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お風呂のおたのしみ

「おん……、おっ! ……おぉおッ……!」

「何だ、さっきからずうっと同じ言葉を繰り返して。『おん』……クイズでもしているのか?」


 カルムはひたすらに首を傾げながら、俺が繰り返す言葉の意味を考えている。


 けれどクイズでも何でもなく、答えは「女の体になっちゃったんだ!」という単なる報告でしかないんだが……そのたったひと言がどぉーーーーしても、勢い任せに言おうとしてみても、勇気が足りなくて口に出すのを踏み切れない。


 理由は単純で、言ってしまったが最後、カルムの態度がこれまでとはまったく変わってしまうような気がしたからだ。


 俺が高いところの物を取ろうとしている時には、さりげなく後ろから抱っこをして手助けをしてくれたり。

 外で眠りかけた時にも、黙ってそっとおんぶをしてくれたりなど。


 そういった彼の親しみの(こも)った心地よい優しさを、もう存分には受けられなくなってしまうんじゃないかと考えると――それは男同士だったからなんじゃないかと思うと、ひどく胸が詰まってしまい、うまく言葉が(すべ)り出てこなくなってしまう。


 それでも何とか呼吸を整え、正面に立つカルムをはっきりと見上げる。


「かっ…………カルムぅッ!!」

「な、何なんだ本当に? さっきから一体全体、何を言おうとして……」

「俺………………おれぇっ!!」


 気づいたんだ。

 だって俺が(いだ)いてしまっているのは、この男に対しての今さらの不信なんかじゃなく。

 全力で身をゆだねて信じ切ってしまっているがゆえの、ちっぽけでつまらない、身勝手な(おび)えでしかないのだと。


 距離を取られることはあるかも知れない。配慮というものがあるからだ。

 でも、こいつが俺を「気持ちが悪い」「近づくな」などと根本から拒絶をしたり、ヘンに性的な目で見るようなことは絶対にないと言い切れる。そういう男だからだ。


 同性だった頃から見ても、(まぶ)しいぐらいに誠実で、カッコいい男だとつねづね思ってきたから。

 俺は、『御崎成哉』は。

 こいつを――……、


 カルム・エルリュートを、信用する。


「――――おれぇっ…………! おん…………、女にっ! 女のコに、なっちゃったんだあぁ!!!!」


 そうひと息に言い切って、閉じていた目の片方だけをうっすらと開ける。

 カルムはポカンとした表情でしばらくこちらを見つめてから、思い出したように、「ええと……」と漏らした。


「どこがだ?」

「はっ?」


 返ってきたのはわずかに困惑が混じった表情と、それから思わぬ返事だった。


「いや、俺にはとくべつ変わったように見えなくて……。というか、魔王……エルディオに捕まった時にも、ほぼ女にされかけていたじゃないか。あの時みたいに、身体(からだ)を作り変えられたとかそういうのなんだろう? だったら、別に……」

「はああぁあああぁぁぁぁぁっ!!?」


 ずいぶんと思い悩んで、やっとのことで言い出したっていうのに。

 こっちが悶々(もんもん)としているだけで、エチェットといいコイツといい、本っ当に俺の周りにいる奴ってのはこう……! こう………っ!!


「変わっちゃっているんだぞ! 頭のてっぺんから爪先まで、ぜえぇぇぇーんぶがっ! カラダの構造的に違うの、前と変わっちゃってるんだってば!!」

「〝変わった〟とはいっても……お前自身の考え方や、精神性まで極端に変わったわけじゃないんだろう?」

「えっ……?」


 そのままの表情で言われ、逆にこちらが困惑する番だった。

 確かに肉体の構造が変わってしまい、気分的にも変化が出やすくなったとはいえ……俺が俺でなくなっただなんて、当然ながらそんなわけなどない。


「そ、そりゃぁ……たぶん……?」

「それじゃあ、俺は別に気にしない。俺と入るのが嫌になったっていうのなら()めるが……」

「いっ、イヤじゃない!! 嫌じゃないよ、けど……」

「『けど』……なんだ?」


 そう柔らかく先を促しながら、ズイとこちらに詰め寄ってくるカルム。


 この行動が「どうしても一緒に入りたい」などという(よこしま)な感情からなんかじゃなく、関係性が変わってしまうと思い、俺が引け腰になっているのを見越しているからだというのは付き合いの上で分かっている。


