俺が彼女を嫁にするまで【決戦の日編】
今回から少しだけ、過去回想に入ります。
今回の話は姫様の家を没落させた当日のいきさつの話です。
俺はドナルドの屋敷に向かう馬車に揺られながら、姫様を自分の妻にした時の事を思い返していた。
俺達ホーランド家の配下の家達のホーランド家を取り押さえる計画は上手くいった。
王にホーランド家の不正を進言した際、借り受けた国軍の者達や自分達が元々従えていた者達を引き連れ、ホーランド家の屋敷を強襲。ホーランド家の人間達はなす術もなく俺達に捕らえられた。また、次々と家に残る不正や横領などの証拠を見つける事にも成功していた。
『タナト、お前……! 我が家を裏切るつもりか!』
王から直々にサインを受けたホーランド家を取り押さえる許可をすると書かれた証明書を、俺は真剣な表情で当主に突きつけていた。
『裏切るなんてとんでもない。主人が誤った道に進もうとしているなら、それを止めるのも我々仕える者の役目だと思ったまでですよ』
『はっ、お前はそうやって、耳障りのいい言葉を並べ立て、善人ぶるのが好きだな。反吐が出る。私はお前の清濁飲み込める面に目をかけて、ハーベスト家の当主になる後押しをしてやったというのに! お前は我が家の不正など今まで見てみぬフリをしていた癖に、何故今になって……』
『そんな……私は人に言われて初めてホーランド家の不正に気づいた、無知で物事の表面しか見えていなかった、愚かな人間です。その愚を今、晴らさんとしているのですよ』
そういって俺は目を伏せ、憂いのある表情をつくる。
俺の後ろに控えている国軍の者達は不正に不正を重ねている当主などより、悪事など何もしていない俺の言う事を信じているだろう。
『皆さん、当主をよろしくお願いします。取り返しのつかない事を犯したといえど、私とっては大切な主です。丁重に扱って頂けるとありがたい』
『かしこまりました!』
『ここは任せても? 私はひめさ……クラリス様を取り押さえにいくつもりです。ホーランド家の今や一人しかいない子供である彼女を逃がせば、ホーランド家の新たなトップとして、ホーランド家の利権を貪る者達に祭り上げられてしまうかもしれない。ここは絶対に押さえなくてはいけません』
『ええ、ここはお任せください。クラリス様をよろしくお願いいたします』
『ここにいる軍の者を何人か、あなたにつけましょうか?』
『私だけではクラリス様を逃がしてしまうかもしれませんし、よろしくお願いいたします』
『かしこまりました!』
俺は国軍の者数人かを引き連れ、この部屋を出ようとする。
すると、最後の悪あがきか、当主が俺に向かって叫んだ。
『こんな事をして、お前は確実にクラリスには憎まれるな! お前があんなに大事にしていたクラリスにだ! ざまあみろ!』
『もしそうなったとしても、後悔など一切しませんよ』
……姫様が俺の手の届かない所に行ってしまうぐらいなら、嫌われた方がマシだ。
そもそも、俺は別に姫様の事を大事になどしていない。あくまで表面上優しくしているだけだ。
彼女に対しては笑いかけている時でも、寄り添うようなフリをしている時でも、慰めている時でも、内心では自分自身がおかしくなりそうなドロドロとした感情を向けていた。
姫様が他の男と結ばれ、どこか遠くへ行ってしまう。その事でこの感情は姫様を俺の妻にし、誰のものにもさせないという気持ちを形づくった。
待っていてください、姫様。俺が今迎えにいってさしあげますから。
俺は決してあなたを逃がさない。
俺は表面上は正義感と使命感で行動しているように振る舞いつつ、実際の所は昏い情念のみに突き動かされ、ここまできていた。
『タナト様、大丈夫ですか?』
俺についてきた国軍の者が心配そうな表情で見てくる。
『ええ、ご心配なく。私は平気ですから』
俺は国軍の者達を安心させるようににっこりと笑いつつ、当主に背を向け、姫様を探す為、足を踏み出した。
姫様はどこかの部屋に隠れているかと思ったが、意外な事に自分の部屋に堂々といらっしゃった。
『クラリス様! 何故お逃げになろうとしないのです! このままでは捕らえられてしまいま……』
姫様の肩を掴み、説得しようとしているらしいメイドが姫様の部屋の扉を開けた俺の姿を見て固まる。
『タナト、待ってたよ。私を早く捕らえてほしい』
メイドの手をいとも簡単に振りほどいた姫様は俺を見据えてそういった。
『姫様、随分物分かりがいいですね? 抵抗なさらないのですか?』
『私は決して許されない悪事をしていたホーランド家の一員として、逃げも隠れもせず、罰を受けるつもりなだけだ』
『その心意気は素晴らしいですね。姫様は悪事には関わっていらっしゃらなかったのに、ホーランド家の一人として責任を取ろうとしてらっしゃる』
