わたしが輝ける道へ・前編
いよいよ残すは、俺たちが所属するブランド『ピュティシュ・アルマ』のランウェイだけとなった。
ランウェイというと、あまりファッションに関心のない人にとってはただ奇抜なデザインの服を着て、細いステージの上を並んで歩いているだけにしか思えないかもしれない。
けれど実はショーによっても、各ブランドが用意した個別のテーマやストーリー構成なんてものが存在する。
そのテーマに沿った演出を用意し、ショーとして分かりやすく客に伝えるために、起承転結の流れを明確に作るのが一般的だ。
ショーというのはおもに、物語性を持った四つの構成から作られている。
まずは全体的なテーマを明示する【オープニング(導入)】から始まり、ブランドの世界観を深く表現するための【メイン・ショー(展開)】。
見どころとなる最新のトレンドや、もっとも印象に残るような衣装を披露する【クライマックス】。
そして最後に、全員のモデルと、デザイナーとが並んで登場する【フィナーレ(結末)】で締められる。
以上が、おおまかな流れだ。
現在はオープニングの序盤のほう。俺たちピィニアは大トリの扱いなので、出番は後半のクライマックスあたりになる。
それだけに演出がけっこう大がかりになるので、先ほどマネージャーに言われたとおりに万が一にも失敗しないよう、確認のためにプログラムを読み込んでおく。
俺が黙々と冊子を捲っている横では、チェルとフィノが柱の陰から窺うようにして、舞台の上を覗いていた。
「あんなにガラスが散らばっていましたのに。ステージの上が、とぉーっても綺麗になっていますわ!」
「うん。ピカピカのツルッツルだね」
「たった一時間でこんなに綺麗になるなんて。まるで魔法みたいですわね!」
「使ったのかもしれないよ、掃除魔法。業者の人もゴミ屋敷の片づけでよく使うみたいだし」
「夢がない話ですわね……?」
とまあ、そんな会話を繰り広げている二人。
今のところはあまり気負っていなさそうで、少し安心した。舞台の上ではまた違ってくるかもしれないが、チェルは言わずもがな、フィノも最初と比べると、かなり胆力が付いてきている。
これだったら、「ひとりでも舞台に立てるようになりたい」といった彼女の夢も、そのうち叶えられそうだ。
「ねっ、セーアちゃん! あの量があっという間に片付くなんて、魔法みたいですわよね!?」
「うん、そうだね。セーアたちのために頑張ってくれたんだよ、スタッフさんが」
「差し入れ、もうちょっと持ってくれば良かったですわ……」
キラキラと輝いていたチェルの表情が、少し申し訳なさそうに曇る。
おなじモデル相手に限らず、スタッフにも差し入れの準備を怠らないなんて、その徹底した優しさがチェルらしい。
スタッフたちの努力の甲斐もあって、問題の落下物はすでに撤去されていた。
あんなに荒れていたステージの上は何もなかったかのようにピッカピカで、撮影会から少し時間を置いたことで、舞台の形も大きく変わっている。
さっきまでは『ルーフステージ』と呼ばれている、いわゆる野外ライブというと一般的にイメージされるような、屋根付きの簡易ステージ――向こうの世界でいうところの音楽フェスなんかや、大きめな学園祭でもよく使われていたらしい。俺もテレビで見た記憶がうっすらとある――の形になっていたが、今は客側へとせり出すようにして、三人が並んで立てるぐらいの細い通路がまっすぐに伸びていた。
上空から見るとちょうど、ステージがT字型になる感じだ。
ここはモデルが歩くための専用のステージで、『ランウェイ』、もしくは『キャットウォーク』と呼ばれている。
このイベントはあくまでファッションショーなので、このせり出した通路が設置してある状態が基本だ。
けれど今回は特定のグループがミニライブを行うことになっているために、客の全員が見やすいよう、ライブを行う際にだけ限定的にこれを外している。通常は長方形の舞台だが、こうして用途に合わせて付け足せるよう、滑車付きの通路も備えたステージになっているんだそうだ。
それを幾人もの現地スタッフが、力技で動かしながら設置をしている。
