勇者パーティーサプライズ登場!
〈あのねぇ成哉くん。きみの半分は精霊化したまんまなんだから、そうやって怒りをまともにぶつけようとすると災害レベルになっちゃうんだよ。いわば精霊王と同じなんだよきみは、分かっているのかい?〉
「ククリア! そっちの状況は……」
〈終わったよ、捕まえた連中を警備隊に引き渡してきた。のこりの一人も僕たちで対処するって言ってあるけど、いちおうは万一に備えて近くに待機してくれているみたい。終わったら彼らにも報告しないと。……さてと、あとは……〉
いつもの軽い調子で説明を続けているので、「あれ、俺と違って冷静だな?」なんて、意外に思っていた。
さっきの入れ墨女とのやり取りだってこいつには間違いなく伝わっているだろうから、父さんの悪口なんて絶対に聞き逃さないだろうに。
……とまあ、姉らしく堂々と振る舞っているのかと少し関心したものだが。
〈あとは……雄大に手を出すなんていう愚かな真似をした、身のほど知らずで人を見る目がまったく皆無な審美眼が死んでいるこれ以上なく趣味の悪いゴミムシ女を、完膚なきまでに潰して、ボッッッコボコにしてやるだけだ〉
これまでの怒りに加え、父さんのことを「オッサン」呼ばわりされたのがよっぽど腹に据えかねたらしい。 「ボッッッコボコ」のあたりがもうとんでもなく、えげつないぐらいにドスのきいた声だった。
これはもう完っ全に、イルマニ神になり代わっているんじゃないかっていうぐらいにブチ切れていらっしゃる。
〈……フンコロガシにでも転生させてやろうか……。いや、アブラムシのほうがいいか。それとも寄生虫らしくサナダムシか? ああ、案外ウジ虫のほうが似合っているかもしれないなぁ。……ねえ、どれがいいと思う成哉くん?〉
こうして声はハッキリと聞こえていても、ククリアの本体はステージよりもはるか遠く――客席の最後列あたりにいるんだが、それでも今浮かべている表情がありありと読めてしまうぐらいには、怨嗟の声が重々しい。
ていうか他人への呪詛を送ってくるなよ、さっき窘めておいて俺よりもキレッキレじゃねえか。
「なんで虫ばっかなんだよ。俺にムシの話を振るんじゃねえよ、この蟲々女神が」
〈なんだいムシムシ女神って! それは僕のことかい、僕のことを言っているのかい!?〉
「ほかにいるかよ」
反射で言い返していたら、なんだか不思議と気持ちが落ち着いてきた。あれほど胸の内に巣食っていたはずの、怒りや悲しみといったマイナスの感情が、嘘みたいにスウッと引いていく。
いつもと変わらない軽口の応酬が心地よく、自然とこんなふうに思った。
――うん。
やっぱり、コイツとは波長が合うな。
同じことを思ったみたいで、ククリアもまた小さく笑った。
〈どうやら調子は戻ったようだね。アイツにずいぶんと虐められていたみたいじゃないか? 相手が相手だから、君は色々と思うところがあるんだろうけど……とりあえず、泣いている場合じゃないよな。成哉くん?〉
「……ん。そうだな」
答えながら、両手をおもむろに後ろへと持っていく。
小粒の苺をポイントに入れた、背中側がぱっくりと開いたデザインの白い編み上げドレス。その肩甲骨の上あたりにある、赤いリボンの輪っか部分を指でキュッと結び直す。布の全体が寄せられ、胸元や腰まわりがより引き締まった心地がした。
感触を確かめるように、いま一度しっかりとマイクを握り直して。
「〈――――そろそろ雄大を返して貰わないとっ!〉」
【泣いたと思えば笑ったり、怒ったり……。人の感情って本っ当にうっとうしいわね?】
情緒が安定してきたのが気に食わないのだろう、女がふたたび口を挟んでくる。
【あなたは黙って微笑んでいればそれでいいの、人形に感情なんてものは要らないのよ。ただ美しく飾られていればそれで……】
〈だまれこのッ、ムダにおっぱいと尻がデカいだけのアバズレがあああぁぁァァァッ!!〉
地雷をことごとく踏まれた元女神さまが烈火のごとく憤る。
