勇者監獄行き
「ちょっと待て。雄大を連合の地下牢に拘留するって……一体どういうことだ!? 雄大は罪なんて犯していないじゃないか、むしろ体をかってに使われただけの被害者で……!」
「……今しがた説明したとおりだ。これより御崎雄大の身柄は、我々神託者連合が預かる。そいつの身柄を引き渡さないつもりなら、たとえ勇者一行だろうと例外なく処罰の対象になるぞ。……いいのか?」
カルムの疑問を無情にもそう遮ったその男は、傍らに待機しているクルセイダーズの部隊に目配せをした。
彼ら兵士は雄大を担いでいるカルムへとにじり寄ると、剣の柄に手を掛けながら、「こちらへ引き渡せ」という無言の圧をかけてくる。
納得がいかずにじりじりと後退していくカルムとエチェットだったが、しかし、周囲はすでに取り囲まれてしまっている。逃げ場など何処にもない。
「……せめて、雄大が目覚めるまで待ってくれてもいいじゃないか。親子を無理やり引き離すようなものだろう、こんなのは。あまりにも可哀想だ」
肩に担いだ雄大の肉体を離すまいと力を込め、やや挑発的に見返しながら、カルムは脳内のデータベースからこの男の情報を導き出した。
神託者モルカン・ハーンド――連合のなかでも厄介なほどに自他ともに厳しい人物として知られている男だ。厳格さにおいては『裁判官』と渾名されている現リーダーのユティウスも負けてはいないが、こちらの事情を考慮して判断してくれるぶん、まだこの男よりは優しいと言えるだろう。
「ほかの神託者はなんと言っているんだ? まさか、お前の判断にすべてを委ねられているわけじゃないだろう?」
「……『おまえ』だと?」
もとより吊り上がった赤紫色の瞳をより細め、モルカンはカルムを睨み付ける。
「身分をわきまえて口を慎め、この冒険者ふぜいが。お前ら冒険者は、敬語を使うことを覚えない下層の生まればかりだからな。〝舐められないように〟だか何だか知らないが……」
「カルムは村長の子供です! いずれは継ぐ予定で……だからっ、けっして下層の生まれなんかじゃありません!」
彼を庇い立つようにして、エチェットが勢いよく身を乗り出した。
カルムの故郷である『ルタニーア村』は、すでに地盤崩落の災害によって村ごと滅びてしまっている。だから、継ぐことなど本来だったらもう叶わない――というのは、エチェットもよぅく知っている。
それを分かっているうえで、あえてこれからの展望も含めて、エチェットはカルムのことをそう語った。
妻のメルダと結婚をしたことで、彼は将来的には現在の居住地であるウッドリッジから離れ、メルダの生まれ故郷であるニオ村への移住を考えている。
子供をゆっくりと育てながら妻の故郷に身を置くことで、ともに末永く村を守っていきたい――そんな彼の想いを知っているエチェットだからこそ、『下層の生まれ』なんていう彼への暴言は聞き捨てならない。
「この人は初代神託者の夫であり、いずれは村の長になる男です! ……現在の長が厄介で、なかなか立場を譲ってくれそうにないですが……。身分と言うのなら、そっちだって神の遣いらしく、敬いたくなるような態度をして下さいよ! さっきからずうっと高圧的だし睨んでくるしで、あなた、どっちかというと邪悪寄りじゃないですか!」
「ちょっ、エチェッ……!」
「ちなみに私も勇者ウェスティンの妻になる女なので、身分ならじゅーぶんにあると思います。……で。この件について、他の神託者様のご意見をお訊きしてもよろしいでしょうか?」
カバンのポケットから幾つかの通話機を取り出したエチェットは、そのうちの一つを耳へと当てた。
「こう見えて私、けっこう社交的なんですよ? 神託者のお姉さま方とも仲良しで、色んな交流を持っているんです。『ドージンシ』っていうのも、一緒に作っているんですよ。……ポルカ様のサークルに所属していて、イベントの準備なんかもお手伝いしているんですけど……。知りませんでした?」
ポルカと聞き、モルカンは「チッ!」と軽く舌打ちをした。
生前はキャリア・ウーマンとしてバリバリ働いていた女性であり、物品の流通・販売を指揮しているおかげで連合のなかでもそれなりに発言権があり、また周りから『姉御』としても慕われている人物だ。