 ――だからこそ。

 どうしても怖くなってしまい、言葉が尻すぼみになる。


「だって……。異性に、なっちゃってるし……。カルムだってその、色々と困る部分が出て……」

「ブふぅッ! ……異性。そうか。異性か」


 肩を震わせながらおかしそうに笑うカルムを前に、いよいよ怒りを(つの)らせた俺は彼の着ているシャツの裾に掴みかかった。


「なにがそんなにおかしいってンだよおぉぉっ!!?」

「いや、だっておまえ……。ゴホンッ! いいか、ウェス?」

「え? あ、はい」


 講義を始めるような口調で言うもんだから、思わずその場で正座をしてしまった。日本人の(さが)だ。

 カルムはしゃがみ込み、俺の顔を間近で見つめ返す。


「俺は最近、何になった?」

「さいきん……っていうと、『父親』か?」

「正解だ。俺はこれから、産まれてくる子供の父親になる。その子の性別は覚えているか? ククリアから教わったはずだぞ」

「えっと、確か女の子だよな?」

 

 最初に「赤ちゃんができた」と夫婦そろって報告に来た際に、師匠のお腹に手を当てたククリアが、すぐさま「女の子だね」と断じていた様子を思い出す。


 医者でもまだ判断がつかない時期だったから、周りからひどく驚かれて、来てくれていた助産師さんに「うちで働かない?」なんてスカウトまで受けてたっけ。


「そうだ。それで七年経ったら、その子は何歳になる?」

「……七歳」

「そうだな、お前と同じ年齢だ。その子が七歳になったとして。ひとりきりで風呂に入れるようになると思うか? 言っておくがお前の(うち)と同じで、うちのも(まき)風呂だからな。王族や貴族が使っているような、魔法石で湯を沸かせる便利なもんじゃないぞ」

「…………思わない、です」


 問いかけの意味がだんだん分かってきて、俺は少し渋い顔になってしまった。


 薪風呂というのは(かま)で薪を燃やし、その熱で湯を沸かすタイプの昔ながらのお風呂だ。

 日本でもかつては当たり前にあったといい、うちの風呂も父さんがわざわざ注文して作って貰っていた。


 沸かしたては熱いうえにムラがあるから、温度を均一にするために棒でかき混ぜたり、水を足したりといった工程を挟む必要がある。

 つまりは入浴するのに適した温度だと判断ができる、その都度(つど)調節ができるような年齢にならないと、まず一人きりで入るのは危ないということだ。


「そうだな。俺もせいぜい十一歳から十二歳ごろまでは、一緒に入ってやるべきだと思っている。まあ早くても十歳くらいまでだな。……で。その年齢になるまで、毎日メルダが子供と入ってやるのは可能だと思うか?」


「思わない」

「だな。メルダは『初代神託者』という肩書きもあって忙しい身だし、用事で外泊をすることも、長期間家を()けることだって多い。一児の母親とはいえ、あいつは世界じゅうから求められるような人間だからな。なるべくなら家庭に縛り付けるようなことは俺だってしたくはないし、夫として代われるようなことは、やってやりたいと思っている」


