わたしが輝ける道へ・後編
メイン・ショーも終わり、いよいよ【クライマックス】。
普段のピュティシュ・アルマの装いとはまた違ったお人形たちのランウェイは、イベントらしい大きな盛り上がりをみせた。
『おもちゃの人形』というとどうしても子供向けに感じられるかもしれないが、どの衣装もちゃんと大人でも着られるような、シックな雰囲気のデザインになっているから流石だ。ピィニアのコンセプトに合わせたのもあるんだろうけど、アンティークのおもちゃが多いのはそのせいだろう。
クリスマスめいた色味の、赤と緑のツートーンカラーのくまさんは、端切れとレースで作られたお洒落なマントを。
兵隊のお人形は、ダークグリーンの渋い色合いの布地と真鍮のボタンが格好いい、軍服風のドレスを。
おままごと用の赤ちゃん人形は、前掛けに見立てた襟が可愛らしい、少女向けの寝巻き風ワンピースを。
それぞれが身に付けていて、色味のゴチャゴチャ感も相まって、なんだか余計にメルヘンチックだった。
〝大人のカラダと少女性の同居〟――それがピュティシュ・アルマの元々のコンセプトなので、アンティークのおもちゃという題材を選んだのは、なるほど確かにこのブランドらしい。
「……みなさん。そろそろ、クライマックスですよ」
近くにいたマネージャーのアーシュアさんが声を掛けてきた。
すでに俺たちは衣装に着替え、メイクや髪型などもそれ用に変えて、更衣室からまた舞台袖へと戻ってきている。
あれほど人でごった返していたこの場所は、モデルの大半が出番を終えている関係で、ゆとりのあるぐらいにまで人の数が減っていた。けれどその閑散とした感じが、いよいよショーの終わりを表しているようでよけいに心臓に悪い。
【クライマックス】――ショーのなかでも一番見どころとなる部分だ。デザイナーにとってのこれぞという渾身の作品や、トレンドなどの、客の興味関心を引きやすいものがここで披露される。
「……流行、か……」
「えっ? 何か言いましたの、セーアちゃん?」
俺のなにげない呟きに、下を向きながら必死に両ひざを擦り続けていたチェルがパッと顔を上げた。
いざ出番が近づいてくると、さすがのチェルでも緊張を隠せないらしい。フィノは大丈夫かなと思って横をちらりと見てみたら、極限まで体をちぢめて「わたしは貝。わたしは貝。わたしは貝……」と怪しい独り言をずっと呟いていた。あんまり大丈夫ではなさそうだ。
「ううん。トレンドとして出して貰えるなんて、光栄だなーと思って。セーアたちが衣装を着ることで、周りの子供たちが触発されてそれを着始める。結果的に流行ができる……それって、凄いことだよね?」
「わたくしたちが、トレンド……」
チェルの両ひざを擦る手がしだいにゆっくりになり、動きも止まった。
拳はきゅっと握られ、期待を表すかのように胸元に添えられている。
「それじゃあ……堂々と楽しんでいかないと、この時間が勿体ないですわよね!」
「うんっ! その意気だよチェル!」
「フィノも楽しみましょうっ! みなさん、トレンドのわたくしたちを見に来て下さっているんですのよ!」
緊張は無事にほぐれたらしく、チェルは体を丸めて貝になっているフィノの腕を引っ張りはじめた。
やや自信過剰な考え方かもしれないけど、緊張をほぐすためだったらこのぐらいでいい。そういう都合のいい思考転換がうまいことできるようになれば、チェルも、いずれはフィノだって――……。
「――――……ちゃん。セーアちゃん、手っ!」
「えっ?」
「にぎって。お願い」
考えに没入していたようで、気づけばチェルとフィノは片手で強く手を握り合っていた。そのふたりが空いたほうの手を、「こっちこっち!」といった感じにグーパーさせている。ここに立ってくれと、そういうわけか。
右手をチェルと、左手をフィノと握り合う。「「「いっ、せー、のー、でっ!」」」互いに握り合った両手を上に掲げる。
「「「三人でええぇっ、ピィニアぁぁぁぁぁ!!」」」
「みなさん、出番ですよ! 頑張って下さい!」
アーシュアさんの励ましを背に受けながら、綺麗になったステージの上へと躍り出る。
とたんに一部の照明が青色に変わり、雪の結晶の形に変わった。照明とスモークによって冬の季節を再現しているんだ。
「ダンスを、踊るように……!」
先陣を切らなければいけないチェルが、決意の表情で抱いていた黒猫のぬいぐるみをそっと地面に立たせる。
