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とある警察署内シリーズ

赤い傘

作者: 千子

川口が報告書を書いている風景を見て山崎がなんとなく思ったことを口にした。

「随分と可愛らしいペンだな」

「あ、山崎先輩。今ってそういうの差別でうるさく言われちゃうんですよ」

報告書から顔を上げて川口が抗議した。

「そりゃあすまなかったな」

「山崎先輩の時と違って、今はランドセルの色だって男女関係なく自由に選べるんですよ」

「ああ、CMとかで色々なものがでているよな。俺の時代は男は黒、女は赤しかなかったのに時代は変わったなぁ」

「それでも固定観念が変わらない人はいますけどね」

そう言うと川口はまた報告書を書くために下を向いた。

山崎はその様子を見て、川口がこんな反論をしてくるなんて昔に何かあったのかなどと部下の過去を考えた。


大雨降り注ぐ日中、ビルとビルの間の小道で男性が刺殺された。

目撃者は複数名いたが、全員が犯人の逃走経路の反対側にしかおらず、逃げ去る犯人の後ろ姿しか見ていなかった。

しかし、目撃者は一様に犯人は赤い傘を持った女だったと答えた。

これにより、犯人は被害者に恨みを持つ女性で捜査を進めたが、被害者にはそもそも女性の知り合いすら少なく、その全員がアリバイがあったため捜査は難航した。

「せめて正面から見た人がいりゃあ面通しできるのになぁ」

自販機で買ったおしるこを飲みながら山崎が愚痴るとミルクティーを飲んでいた川口が首を傾げた。

「でも、不思議なんですよねぇ。皆さん、赤い傘をさした方の顔は見てないのに一様に女性だと証言するんですもん」

その言葉に山崎は、はっとした。

固定観念。

もしかすると目撃者もそれに囚われているかもしれないと。

「川口、行くぞ」

「行くってどこにですか?」

「もう一度目撃証言の洗い直しだ」


山崎と川口は目撃者達にもう一度訊ねることにした。

「傘を差した人物の顔は見ていないんですね?男性か女性かも分からないんですね?」

山崎の問いに目撃者達は口を揃えて言う。

「顔は見ていませんけど、だって、小柄でしたし赤い傘を差すなんて女性くらいなものでしょう?」

すべての目撃情報を聞き直した山崎は渋い顔になった。

「目撃者全員が思い込みで証言していたなんてな」

「つまりは?」

「赤い傘を差していても小柄な男が犯人かもしれないってことだよ」

「なるほど」

山崎は飲んでいたおしるこを飲み終えると課長に目撃情報に誤りがあるかもしれないと進言し、行き詰まった捜査は被害者の交友関係で小柄な男性を中心に新たにやり直された。

結果、一人の男性が浮かび上がった。

と、いうよりは『赤い傘を持つのは女性である』という目撃者達の思い込みの証言がなければこの男が第一被疑者だった。

被害者の元交際相手の兄であり、しつこく復縁を迫っていたのを被疑者が仲裁し警察に通報しない代わりに二度と妹に付き纏わないよう念書を書かせた人物だ。

被害者の周囲で恨みに持ちそうな人物であり小柄なのはこの男しかいない。

捜査はこの男性を取り調べることで方針が決まった。


翌日、男性宅に伺い事情聴取するために警察署に同行を求める際、玄関の入口に赤い傘があるのを山崎は見付けた。

「失礼ですが、こちらの傘も証拠物件として署に持って行ってもよろしいですか?」

「……はい」

この時点で男性は半落ち状態だったが、取調室で事件の概要を改めて説明しアリバイの証明を求めると震え出しとうとう落ちた。

緊張の糸も切れたのだろう。涙も止まらない様子だった。

「どうぞ」

川口がティッシュとお茶を出すと男性は涙を拭き一息ついてお茶を飲んだ。

少しは落ち着いたのだろう。

自白し、少しずつ事件当日のことを語り出した。

念書を書かせたにも関わらず未だに妹に付き纏い恐怖を与える男性が許せず、最初は話し合いだったがヒートアップしていざとなったら脅す用に持ってきていたナイフでつい刺してしまったとのことだった。

川口は調書を打ち込みながら山崎と男性のやり取りをずっと聞いていた。


「それにしても目撃者達が全員思い込みで話してたなんて驚きですよねえ」

川口の言葉に山崎も頷いた。

「これが偏見ってやつかもな。集団で思い込むなんて、まだまだ色の個性が認知されてないってことなのかもな」

自分の子供なら何色を選ぶだろうかと考えながら、その時は何色を選んでも反対せずに好きにさせようと山崎は心に決めた。

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