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俺は彼女の大切なものを壊したいので



「姫様、またこの屋敷を抜け出そうとしたのですね」


俺は椅子に座り、机をコンコンと爪先で叩きながら、姫様を見た。

姫様の事は縄で縛り、床に座らせていたので、自然と姫様を見下ろす形となる。

姫様は視線を下に落とし、決して俺を見ようとしていなかった。忌々しく感じるが、まぁ仕方ないだろう。俺の事など見たくもないのは分かるので、それぐらいは許す。


「どれだけ逃げても、追っ手はあなたを必ず見つけ出します。姫様、この屋敷を抜け出す事など出来ないと、何度逃げたら気がつくんです?」


姫様は動じず、ただ地面を見ていた。

姫様からの反応を欲した俺は、彼女に問いかけた。


「姫様、何か申し開きはないですか?」

「私は何も悪い事はしてない」


姫様は俺の目をようやく見る。そこには強い意志が宿っていた。


「十分悪い事をしているのではないですか?あなたは俺の妻なのに、その立場を投げ出し、どこかへ逃げようとしているのだから」


そう、姫様は俺の妻だった。

以前の俺は彼女の家に仕える身であったが、彼女の家を不正の容疑で追い詰め、没落させた。そして俺の家は元々は彼女の家のものだった公爵家の爵位を王から授かり、俺は彼女を自らの妻にしたのだ。姫様は学園に通っていたが、色々ありすぎたという事で、それを機に中退という形をとった。


しかし、姫様は俺と結婚してから、何度も屋敷から逃げ出そうとし、その度に俺は彼女を連れ戻してきた。

姫様の事は俺との結婚当初は屋敷の中で自由にさせてたのだが、あまりにも逃げるので、今は姫様の自室(俺の部屋の隣だ)に監禁まがいの事をしている。


そこまでしており、屋敷の者に監視までさせているのに、頻繁に屋敷からの逃亡をされてしまっている。逃げる度に最終的には捕まえてはいるのだが。

姫様は、鍵あけを得意としており、鍵をしめていても開けてしまうのだ。その上、足も早く、体力もある為、鍵をあけられたが最後、いつの間にか遠くへ逃げられてしまう。両方令嬢としては無駄な特技としかいいようがないなと思うが、これらの姫様の能力が逃亡の助けになっているようだった。


姫様は他に好きな人もいるのだし、結婚までの経緯が経緯だし、俺との結婚は不本意なものだろう。逃げたくなるのも分からなくはない。

しかし、俺にとって姫様は手放せない存在だった。なので、姫様を逃がす訳にはいかないのだ。


「俺はそんなあなたにまたけじめをつけなくてはいけません。それが何をする事を意味しているのか、流石に姫様ももうお分かりになっているでしょう?」

「……私からまた、何か奪うつもりなの?」


姫様はそういって物憂げな顔になる。

これまでも姫様が屋敷を逃げ出すたび、俺は姫様の大切なものを一つ一つ壊したりしてきた。それの多くが姫様がかつて俺が没落させたホーランド家にいた頃大切にしていたドレスや装飾品などだった。

その度に姫様は痛ましげな顔をされてきた。 俺は優しいので、何かを壊す度に新しく代わりとなるものをプレゼントしてきたが、姫様はいまいちな反応しかされない。大人しく喜んでくれればいいものをと、俺は皮肉げに思う。


姫様が逃げ出す事は俺が彼女に拒絶されている事だと思うと、大変苛立たしいし、そろそろ諦めてくれないかと思う。が、その後のこのある種の姫様へのお仕置きは、俺にとっては楽しみの一つだった。

憎い憎い姫様から大切なものを奪い、俺が一つ一つそれを穴埋めするかのように、ものを与え直すなんて最高だろう?


