俺は彼女を忘れる事など出来ないので①
今回は少々短めです。
姫様が屋敷から逃げてから、1年が過ぎた。
「タナト様が力をいれてこられたチューリップ染めの布の貿易ですが、今の所絶好調です。私達モモナギ領の援助の下でハント商会の開発した特殊な技術によって作られたこれは、いずれ領を代表する名産品と言われるまでになるでしょう」
俺は従者の1人であるオルトからハーベスト家で治めている(以前はホーランド家が治めていた)領土内の様子の報告を聞いていた。
困った事もおきており、対策を色々と考えなければいけないが、全体的にはつつがなく上手くいっているようだった。
「ここまで来るのに手間もお金もかかったから、素直に喜ばしいね」
チューリップ染めは今後モモナギ領の交易のを支える柱の一つになるかもしれない。少なくとも、誰に何といわれようと、決して手放す訳にはいかないものであるだろう。
「ええ、素晴らしい事です。それもこれもタナト様に先見の明があり、たち消えになりそうだったこの発明の援助をされる事をお決めになられたからです。私はあなたが誇らしいです」
「あははっ、褒めすぎじゃないかな?……他には何か報告は?」
「はっ、教会が取り仕切っている、我々が資金援助をした、領土内の神殿の建設について、工事長から様子を聞きました」
モモナギ領は国家の中で治外法権なおかつ、我が国の中央政府にて絶大な権力をもつ教会とのコネクションを築く為、資金援助もし、領内に巨大な神殿を築こうとしていた。
モモナギ領は今まで教会との縁が薄かったので、この神殿の建設計画は絶対に成功させなければいけない。
「どれぐらい聞けた? あそこは治外法権な教会らしく、秘密主義で、全く様子が伝わってこないけど」
「案の定、あまり話は聞けず、今の所すこぶる順調とだけ」
「ふーん、もっと詳しい話も聞きたかったけど、それぐらいが限界か」
俺はため息をついた。
「でも、頭が痛くなる問題もあるけど、それなりに上手く回ってるみたいでよかったよ」
「ええ。タナト様がモモナギ領を治められるようになられてから、この領土はかなり活性化しております。流石、微笑みの才人と呼ばれるタナト様です。ホーランド家が治めていた頃より、どんどん良くなっている事が肌で分かりますよ」
「ありがとう、そういってもらえて嬉しいよ。でも、微笑みの才人と呼ぶのはやめてもらえないかな。そのあだ名で呼ばれるのは、恥ずかしいんだ」
「こ、これは失礼いたしました! 申し訳ございません」
オルトは慌てた様子で俺に頭を下げた。
俺を不機嫌にさせたと、怯えさせたのだろうか。俺は屋敷の者には物腰柔らかに接しているつもりなので、この程度の事でこんな反応をされるのは、内心苦笑してしまう。
何故か少し前から、屋敷の者に怯えられる事が多い。今まではこんな事はなかったのに。
屋敷の者への接し方を変えているつもりはないのに、不思議だ。まぁ彼らに期待している事は、きちんと仕事をしていてくれる事だけなので、別にこのままでも構わないが。
「気にしてないから、君も気にしなくていいよ。それで? 報告はこれで終わり? ……姫様については、何の情報もない?」
「……申し訳ございません、我々の力不足で」
オルトは深々と頭を下げた。
分かってはいたが、深い落胆を覚えた自分を自分で嘲笑う。
姫様の事は領土の中も外も探した。何なら、国外にまで捜索の手をのばした。だが、いくら探しても見つからない。
大量に人を雇って探しているのに、姫様はどこまで逃げたのだろう? 見つけ出したら、もう二度と逃げられないように足の腱を切ってさしあげないとなと考え、内心酷薄に笑う。
そうして姫様は、俺の元から羽ばたけなくなればいい。
そんなの酷い? それがどうした、二度と姫様を手放さない為なら、俺は何でもしてやる。
むしろ姫様がこうやっていなくなる前にそうしておけばよかったと今なら思っている。監禁程度では甘かったのだ……姫様を失ってからでは、何もかも遅かったのだから。
俺の元から逃げ、ずっと姿を現さない姫様。俺はあなたの事を絶対に許さない。
姫様を俺の元に取り戻せたら、もう俺から逃げられず、俺と一緒に生きるしかない事をわからせてやるのだ。
と、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「失礼します。ご報告したい事がありまして」
我が家に長年仕えるマトマの声だった。
「マトマ、入っていいよ」
「はっ」
マトマが部屋に入ってきた。
「報告とはクラリス様についてです」
一章に引き続き読んで頂き、ありがとうございます。ブックマークやお星様でのご評価も大変感謝です。
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次話の投稿は5月26日の20時となります。よろしければ、続きも読んで頂けると嬉しいです。