 ただでさえイケメンなくせに、世の妻たちが羨むようなことを決め顔でサラリと言うもんだから、俺は(精神的には)男として、どういう反応をすればいいのか分からなかった。


 身も心もイケメンだなんてそんな、ズルすぎるだろう。

 馬車酔いしやすいのも、神託者オタクなのも相変わらずだけどさ。それがいい具合にこいつのプラス部分を補正してくれているもんだから、よけいに心憎(こころにく)い。


 こいつがエチェットのストライクゾーンじゃなくて良かった。本っ当に良かった。

 将来的な顔面力(がんめんりょく)ならともかく、夫力(おっとりょく)にかけてはこいつと戦える気がしない。


「だから子供が大きくなるまでは、俺が一緒に入ってやることもあるだろう。……それでだ。改めて訊くんだが……お前はいったい何歳で、何度俺と風呂に入ったことがある?」


 数えてないってそんなの。

 だってカルムの家にいたあいだはずっと、父さんとカルムの入れ替わりで一緒に風呂へ入っていたんだぞ。把握(はあく)できる回数なんてとっくに超えている。


「わかったわかった、分かりましたぁっ! 俺がうだうだと考え過ぎてました、俺が悪かったですぅっ!」

「よし。分かればいい」


 しゃがんだ体勢から立ち上がったカルムは、腰に手を当ててから、少しして思い悩むようにこちらを見た。


「もしかしてだが、お前がそこまで渋るのは……俺が『男』だからか? そういうことをされるんじゃないかと……怖く、なってしまったのか? 何かしらのトラウマを刺激するようであれば、やっぱりやめて……」

「ちっ、違う違う違う、違うって! カルムはそんなことしないって分かってるよ! ただその、俺が勝手に恥ずかしくなってるだけで……!」


 バタバタと両手を振って否定していたところに、カルムがすっと身を(かが)めて顔を近づけてくる。

 かと思えば、むにゅううっと両の頬を大きな手で掴まれた。そのままむにゅむにゅと一方的に()ねられる。


「んぷ、んむぅぅぅっ!」


 旅のあいだも何度かはカルムにされたことがあったけど、久しぶりに()()をやられた。

 もがいてもガッチリと掴まれていて、なかなか抜け出せない。


「むうぅうぅうぅうっ!!」


 頭を左右に振り乱しながら逃れようとしているのを、カルムは含み笑いを浮かべながら眺めていた。おそらく彼の目には、現在進行形で変顔を(さら)し続けている俺が映っていることだろう。


「お前のほっぺは相変わらず触り心地がいいな?」

ひゃからっへ((だからって)わひひゅかむんひゃ(わしづかむんじゃ)へぇほ(ね え よ !))!」

「はははっ。なにを言っているんだかわからん」


 普段とは違う少年めいた笑顔を見せ、彼はおもむろに頬を持っていた手を離した。

 文句を言ってやろうとしたその時、空中にあった手がポンッと俺の頭に乗せられる。


「……あのな、ウェス?」

「んっ?」

「俺はお前のことを親友だと思っているのと同時に、育てていきたい『子供』だとも思っている。雄大たちと一緒にな」

「こども……?」


「そうだ。俺にとってお前は、四歳の頃から成長を見続けてきた『子供』なんだ。たとえ中身が自分よりも年上で、重たい過去や、責務(せきむ)を負っていたとしても。俺の目に映るお前は、どうしたって自分よりも小さくて、か弱く、すぐに泣きだすような子供にしか見えなかった」


「か、かよわい……」

「事実だろう? 出会った頃のお前は、ろくに戦えない幼児そのものだったからな」


 ふっと口の端だけで意地悪く笑い、カルムはポンポンと頭を軽く撫でてくる。


「そんな頼りない(くせ)にやんちゃな子供が、旅の中でどんどんと自信をつけて戦えるようになっていくんだ。その目ざましい成長っぷりが、俺に親心というものを教えてくれた」


 軽い手つきで触れる指先とは裏腹に、見下ろす視線には深い慈愛のようなものが籠っていて。

 彼の言葉は嘘(いつわ)りのない本心なのだと、改めてそう思わされた。


「……だから。俺はお前に暴力を振るう奴は絶対に許せないし、危害を加えるようなこともしたくない。性的に襲うなんてもってのほかだ」

「さっきのほっぺムニムニは……?」

「あれは可愛がりの部類だ。神界の言葉では〝キュートアグレッション〟とかいうらしいが」

「なにそれ?」

「可愛いものを見ると握りつぶしたくなる衝動のことを指すんだそうだ」

「え? それってつまり、カルムは俺のこと握りつぶそうとしてるってこと? こわぁ」


 そんなことを言いながら逃げようとしたら、また頬をわし掴まれてムニムニされた。今度はちょっと長めに。


 それから何やかんやで結局は風呂に入ることになり、一応の線引きとして、俺は手ぬぐいを体に巻くことにした。とはいえ風呂場にあるのは白い布地のものばかりで、どうしても透けてしまう。

