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彼女の涙

 今でこそこうして、フィノたち魚人族の安全な生活が保たれているが。


 もし昔のままの倫理観だったなら、こんな暮らしなどは到底出来なかっただろう。大昔には密猟者から日常的に狙われていて、装飾品に(もち)いるための(うろこ)やヒレを、ナイフで無理やり剥ぎ取られるなんてこともあったという。


 ひどい場合には腕や(あし)ごと、果てには毛髪や耳、生まれたての赤ん坊まで狙われたというんだから、人権なんてあったもんじゃない。

 産まれて早々に親から引き離され、闇の世界へと簡単に堕とされてしまう。

 どうせ再生するのだからと肉体の一部を無理に剥ぎ取られ、望まぬ恰好をさせられ、恥辱にあたる行為をされて。


 本人の意思なんてまるで尊重されないまま、好きでもない人の手にいいようにされる。


 その永遠にも思えるほどの苦痛や心の傷が、のちの成長にどんな影響を与えるのか。……俺には、身に染みて分かっている。

 …………分かっているからこそ。

 こいつみたいなのを野放しになんて、しておけないんだ。絶対に。


『――コイツとあの母親いっしょにしてさぁ。親子セットで売っちまえば、なかなか濃くて良い太客(ふときゃく)に買って貰えんじゃねぇの?』


 染み込み過ぎて、嫌になるぐらい鮮明に記憶に残っているシーンが呼び起こされる。


『なんだよそれ、(どん)ってやつ? まあ親子っていったところで、結局は男と女だしな。カップルよりは高く売れそう』

『プラトニック感があるしなぁ。一か月分ぐらいの食糧にはなるんじゃね? そんなに出せる客がいるのかは知らねーけど』


 とりまく複数の男たちが、合間に下品な(わら)いをこぼす。

 三人……いや、この場に四人はいるだろうか? もしかしたらそれは単なる錯覚で、たった二人だけの会話だったかもしれない。投与された薬のせいで(さだ)かではないのだが、ともかく、俺を囲っているやつが交わしている会話であったのは少なからず理解していた。


『客なんてどんどん減ってるじゃねぇかよ。このあいだなんて、馴染(なじ)みの客が二人ばかりゾンビになっちゃってたしよぉ。あんなになってまで奴隷とせっせとヤっちゃってさあ、人間ってほんっと欲深(よくぶけ)ぇよな!』

『おれらが言えたギリかよ』


 ふたたび笑いが挟まると同時に、みょうに甘ったるく、煙たくてイヤーなにおいが漂ってきた。……タバコだ。

 前の時代にあったような市販品ではなく、そのへんの草やハーブを調合した手巻き式のやつだ。素人(しろうと)でも比較的お手軽に作れるとあって、それと物を交換しながら生計を立てている奴もいる。知識もなしに作った粗悪品ばかりらしいけど……こうやって人をモノ扱いし、平気で売りさばくような連中よりは、よっぽどまっとうな生き方だと思う。


 まあ、どっちみち俺は……もうそんな生き方でさえ、出来そうにもないんだけど。

 胸に浮かんだ自嘲(じちょう)を肯定するように、また笑い混じりの声が聞こえてくる。


『コイツもさぁ。どうせ三日間の約束なんて無かったことにされて、記憶なんてトんじまうぐらいにグッチャグチャにされて、そのうちどっかの変態に食糧と交換で売られちまうんだろ? ……だったらよ。可哀想だし、その前にあの美人な母ちゃんの――――を――――てやれば……』

