それでも彼は首を振る
「息子はどうしたの?」
顔を合わせるなり、桃色のツインテ―ルが目を引く少女、メルダはいきなりの問いかけをした。
面食らった雄大は、ほんの少し迷って口を閉ざす。どうしてこの場に息子を連れてこなかったのか……と、そう言いたいのだろう。さすがの雄大でも、隠す気もない圧に当てられたらイヤでも分かる。
「副業が忙しいらしい」
「ふぅん? ここのところ、ずいぶんと名が売れているそうだものね」
想定の範囲内といった様子で、興味が薄そうな返事がかえってくる。
「本名不明。プロフィール非公開の、謎の人気美少女モデル・セーア。色素のうすい髪と肌に、ショートヘア、ぱっちり二重まぶたで元気いっぱいの女の子。……その正体が恥ずかしがり屋で奥手な男だなんて、誰も思わないでしょうね」
まあ、この場所にいる人たちはみーんな正体を知ってるんだけど。
あっさりとした口調で言いながらも、メルダは軽く周囲を見渡した。休憩時間という事もあって、だだっ広い講堂内はざわついている。
この場にいるのは、雄大と同じく招集を受けてアーセナルへと集まってきた者たちだ。年齢も背格好も、種族さえバラバラだけれども、いずれも『神託者』――……地球で暮らしていた頃の記憶をもつ転生者ばかりだ。
神託者襲撃事件について、緊急会議を開く――そう通達を受けた雄大は、たったひとり、首都アーセナルにある神託者連合の本部を訪れていた。
本来ならば、勇者であるウェスティンが出席していなければおかしい場だ。それを理解していて、雄大はあえて、今朝がた楽しそうに店へと出かけていく息子を見送っていた。
『今日も送り迎えできないのか?』
『ああ。しばらくは他の用事で忙しいから、お前だけで仕事に行ってくれ』
『前はしてくれてたのに。過激なファンが待ち伏せしてたらどーすんだよ?』
『お前ひとりで対処できるだろ。勇者なんだから』
『いまはセーアですぅー』
憎ったらしく反論してみせるウェスティン。
不満げに唇をとがらせる顔には、宝物を自慢したい子供のような眩しさが見え隠れしていた。
あんなに嫌がっていたドレスをいそいそと着込み、晴れた顔で出かけていく理由なんて探らなくても分かる。昨夜あれだけ興奮しながら、出来たばかりの友人について語っていたのだから。
ここ最近、頻繁に会話に出るようになってきた女の子。
彼女らがウェスティン……セーアにとってどんな存在であるのか。紹介したそうにウズウズとしている姿を見れば、今日事件について会議がある――なんていう不穏な話題は、遠ざけたくなってしまうというものだ。
「……でも。もう三人目の犠牲者が出ているのよ? いくら世間に秘匿されているからって、あの子の耳に入れないようにするには無理があるんじゃない?」
手元にある資料の束をひらひらと振って、事態の深刻さを強調してみせるメルダ。
しかし雄大は頑として譲らない。
「何とかするさ」
「なんとかって……」
メルダは呆れた様子で、自身の髪をつまんで弄びはじめた。
「そりゃあ、かつての仲間としては同じ気持ちよ。あたしも貴方と同じように、ウェスティンを見守る立場でいたいと思っている。けれどね、いつまでも煌びやかな場所には居させてあげられないじゃない」
勇者だもの、と。
少しばかり哀しげに、下を向くメルダ。
「神託者が『絶対の存在』でなくなった今、反発する者たちが現れ始めている。あの子が身を賭してまで導いてくれた平和の奥で、また人々の暮らしが脅かされようとしているの。それはウェスティンも望まないはずでしょ?」
「もうあんな大ごとにはしない。あの子の目に留まる前に、すべてを片付ける」
「それが出来たら万事解決なんだけどね……」
なにを言っても無駄かと、大きなため息をついてメルダは再び資料を開く。
そこには、事件の概要について載せられていた。
〝本日未明、二名の神託者が事件の関係者と思われる男に暴行を受け死亡した。目撃者によると、彼は『反神託者組織』の一員だと名乗っていたという。
その名は、『反魂の導き』――〟