ふたりの迷い子
「三人目が見つからない?」
「ああ。色々と準備もあるし、そろそろ見つけて活動開始といきたいところなんだが……イメージに合う子がなかなかいなくてな。お前らの方でも、ちょっと捜して貰えねえか?」
ステージの件から約一か月が過ぎた。
チェルとの仲も少しずつ進展し始め、広場もようやくそれらしくなってきた頃。俺たちは朝から呼び出しを受け、イオニアさんからそんな話をされた。
事情を説明されるのはこれが初めてだったが、だいぶ難航しているらしいのはこちら側にも伝わっていた。
何度か面接をしていたし、スカウトのために数人のスタッフが駆り出されていたのも知っている。けれど相変わらず三人目にふさわしい子は現れず、皆が頭を抱える日々。
大人の事情だからと口を挟まずにいたが、いよいよ俺たちの力も借りるほどになってきたという事か。
壁にある時計を見る。開店まであと三十分。メイクと着替えは終わったが、ショーウィンドウ内の飾りつけはまだ済んでいない。
この話をするのを前提で、あらかじめスケジュールが組まれていたのか。よっぽど切羽詰まっているらしい。
「三人目の子って、たしかクラシカル・スチームパンク担当でしたよね?」
「ああ」
俺の質問に対し、イオニアさんがだるそうに頷く。
「当初三人目に選んでいた子が、そういうイメージでな。けど条件のいい他の店に引き抜かれちまって、新しく捜してるところなんだ。どっちか片方に合いそうな子なら見つかるんだが……」
計画を練り直すしかねぇのか、と悔しそうに歯噛みしている横で、チェルがぐっと拳を握る。
「あ、あの! イメージに合うかは分かりませんが、わたくし、とっても歌が上手い子を知っているんですの。まだお友達じゃないので、話を聞いて貰えるかも分かりませんが……」
そこで視線が俺へと移った。
「セーアちゃんと、その子と一緒に……ピィニアとして、活動していけたら楽しいんじゃないかなって……」
珍しくはっきりとしない口ぶりだったが、表情だけで彼女の意志はこれ以上ないほどに感じられた。
「イオニアさん!」
意を決し口を開く。
「セーアもその子のこと、ずっと忘れられないんです。……ダメもとでいいから、話をしてみたい」
「お前の推薦付きか」
まったく敵わないな、といった様子で彼は首筋を掻いた。
「最終的な判断は、直接会ってからになるが。その子の名前は?」
「分かりません」
「住んでいる場所は?」
「…………分かり、ません」
訊く前に逃げられてしまったんだ、知っているはずもない。
深い沈黙が満ちる。
やがて、ハアッと大きなため息が吐き出された。
「しょうがねぇな。まったく」
景気よく膝を叩き、彼はニッと歯を剥き出す。
「それじゃあ三人目の件は、いったんお前らに任せる。ちゃんと報告しろよ?」
「はいっ!」
「感謝いたしますわ、イオニア様!」
チェルは表情を明るくし、俺へと抱きついた。
「セーアちゃんっ! 今日のお昼、さっそくステージに行ってみましょう!」
……いないかもしれない、なんて。
マイナスな発言は、今は口にしたくなかった。そんなのチェルを悲しませるだけだ。いないんだったら、俺自身の力で何とかしてみせる。
「きゃっ!?」
風が吹き荒れ、スカートを激しく揺らす。
チェルがとっさに抑え込む横で、俺は空を見上げた。光の粒となった想いを、精霊たちがどこかへと運んでいく。
「なんですの、いまの風……?」
「チェル」
名を呼ぶと、不思議そうに見渡していた彼女はパッと顔を上げた。
「そろそろ持ち場に行こう。準備しておかないと」
「は、はい」
チェルは頷き、緊張気味に一歩を踏み出す。
前を向くと、スタッフのひとりが手振りでステージに向かうよう促してきた。あの子がいた広い場所とはまったく違う、いつもの狭くて小さい舞台。
「セーアちゃん」
きゅっと裾を握ってくる感触があって、そちらを見ると、チェルの肩がわずかに震えていた。
「どうしましょう。わたくし、今さら緊張しているみたいですの。あの子に何て言って誘えば……」
「大丈夫だよ。傍にいるから」
つないだ手を掲げてみせる。
彼女は少し安心したように、強張っていた口元をゆるめた。
「セーアちゃんて、なんだかたまに恰好良いですわよね。ほんとに勇者様みたい」
思わずドキリとしてしまったが、それは世間で言われている事だった。
謎の美少女モデル・セーアと勇者ウェスティンは、実は同一人物なんじゃないか。そうでなくとも、血の繋がった親戚同士なんじゃないか――と。
背丈も顔も非常に似ているし、年齢だって同じなんだから、そういう声が上がっても無理もない。
「ウェスティンの方が格好良いと思うよ。男の子だし」
あえて性別の部分を強調し、誤魔化してみる。
と、ククッと忍び笑いが聞こえた。声がした方を見ると、意味ありげな視線を送っているイオニアさんがいる。
「ほれ、ふたりのお姫さま。今日もお客人が待ってるぜ。それぞれの持ち場に散った散った」
「姫って言わないでください!!」
とっさに噛みつく勢いで叫んでしまい、スタッフたちから目線で窘められる。
真っ赤になった顔面は、しばらく上げられなかった。
* * *
お昼休みになり、俺たちはまた広場のステージへとやって来ていた。
けれど案の定、あの子の姿はおろか声すら聞こえてこない。以前見た時よりもステージは組み上がっていて、ほぼ完成に近い状態になっていたが、そこには誰の姿もなかった。
「やっぱり定期的に覗いてた方が良かったかな……」
失敗したか、と小さく呟く。
タイミング良く顔を合わせるだなんて。そんな、毎日来るような頻度じゃないとまず難しい……。
「ねーね」
「ひぎゃあッ!?」
急にスカートの裾を強めに引かれ、驚いた俺は大声を上げた。
下を見ると、俺やチェルよりも二回りぐらい背の低い女の子がいた。手にあるお人形とお揃いのドレスを着て、金色の髪を綺麗に巻いている。けれどお嬢さまといった雰囲気ではなく、流行りの格好をしているといった風体だった。
「……ひっぐ。ふ、ええ……」
怖い思いをさせてしまったか、女の子がぐずりだす。
「うええええっ……」
「あっ! な、泣かな……」
「うわあああああああああんっ!! あああああああん!!」
「セーアちゃん、こういう時に大声を出しちゃダメですわ! ええと、ええと……!」
いよいよ場が混沌としだした時、チェルの背後から声が聞こえた。
「まいご?」
そちらを見ると、あの魚人の女の子が立っていた。
前回と同じく自信無さげな面持ちだが、今は小さな女の子を心配そうに見つめている。
「あの……あなたのお名前は?」
チェルの問いに、彼女は消え入りそうな声で答えた。
「フィノ。フィノール・オルシスタ」
「フィノちゃんですわね。わたくしはチェル。チェルシエール・ノイ・エイデンベルクですわ。こっちの子は……」
「知ってる。セーアちゃん」
フィノに指さされ、俺は少しばかり恥ずかしくなった。