お見舞いとピンクの花束、それから筋肉
「うんっ、もう平気だよ。倒れる心配もないし、ご飯もちゃんと食べられてるから。今朝もサンドイッチをふたつおかわりして……。えっ、午後に? ……うん、それはいいんだけど。でもチェルたちだって、昨日の疲れがまだ残って……いま? 今は家……じゃなかった、ウェスティンくんのおうちに泊まってるよ。パパがそのぉー……身体検査を受けるために、しばらく家を空けることになっちゃってて。セーアひとりになっちゃうからって、エチェットお姉ちゃんがね……」
――カルムと会話をした翌朝。
さっそく通話機でふたりに連絡を取ってみたところ、やっぱりかなりの心配をさせてしまっていたようで、チェルからは立て続けに質問が飛んできていた。
「昨日はちゃんと寝られたのか」とか、「きちんと食事は摂れているか」とか。「見守ってくれている家族はいるのか」、「体調に変化はないか」……などなど。
ひとつ答えると、ふたつの疑問が返ってくる感じだ。
おかげでなかなか通話が終えられず、我ながら行儀が悪いなと思いながらも、食事をするかたわらに二人と話をした。
チェルは怒涛の質問攻めで、フィノも同様だったけれども、こちらはマイペースなぶん幾らか落ち着いていた。
おかげで片づけを進めながら話せる余裕もあって、ようやく二人と話し終える頃には、食卓の上はすっきりと片付いていた。
「よぉしっ、テーブル拭きも完了っと! 皿もカップも洗ったし、キッチンも片付いたし。あとはー……おぉーい、カルムーッ! カァー、ルゥー、ムゥゥーっ!」
「なんだー?」
廊下側に向けて呼びかけると、着替えの途中だったらしいカルムがひょこりと覗いた。
「どうしたんだ、ウェス?」
黒いタンクトップに頭を通したばかりの状態で、もぞもぞと着替えをしながらこちらにやってくる。
引き締まった上半身とゴツゴツした胸筋とがこれでもかと視界に入ってきて、ちょっぴり目を逸らしたくなった。父さんのムキムキッぷりよりかは大人しめだけども、カルムのも充分に凄いと言わざるを得ない若々しい肉体美だ。
雄々しくてたくましいな本当に。……ずるい。
「……なんで膨れてるんだお前は?」
「べええぇぇっつにいいぃぃ~?? 俺だって女にされてイジられるばっかじゃないし。そのうちエチェットを軽々と抱き上げて格好良くキスしちゃったり、そのまま屈伸もできちゃうぐらいにはムッキムキになるしぃ?」
胸を張ってそう宣言してみせたのだが、カルムの表情はたいして変わらなかった。
「そうか。あのエチェットよりも怪力な女になりたいのか」
「そうそう、俺は怪力な女になりた……って違う、男に戻ってからだよ! 男に戻って、それから父さんにもカルムにも負けないぐらいにムッキムキになるのッ!!」
「……はぁ。ムッキムキな、男にか……」
俺を見下ろしながら、カルムはおもむろに小首をかしげた。
「とても想像ができないんだが?」
「なんでっ!?」
「だっておまえ、肉体の関係で成長が遅いし、前世の頃だってかなり身長が低かったそうじゃないか。ひゃくごじゅう……」
「んンぎィぃぃぃぃぃぃッ!!!! ストレスっ! 栄養失調! 寝不足! 母さんの遺伝、その他もろもろッ!! 仕方ねぇだろ、あの状況でスクスクと育つわけがないんだからさぁ!! 成長期に必要なぶんの食事が摂れなかったの!! ずるいずるいずるいずるいっ、俺にもその胸筋よこせえぇ!!」
体にしがみ付こうとした手をヒョイとかわし、カルムは口の端だけでふっと笑う。
「お前は鍛えるよりも先に牛乳を飲め。まずは身長からだ」
「のーんーでーまーすぅッ!! ほら、今朝も飲んだ!!」
飲み終えたあとの牛乳瓶を見せると、「よしよし。偉いぞウェス」と頭を撫でられた。
べつに子供みたいに牛乳を飲むのを嫌がってるわけじゃないんだけど……。
「そんなことよりも、さっき何か呼んでいなかったか?」
「あっ、そうそう! あのな、チェルたちが午後にお見舞いに来てくれるんだって! 二人とも疲れてるでしょって言ったんだけど、『どうしても顔を見たいから』ってさ。子供って体力おばけだよなー。大人は本番の翌日なんて体が疲れ切っちゃって、寝たくてしょうがないっていうのにさ」
そう欠伸まじりに言う俺に、「じゃあ断ればいいじゃないか」とカルムは苦笑する。