〈この余分な脂肪をブルンッブルン揺らすしか能のない乳牛め! なんっだそのだらしがない乳と尻は、そんなものをぶら下げておいて雄大のなかに入るんじゃない汚らわしい! それとさっきの見下した発言は一体なんだ、よりにもよって雄大をただの『おっさん』呼ばわりするだなんて……目ん玉グッズグズに腐ってんのかお前はあぁぁぁぁッ!! 恰好良いだろう、間違いなく世界でいッちばん恰好良いだろう雄大はぁぁぁ!! 意思の強さが表れた凛々しい眉毛に、オトコの色香を感じさせるキリッとした釣り目! シュッとした鼻筋! きれいに整ったあごのライン! 滅多に笑わないけど笑った時にはこちらの脳を破壊してくる魅力的な唇! 物憂げな表情が似合う大人っぽい顔つき! どう見たってサイッコーーーーに恰好良いだろう、女神も認める史上最高に恰好良いイケオジだろう雄大は!! ちゃんと目ん玉くっついてんのか貴様ああああァァァッ!!?〉
おのれの地雷原を装甲車で爆走するがごとき行いをされ、もはや制御不能なレベルにまで陥っている。
愛する父さんを奪われたうえ、自分の過去を掘り返すような発言をされれば、まあここまでキレるのも無理はない。さっきの俺よりは多少自制が効いているようだし、いちおうは控えめにしているんだろう。……これでも。
「……あのぉ。ククリアさん?」
そろそろ落ち着かせないとと思い、声を掛ける。
しかし、ククリアはまだまだ言い足りないようだった。キンキンと響く少女の叫び声が、先ほどの入れ墨女と同じようにして俺の耳に直接的なダメージを与えてくる。
〈僕から雄大を奪っておいて、あまつさえ肉体に潜り込んで好き勝手なんかして……! 僕が何度きわどい恰好で雄大を誘ったのか知っているのか!? 千百五十二回だぞ!?〉
「数えてんのかよ」
〈この僕がそれだけ大敗しているんだ、貴様ごときがそう易々と雄大の肉体を堪能できてたまるかボケえええぇぇぇッ!! ……はぁっ、はあ……! そんなお堅いところも僕は好きだし、何だかんだで優しいから無下にされようが一向に構わないんだけどね。……ほかの奴に雄大を盗られるのだけは我慢ならない。美雫には負けても、ワタシ以外にあいつにふさわしい奴なんてそういるわけがないんだからな〉
語る声が少しずつ女性らしさを帯びはじめ、最後のあたりで別人に切り替わったようにハスキーになる。
……あーあー、ついに邪神さまのお出ましだ。父さん関連でないと出て来ないぐらいレアなんだぞコイツ。
〈それとこれはついでなんだが、このアホ……愚弟にも手を出すなよ。これはワタシの、キャンキャンとやかましく鳴く愉快なオモチャだ。人形にしたいのか知らんがな、こいつが鳴かなくなると色々と困るんだよ。雄大もまた廃人になってしまうかもしれないし、ワタシだって、日々の性欲処理にこまっ――……ともかくだな。お前の汚らしい手垢を付けるなよ、このケツデカ乳牛女が〉
「なんかいま、にゅうぎゅう以外にとんでもないこと言わなかったか!?」
〈憶えてない。気のせいだ〉
平坦な声で悪気もなく言ってのけるイルマニだったが、俺の耳は誤魔化せない。
「帰ったら俺の部屋に来い。説明しろ、家族会議だからな」
〈ぶじに帰れたらな。……さてと、勇者の代わりをしないと。なんせ僕は、ウェスティンとして友人に招待されているんだからね〉
ちょっぴり自慢げに言いながらチケットの半券を見せつけてきたククリアは、ゆっくりと服のフードを下ろした。
そこから覗くのは、もちろん俺とそっくり同じ顔だ。そのはずなのに……やっぱり、どこかしらに違う雰囲気を感じる。
〈僕も雄大にならって、君の容姿を恰好よく使いこなしてやろうじゃないか。……ねぇ、セーアちゃん?〉
生意気そうに吊り上がった青緑色の瞳は、ギラギラと輝きを放っていて。
まるでこれから、復讐を果たす喜びにうち震えているようだった。
〈これからは、御崎家の猛攻・第二幕といこうじゃないか。女神様を怒らせた報いを存分に受けるがいい、この史上まれにみる大罪人が〉
そう低く呟いたククリアは、すっと手を頭上に掲げた。その大仰かつ芝居がかった仕草に、周りは演者かと思い、自然と目が惹きつけられる。
勇者の代わりをする――その宣言から取っている行動だと理解した俺は、傍らにいるチェルとフィノにこっそり耳打ちをした。
「チェル、フィノ。ウェスティンくんもセーアたちに協力してくれるって! セーアたち三人と、あそこにいる勇者パーティーのみんなで。力を合わせて、お客さんたちを満足させてイベントをぶじに終わらせてあげようっ!」