ちなみにそのグループというのは、男性向けのブランド『シルクドリップキス』から生まれた三人組の大人気ユニット・トライデントと、俺たちピィニアだ。
二回も重たい滑車付きのボックス通路を運ぶだなんて、裏方業っていうのは本当に重労働で大変だ。頭が下がる。
「……あっ! セーアちゃんたち、いたぁ!」
後ろから名前を呼ばれたので振り返ると、一緒に会場入りをした三人の女性モデルさんが、俺たちに向かって駆け寄ってくるところだった。
すでにオープニングは中盤へと差し掛かり、メインショーの準備が始まろうとしている。そのために用意された衣装だろう、彼女たちは手染めの毛糸で編まれた、ふんわりとしたニットドレスを着ていた。
今回のイベントにおけるピュティシュ・アルマのテーマが、「手作りのあたたかさ」だからだろう。
これから寒い時期に入ってくるので、店側としては、秋冬用の新作衣装を押し出したい。
そんなこちらの思惑と、今回のイベントのメインとなっているピィニアとのコンセプトに絡め、毛糸や端切れ・毛皮などの冬季を思わせる身近な材料を使った、「お人形のための手作り服」をイメージして、衣装のデザインと制作をしている。
つまりはまあ、俺たちピィニアにならい、ピュティシュ・アルマのモデルは全員、今回だけおもちゃのお人形という設定でメイクをしているというわけだ。
彼女たちもその例に漏れず、流行りの着せ替え人形風にメイクや髪型などがスタイリングされていた。
「よかった。伝えなきゃいけないことがあってね」
以前の顔合わせの際に、俺を抱き上げて頬ずりをしていた赤いドレスの女性が、息を荒げながら話し出す。
「私たち、さっきショーのオープニングに出たばかりなんだけどね。通路の境目……たぶん、三番目と四番目のあいだぐらい。ほんのちょっとだけど、段差ができちゃっているみたいなの。大人の足だったら問題ないと思うんだけど……セーアちゃんたちぐらいの子供だと、ほんの少しの段差でも躓きやすいから。気を付けて歩いてね!」
そう忠告をすると三人は、忙しそうに身を翻しながら舞台のほうへと消えていった。
モデルの数があまり足りていないそうなので、これからはしばらく出ずっぱりになるんだろう。所属モデルはさっきの三名と、俺たちピィニアとで計六名。ここにいる残りの数十名のモデルは、全員が臨時で雇った一般人だ。
こっちの世界ではまだファッションモデルという職業が浸透していないのもあって、そもそもの人数が圧倒的に少ない。
そのため、こういうイベント事になると、臨時でモデルをしてくれそうな一般人を大量に勧誘する。ここで待機しているのもほとんどが見たことがない顔なので、仕事に慣れた大人モデルの三人をローテーションで回し、俺たちピィニアはここぞという場面で登場。
あとは、臨時のモデルで場を埋める――といった感じなんだろう。
もうちょっとウチの所属モデルが増えたら、彼女たちの負担も減りそうなんだけど……フィノを勧誘する前にも面接でけっこう落としていたし、美人なら誰でもいいというわけでもないんだろう。
一般人とはいえもちろん、彼女たちだって事前にウォーキングの仕方や、演技などはきちんとした指導を受けているが……業界の人材不足感は否めない。
「セーアちゃん。チェルさん、フィノさん! そろそろ衣装やメイクのご準備をお願いします!」
「「「はっ、はい!!」」」
アーシュアさんに呼ばれ、俺たちは急いで舞台裏から衣装が用意されている更衣室へと向かった。
ドアを開けると、奥の壁際には三つの子供型のトルソーが並んでいた。そのどれもに、ふわふわとした柔らかな毛皮が付けられた、ぬいぐるみ風の可愛らしい衣装が着せられている。
「わっ……! すてき、とぉっても可愛いですわ!」
「袖とか襟に毛皮が付いてる。あったかで、もっふもふだね」
「ええ、ほんとうに! セーアちゃん、見てみて! もふもふのふわっふわですわよ、ほらほらっ!」
「…………あぁ。うん…………」
あれ? 初期のデザインとちょっと違う。