「べつに寝てたっていいんだぞ。昨日倒れたばっかりなんだから」
「俺だってふたりの顔を見たいんだよ。見たあとでなら、安心して寝られるし。……それに」
昨日のうちに書いたレシピをどこに仕舞ったのか思い出しながら、俺はカルムを見あげた。
「たとえ疲れていても、友達と会うとけっこう忘れてはしゃいじゃうものだからさ。……会いたいな、って思って」
「素直にそう言え」
俺の頭を少しばかり乱暴にグシャグシャとかき混ぜてから、カルムは相変わらず静かなリビングを見渡す。
現在は朝の九時半。すでに他の家族たちは出払っていて、エチェットは早くから三人分のお弁当を用意し、ユエリスとともに、父さんとククリアの様子を見に行っている。
連合の建物はエリス国の首都アーセナルにあるから、本来ならば移動するにもけっこうな日数が掛かってしまう場所だ。
そんな事情を考慮して、家族が面会に来やすいよう、チグルスさんが連合の地下に繋がる転移ポータル(離れた場所に瞬間移動ができる特別な装置だ。旅のあいだも何度か使ったことがある)を特例で貸し出してくれたと、カルムから昨日聞いている。
おかげで移動に関しての問題はなくなっているんだが、あるとすればククリアのほうで、昨日からずっと牢屋の前から一歩も動かないんだそうだ。
帰ろうと思えばすぐにポータルを使い家へ帰れるというのに、まったくそうしようともせず、ただ片隅に置かれた銅像のようにじっと身を縮こませて牢屋の奥を見つめ続けている。
『らしくないんですよね。ククリアは『希望の神』なのに、ずうっと暗い顔で奥に寝ている雄大さんを見続けていて。なんだかたまに、イルマニ神を思い出すような……そんな雰囲気を、どことなく彼女から感じてしまって』
『だから、隣にいてあげるの?』
俺の問いかけに、エチェットは首をふるふると振った。
『〝そうしてあげる〟というか……私なら、〝そうして欲しい〟なって思って。というかあの人、雄大さんに負けず劣らずであんまり食事に頓着ないんですよ? 『僕は腐っても女神だから、食べないでも平気だよ』なんて言って。暗いままの顔で。『そこで目覚めるのを待つつもりなら、せめてあなた自身が美味しくて栄養のある物をちゃあんと食べて下さいっ!』て見かねて口にブチ込んだら、以降は大人しく私の用意した物を食べるようになりました』
『調教が完了してる……』
という会話があったのが昨夜のことで、今日も変わらずにククリアは牢の前を陣取っていて、エチェットはそんな彼女を心配し、甲斐甲斐しくお弁当を持っていったということらしい。
……で。その穴埋めとして、家事を万能にこなせるカルムがこうしてうちに来てくれたと。
「今日はずっと家にいて家事をするつもりなんだが、お前の友人が来るようなら午後からは外出したほうが良いか?」
朝から掃除に洗濯ロズの餌やりと、エチェット顔負けにせっせと家事をこなしてくれているカルム。
そんな彼を追い出すような真似が果たして出来ようか。……いや、出来るはずもない。
「声とか音とか、ちょっとうるさくしちゃうかもしれないけど。それが気にならないようなら、家にいて。紹介もしたいしさ」
「そうか」
少しホッとした表情を浮かべながら、カルムは頷いた。
「昨日お前を迎えに行った際に、いちおう顔は合わせているんだが。バタバタしてしまって、自己紹介はまだだったからな。楽しみだ」
自分よりも十九歳も年下の女の子を紹介されても普通なら困るものだろうに、こんな爽やかに「楽しみだ」と言えるのは、この男くらいなものだろう。
「……ん。チェルもフィノも、もちろんカルムだって。俺の大切な友達だからな」
どちらも大切だから、ちゃんと紹介して知って貰いたい。教えたい。
その気持ちは単なる俺のワガママかもしれないけど、ワガママだったらそれなりに押し通してしまおう。
…………だって。
どちらの友達も早く自慢したくて、しょうがないんだから。
昼までカルムと一緒に家事をこなし、食事を摂り、それから買い物に行って。
約束の時間になる頃には、あらかたの準備が整った。
「クッキーの材料よーし、オーブン準備よーし! エプロンも前に使ったのがあるからよーし! 抜き型も麺棒も揃ってる、ラッピングも準備万端! あとはー……サイン用の色紙だけど、これは今日できるか分からないから後回しだな。とりあえずはこれで……」
