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ピィニア、始動っ!

「知ってる。セーアちゃん」


 フィノに指さされ、俺は少しばかり恥ずかしくなった。


 チェルといい、同じ世代の子にもこんなにセーアという存在が認知されているのか。

 そういえば町の通りを歩いていても、以前より華やかな服装をしている人が多くなってきた気がする。それこそ俺やチェルが着ているのと同じブランドだったり、似たデザインのドレスだったり。真似して選ぶ人が増えてきたという事は、およそ縁が無いと思っていた広告塔というものに、今の自分はなってきているんじゃないだろうか。

 あんまり実感が湧かないが、いよいよ引き返せない位置にまで来てしまっている気がする。


「どうしてここに?」


 気恥ずかしさを散らすため、あえて別の話題へと切り替えてみた。

 フィノは言いづらそうに目線を泳がせる。


「ステージが出来るって聞いたから。その、見ておこうと思って……」


 呟いたあと、「ごめんなさい」と小さな体をより縮こませて項垂(うなだ)れてしまった。まだあの時の謝罪を引きずっているらしい。

 俺たちが立つ予定のステージを勝手に使ってしまい、これから怒られるんじゃないかとビクビクしているみたいだ。


 気にしなくていいのに――と。

 そう言おうとした時、チェルが大げさなぐらいにクスリと笑った。


「同じですわね」


 ウインクまじりに告げた彼女は、依然として下を向いたままのフィノの手を取る。


「わたくし達もそうなんですの。楽しみで仕方がなくって、つい(のぞ)きに来てしまって。そうしたら、とっても素敵な歌声が聴こえてくるでしょう? 気になって、思わずはしたない真似をしてしまいましたですわ」


 以前のようにスカートをまくり上げてみせるチェルに、フィノは警戒を解いたのかほんの少しだけ微笑んだ。


「よかった。もっと怖い子かと思ってた」

「あら。それはわたくしのことですの? それともセーアちゃん?」

「ふたりとも」

「まあっ!」


 こーんなに親しみやすいですのに、とチェルはまたもや大げさな動きで抱きついてくる。ほっぺが擦れてくすぐったい。

 そのあどけなさに安心したらしいフィノは、傍らでしゃくり上げている女の子へと視線を移した。


「この子、近くに住んでる子だと思うの。おうちに帰すの手伝ってくれる?」

「もちろんですわ!」


 あっという間に仲良くなってしまったチェルとフィノは、女の子の傍にしゃがんであれこれと聴き取りを始めた。

 女の子同士ってこんなものなのだろうか? 気を許し合うのにもう少し時間がかかるかと思っていたのに、展開の早さに驚きを隠せない。それとも俺が奥手なだけなのか?


「ほら、セーアちゃん! 捜しますわよ!」

「はっ、ハイ!」


 あんなに接し方に迷っていたというのに、いざ顔を合わせてしまえばこの通り。

 まったく、子供というやつは適応力が高すぎる。大人の心配なんて要らなさそうだ。


「セーアちゃん!」

「はーいっ!」


 チェルに促されるままに、俺は慌てて広場の周囲を探し始めたのだった。


 それから時間は過ぎ、昼の休憩時間もそろそろ終わりになってきた頃。


「見つかり、ませんわぁ……」

「ふええぇっ……かえり、たいよぉ……」


 俺たちは町中で、ぐったりとしゃがみ込んでいた。

 この流れならスピーディーに見つかるかと思っていたのに、誰に聴いても「知らない」と言われるばかり。挙げ句にサインを求められ、必死に逃げ帰る羽目になってしまった。

 女の子もずっと泣きどおしだし、いよいよ大人に任せた方がいいんじゃないのか――なんて考えが()ぎりはじめ、三人の間にまで諦めのムードが漂いだした時。


「~~~♪」


 フィノがおもむろに、あるフレーズを口ずさみ始めた。

 あの時ステージで歌っていた曲だ。今度は歌詞も無い、鼻歌だけの単純なものだった。けれど相変わらず、耳に心地良い。


「きれー……」


 聴き惚れているのは、俺とチェルだけではなかった。

 気付けば泣き声は止んでいて、女の子が目元を拭いながらうっとりとしている。小さな歌声は周囲にまで届き、何だなんだと人が集まりはじめた。


「なに、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)?」

「誰の歌だ?」

「どこで歌ってるの?」


 ただ歩いていただけの人たちが、出どころを探して一斉にこちらを振り向く。

 フィノは驚き、声を小さくした。あんなに綺麗だったのに、今にも途切れそうになる。……と、


「「~~~~~♪」」


 歌声がふたつに重なった。

 見れば、チェルがたどたどしく口ずさんでいた。所どころ音を外しているが、面持ちはこれ以上ないほどに清々しい。


「ほら、セーアちゃんも!」


 小声で囁かれ、俺は勇気を振り絞って歌いはじめた。

 こんなに緊張したのは久しぶりだ。勇者として活動している時でも、これほど勇気を出した事なんて数えるほどしか無いんじゃないだろうか。心臓だけでなく全身がドクドクとしている。血が沸騰(ふっとう)してしまったみたいだ。


「セーアちゃん。目を開けてみて」


 肩をつつかれ、恐る恐る閉じていたまぶたをひらく。

 そこにはいつの間にか、先ほどよりも多くの人たちが立ち止まっていた。ガラス越しに感じていたのと同じ眼差しが、俺たち三人に向けられている。

 固く閉じていた手のひらに温もりが触れ、ぎゅ、と握り込んできた。


「歌うのって、こんなに気持ち良いんですわね」


 クセになっちゃいそうですわ、と笑いかけてくるチェル。

「うん」と応えて、俺は隣にいるフィノの手を繋いだ。風が巻き上がり、俺たちの歌声を遠くまで運んでいく。


「……ねえ。もっとこういう気持ち、知りたくない?」


 かえってきた返事は、客たちのアンコールに掻き消されてしまったけれど。

 興奮と取れるその表情から、どちらなのかは明らかだった。



   * * *



「本当にありがとうございました。ほら、お姉ちゃんたちに『ありがとう』は?」

「ありがとー!!」


 注目を集めたことで女の子の両親は無事に見つかった。

 幸い撮影場所が近かったのもあり、昼休憩にも遅れることもなく俺たちは仕事へと戻った。今度は、フィノも一緒に。


「あれ、その子は?」


 スタッフの問いかけに、俺たちは顔を見合わせる。


「「新メンバー候補ですっ!」」


 今のところはまだ仮だけれど、あの時の歌声を聴けば、きっと頷いてくれるだろう。



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