呪剣グリオン
「きゃあっ!!?」
カルムとエチェットの傍らにいたシェリナが、突如として浮き上がった体に驚いて大声をあげた。ピンクの短めのスカートを押さえながらジタバタと暴れている。
「シェリナ!」
俺はそんな彼女を落ち着かせようと声をかけた。
「お客さんと一緒に上で見てて! あとでちゃんと、採点結果を聞かせて貰うからね!」
「なっ…………! しぇ、シェリナって…………呼び捨て…………!?」
あっけにとられた顔をしたシェリナは、フワフワと浮き上がりながら、顔を真っ赤にして憤慨した様子でこちらを指さしてきた。
「あ、あたしを呼び捨てにするなんていい度胸ねセーア! いいわよ、そう呼んでくれても。あんたは今日からあたしの正式なライバルだから…………ってぇ、止まりなさいよ! 恰好つかないじゃないのよおおおおおッ!!」
叫びながらプカプカと浮いていくシェリナ。やがてその姿はクルミ大のサイズほどになり、他の客と同じ位置で止まった。これで彼女が今後巻き込まれるようなことはないだろう。
「らしくもないぞ。ユエリスを泣かせるなんて」
それを遠目で確認してから、カルムが口を開いた。
俺と同じようにわずかな反応に気づいたのだろう。水色の切れ長の瞳をより細め、剣先を向けたままでカルムは、もう一度目の前の男に呼びかける。
「あの魔王との戦いで、ウェスティンが消えてしまったあと。お前を誰よりも支えてくれていたのは、他でもないユエリスだったじゃないか。お前はひどく自暴自棄になり、食事も睡眠もろくにとらずに、ひたすらに無意味な捜索を続けていた。あのときのお前には、誰の心配も……俺たちの声だって、届かなかったんだ」
なるべくなら攻撃ではなく、言葉で呼び戻したい――そんな気持ちがカルムにだってあるのだろう。
愛剣である雨斬の切っ先を向けながらも、その口調は諭しているかのように穏やかで、落ち着いていて。
ただひたすら真っすぐに、奥にいる父さんへ気持ちを伝えようとしているみたいだった。
「でも唯一お前は、娘の……ユエリスの泣き声にだけは反応した。抱きしめて頬ずりをして、そこでようやくお前は、ウェスティンが自分に遺してくれたものがユエリスだったと気づいたんだ」
「そうでしたね」
エチェットもカルムと同じようにして、肩に担いでいた愛用のトゲ付き銀槌をいつでも振り下ろせるように胸元に構える。
「ユエリスの存在を支えにして、あなたは……雄大さんはふたたび立ち上がった。そうして成哉くんを取り戻し、あなたには何物にも代られない、大事な宝物がふたつも出来たんじゃないですか。……そんな大切な子供たちをほうっておいて、あなたはそんなよく分からない女と一生を添い遂げるつもりですか?」
語る合間にパンパンと小気味よく手元に打ち付けてられていたハンマーの先端が、ビッと勢いよく黒ローブの男に向いた。
「愛妻の忘れ形見をほうっておくなんて……。美雫さんに対する裏切り、浮気と変わらないですよそれはっ!」
「見損なったぞ雄大!」
「んぎゃあぁ!」
指を突き付けて追い打ちをかけるカルムに加勢するように、ユエリスに抱かれたロズが鳴き声をあげた。
「んぎゃぎゃ、んにゃああぁっ!」
「ナヨナヨしてる雄大なんて嫌いだー、と言っている」
カルムがテイマーらしく翻訳をする。が……たぶん適当だろう。
これだけ好き放題に言われてもまだ、相手のあからさまな反応は見られなかった。しかしさっきのがもしも、見逃してしまうようなほんのわずかな、微弱な反応なんだとしたら……。
〈……いいね。いい兆候だよ、これは〉
ククリアが弾んだ調子の思念を送ってくる。
〈さすがは親バカだ。子供が大切じゃないのかと訊かれて、黙って反応しないでいられるような男じゃないんだよ。雄大は〉
「だな」
俺も希望が見えてきたせいか、自然と口元に笑みが浮かんでくる。
「さすがは子供を人質にとられて魔王に負けて、ふたつの世界を滅ぼされかけただけのことはある」
〈……それを僕に言うのかい? イルマニ神と合体した僕に?〉
少々不満げに言い、ククリアは思い出したかのようにふっと笑った。
〈まあ、あの久志が利用しようとするぐらいだ。『魔王公認の世界一の親バカ』っていうのは、まったく否定はできないんだけどさ?〉
「魔王エルディオと邪神公認、だな」
〈誰が邪神だって?〉
「おまえ」
即座に言い放ち、文句が返ってくるよりも先にマイクに口を近づける。
「みんなぁーーーーっ!! 応援、よっろしくねーーーー!!」
「「はぁーーーーーーーーい!!!!」」