準備完了、と言いかけたところで玄関扉のドアノッカーがカンカンッと鳴った。
直後に元気いっぱいな声が聞こえてくる。
「ごめんくださいませーっ!!」
「セーアちゃんのおみまいに来ましたぁー」
「あっ、はぁーいっ!!」
着衣をパパッと直し、慌てて玄関のほうに向かう。
ドアを開けると、満面の笑みを浮かべているふたりが立っていた。お見舞いだからか、今日は揃ってシンプルな装いだ。
チェルはいつも通りに黒が基調だけども、フリルとリボンだけしか飾りのない控えめなワンピースを着ている。フィノはいつかと同じ、小花柄の古風なエプロンドレス。
対して俺は、簡単にブラウスとスカートを着ていた。本当はパンツスタイルが良かったけど、いつもと違うと二人を心配させてしまうかもしれないと思い、けっきょくスカートを選んだ。もう着慣れてしまったし、今さらどうこう思わない。
「チェル、フィノ! いらっしゃい!!」
「えっへへぇ~」
中に迎えると、なにやらフィノが後ろ手に何かを持ってモゾモゾしていた。
二人は顔を見合わせてから、「いっ、せー、のー、でっ!」という掛け声で持っていたものを差し出す。
「「これっ、セーアちゃんに!!」」
差し出されたのは、ピンク色をしたシオラスのブーケだった。地球で言うところのチューリップで、花弁の端がフリルのようにヒラヒラになっており、若干白色が混ざっている。品種改良された種類だろう。
数えてみると、十三本が束になっていた。
「エリス国民なら、シオラスの花言葉と本数の意味は知っていますわよね?」
「ねー」
チェルとフィノも、揃って期待の眼差しでこちらを見てくる。
……どうしよう。「わからない」だなんて、この顔の前で言えないじゃないか。
「……ゆ。ゆう……」
しょうがないので、二人のリアクションを読んでそれっぽく答えることにした。
「ゆう……、『友愛』……?」
ちょっぴり残念そうな顔になった。ちょっとだけ違うらしい。
「ゆ、『友情』! 『友情』だ!」
「正解っ、ですわ!!」
「十三本はね、『永遠の友情』なんだよ。それじゃあ、ピンク色の意味は?」
「えっ……」
フィノに問われ、俺はまたもや言葉に詰まった。
「ぴ、ピンク……」
「そう、セーアちゃんの色!」
「かっ、『可憐』……とか??」
「『誠実な愛』、『幸福』、『愛の芽生え』。そういう意味合いがあるな」
俺の言葉を遮るように現れたのは、カルムだった。
幸いにも彼の助けによって二人に的外れな答えは聞こえなかったようで、勇者一行のひとりでもあり、イケメン冒険者の登場にチェルたちは盛り上がっていた。
「す、すごい美形なお兄さまですわね……。洗練された格好良さがありますわ……!」
「セーアちゃんパパは『渋かっこいい』って感じだったけど、こっちは……」
「「涼しげな格好良さ……。『涼かっこいい』だ(ですわ)!!」」
「スズカッコイイ……? なんだそれは……??」
カルムが頭上にクエスチョンマークを飛ばしているので、俺からも助け舟を出してやることにした。
「神界の言葉でいうところの、『クールビューティー』ってやつかな。俗にいう『イケメン』」
「――『イケメン』ッ!! 知っているぞ、『イケてるメンズ』のことだ!! 神託者の著書にそう書いてあった!!」
そのイケメンが急に目を見開いてグワッと反応したものだから、ふたりは怯えて俺の背後に隠れてしまった。
「きゅ、きゅうになんですの……?」
「びっくりしたぁ……」
「こういうビックリ箱みたいな面白いやつ……じゃなくて、お兄ちゃんなんだ。カルム・エルリュート、勇者パーティー所属で現役のS級冒険者。大剣使いでね、全身の筋肉とか引き締まっててすごいんだよ」
「まぁっ! ……さ、触らせて貰ってもいいですの……?」
「あ、ああ」
手をワキワキさせるチェルたちを前に、今度はカルムが困惑していた。
しばらくは離れなさそうだから、このあいだに俺はエプロンの準備をしておこう。
「ちょっとキッチンのほうで準備をしてるから、満足したらこっちに来てねー」
「「はぁーーーーい」」
「ちょ、ウェ……セーア、たすけ……」
しきりに筋肉を触られまくっているカルム。
ちょっと私怨が混ざっているということは、朝のやり取りで彼も気づいていることだろう。