『ひょー、えっぐゥ! ヤッサシー!!』

『どっちだよ』


 やかましい複数の笑い声。上から降りそそぐ好奇の視線。

 身体(からだ)に溜まるばかりの異様な熱。

 ぼんやりとした視界。

 (にぶ)った思考回路。

 震えてまともに動かない手足。


 汚れたコンクリートの地面に四つん這いになり、みんなが似たような格好で、同じような声をあげている。


『なあ。そこの死んだ目で這いつくばってるワンコロよぉ?』

『――ぐぅッ!』


 ドンッとつま先でわき腹を蹴られ、乱暴に床に転がされた。

 覗き込んできたその表情は、どこまでも俺をあざ笑っていて。本当に言葉どおりの認識なんだと、腹の鈍痛とともに嫌なほど味わわされた。


『おれらによぉ、〝男の矜持(きょうじ)〟ってヤツを見せてみねぇか? …………どうせ最後には、()()()()()()()()()()んだからさァ?』


 言葉の意味を理解できたその瞬間、吐き気と同時に猛烈(もうれつ)な怒りがこみ上げてきたのを覚えている。

 こいつの顔面に思いっきり拳をブチかまし、あたりを破壊し尽くしてやりたかった。もう二度と、こんな悪さなど出来ないように。誰も苦しい思いなんてしなくて済むように。


 けれどその時の俺には、そう出来るだけの力も無かった。拳も握れない、まともに立てもしない。せいぜい視線をめぐらせるぐらいが関の山だ。

 最後の抵抗とばかりに睨んでやったのだが、どうやらそれも思ったようにはいかなかったらしい。首にある輪っかを引かれ、それから――――……。


『……………………あ?』

『どうした?』

『…………ッチ! こいつ、使えなくなっちまった。不良品行きだな』


 それから俺は、母さんを守るかわりに、なにか他の大切なものを失った。

 単純に心の問題だったんだと思う。母さんを守らなきゃという気持ちと、それから、そんなことなどしたくないという拒否感。周りへの嫌悪感から、身体(からだ)の一部は壊れてそれっきりになってしまった。

 治す気概(きがい)も湧かなかった。恋人なんていらない、そんなことをしている余裕もなかったからだ。けれど壊れてしまったのが身体的な機能だけじゃなかったのは、その時の俺には気づきようもなかった。


「…………ざ、けんじゃねぇぞ…………」


 ずっと痛みを忘れ去りたかったんだ。忘れさせてくれる誰かを欲していた。

 こんな汚い過去のすべてを知ったうえで、それでもなお深くまで抱きしめてくれて、優しい眼差しで受けとめてくれるような。

 そんな慈愛に満ちた女神様みたいな、いまだ顔も知らない、自分にとっての特別な誰かを。

 ともに生きていきたいと思えるような人を。


 本当は心の底からずっと、……――――ずぅっと――――……。


『――――ずっとずっと、ずううぅぅーーーーっと! 世界でいっちばん、だああぁーーーーいすき、ですよ! 成哉くんっ!』


 ふいにエチェットの顔がちらつき、怒っているにも関わらず涙が出てきそうになった。

 幸せを失った人がまた同じように幸せを得られるには、それなりの努力と時間が必要だ。数か月で取り戻せるならまだマシなほうで、下手をすれば数年、数十年とかかる場合もある。

 人によってその時間は千差万別だ。生涯をかけたとしても二度と得られなかった人もいる。俺はいちど死んだ人間だから、その『得られなかった側』なのだろう。

 そして生まれ変わった先で、ようやく運命の人にめぐり合えた。


 その二度目の人生でようやくつかんだ幸せを、俺はもう二度と誰かに奪われたくはない。奪わせたりしない。

 まいにち「ただいま」と言って帰れる家も、働ける居場所も、理解してくれる友人も、大切な家族も、……恋人も。


 誰も傷つけさせない。

 苦しませたくない。

 もう誰にも、あんな思いなんてさせない。


 もう――――――――、()()()


「……魚人族だけじゃない。この会場にいるモデルさんのなかにはな、獣人だっているんだぞ。奴隷としては一番人気だったんだってな? 戦闘に向かない獣人や魚人、集団からはぐれたエルフ。そういう見栄えのいい種族をおもに狙って、商品として加工・販売していたんだとか。…………お前ら売人(ばいにん)が人権を無視してかってに捕まえていたくせに、いまさら神託者を逆恨みして傷つけようだなんて…………、…………いいッ、度胸(どきょう)だよなああぁァァアアッ!?」」


