俺が彼女を嫁にするまで【交わらない俺と彼女編①】
ホーランド家の取り押さえの後、俺の屋敷に身を寄せる事になると、姫様は静かに暮らされていた。
姫様は、
『私はあなたの家に捕虜になっている立場だし、もうホーランド家はハーベスト家の主人とかでもないよね、きっと。なら敬語とかはもう使わなくていいし、姫様だなんて呼ぶ必要もないよ。むしろ私がタナトに敬語で話した方がいい?』
と言われていたが、
『お願いだからこのままでお願いします。私にとっては今の形が自然なので』
と頼み込んだ。姫様の言っている彼女の今の立場はごもっともだったが、姫様への態度だなんて、今更変えるつもりはない。
姫様は特に逃げる事もせず、大人しく過ごされていた。
姫様と寝食を共にする日々は俺にとって満たされる毎日だった。
彼女と一緒に食事を常に共にとるようにしたりもした。彼女の食事風景を眺めたり、喋ったりもしつつ過ごす時間は俺の中の欠けていた部分を埋めるような気分にさせられた。
処遇が決まるまでは屋敷の外にも出せない状態だったので、俺は退屈だろうと思い、姫様が好きそうな本などを差し入れたりしていた。
姫様はそんな俺に『ありがとう、でもごめんね。今、あんまり読む気はしないんだ』と苦笑されていたが。
だが、なぜかその間、姫様は刺繍などはよくされていたようだった。姫様は刺繍が苦手で(つくづく貴族令嬢らしい事や貴族令嬢として求められる事は苦手な方だと思う)、それゆえにあまり好きでもなかったようだったのに、たくさん時間を割いてやっていたのは不思議だった。
以前から『貴族令嬢としてはこういう事はやれた方がいいよね』と努力されていた姿はよく見かけてはいた。全く上達していなかったが。だが、ここまで励まれていたのは珍しい事だった。
それに、どことなく姫様は毎日憂いのある顔をされていた。
こういう形で身柄を押さえられてるのだから、そうなって当然ではあるとは思う。俺は彼女の心のケアを出来るよう努力はしていたが、中々上手くいかなかった。
そんな風に様子が少しだけいつもと違ったので、俺は姫様と俺が結婚すると本決定しても、中々話をする気はおこらなかった。
しかし、それも時間的に限界に近づいており、俺は仕方ないと腹をくくった。
そして、ある日俺は姫様を執務室に呼び出し、彼女にその事を伝えた。
『私が、タナトの妻になる……?』
姫様に処遇を告げると言い、呼び出すと、彼女は『どんな処分でも受け入れるよ』と覚悟の決まった顔をされていた。
だが、今の彼女はどうだろう。「とてもじゃないが受け入れられない」と言いたげな呆然とした顔をされていた。
『ええ、もう決まった事です。今すぐ結婚式は開けなそうですが、姫様が望まれるなら、いつかしましょうね』
『……っ! いらない、そんなの』
『どんな処分でも受け入れるのではなかったのですか? それにしては、随分拒否したくてたまらなそうな顔をしている』
そんなに俺と結婚するのが嫌ですか? とは聞かなかった。
答えが分かっている質問を聞く程俺も酔狂じゃない。姫様は他に駆け落ちしたい程好きな相手がいるのだから、嫌に決まってるだろう。
その事に不快感は感じるが、姫様には気取られないように気をつけた。
姫様は体を震わせながら、言った。
『私はどんな処遇になっても受け入れるつもりだった。でも、それだけは受け入れられない。タナトだって嫌だよね?』
『別にかまいませんよ? 姫様の夫だなんて、私にとっては光栄な事だ』
そうすれば姫様を手離さないですむのだから。
……今のは姫様に対してただ単に無難な事を言ったつもりだったが、別に丸っきり嘘でもない事だったかもしれないな。
俺がにっこりと微笑むと、姫様はくしゃりと顔を歪めた。
『どうしてタナトはそういう嘘を平気で言えるの?』
『別に私は嘘なんて……』
『嫌。タナトと結婚するだなんて、絶対に嫌』
基本的に他人を傷つけるような事は遠慮して言われない姫様だが、少なくとも俺に対しては自分の意見を隠すような事はされない。
ここまで断言される程、姫様は俺と結婚するのが嫌なのだろうか。俺は何故か、胸に獣に強くひっかかれたような痛みを覚えた。
『姫様、お気持ちは分かりますが……』
『こんなの、せっかく決めた覚悟が台無しになるだけだよ』
『覚悟とは何ですか?』
俺は姫様に問いかける。
駆け落ちする覚悟だろうか……何となく違う気がしたが、じゃあ何なのかは分からない。
姫様にとってそれは重要な事な気がした。ここでどうしても聞いておいた方がいいような。
だが、答えを待つ俺を無視し、姫様は小さい声でボソボソと呟いた。
『やっと、タナトから離れられる、 離してあげられると思ってたのに……何でこんな事になっちゃったの……?』
過去回想はあと一話だけ続きます。
次の更新は6月3日の14時です。ぜひそちらも読んで頂けると嬉しいです。