「「おおーーーーっ!」」
小声で応えたふたりだが、ふとフィノが疑問を挟んだ。
「セーアちゃん、ずっとココに居たのにどうしてあそこにいるウェスティンくんと話せたの?」
「あぇっ!? えぇーっとぉ……かっ、風の精霊さんがね! 伝えてくれてるの、こう、通話機みたいに!」
「まあっ!」
すっかりいつも通りに戻ったチェルが、俺と遠くにいるククリアを見比べながら表情を明るくさせた。
「あんな遠い距離で通話機を使わずに話せるなんて、すっごく便利ですわね!」
「で、でしょ? ……それでね。今からセーアが勇者の登場をアナウンスするから、チェルたちはお客さんたちのお手本になるように、マイクで声援を送って。そうすれば、イベントらしい体裁は保てるはずだから」
「……てーさい?」
「そ、それっぽくなるってこと! ……いい? 黒いフードの男はウェスティン……くんたちが何とかしてくれるから。セーアたちは、この場にいるお客さんのことを第一に考えよう。なるべく安全に、かつ盛り上がるように。事件を穏便に解決する」
そう早口にまくし立ててから、急いでククリアの様子をうかがう。
人の目は順調に集まっていて、そこでようやく、勇者ウェスティン本人がこの会場に来ているということが周りから認知されたみたいだった。
「え!? あそこにいるのって……!」
と、誰かが興奮ぎみに口にした。
すかさずマイクのスイッチを入れる。
「――――おおーーーーっとおぉぉっ!! ここでっ、勇者ウェスティンの登場だああああああぁぁ!!」
力み過ぎたあまりに、なんだかスポーツの実況アナウンサーみたいになってしまった。
けれどそれが普段とは違う喋りだったせいか、よけいに演技っぽく見えたらしい。とつぜんの勇者の登場も予定調和の出来事となり、客たちはいったいどこからがイベントで、どこまでが事故なのかも判断が付かなくなっていく。
「――そしてぇっ!! おなじく勇者パーティーのエチェットお姉ちゃんに、カルムお兄ちゃんッ! ユエリスちゃんにぃぃぃぃっ、ロズうううぅぅぅぅぅ!!」
「みなさまぁっ! ウェスティンくんたちに向けて、『がんばれー!』って、声援を送ってくださいませ!」
「みんな、フィノたちといっしょに応援しようね」
もとはミニライブの予定だったのがいつの間にやらヒーローショーになり、予測も出来ない事態に子供たちははしゃぎだした。
「ゆうしゃだぁっ! ゆうしゃウェスティンがきてるううぅ!」
勇者とその一行を取り囲み、遠慮もなしに指をさしている。
「えええぇっ、ほんものーーーー!!?」
「すっごーーーーい!! ホンモノだああああ!!」
「ほんものー!」
「ぼーけんしゃのカルムもいるーーーーっ!!」
「ママー! ろじゅと、ゆえちゃんいるよー!」
「えちぇっとおねえーちゃん、おっぱいでっかーい!! さわらせてーーーー!!」
誰だいま言ったやつこのクソガキャぁ!!!!
「――ヴンんッ……!!」
とっさに怒りを抑え込んだ。
「せ、セーアちゃん?」
あまりの剣幕に、チェルが若干引き気味になりながらこちらを見ている。
でもこれはちょっと自制が出来ない。自分がされるのならまだ流せる、けどエチェットに対してだけはたとえ相手がガキんちょだろうといくら何でも許しがたい。
「ふンぐぐぐぅっ、ンんッ、ンッ、ぎぎぎぎィっ……!!」
「セーアちゃん……? も、モデル兼アイドルが、出しちゃいけない声と顔をしてますわよ……?」
「ユ……ユルセナイ……ッ! セーア……セーアいつも我慢してるのに……!!」
「何で手のひらで口押さえてモゴモゴ喋ってるの?」
フィノが覗き込んでくる。 やめてくれ、たぶん俺は今とんでもない顔をしている。
なんとか顔面をほぐし、無理やりに笑顔へ作り替えた。マイクを渾身の力で握りしめ、怒りで震えそうになる声をなんとか抑える。
「こっ、こらぁっ! いまエチェットお姉ちゃんに、『お胸さわらせて』って言ったのだーれだっ? ダメだよ、そういうコト平気で言っちゃあ! 女の子に嫌われちゃうよ。……触ったら本っ当に許さねー……からね……?」
「セーアちゃん、漏れ出ちゃってますわよ! ホンネが!」
「どろどろ出てる」