ちょっと、というか……まえに構想段階のものを見せて貰ったことがあるけれど、初期案ではもうちょっと、毛皮は控えめに付いていたはずだ。あくまでも「冬の装い」といった感じの日常的に着やすそうなデザインで、俺も「これならそんなに恥ずかしくないかも」とか思った記憶がある。
それがかなりの変更が入ったのか、毛皮が占める割合がだいぶ広くなっていた。
大きめの襟も、袖口もスカート部分も、ぜんぶがもふもふの毛皮生地になっている。いつかの衣装と同じでスカートの後ろ部分には大きめな尻尾があり、襟元をかざるリボンの先端にも丸いポンポンが付いている。
秋冬用の衣装だからか、太めの糸で編まれたレースがポイントとして、袖や裾のふちを飾っていた。
「セーアちゃんの衣装、まっしろでふわっふわだね。かわいー」
「本当にウサギさんみたいですわね。このヘッドドレスも付けるんですのよね?」
ハンガーラックにはこれまたファーで作られた暖かそうなヘッドドレスがぶら下がっていて、ご丁寧にうさ耳までくっ付いている。
同じデザインでもチェルは全体的に黒色で、頭部と臀部にはネコ耳にネコ尻尾。フィノは薄めのブラウンでクマ耳クマ尻尾と、ちゃんとそれぞれのイメージを強く押し出している。それから防寒具として、ケープ(背中の半ばまでを覆う小さめなマント)もセットになっていた。
「なんか…………今回の衣装、だいぶ攻めてない…………?」
質問というよりも、ほぼ独り言みたいな感じで言葉が滑り出た。
だって靴下にまで毛皮が付いてるんだぞ。こんなモフモフでフワフワした真っ白なやつ、どう考えても女装男子が着ていいシロモノじゃない。
「イベント用の衣装ですからね。目立たせるためには、過剰なぐらいに可愛くしないと」
アーシュアさんは、俺を見下ろしながら薄く微笑んだ。
「大丈夫。似合っていますよ」
「まだ着てないんですけど?」
「そこのテーブルにあるぬいぐるみは、演出のための小道具ですから。手順は分かっていますよね?」
ツッコミも虚しく、彼は俺を無視する形でテーブルの上に置かれている物を指し示した。
俺たちぐらいの身長の子供が抱いてちょうど良いぐらいの、中くらいのサイズのぬいぐるみだ。ウサギとネコとクマ。俺たちと同じヘッドドレスとケープを身に付けていて、だいぶ細工が凝っていて細かい。
「この子たちを動かせばいいんですよね。一緒にランウェイを歩いている、っていう感じで」
俺の答えに、アーシュアさんは満足そうに頷いた。
「そうです。セーアちゃんはなるべく神秘的に見せたいので、二体ぐらいを使って従者風に侍らして下さい。チェルさんは元気なお嬢様といった感じで、見せ場にはぬいぐるとダンスを。フィノさんは背伸びをしなくていいですから、ちょっと自信なさげな感じでクマと歩いてきて下さい。……で、通路の突き当りまで行ったらしゃがんで」
「クマさんにキスをして、スキップで帰る。……だったよね?」
「ええ。ちゃんと覚えていて下さって何よりです」
ちゃんと俺たちが演技内容を把握していることが嬉しいんだろう、どこかいつも以上に熱が入っている。
「いいですか? あなたがたの演出の見せ場はキスシーンです。 セーアちゃんは、従者にご褒美を授けるように。チェルさんはダンスと絡めてドラマチックに。フィノさんは、相手や自分を励ますように、優しくキスをして下さい。……なにも派手な演出や演技だけがすべてじゃありません。ピィニアのコンセプトは、「いつも、あなたの傍に」です。その純粋さと、温かさが感じられるような、絶妙にファン心をくすぐる、ちょっと特別でおトク感のある演技ができれば充分なんです」
それぞれに目をあわせ、まるで負けるなとでも言わんばかりに、彼は俺たちへと語りかける。
「緊張しているでしょうが……いつもどおりに、お客さんにサービスをするつもりで。もうひと頑張りいきましょうか?」
「「「はいっ!!」」」
「いいお返事です。もうすぐメイクさんが来ますので、衣装に着替えてお待ち下さい。セーアちゃんは、隣室をご用意していますが…………どうされます?」
「えっ」
どうされます……って訊かれても。
おもむろに話を振られ、いつも以上に返答に困った。答えは「別室」一択しかないのだが、現在の俺は女になっている。隠すものがなくなった今、あなたはいったいどうしますか? ……とかいう、善人性を計るための試練みたいな問いかけなんだろうか。