 ぐつぐつと頭のなかが煮え(たぎ)る。

 全身が異様に熱い。

 周囲の音が断片的にきこえ、鼓動が激しく脈打ち、視界がぎゅっと絞られて黒いフードだけがやけにはっきりと見えた。


「そうやってお前らは、人をモノ扱いして簡単に奪い去っていくんだよな! ――本人の自由意思を! 人権を、居場所を、大切な友人を、血のつながった親を、兄弟を! …………恋人だって! 平気で奪い去り、みずからの保身のために、満足して生き(なが)らえていくためにブチ壊すんだ! ――()()()()()()()()()()っ!!」


 内心にとどめられない思いは、荒い息となって吐き出される。


「――――そうして奪われた奴があとにどういう思いをするのかなんて、なんッにも――――!」

「やめてくださいませ、セーアちゃんっ!!!!」


 やりきれない思いをぶつけようとしたまさにその瞬間、唐突に横から(さえぎ)ってきた人物がいた。

 俺の両頬を伸びてきた手のひらが強引にわしづかむ。引き寄せられ、息を吸う間もなく一本一本のまつ毛が視認できるほどに顔が近づく。


「あそこにはお兄様や、ばあやたちがいらっしゃるの!! ……フィノの、ご両親だって……。わたくしもう、誰も(うしな)いたくなんてないんですのよっ!!」


 かすれた悲鳴のように小さく叫んだその姿は、いつも好奇心とやる気で満ちていた彼女のものとはまったく違っていた。

 艶やかな黒のハーフツインテ―ルは、いまや巻き上がる風でボサボサになり。

 輝いて見える紫色の瞳は、絶えずこぼれる涙でぐしょぐしょに濡れている。


「…………ぁ…………」


 ていねいに塗り直していた唇もまた、震えながら強く噛みしめられていた。


「…………ご…………ごめ……、……ごめん……。ごめんね、チェル……。……ごめんっ……! 自分のことで、いっぱいいっぱいになってた……」

「セーアちゃん、おちついた?」


 聞こえた声にようやく意識を向けてみると、俺の肩に顔をうずめる形でフィノが抱きついていた。チェルみたいに泣いてはいなかったけれど、よっぽど強い力でこちらを抱きしめていたのだろう、聞こえてくる吐息がだいぶ荒い。

 こんなにも近くに居てくれていたのに、俺はふたりのことを視界から締め出していたんだ。


 状況が把握(はあく)できるぐらいに冷静になってくると、取り巻く風の勢いも自然と落ち着いてきた。地面にうずくまっていた客やスタッフたちが、ゆっくりと顔を上げる。


「……なんだったんだ、いまの風……。地震に竜巻なんて、こんなの神託者が生まれる前兆じゃないのか?」

「もっと災害が起こる危険があるかも……。避難するべきじゃないの?」


 いよいよ会場のざわめきが大きくなってきた。

 荷物をまとめて帰ろうとする人まで出てきている。これ以上引き留めようなんてことは、さすがに出来そうもない。そうさせてしまったのは自分なんだ。

 父さんを奪われ、神託者(せんぱい)たちを理不尽に傷つけるような真似をされて。

 俺は、まったく周りが見えなくなっていた。


「…………どう、しよ…………」

「セーアちゃん?」

「……帰、っちゃう……。みんな、一生懸命やってくれてたのに……。仕事の日もギリギリまで練習して、合宿して、頑張って振り付け覚えて……。…………なのに…………なのに、ぉれ……セーアのせいで、このままだとお客さんがみんな帰っちゃう……!」


 混乱のあまり解決法どころか、泣きごとじみた言葉しか出てこなかった。

 そんな子供みたいに情けなくグズッている場合かよ、この会場にいる全員がピンチなんだぞ。父さんの件だってまだ片付いてないんだ、すぐどうにかしなきゃいけないのに。


 焦りから勇者としての自分がそう説教をしてくる。しかし今は、とにかく悔しくてたまらなかった。本当は帰らせたくなんてないんだ。いいから座って、俺たちのステージを見ていってくれと言いたい。

