらない訳にはいかない。
姫様との未来は誰にも奪わせるつもりはなかった。
俺にはこの次の瞬間で、引き金を引ける程度の覚悟はあった。
「待てよ、僕は今日はお前と話がしたくてお前を呼んだんだ。決して人殺しをさせる為じゃない」
「俺だって好き好んで人殺しになろうとしている訳じゃないよ。ただ、俺にとって心底余計な事をしようとしているから、手っ取り早く止めようとしているだけさ」
「本当に待ってくれ。僕はお前に聞きたいんだ、お前は……クラリス様を取り戻せたとして、お前の父親のように誰よりも優先したい、真に愛してる人を見つけたらどうするつもりだ? クラリス様の事は「憎んでいる」のであって「愛している」のでないのなら、の話だけどな」
「…………は?」
そんな事、今まで一切考えた事がなかった。
俺が、あの父親のようになる?
余所の女に入れ込んで、それまで穏和に築いてきた家庭を壊した、あの父親に?
俺のような境遇の子供を作った父親に?
俺は父親の事は別に嫌いではなかったが、父親のそういった所だけは受け付けなかった。
自分の苦労は全て父親の浮気で生まれた子だからこそ生まれたものだったからだ。
だから、俺は父親のような真似だけはしたくないと幼い頃から漠然と考えてきてはいた。
正直、俺の心の琴線に触れる話題ではあったが、突拍子もない戯言すぎて逆に苛つきもしなかった。
「そうなったら、お前の父親のように、それまでの妻だったクラリス様より、真に愛する人を優先するのか?」
「……はっ、そんな事はしないよ。俺の妻は姫様だけだからね」
そもそも、姫様より優先する人が出来る想像など、一切できない。
ドナルドはどうやら俺を揺さぶろうとしているようだが、何と言われようと、どうでもいい戯れ言にしか聞こえなかった。
「本当にか? お前は愛を知らないだけなんじゃないのか?」
「人を好きになった事なら何度もあるよ。でも、別にあんなものの為に何かを犠牲にしようとは全く思わなかったな」
俺は「何て無益な話だ」と思いながら、そう言い放った。
「……くそ、こいつを揺さぶりたかったこう言えってオペラ様からは言われてたのに」
「オペラ様?」
「そうだよ、お前の本質を見極めたかったら、そう言えってこの前会った時に……」
「は?」
この前会った時?
駆け落ちした筈のオペラ様とドナルドが会っていた?
俺は流石に内心動揺し、銃を持つ手が少し震えてしまった。
その隙を見逃さず、ドナルドは俺の手から勢いよく銃を引ったくると、思いきりよく遠くの床へと蹴飛ばした。
「ちっ!」
俺が銃を取りに行こうとすると、ドナルドは俺に思いっきり絞め技をかけ、あっという間に拘束した。
「……はは、流石に荒事でドナルドに勝とうと思ったのが馬鹿だったかな」
俺は一応護身術は習っているが、あくまで非常時に最低限自分の身を守れるぐらいのレベルのものでしかない。
それに反して、ドナルドは昔、家に反抗して街の自警団に入っていた事があるぐらいだ。残念ながら、俺より格段に強い。
「やっぱりお前は頭は良いが、こういう事にはてんで弱いな。このヘタレ。今のも銃を出す判断の速度自体は良かったが、ちょっとでも隙が出来たら一発だ。お前と比べたら、クラリス様の方が大分手強いぞ」
「ドナルドは姫様と手合わせをした事があるのかい?」
「ある」
「……なるほどね。それはいつ?」
「…………それは、お前と結婚する前だ」
「……ふーん」
脳内でパズルのピースが徐々にはまり出してく感覚があった。
先ほどオペラ様の姿を見たと聞いた時、動揺していたのは、前からある疑惑が俺の中にはあった為だ。
それが今なら、確かめるチャンスになるかもしれない。
「しかし、お前がオペラ様の事でそんなに動揺するとはな! お前にとって初恋の人というのはあながち嘘じゃないんだな」
「……君にそれはいつ話したっけな?」
「…………覚えてない」
「俺は覚えているよ。君にどうやって話したかも、全て」
俺は唇を愉悦で歪めた。
パズルのピースが全てハマった気がした。
……ドナルドが隠している事は、恐らく、今の俺が最も求めている情報だ。
もし間違いだとしても、賭けてみる価値はある気がした。
「なぁドナルド」
「何だ? 負け惜しみか?」
「お前は、姫様と最近会ったな?」
「っ!? 何でそれを!?」
「別に、簡単な推理だっ、よ……!!」
俺は一点に力を集中させ、ドナルドを振りほどくと、胸元からナイフを取り出し、ドナルドの首筋に突きつけた。
こいつの首筋の刺しても死なない所を軽く刺す。このナイフには体を麻痺させる薬を表面に塗っているので、じわじわ効く筈だ。
「形勢逆転だね。俺は確かに君や姫様に比べて身体能力は低いけど、だからこそ、非常時に備えて武器は複数持ってるんだ。これでも、ナイフは銃よりそこそこ得意だよ」
「くそ、さすが毒蛇の貴公子だな!」
「何なんだ、そのあだ名?」
「お前の社交界での裏のあだ名だよ!」
「へぇ。まぁ微笑みの才人よりはマシか」
「どっちもどっちだ!」
ドナルドは本気で悔しがっているらしく、歯噛みしていた。
まぁ、少なくとも情報を吐かせるまでは殺さないから安心してほしい。
もちろん、最終的には容赦なく殺すが。