どうか俺を試さないで欲しい。
「ど、どうもこうも無いですよ。別室で」
「「えええええええええええーーーーっ!!?」」
横から猛烈なブーイングを食らった。
なぜだ、一緒に着替えるのって連れションのたぐいなのか。
「なんでまたセーアちゃんだけ別室なんですのっ!? いいじゃありませんの、女の子同士なんだから仲良くお着替えをしたって! そりゃあエチェットお姉さまに譲るべきところは譲りますけれども、わたくしはセーアちゃんのことを、あーんなトコロやこーんなトコロまで、余すことなく隅々まで知り尽くしたいと思っているんですのよぉぉっ!!」
「みぎにおんなじー」
フィノがよく分かっていなさそうな感じで手を挙げた。この子はともかく、チェルに関してはどこまでが本気なんだ。
さすがにシェリナみたいに、興味本位で過剰な行動はしてこないだろうけど……なんて考え、そこでいきなりスカート越しに触られた件をまた思い出した。
いやいやいやいや、絶対にない。チェルに限ってそれは無い、絶対にあり得ない。
チェルは賢くて品のある、非常に知性的で頑張り屋なお嬢様なんだぞ。シェリナみたいな生意気なガキんちょじゃないんだ、ちょっとおマセでミーハーなだけで。
「いまは知るべき時じゃないでしょ! ランウェイに集中っ!」
俺がビシリと一喝すると、ふたりは「「はぁい」」と不満そうに押し黙った。
言っておいてなんだけど、知るべき時ってなんだよ自分。うっかりハプニングでもバレちゃいけないんだよ、セーアにとっては最大のヒミツなんだから。
「セーアちゃんの言う通りですよ。チェルさん、フィノさん」
指で眼鏡を押し上げた涼やかな顔つきで、アーシュアさんも彼女たちをいさめる。
「そういうのは職場ではダメですよ。営業外にして下さい」
「そういう意味じゃないよっ!」
アーシュアさんのさりげないギャグ――ギャグでいいんだよな?――に、俺は頭を抱えそうになった。
この人まで平気で冗談を言ってくるようになったら、いよいよ俺の心労が加速する。お願いだから常識人のポジションでいて下さい。ほんとお願いだから。
「もぉー。外にまで大声が響いてたよ、キミたちぃ?」
「メイクさん!」
「ほれほれ、セーアちゃんはいつも通りに別室で着替えでしょ。衣装を持って行った行った!」
いつの間にか扉にもたれて腕を組んでいた、つねにポニーテールで腹出しスタイルの気のいいお姉さん……ことメイクさんが、俺を手で追い払うようにして促してきた。
ちなみに言っておくと、『メイクさん』というのは名前ではなく、彼女の職業名だ。
ややぞんざいな態度でもちゃんと俺のための助け船だと分かっているので、「はぁーい」と答えつつ、アーシュアさんの背中を押して外へと転がり出る。扉が閉まっても、チェルの文句は廊下にまで漏れ聞こえていた。
「なかなかに熱烈ですよねえ。チェルさんの、セーアちゃんに対する愛情は」
「愛情……なんですかね、あれ……?」
「愛情ですよ。何か彼女にとって、それだけ愛を向けるに相応しい大きなきっかけがあったんでしょうねぇ」
おおきなきっかけ……かあ。
更衣室でアーシュアさんに着替えを手伝って貰いながら、俺はチェルとの出会いを思い返していた。
仕事に対してひたすら憂鬱でしかなかった俺の気持ちを、一日足らずで変えてくれた黒づくめの女の子。
いきなり彼女と今日からグループを組めと言われて、最初はすごく戸惑ったけれども、あっという間に彼女の魅力に引き込まれていったのを覚えている。
お兄さんのことが大好きで、彼を支えるためにこれまで沢山勉強をしてきたというチェル。
「家業に携わりたい」という強い思いがあったうえで、彼女は俺の――セーアのことも憧れだと言ってくれて、俺と一緒に仕事をするために、モデルの勉強やポージングの研究なども欠かさずにしている。
かなりの努力家で、どんなこともある程度は出来てしまう才能だって、彼女にはあるんだと思う。
でもそれだけでは説明がつかない何かが、彼女の行動理由には隠されている気がした。