 後悔はしないはずだからと、声を大にして叫びたい。


 この会場にいる、全員の目を釘づけにして――……。


「――このステージをみんなの記憶に残せるぐらい、楽しくて幸せな時間にしたかっただけなのに……!」


 ぽろりと零れ落ちるものがあって、自分がいま泣いているのだと悟った。

 ただ父さんやみんなに、ちょっとでも貢献したかった。なるべく大勢の人を笑顔にしたかった、なのに守りたかった人はみんな傷ついている。

 お客さんもスタッフもみんな怖がってる、チェルとフィノにもこれ以上の危険が及ぶかもしれない。

 それが分かっているにも関わらず、こうして助けてあげられないのはやっぱり、俺が無力なせいなんだろうか。


「……ね。セーアちゃん」


 おだやかな声で囁いたチェルが、うなだれた俺の頭を優しく抱きしめてくる。


「わたくし、あなたを笑顔にできるんだったら、いくらだって頑張れますわ。……だから、ね? 三人で協力しましょう?」

「そうだよ。それに、ほら」


 フィノが俺に見えるようにまっすぐに指をさす。

 迷いなく示された方向には、後列の人に混じって大げさに手を振る観客たちがいた。大剣を背負ったベルトだらけの黒衣の青年に、彼に肩車をされた状態で派手なうちわを掲げている小さな女の子。その綺麗な金色の頭には、ピンク色のドラゴンがあごを乗っけて尻尾をフリフリしている。二段の肩車だ。重くないのかな。


 彼らの真横には、同じうちわを壊さんばかりにブンブンと振っている、白い服を着た可愛らしい女性が立っていた。


「…………あい、つら…………!」


 なんで日本語が書かれたうちわを持ってんだよ。しかも、『成哉くんだいすき♡』なんて……ぜったいエチェットの仕業じゃないか。ここにいるほとんどの人が読めないからって、こんなところで前世の名前を持ち出してくるんじゃない。


「シェリナさんもいますわ!」

「よかった。ぶじに保護して貰えたんだね」


 チェルたちの言うとおりに、エチェットのそばには見覚えのあるピンクと黒の服を着た少女が立っていた。ちょっぴり恥ずかしそうに、掲げた右手をひかえめにちょこちょこと振っている。


 ここに来れたっていうことは、父さん以外の黒ローブ連中は全員捕獲できたんだろうか?

 そう疑問に思っていると、〈やれやれ。まったく、君っていうやつは〉と、呆れた声が聞こえてきた。


【以下、作者からのお知らせです】







新年あけましておめでとうございます。

去年までは長いことお休みを貰っていましたが、今年からは再始動! ……ということで、無理なく、楽しく頑張っていきたいなと思っております。

ストーリーの流れ的には新年の晴れやかさとは無縁な感じとなっていますが(笑)、よろしくお付き合いください。


さて、ここからは「4章ラストまでの更新について」のお知らせです。


小説家になろうの機能上、割り込み投稿という形で更新をすると、読者様に新着の通知がいかなくなってしまうようです。

それをすっかり忘れていて、前回の12/25の更新分(プロフィールと用語集)を下部に固定してしまい、最新の投稿であった40話の日時が反映されていません。

(※下部の更新日時が反映されるため、途中のページではいくら更新しても最新とはならないようです)


おそらく4章が終わるまでは長くて5~6話ぐらい掛かるかと思いますが(戦闘シーンが長引かなければ)、そのあいだ新着の通知がいかない&サイトの新着欄に載らない状態になってしまうため、現時点では『4章までのキャラクター紹介・用語』の章をいったん消し、最新の日時がちゃんと反映されるよう、割り込みではなく下部に最新話が来る形でそのまま投稿していきます。


4章が終わったら、あらためてキャラクター紹介・用語のページを消去→再投稿し、ページを整えるために下部へと移させて貰おうと思います。


どうかご理解のほどを、よろしくお願い致します。

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