ただのぬいぐるみなので、本来ならば立つわけはない。けれどチェルはそのまま、俺と目配せをしてからパッと通路へと一歩を踏み出した。
軽快にステップを踏むような足取りで、時おりくるりと一回転を混ぜながら、毛皮のスカートをふわふわと風になびかせて歩くチェル。
そのスカートの広がりと、おしりから伸びた長い黒猫の尻尾が彼女のダンスに動きを加え、よりシーンとして印象づけるものになっていた。
彼女の周囲にはヒーローショーの際に呼び寄せた、たくさんの風の精霊が漂っている。
彼らがぬいぐるみを支え、動かすようにして遊んでいるんだ。普段近くにいる数では、動かすどころか立たせることも不可能だっただろう。けれど風は、大きくなればなるほどに物体を動かせるし、飛ばせる。
「いくねっ、セーアちゃん!」
チェルがふわりと浮き上がったぬいぐるみとキスをしたのを見て、二番手のフィノがやや硬い表情で歩きだした。
その動きと連動する形で、傍らのクマのぬいぐるみもひょこひょこと彼女を追っていく。たまに後ろを振り返りながら、歩幅を合わせ、ランウェイをまっすぐに歩いていくふたり。
途中でチェルとすれ違った際には、互いにハイタッチで応えていた。完全なアドリブだけど、ふたりの楽しそうな雰囲気を含め、これは良い演出だったと思う。
「…………よしっ…………!」
問題なく進められていることに、俺は手ごたえを感じていた。
フィノがぬいぐるみを抱き上げてキスをし、それを合図として俺もランウェイへと身を投じる。
緊張からずうっと胸元に抱きしめていた、二体のうさぎのぬいぐるみの片方を肩へと乗せ、もう片方を地面に座らせる。
「チェルたちとランウェイを歩いてくれてありがとうな。……あとは、俺だけだから。もうちょっとだけ俺の仕事に付き合ってくれ」
座っているぬいぐるみをそっと撫でると、嬉しそうにぴょこんと立った。役に立てているとわかって喜んでいるんだ。
――みんな、ぼくらのことみえないのに、みてる。いーっぱいみてる!
――ウェスたちとあそぶの、たのしぃ!
「こらこら、遊びじゃないって。仕事なんだからな?」
すでに精霊の存在を視認できなくなった現代人が、自分たちが動かすぬいぐるみを見て、「動いてる!」「可愛い!」とはしゃぎ、通りすがりに手を振ってくれているのがよほど嬉しかったんだろう。ランウェイを歩き終わっても、彼らはチェルやフィノ、ぬいぐるみの傍から離れなかった。
そんな彼らが動かすぬいぐるみと一緒に、颯爽とランウェイを歩いていく。
まっすぐな線の上を、軸をブラさずに歩いているイメージで。いずれは必要になると思い、仕事外でもこれまで何度も練習を重ねてきた。あとはその結果を、演技とともに乗せるだけ。
通路の突き当りまで行き、大仰な仕草でスッと右手を空中へと掲げる。
手のひらは下、目線ぐらいの位置で固定。肩に乗っていたぬいぐるみが、腕にしがみつくようにしてスルスルと手のひらのほうまで移動してきた。
「……ほら。みんな、お前たちを見てるぞ」
もっとよく見える位置にまで手を掲げると、ぬいぐるみは今まで怯えていたかのようにそっと客のほうを見てから、俺にしがみついたまま客に片手を振り出した。
ぬいぐるみが動いているというだけでも騒然としていた客席から、「かわいいー!」という黄色い悲鳴と一緒に、子供の喜ぶ声が響く。
「ママみて! うさぎさん、てぇふってるよ! みてみて!」
「本当に凄いわね。どんな魔法かしら? 『頑張ってー』って、手を振り返してあげたら?」
「うんっ! うさぎさん、がんばってぇー!!」
あどけない声援を受けながら、ぬいぐるみに――……精霊に労いのキスをする。
「こっ、これはあくまで演技だからな。ちゃんとしたご褒美は、紙ヒコーキだから。ちゃんと作って飛ばすから」
恥ずかしさのあまりちょっと早口になってしまった俺の小声に、それでも精霊たちはとても嬉しそうにこう答えた。
――うんっ! チェルとフィノもいっしょにね。やくそく!」
「おいこら。約束増えてるぞ」
そしてクライマックスもあっという間に過ぎ、いよいよ結末のフィナーレを迎えた。
俺たちピィニアと、三人の女性モデルさん。それから、たくさんの臨時モデルが数十名。彼らと一緒に、デザイナーであるイオニアさん――は残念ながら不在なので、居ないままに、客の前へとぞろぞろと並んでいく。
「……あれっ?」
これまで複数のブランドがランウェイを行っていたのもあって、さすがに違和感に気づいたのだろう。客のひとりが不思議そうに声を上げた。