 どうしたもんかと考えていると、「ほら。これを使え」と、カルムがイベント限定のグッズであるピンク色の手ぬぐいを貸してくれた。


 デカデカと『セーア推し』と書かれているのが、なんというか非常にいたたまれない。


「カルム、こっちのグッズも集めてるの?」

「当たり前だ。お前に関するグッズは出来る限り収集すると決めている。セーアのだって対象内だ」

「さ、さすがに服は……」

「何着かは持っているぞ。もちろん娘用にだけどな」


 娘用……。コレクション目的とはいえ、もう五歳以降の服を用意しているのか。準備が早いな。

 そう思った直後に、自分の子供時代のことを思いだした。そういえば俺が地球(向こう)で生まれたばかりの時にも、二~三歳向けの絵本とかがすでに置いてあったっけ。母さんの趣味だったのかな。


「なあウェス。仕事は楽しいか?」

「えっ? あぁ、うん。最近はすっごい楽しいし、やりがいも感じてるよ」


 慌てて意識を引き戻し、カルムに抱えられながら浴槽に浸かる。

 水面には緑色で皮が厚めの柑橘類が三つばかりプカプカと浮かんでいた。訊けばカルムのお土産だそうで、はるばるニオ村から送られてきた物らしい。


 新しく栽培を始めたものの、先日の台風で半分ぐらいがやられてしまったので、こうして傷んだものを村民が風呂用に使っているんだとか。

 その一部を、メルダ師匠のために村長が送ってくれたんだそうだ。


 皮の切れ込みから漂う爽やかな香りを楽しみながら、今日の出来事を思い返す。


「今日のイベントでもな、友達が増えたんだ。『ウィルケンヴィネップス』っていうブランドに所属している女の子で、シェリナっていうんだ。態度がちょっとキツいんだけど、悪い子ではなさそうだし。次はお煎餅を持ってきてくれるって言ってた!」

「『おせんべい』! 知っているぞ、神託者の著書にけっこうな確率で出てくるやつだ! ウェスも好きなのか?」


「うんっ、めっちゃ好き! 醤油味も塩味も好きだし、濡れせんべいも好き! おかきも食べたい! ザラメの付いたやつも! 何なら骨せんべいだって好き! ……あっ、骨せんべいだったらすぐに再現できるじゃん。あとでエチェットに伝えておこう」

「ホネ、せんべい?」

「魚の骨を揚げたおつまみだよ。夕飯のついでに作れるから、母さんがよく食べさせてくれた」

「おつまみ……いいな。作り方を教えてくれるか?」

「うん。って言っても、本当に油で揚げて塩を振るだけだぞ? 揚げる前に片栗粉や小麦粉をまぶすと、よりカリッと感が出て美味しいんだって」

「なるほど。さっそく後でやってみよう」

「そうだな! 父さんもたぶん……」


 食べるだろうから、お酒と一緒に用意してあげよう。

 そう言いかけて、本人がいないことを思い出してしまった。代わりの言葉を口に出せない俺を見て、カルムが湯船に浮く柑橘類のひとつを手に取る。


「ウェス。俺でよければだが、今日のイベントであったことをたっぷりと教えてくれないか。……本当は雄大が良いんだろうけどな」


 その手にある柑橘類が、なぜか俺の頭の上にポンと置かれた。


「……なんで俺の頭に置くんだよ?」

「可愛いかと思ったんだ」

「カルムにも置かせろよ。そんで、バランス勝負な。先に頭から落ちたほうが負けだ」

「負けたらどうなるんだ?」

「今日のミニライブで歌った曲を振り付け込みで歌う。それが罰ゲームだ」

「勝ったら?」

「骨せんべいゲット」

「俺が作るんだが……?」

「勝てばいいんだよ勝てば」


 そうして俺たちは風呂場でバランス勝負を始めることになり、互いに押したり、くすぐったりといった攻防を繰り広げた。

 結果は俺の負けで、渋々ながらリビングで代表曲の『ピィニア』を振り付け込みで歌った。もちろん衣装を着て。


 カルムは例の手作りうちわを持ってあの時と変わらない熱量で応援してくれて、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、やり切ったご褒美として骨せんべいを半分以上わけてくれた。


 途中でエチェットとユエリスが帰ってきて、また喧嘩が始まってしまったけど……そんな騒がしさもあってか、彼らのおかげで、俺の沈んだ心は少しずつ浮上してきていた。


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