〈おいこらこの……っ! 生意気だぞ成哉くん!? この愚弟めっ!〉
「勇者ウェスティン恰好良いー! キマッてるうううう!! 顔面つよーーーーい♡!! 将来有望ーーーー!!」
「「かっこいいいいいいいい!!」」
〈媚び媚びメス化男子! 暴力ツンデレヒロイン! 女体化したままのくせに! いっそ別世界線のキミみたいに爆乳お腹ぽってり太ももムッチムチになってしまえ! 今夜覚悟しておけよ、お前をママにしてやるからなぁぁぁッ!!〉
なんっか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたけど……まあいいや、勝手に言ってるだけだろ。
そう思い、とりあえず黒いフードの男へと意識を切り替える。相手は指の動きなんて気にも留めずに――やはり父さんが出たんじゃなく、単なる生理的な反応か何かだったんだろうか――おもむろに腕を掲げると、その右手のなかに禍々しい剣を出現させた。
「……なっ……!? あ、あれはもしや……!!」
それを見たカルムとエチェットが驚愕に目を見開く。
「あれは……いつだったか雄大が単身でダンジョンに赴いた際に、その百階層目で倒したやつの腹から出てきたとかいう……〝呪剣グリオン〟じゃないか……!?」
「た、たしか切り付けられたら傷口から腐っていくんだとか……。だから呪いの剣なんだと、ゆ、ゆゆ……雄大さんが、言ってました……!」
ガタガタと震えだした二人が、バッと勢いよくユエリスのほうを向いた。
「ユエリスッ、腐った傷口って治せるか!?」
「……んと……くさるって、なーに?」
「なんかグジュグジュになっちゃうことです!!」
「ぐじゅぐじゅ……? えと…………わかんない」
「「わかんない!!!??」」
ユエリスの治療が効くかも怪しい得物を前に、いよいよ青ざめだすカルムとエチェット。
父さんはたまに、家に忘れ物をすると能力を使って手元に呼び出すことがある。ユエリスのお気に入りのハンカチや、汚れた時用の予備の靴下、足りないぶんのおやつなど。
のどが渇いたとせがまれた時には、革製の水筒を。時には出かけた先で、昼食をとろうと家のテーブルを取り出してみせたこともある。
そんな日常的に規格外な能力を使っている人だ、こういう場面で使ってきてもおかしくはない……のだが、いかんせん出したモノが悪すぎる。
「あれってたしか、雄大が冒険者ギルドに持って行って、倉庫に保管して貰っていたヤツじゃなかったか!? 下手に触ると危険だから、扱いが決まるまではとりあえず、ギルド本部で預かるとか何とかで……!」
「そうですっ!」
突き出された剣先を転げるようにかわし、エチェットは若干半泣きになりながらカルムに言い返す。
「変な人に渡ってしまうと危ないから、慎重に協議を重ね、適切な場所で厳重に管理すると言っていました! だからまだ、協議中で……! ちゃんとした保管場所が決まっていなかったんですうううううううぅぅ!!」
「思いっきり変な人に渡ってしまっているじゃないか!? 一番預けちゃいけないやつだぞアレは!!」
ぎゃあぎゃあ言いながらも二人は、かなり連携のとれた動きで辛くも男の攻撃から逃げまどっていた。
しかしここはダンジョンでも戦場でもなく、多くの観客たちが派手なアクションを求めて見守っているステージだ。防戦一方では成り立たないと、チェルとフィノもそう理解しているのだろう。
「さ、さっきから逃げてばっかりですわよ!?」
ひたすら男の剣を避け続けている二人をみて、チェルが慌てた声をあげた。
「いったいどういう状況になってるんですの、セーアちゃん!?」
「……アイツが持っている剣。あれが、モンスターのお腹から出てきたとかいう呪いの剣で、攻撃を受けるとその箇所から腐っていくんだって。だから、ユエリス……ちゃんの治療で治せるかが現状分かんないから、前に出られなくなってるんだ」
「……腐る……」
考え込んだチェルが、やがて決意したような表情でこちらを見る。
「つまり、呪い系の状態異常……っていうことですわよね?」
「チェル、知ってるの?」
「ええ。お兄様の研究分野ですもの」
フィノの質問にうなずき、チェルはやや早口で説明をはじめた。
「攻撃されると呪い系の状態異常が掛かるようなアイテムは、だいたいが闇魔法が込められた古い武器なんですの。むかしの流行だったんですわよね、王に仕える騎士に持たせるのが。『暗黒騎士』といって、闇魔法をかけたアイテムで武装するのが当時は流行りだったんですの。『王に仇なす者は、闇に呪われる』……とかいう過激な思想が当たり前の世の中でしたから、ダンジョンで見つかるようなそういった道具のたぐいは、そのぐらいの時代に生み出されたものですわね」