「ピュティシュ・アルマって、デザイナーが神託者のイオニア・バーンズ様じゃなかったっけ?」
「そうだよな。こんな時にいないなんて、体調でも崩したのか?」
「ええーーっ!? 普通ここで、功労者のピィニアと握手をかわし合うもんじゃないの!?」
イオニアさん自身もファンの多い人なので、わざわざ彼に会いに来た人もそれなりにいたのだろう。ポッカリと空いた前側のスペースが、なんとも空虚で寒々しい。
通常ならここでデザイナーが前へと出てお辞儀をし、話題を掻っ攫った一部のモデルと握手をするなど、色々とやることがあった。
けれどそれも無いままに、俺たちは客へと深くお辞儀をし、手を振りながらこの場を去ろうとした。
「――えっ、あれ??」
俺とおんなじ声が、客席からも複数あがった。なんと舞台袖から、各ブランドの人気モデルがぞくぞくとステージの上に現れたからだ。
さすがに全員ではなかったものの、ひとつのブランドにつき二・三名がここに集結している。まっさきにこちらへと歩いてきたのは、冒険者向けのギャル系ブランド『アズリア・アズ』に所属している、パルナさんこと『パルちゃん』だった。
ストリートアートみたいな派手なペイントを施したピンク色の鎧に、ふわふわと揺れる大きなリボン付きの白いチュチュスカート。『カワイイもの』をゴテゴテと貼り付けて仕上げた、機能性を完全に度外視したデザイン全振りの革靴。
そんな自由奔放さが前面に表れた強烈なコーディネートは、客の注目をさりげなく彼女へと集めている。
そんな彼女の隣にいたのは、若い男性向けのブランド『シルクドリップキス』の所属モデルであるジュネさんだった。
彼は俺たちのところにまで辿り着くと、前へと出ようとするナファル・シルスの二名を押し留め、俺たちの背中をそっと押す。
「……今回のイベントの功労者は、間違いなくあなたたちですから。前へと出て、ちゃんと拍手と称賛を浴びて下さい」
「で、でも……」
「本当だったら、もうとっくにイベントは中止になってたでしょ? でも、こうしてみーんなが残ってくれた」
チェルの肩を抱き、フィノの背中を支えながら、パルナさんが囁く。
「途中でやめちゃっていたら、きっと悲しむ人はたくさんいたと思うんだよね。……お客さんだけじゃない。わたしたちモデルも、携わったスタッフの人たちだって。関係者のみーんなが損をして、誰の心にも悔しさが残っちゃってたと思う。……だからね。こうして全力でイベントを支えてくれた、あなたたちピィニアに。深い感謝の気持ちをこめて…………ありがとぉーーーーーーッ!!!!」
マイクもなしに声を張り上げ、俺たちに向けて大きな拍手をするパルナさん。
それに続いてジュネさんも手を叩きはじめ、やがて俺たちの後方に控えるモデルさんからも大勢の拍手があがった。
「ありがとおおおぉーーーーーーっ、ピィニアあああああぁぁぁぁーーーーーーー!!」
「最後まで楽しませてくれて、本当にありがとぉーーーーっ!!」
客からもそんな声とともに拍手喝采が起き、俺たちはまた深く深くお辞儀をして、それから他ブランドのモデルさんたちと一緒に、舞台袖へと戻ったのだった。
――こうして異世界ヴァルアネスでの、初の公演となるファッション・ショーが終わった。
誰にとっても、なにもかも初めてのイベントだった。とちゅう予期せぬ出来事が起こり、下手をすると怪我人が出かねない状況にまで追い込まれたけど……セーアとして。いちモデルとして、俺はお客さんの前で在り続けられた。
チェルにフィノ、それから家族たち。
みんなの協力があってようやく成し遂げられたイベントだけど、唯一気がかりだったのは……。
「…………えっ? ちょ、ちょっと待って下さいアーシュアさん。今、いったいなんて?」
「ですから……」
俺の問いかけに多少言いづらそうにしてから、アーシュアさんはもう一度、おなじ言葉を口にする。
「ユーダイさん……。御崎雄大さんが、先ほど……神託者連合の地下牢へと、拘留されたそうです」
――地下牢。拘留。
そんなファッション・ショーという華々しい場所での成功体験から一転、重くのしかかってきた現実は、俺の意識を薄れさせるのには充分だった。
「せ、セーアちゃんっ!?」
「セーアちゃん、しっかりして下さいませ! セーアちゃん、セーアちゃんッ!!」
イベントがぶじに終了し、舞台袖に引っ込んだあと。
俺はアーシュアさんに父さんの行方を訊き、その身柄がいま、どこにあるのかを知ったのだった。




