俺が彼女を嫁にするまで【交わらない俺と彼女編②】
『やっと、タナトから離れられる、 離してあげられると思ってたのに……何でこんな事になっちゃったの……?』
『何とおっしゃいました?』
姫様の声が聞き取れず、首をかしげる。
『何でもない。タナトと結婚するのって、どうしてももう変えられない?』
姫様はそういって俺を強い眼差しで見据えた。
『そうですね、王から直々に公認も頂きましたし。安心してください、あなたの事は決して粗末には扱いませんから』
そう、粗末にはしない。きちんと正妻として扱い、尊重しよう。
他に妾や愛人を作ったりもしない。子供が生まれた時、俺のような境遇になる事になるかもしれないからだ。俺は自分がこういう育ちだからこそ、自分の子供にまでそんな目にあわせるつもりはなかった。
だが、俺は姫様を憎んでいるので、別に彼女に幸せな生活を送ってもらいたい訳ではない。
姫様を俺の妻にしたら、屋敷の中で籠らせ、何もさせずに飼い殺しにするつもりだった。
社交場には必要最低限しか出さず、家にずっといてもらう。姫様はマナーこそ元公爵令嬢らしくしっかり身につけていたが、引っ込み思案で、話術もそこまで巧みでなく、社交が苦手だ。そんな彼女にさせてもしょうがないだろう。
姫様は娼婦の娘だという悪評も足をひっぱり、社交場での評判はあまり高くなかった。内気さを発揮し、パーティーなどに出ても、俺や彼女の数少ない友人が話しかけなければいつも一人で料理をもそもそと食べていた。
俺にとってそれは歓迎している事だ。姫様に外に居場所など、まともな交友関係など、必要ない。本当はずっと俺とだけ関わっていればいいと思う、流石に実現できないが。
また、貴族の中でも、最近はオペラ様のように一族の政に関わったり、領地内で自ら商売を始めたりする女性も増えている。そうして彼女達は自己実現し、やりたい事をやって生きているのだろう。
俺としては男性だろうが女性だろうが、そういう事が出来る能力があるなら活かしていった方がいいと思う。
だが、姫様にはそんな事をさせるつもりはなかった。
姫様は頭の出来はそこまで優秀じゃない。彼女にそういう事をさせても、失敗するだけだろう。
それに何より、姫様の人生にやりがいなどをもたせるんだとしたら、それは全て俺が決めた、俺の与えたものにしたかった。
ハーベスト家の事は姫様が別に何もやらなくても何とかなる。社交も政もその他の何もかも、俺一人でやればいい。
自由なら多少はくれてやる。交友関係だって、どうせ姫様の築くものなどたかが知れているし、目をつぶろう。
これまで通り、好きなものなら与えるし、たくさん優しくしてさしあげるつもりでもある。不自由な生活なども当然送らせない。
だが、それ以上を望むのは許さない。
姫様は俺の作った籠の中で、一生羽ばたけず、生きていけばいいのだ。
どうせ姫様は性格的にも能力的にも貴族令嬢として生きていくのに向いていなくて、なのに生まれがそれなのだから、幸せに生きていく事など難しいのだ。
だから、別にずっと俺の手のひらの中から抜け出せない人生だっていいだろう?
元から俺は姫様を不幸にしたいと望んでいた。だが、姫様が他の男と駆け落ちしようなどとして、それをきっかけに姫様を自分の嫁にするとなったからこそ、ここまでの考えになったのだと思う。
やりすぎ? いくらなんでも可哀想?
あいにく、俺は世界一憎い相手に温情をかけてやれるような人間ではないのだ。
『別にそんな事はどうでもいいの。私は例えタナトからどんなに大事に扱われても、ううん、むしろ優しくされればされる程、あなたと結婚するのが嫌に……』
最後の方はどんどん声がか細くなり、俺には聞こえなくなっていたが、姫様は「言わなくてもいい事を言った」といいたげに、手で口をおさえ、言葉を止めた。
姫様は本当に動揺されているようだ。平常時の彼女なら言わないような事を口にされていたのかもしれない。
『姫様、あなたには残酷な事を言うようになるかもしれませんが、これは決定事項です……いずれ、受け入れてくださいますよう』
『私はきっと、タナトとの結婚を受け入れられる日はこないよ。もしそれを覆せないなら、この屋敷から抜け出してしまうかも』
俺は表面上は平然とした顔を保っていたが、心中では姫様のそんな言葉にこの上なく打ちのめされていた。
何でそんなに俺との結婚を拒否する? どんな処分でも受け入れるのではなかったのか?
あのナイトとかいう駆け落ちしたい程好きな男がいるから、他の男と結ばれるのが嫌なのか?