「だっ、出してないよ! …………ゴホン。それじゃあ改めて、ウェスティン率いる勇者パーティーの格好良い戦闘パフォーマンスをぜひ、熱い声援とともにご覧ください! みんなぁーっ、応援いくよー!!」
はーい! と、子供たちが答えた。
その隙にククリアへと思念を送る。
「お前いま、父さんの眠った精神に働きかけているよな? 早く目覚めるようにって」
〈ああ、さすがは僕の片割れだね。そうだよ、雄大を叩き起こそうとしている。でもやっぱり、何かのきっかけがないと厳しいようだね〉
「きっかけかぁ……」
〈あと、このまま戦闘をするとさすがにお客さんが危ないんじゃないか? どこかに避難させないと……〉
「それは大丈夫!」
ぐっと両手を前に突き出す。
「俺が風の力を使って、お客さんをみんな守ってみせる。だからククリアは、父さんに呼びかけるのを続けて。そのあいだエチェットたちは、父さんのなかにいる奴の気を引くのを頼む!」
まるで勝機が見いだせない戦いだ。だってこれは、『敵を倒す』のが目的じゃない。
父さんを呼び起こすのが目的で、このまま父さん自身が目覚めなければ、勝ち負けどころか明白なバッドエンドだ。
「……せっかくこうして会場に来てくれてるんだ。ちゃんと目ぇガン開いて、おれの勇姿を見届けろよな。……父さん」
チェルたちに目線で合図を送り、前方に掲げた手に意識を集中させる。
風の精霊たちと意識をリンクさせ、俺の意図を彼らへと伝えていく。ふよふよと漂っていたうちの一匹が、ふいに耳元で囁いてきた。
――ここにいるヒトたち、みんなウェスティンのなかま?
「うん。だから守るために、少し力を貸してくれるかな?」
――かしたら、またあそんでくれる?
「うん、次は紙ヒコーキを作ってあげる。きっと喜ぶぞ、なんたってすっごい飛ぶからな! 父さんに教わった、とっておきの紙ヒコーキだ。……だから、頼む。ここにいるみんなを、空中に浮かせてくれ。安全な場所から、戦いを見守れるように」
俺の言葉に精霊は周囲を見渡してから、ちょっと困ったように言った。
――こんなにヒトまもったら、すっごいつかれちゃうよ。ウェスティン、きぜつしちゃう。
「そうならないように俺も頑張る。なるべく仲間をたくさん呼んで、いーっぱいの力を貸して欲しい」
精霊は少し考えるように時間を置いてから、俺の耳元からふわりと浮き上がった。
――ヒコーキ、いっぱいつくってね。やくそく。
そんな声が聞こえた瞬間、さあっと辺りに強い風が吹いた。
俺に向かって吹いてきたその風は、しかし直撃を避けるようにして脇へと流れていった。その代わりに、髪をツンツンと引っ張ったり、スカートの裾がはためくような感覚が包み込む。
「こら。髪はいいけど、スカートは触るなよ」
いつもどおりに文句を言うと、きゃっきゃっと幼い子供のような笑い声がきこえた。まったく、イタズラ好きなんだから。
強めに声を出してしまったので、当然ながらチェルに首を傾げられてしまった。
「セーアちゃん、いま誰とお話してたんですの?」
「風の精霊。お客さんを守って欲しいって、そうお願いしたんだ」
「守るって、どうやって?」
フィノの問いかけに答えるように、掲げた手のひらに意識を集中させる。
「こう――……やッ、てえええええええええええええぇぇぇっ!!!!」
「きゃあぁっ!!?」
「わっ!! 何だなんだ!!?」
「体が浮いて……!」
突如として客の足もとが十センチほど浮き上がった。
もちろんこの程度の高さでは、地震からも戦闘からも守れるようなものではない。もっと高度を上げて、安全圏で見られるようにしなければ。
そのためには、これから何をするのかちゃんと、お客さんたちに伝えないと。
「フィノ、ちょっと俺のマイクをお願い! このまま話せるように持ってて!」
「えっ……?」
握っていたマイクをなかば強引にフィノへと渡す。
なんだか不思議そうに俺の顔を見つめているが、正直それどころではないのでそのままスルーさせてもらうことにした。
「――みんなっ、驚かせちゃってごめんね! これからみんなに、安全にパフォーマンスをみて欲しいから。魔法の力で、ちょっとだけみんなをお空に浮かせるね! 高い場所がこわいよっていう子もいると思うから、そういう子は、あらかじめ手を挙げていてね。それから、小さなお子さんがそばにいる親御さんは、ちゃんと胸のなかにしっかりと抱いていてあげて下さい!」