堅物なモルカンとは違って人望があるので、出てこられるとなると、むしろこちらの立場が危うい。
そもそも雄大の強制連行については、任されたのは事実だが――リーダーのユティウスから、「なるべく穏便に」という指示を受けている。
それを無視した形での行動だったので、バレるとあとで面倒なことになってしまう。
モルカンの顔にいっそうの焦りが浮かぶ。
「お前らの都合などどうでも良い、早く身柄を引き渡せ! でないと……!」
「乱暴にしないように、と……ユティウスから、そう言われていなかったか?」
後方から落ち着いた声が聞こえてきて、クルセイダーズの部隊は揃って敬礼をした。
神託者チグルス――旅の頃からカルムやエチェットとも交流があり、何度も食事をしたりする仲だ。イオニアと犬猿の仲であることで知られているが、なぜか互いの代役をしたり、セットで出てくることも多くあって、本当の仲についてはいまいちよく分かっていない。
今回もどうやらイオニアの代わりとしてやって来たらしく、チグルスはふたりを守るようにモルカンの前へと立った。
「君はいささか口が悪いな。ちゃんと事情を説明しないと、彼らだって混乱するだろう。……失礼をしたね。カルムくん、エチェットくん。僕から説明をしようか」
よく見知った人物の登場に、カルムは自身の中にあった焦りや不安がいっきに解消された気分になった。
もちろん、雄大の件についてはそれでも納得がいかないが――モルカンに無理やり雄大を持っていかれるよりは、まだ理解ができる。
「連合の地下牢に雄大を拘留するのはね。あそこがどんな能力を持った人物であろうと、対処できる場所だからなんだ。僕らはこれから雄大の肉体を徹底的に調査し、彼のなかに『反神託者組織』のメンバーがいるのかを調べなくてはならない。いなかったらそのまま、君たちの元へぶじに返すことになるが……」
チグルスはその先を言わずに押し黙った。彼自身もまた、言いたくはなかったのだろう。
なにかを言いかけたエチェットを押し留め、カルムはそっと雄大の肉体をチグルスへと差し出す。
「ちょっ、ちょっとカルム! このまま渡しちゃっても本当にいいんですか!?」
「現状においては、俺たちの力ではどうしようもない。複数の神託者に任せるしかないだろう。……いないと分かれば戻ってくるんだ。だったら、あいつらが心から安心できるように。我慢して、今は雄大を預かってもらったほうがいい」
その静かな声音にエチェットはもう何も言えず、ただ黙って、遠ざかっていくチグルスたちの背中を見送ることしかできなかった。
しばらくは無言で眺めていた二人だったが、ふいにカルムがエチェットのほうを向く。
「エチェット。雄大が戻ってくるまで……かわりに俺が、ウェスたちの傍に居てやれたらと思う」
「奥さんはいいんですか? お腹にお子さんがいるのに?」
「……あいつもたぶん、『そうしてくれ』と言うと思った。ウェスについては、あいつもかなり心配しているからな。子供は……もしもそのあいだに産まれてくるようなことがあれば、また事情が変わってくるが」
「まったく。雄大さんをみて父親になったせいか、あなたの父性もヘンに爆発していますね」
「変、なのか?」
困惑の表情で見つめてくるカルムに笑いを返し、エチェットはイベント会場がある方向へと歩みを進めだす。
「変ですよ。でも、オザキ家ではそれが当たり前ですから。あなたもきっとそういう父親になるんでしょうし、成哉くんも多少は気持ちが晴れると思います。だから……しばらくは、傍にいてあげて下さい」
振り返ることはなかったが、エチェットの声は少しばかり震えていて。
カルムは急いで横に並ぶと、その背中にそっと手を添えた。
「なんですかこの手は。いらないです」
瞬時にペシリと叩かれてしまったが、何も言い返さずになおも手の位置を戻すと、エチェットは不満そうにしながらも文句を引っ込めた。
そうして並んで会場へと戻った二人が聞かされたのは、セーアことウェスティンが舞台袖に戻った直後に倒れたという、衝撃の一報だった。