それとも、俺の事がそれだけ嫌いだとかいうのだろうか……そう考えると、痛みの伴う黒い感情が胸に湧いてくる。
それは何度も考えた事自体はあった。
昔の姫様は俺に、兄を慕うように、非常に好意的に接してきていた。そういう所が面倒でたまらないのと同時に、俺は優越感に感じていた。
その頃の俺は姫様は自分の手の内にあるのだと、そう思っていられた。
だが、今の姫様は俺に対してよそよそしい。
それは姫様が歳を経るごとにどんどん引っ込み思案になっていったからなのかもしれない。
しかし、そうでなかったら?もしかしたら、いつの間にか嫌われただけなのではないか?
それが今、もしかしたら真実となりそうになっているのかもしれない。
俺はもしそう言われたら自分はどうなってしまうのだろうと思いつつも、『どうしてですか?』と問いかけるのをやめる事が出来なかった。
そして、姫様の答えを聞くと、俺はそんな馬鹿な事を聞いてしまった事を悔いた。
『……だって、そうなったら叶う事のない、自分じゃやめたくてもやめられない恋を永遠にする事になるから』
そういって姫様は切なげで苦しげな表情でうつむいた。
その姫様の姿は本気の恋に悩む少女のようで、誰を思っているかは明白だった。
……姫様はそんなにあのナイトとかいう男が好きなのか。
あいつと結ばれず、他の男と結ばれるとなったら、そんなに悲嘆にくれる程。例え叶う事がなかったとしても、終わらせたくても終わらせられないと感じる程。
姫様に俺が嫌いとは言われなかった事で安心する気持ちもあった。だが、そんな感情を上塗りする程に、姫様にとってあいつがそんなに大事な相手という事が、俺を打ちのめした。
結婚する事で姫様を俺の側に縛りつけられるようになると、浮かれていた心が萎えていく。こんな事を言いたくなり、こんな顔をさせるような相手が他にいるなら、姫様はいくら物理的に俺の側にいても、精神的には俺から離れた所にいるも当然だと思った。
負の感情に飲み込まれ、精神が底のない暗闇に突き落とされそうになる。
しかし、これでは駄目だと俺は自分の手を痛みを感じる程に自分で握り、俺自身を奮い立たせる。
俺は姫様を諦めたりしない。そう思う事で、俺は粉々になりそうになった自分の心を支えた。
『姫様はそういわれますが、恋心など儚いものです。憎悪の方が余程永遠に変わらない感情といえるかもしれませんね』
俺は姫様に近づき、姫様の頬にそっと手を当て、なるべく優しく微笑みかけた。
『私が姫様のそんな気持ちなど、忘れさせてさしあげましょう』
『……タナトには無理だよ』
姫様は『今までも無理だったんだから』と自棄になったような顔で呟いた。
そして姫様はご自身で言った通り、俺との結婚が覆せないものであると悟ると、屋敷から何度も逃げ出そうとした。
何度も何度も失敗されていたが……晴れて成功されて、今に至る。
「若、ドナルド様のお屋敷につきましたよ」
「ここまでありがとう」
過去へととんでいた意識が現在へ戻る。
俺は御者に労いの言葉をかけつつ、馬車から出た。
「さて、どんな面倒な事になるのかな」
この後待ち受けるドナルドとの対峙に憂鬱になる。
なるべく穏便に済ませたいが、そう出来なかった場合、俺はドナルドを消すという、取り返しのつかない判断をしなければいけなくなるかもしれないのだから。
だが、これは避けられない、避けてはいけない事だ。きちんと向き合わなければ、姫様を捜索し、取り返す事の邪魔になるだろうしな。
……これだけ探して探して探しつくしたのに、今更姫様が見つかると思ってるのか、という振り払いたくても振り払えない思考が頭をもたげる。
だが、俺は見つけられる可能性がゼロに近くなったとしても、姫様を探す事をやめられないだろうという予感もしていた。
そうだ、誰に何をいわれようと、俺は彼女を忘れられない。姫様を見つけられるまで、俺は血反吐を吐くような思いをしてでも、もがき続けるのだろう。
と、庭からドナルドが俺の元にやってきた。俺が来るのを予感していたのかもしれない。
「よっ、早速呼び出しに答えてくれたんだな、タナト。僕はお前の本音が聞きたくて呼び出したんだ、無礼講で幼馴染として話し合わないか」
「別に構わないよ」
お前と話せるのは最後になるかもしれないしな。
「じゃあ僕の部屋に案内するから、ついてこいよ」
「ああ」
「なぁ、タナト。部屋につくまでの間に考えておいてほしい事があるんだが」
「何かな?」
ドナルドはどこか何気なさを装うような調子で言った。
「お前にとって姫様って何だ?」
俺は思いがけない質問に目を見開いた。
次の更新は作者の私生活上の都合により、少し間が空いて、6月11日となります。
少々お待たせする形となってしまいますが、次からのエピソード分は、作者的にはぜひぜひ続けて読んで頂きたい展開となってまいりますので、毎日更新を予定しております。この先のお話もお付き合い頂けると嬉しいです。