「チェル、すっごく博識……」
俺もそこそこ勉強しているつもりでいたが、七歳のチェルの勉強量に負けている気がする。
「お兄様をサポートしたくていっぱいお勉強してるんですの。いずれは会社のお仕事に関わりたいと思っているんですのよっ!」
自慢げに言ったチェルは、真面目な表情に戻って声を潜めた。
「闇魔法なんだったら、光の魔法で一時的にでも呪いを解除できると思いますけど……。でも、セーアちゃんは……」
俺の様子を心配そうに見つめ、どうしたらいいのかと考えあぐねている。これ以上は無理そうだと判断したのだろう。
ここにいる何百人もの人間を宙に浮かせている状況で、さらに闇魔法の解除も同時にとなると、さすがに俺も限界だと言わざるを得ない。
〈まったく…………しょうがないな。僕がやるしかなさそうだ〉
観念したように低く呟き、ククリアは片手のなかに剣を出現させた。柄の下部に楕円型の赤い石が付いている、やや剣身が長めの短剣。俺の剣と同じデザインをしているが、たぶんあれはホンモノではなく、ククリアの力を具現化して作り上げた偽物だろう。
〈僕はいちおう希望の神、人の持つ正の感情を力へと変換できる存在だ。いまは人間界に堕とされ、搾りかすみたいな能力しか残っていないけれど……。でも……〉
そこで思念が途切れ、客席に佇んでいたウェスティンが剣を頭上に掲げた。呟きを精霊が運んでくる。
「主人公の真似事ぐらいは、できるんじゃないかな?」
そう言った直後、空へと高く掲げられた剣が光を帯びはじめた。お客さんの期待や、高揚感をこの剣へと集めているんだ。
そしてそれを、光へと変換させ――呪剣に掛けられている呪い、その闇魔法を解除してカルムたちがまともに戦えるようにする。……と、そういうわけか。
「みんなぁーーーーーーーーっ!!」
ククリアがやろうとしていることを察した俺は、彼女が持っている剣を指し示しながら大声をあげた。
「勇者ウェスティンくんが、この剣に向けて『願いのちから』を集めてほしいんだって! みんなの頑張れっていう声援が、ウェスティンくんたちの力になるからね! いま一度、おおきな声援をお願いしまーすっ!!」
俺の説明に勘づいたチェルたちも、マイク越しに声を張り上げる。
「あの剣に宿っている光をおーおきくするんですわよ! みなさん、いっぱい声に出して! さあ、いきますわよっ! ウェスティンくーーーーん!! がんばってくださいませぇーーーー!!」
「「がんばれぇーーーーーー!!!! ゆーしゃウェスティーーーーーーン!!!!」」
「ウェスティンくん、がんばれぇーー……っ! ……けほっ、けほ!」
「フィノ!?」
もともと声の小さかったフィノが、大声を張り上げている最中に苦しそうにせき込みはじめた。
「フィノ、無理しなくていいから! のど痛めちゃうよ!」
「……く……。くや、しい……」
わずかに涙目になりながら、フィノは胸の内をこぼした。
「もっと、ボイストレーニングしとけば良かった……。いつものじゃ、足りないんだ……」
「が、頑張りすぎちゃダメだよ。体壊しちゃう!」
「もっと、もっと頑張らないと…………。じゃないと……。せ……、セーアちゃんたちに、置いてかれちゃう……」
俺とチェルは顔を見合わせ、それからフィノを両側から抱き込んだ。
「もうっ! 置いてったりしないですわよ!」
「さっき協力しようって言ってくれたばかりでしょ。いっしょに居てくれないの?」
「いっ、いるよ!」
フィノは慌てた声をあげ、俺たちに身を預けるようにして頬を寄せる。
「……ずっと、いっしょにいたいから……。だから……。わたし、ちゃんと力を付けなくちゃ……!」
キッと顔を上げたフィノは、確かめるようにリボンごと手首を握り、持っていたマイクに歌声を乗せた。
「♪ ~~~~~~~~~~~~!」
しかし、歌っているようで声が聴こえてこなかった。……いや、よくよく耳を澄ませてみれば、微かには聴こえてはいる。聴こえてはいるが……、人の耳には聞こえずらい音になっているみたいだ。
高音域の、「ア~~~」とも「ハ~~~」ともとれる声。それはたぶん、黒ローブの男……そのなかにいる、入れ墨の女に向けて歌っているのだろう。
その証拠に黒ローブの男は、片手で頭をかかえ、何かをこらえるようにジッと耐えていた。