指示が行き渡ったのを確認してから、もう一度手に力を籠める。
すると急に、マイクに巻かれたリボンが淡い光を発しはじめた。神託者であるイオニアさんが手掛けた、俺たちにと贈られてきた特製のリボン。それがここで、反応しているということは……。
「俺たちの力を、強化しようとしてくれてる……!?」
「せっ、――――セーアちゃん!!」
ステージの裾からマネージャー――アーシュアさんが声を掛けてきた。彼は自分の右腕を見えるように掲げる。
「そのリボンを手首に巻いて下さい! 万一のことがあった場合、戦闘に使えるようにイオニアさんが指示を込めているそうです! 一時的にですが、力をより高めてくれるとか!」
「セーアちゃんっ、ここに結ぶね!」
フィノがあわててリボンを解き、俺の手首へと結んだ。急ごしらえのちょうちょ結びでも、ちゃんと可愛く見えるようにデザインされている。
「わたくしたちも一応結んでおきますわよ、フィノ!」
「うんっ」
チェルが自分の持っていたマイクに巻かれていた、紫色のリボンを手首へと結ぶ。フィノも青色のリボンを同じようにして結ぶと、それぞれがほのかに光りはじめた。やはり、それ用に作ってあるんだ。
「チェル! あの黒ローブの男のなかに、二人ぶんの存在が知覚できると思うんだ。……どっちかは、セーアのパパなの。……おねがい。辛いと思うけど、片方にパパの意識が吞まれないように、見ていてあげて」
「…………分かりましたわ」
ほどけないようにぎゅっとリボンを強く結び、チェルは頼もしくうなずいてみせる。
「わたくし、あなたのために頑張りますわ」
「フィノ。狙った相手に歌を届けることって、できる?」
「やったことないけど……このリボンって、わたしたちの持つ力を強化してくれてるんだよね? イオニアさんだったら、力を強くするだけじゃなく、制御できるようにもしてくれてると思う。いつもちゃんと、人のことを見て応援してくれているから」
手首に結んだ青いリボンの位置を直し、そっと生地を撫でてから、フィノもまたしっかりとした眼差しで前を見据えた。
「わたしも、頑張ってみる」
「……頼んだぞ、ふたりとも!」
「「うんっ!!」」
声に応え、チェルとフィノは黒ローブの男へと意識を集中させる。
さあ、ここからは俺の精一杯だ。空中にいる大勢の観客たちを、戦闘に巻き込まないような位置で停止させる。それも一人や二人じゃない、何百人とかいうとんでもない人数だ。やったことがないのは俺だって同じ。
「……でも。ここはやらなきゃいけない場面だからな!」
俺のやる気に誘われたのだろう。風の精霊たちの数はどんどんと増え、お客さんの周りをせわしなく飛び回りはじめた。
「おっ、おおぉ!!?」
ひとり、またひとりと風船のように体が浮きあがっていき、地面から解放された人たちは思い思いに空を飛んでいた。
「浮いてる! すごい、空にのぼってくぞ!」
「会場がもう遠くに見える! ここからなら、泳ぎながらでも勇者たちの戦闘を見られるんじゃないか!?」
彼らはそれぞれに足下にある景色へと目を向けた。
荷物が乱雑に散らばった客席。人の姿がほとんど無くなったそこでは、少年勇者とその一行が、黒いローブを羽織ったひとりの男と対峙していた。
背中にあった大剣の柄を握り込んだ黒衣の青年・カルムが、よく砥がれた刃の先端を眼前の男へと向ける。
「……雄大。いいかげん目を覚まさないと、ウェスティンが拗ねるぞ。せっかくのステージで頑張ったのに、なんで見てくれないんだって」
「もう拗ねてますよ」
カルムの隣に立ったエチェットが、ちらりとステージにいる俺を見た。
「最近はずぅっと拗ねてます。雄大さんが送り迎えをしてくれないからって。……だから、これ以上機嫌を損ねないように。ちゃんとステージを見届けて、頑張ったなって褒めてあげないと。寝ている場合じゃないんですからね、雄大さん?」
「…………パパぁ」
ロズを重そうに抱っこしたユエリスが、父さんに向けて小さく一歩を踏み出した。
「…………かえって、きてよぉ…………!」
その訴えに男の指先がわずかに震えた気がしたが、それは本当に微かなもので。
もしかしたら、俺の見間違いなのかもしれなかった。