「嫌だなぁ、奪うだなんて人聞きが悪い。そんな風に被害者みたいな口振りをしないでもらえます? 俺はただ、悪い事をしているあなたに何もしない訳にはいかないからこうしているだけだ。あなたより、何度も何度も妻に逃げられてる俺の方が可哀想だと思いませんか?」

「あなたが私の夫なんて認めない! あなたが何を言おうとも!」

「はは、他の人間に対しては気が弱いのに、俺には妙に強気ですよね、姫様は。俺だからそういう風に接してくださってるのでしたら、僥倖な事ですが、だからといって許したりはしませんよ?」


そういって俺はあの男が姫様にあげた姫様が大切にしていた青いガラス玉のついたペンダントを取り出す。

これはいつか姫様の前で壊してやりたいと思っていたものだった。


「大変心苦しいです……姫様の大切なものをまた壊してしまう事になるなんて」

「それは……! それを壊すのはやめて!」


姫様の目に焦りが浮かぶ。俺はその様子に心の底から苛立ちを覚えつつ、それを表面に出さずににっこりと笑い、小さいハンマーを取り出した。


「お願いタナト、それだけはほんとに……!」

「俺からのお願いは聞けないのに自分の願いだけは聞いてもらおうだなんて、姫様はわがままな方だ」


そういって俺はハンマーを思いっきりペンダントに振り下ろした。

ガラス玉がパリンと音をたてて割れ、破片が飛び散る。破片は俺の手のひらにも刺さり、血が出た。


「え? タ、タナト、大丈夫……?」


姫様は慌てた様子で俺を見た。

あなたの方こそ、俺に大切なものを壊されたこの状況で真っ先に俺の事を心配するなんて、頭大丈夫ですかといいたくなったが、ぐっと堪える。


「大丈夫ですよ、これくらいかすり傷です」


そういって俺はガラスの破片を抜き取ると、机の上においた。


「そっか、よかった……って今はタナトの事なんて心配してる場合じゃない! よ、よくも、私の大切なペンダントを壊して!」

「そんなに大切なんですか?こんな安物のペンダントが?」

「大事だよ!大切な友達に買ってきてもらった……大切な、ものだから」


姫様の声は照れたようにかすれていた。


「……嘘つきな姫様だ」


俺の声は自分でも分かるぐらい、冷たく、低い声になっていた。

姫様はビクリと怯えたように体を震わせる。その様子を見て嗜虐的な気持ちが少し満たされるが、それ以上に自分の素を見せてしまった事に動揺する。

姫様にこれ以上俺が感情的になる所を見せるのは嫌だったので、わざと明るい声を作って言った。


「さて、今度は何を姫様に差し上げましょう? ……まさか、俺にものを貰える事を期待していつも逃げようとしているんですか? それならそうと言ってくれればよかったのに」

「そんな訳ない! あなたからのプレゼントなんて、一つもいらない!」


俺にからかわれてすぐにむきになる姫様は可愛らしい……いや、面白いなと思いつつ、彼女の発言を無視して喋り続ける。


「何か希望はありますか? 俺は何でも買ってあげますよ。どんな高いものでも、何なら宝石でも」

「……じゃあ、タンザナイト」


姫様はポツリと呟いた。


「え?」


俺は目を丸くする。

まさか本当にプレゼントの希望をいわれるなんて、思ってもいなかった。こんな事初めてだ。


「ち、違うの。今のは忘れてもらえないかな……?」


姫様は顔を青くしていた。恐らく、思わず言ってしまっただけで、俺にねだる意図はなかったのだろう。


「いえいえ姫様、俺はあなたの欲しいものなら何でも用意するといっているではないですか。その言葉を違えるつもりはありません」


俺は渡した時の姫様の反応を楽しみに思いながら、タンザナイトを手に入れる算段を頭の中でたてていく。

タンザナイトとは宝石だが、値段はピンキリだろう。どうせなら良いものにしなくては、俺が姫様に贈るものなのだから。


……でも、どんなに良いものを渡しても、姫様が言う所の「友人」であるあの男がプレゼントしたものの方が、姫様を喜ばせるのだろうな。

全く、友人なんて笑わせる。

……姫様とあいつは、どう見ても恋人だっただろうに。

俺の思考は自然とあの夜見た光景へと向かっていった。

ストックがあるので、しばらく続けて投稿できそうです。

(5月17日追記;本日の20時に次話を予約投稿しました。よろしければ、続きも読んで頂けると嬉しいです)

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