正直、姫様がこんな結論を出されるのは意外だった。
駆け落ちしようとしていたぐらいだし、この屋敷から逃げようとするかと思っていた。姫様は俺とは性格が違いすぎるせいか、行動も考えてる事も読めない事が多い。
はっ、ホーランド家の一人として責任をとる? いい子ちゃんで結構な事だ。姫様のこういう責任感のあり、善性に溢れる所が俺を苛立たせる。
彼女の善良さはこの世にそこそこ蔓延っている偽善的なものなどではなく、本物だ。それだけに心の底からよくやるなと冷めた目で見てしまう。
だが、今回は好都合だ。姫様を追い詰める手間が省けた。逃げ回る姫様を捕まえるのは嗜虐心は満たされそうだが、姫様の足の早さを考えれば、本気で逃げられたら面倒な事になっていた可能性はある。
『姫様、ご安心を。あなたの身はひとまず我が家で預かる事になっており、牢獄送りなどにはなりませんから』
『私は別に牢獄送りでもいいよ。ホーランド家はそれだけの事をしていたんだから』
『姫様は直接悪事に関わった訳ではないですから、そこまでの罪には問われていませんよ』
俺は姫様が一切悪事に関わっておらず、姫様自身は無害であるという証拠を短期間で集め、姫様を罪人にする必要がないと、ホーランド家を告発する際に王に証明した。
王は姫様の事は罪人扱いする事はないと判断をされ、ハーベスト家の屋敷で身柄を拘束する程度で済む事になったのだ。王が寛大な方で助かった。
『……そっか、でもきっと何らかの処分は下るよね』
姫様は不思議と凪いだ表情でそういった。
メイドはそんな姫様を見て、辛そうに顔を歪める。
『さぁ、それは王次第でしょう。私には何とも』
俺は内心あなたは俺の妻になるんですよと思う。
他に駆け落ちしたい程好きな人間がいるのにも関わらず、望まぬ形で元臣下の嫁となる。それは姫様の言う通り、「処分」といってしまってもよいのかもしれない。
姫様は今の様子だと、自分が今後どうなっても受け入れるつもりに見えるが、そうなったらどういう反応をされるのだろうか。
まぁ、姫様が例え嫌がろうがどうしようが、関係ない。姫様がどう思おうと、俺は俺の望み通り動く事にしたのだ。
少しだけ姫様を哀れに思う。この屋敷を出て、幸せになろうとした矢先にこんな不幸に見舞われる事になったのだから。
姫様は駆け落ちしたお姉上であるオペラ様と違い、ホーランド家の政には関わっていなかった。恐らく、こうなって初めてホーランド家が悪事をしている事を知ったのだろう。幸か不幸かまともな感覚ときっちりとした倫理観をもっている姫様からしてみれば、それだけでも相当な心労となっている事だろう。
(……逆にいえば政に関わっていたオペラ様はホーランド家の悪事に気づいていただと思われるが、あの方はそれをおくびにも出さず、何もないような顔をされていた。あの家で育てばそうなって当然だ、オペラ様よりも更に迫害されていた環境でまっすぐに育った姫様が異常なのだ。俺にとってはあの方の姫様とは全く違う、そういう所が好ましいと思っている)
それに加えて俺との結婚なんて伝えたら、姫様はどうなってしまうのだろうか……もしそうなる事がきちんとした形で決まったとしても、姫様が落ち着かれるまでは伝えない方がいいかもしれないと思った。姫様がおかしくなられたら困る。
別に姫様を心配していっているのではない。姫様に変な行動に出られたら面倒だと思うだけだ。
『無駄口を叩いている場合ではありませんね。皆、姫様をお連れするように。あと、メイドも。姫様は何も悪い事はしてはおりません、絶対に傷一つつけないように……ほら、行きましょう、姫様?』
姫様は『うん』と神妙な表情で頷くと、引き止めたそうな表情をしているメイドから顔をそむけ、俺の元へとやってきた。
『私だけじゃなくて、使用人の皆の中にも何も知らないし、何も悪い事をしていない人もいると思うから、その人達にも酷い事はしないで』
『使用人達の事ははっきりと不正に関わっていると分かる者があぶりだせるまで、誰の事も罪人として扱いませんよ。監視下にはおきますがね』
俺がそういうと、姫様はひどく安心されたような顔をされた。
こんな時も他人の心配かと俺は呆れた。自分の心配だけしていればいいのに。
こうして、姫様の身柄は押さえられた。まだやらなければいけない事は残っているが、俺にとってのホーランド家の告発の山場はこれで終わった。
次の更新は6月1日の20時となります。よろしくお願いいたします。
本編の流れの問題上、絶対どこかで入れようと思っていた姫様の家を没落させた日の話を突っ込める所がここしかなかったんですよね。
つまり、この回想パートが終わった後は動きのある展開という事です、ぜひ見守ってくださると嬉しいです。
ここを作者の言い訳もとい裏事情を話すスペースとして使うなというお話ですね。