モデルでアイドル!?
「あ、アイドルグループって……!」
ソロ活動だけでも手一杯だというのに、そのうえ他人と組まされるだなんて。
困惑しながらチェルを見ると、目が合ったとたん彼女はニコッと品のある微笑みを浮かべた。言動といい口調といい、年齢に見合わない仕草をする子だ。
追っかけでなったという経緯から貴族ではなさそうだが……それなりの家柄に生まれ、ある程度ワガママが言えるお嬢様といったところか。
きっとモデルとしての活動は、社会見学の一環なんだろう。
しかし相手は俺と同い年とはいえ、精神年齢で見ればかなりの差がある。性別だって違うし、仕事仲間というよりかは妹と同じようにしか見られないんじゃないか?
「どういう事ですか、イオニアさん?! この子と組んでって!」
なかば抗議の声を上げると、イオニアさんよりも先にチェルが間近で目を潤ませてきた。
「わたくしとじゃ嫌ですか? セーアちゃん……」
まるで紫水晶のごとき輝きに、思わず半歩たじろいでしまう。
そのままぎゅっと両手を握り込まれ、いよいよ退路が断たれた気がした。さすがにここで「嫌だ」なんて言えるわけがない。でもホイホイ流されるほど、気弱な奴じゃないんだ俺は。なんたって勇者だからな。
引き気味になっていた腰を前方へと傾け、意識して身を乗り出す。
「そ、そういうわけじゃないけどっ!」
「良かったぁ! それじゃ改めて説明、よろしくお願いしますわね。イオニア様」
「おう」
パッと笑顔に戻ったチェルに背中を押され、あれよあれよという間に俺は向かい合わせに置かれたソファーへと座らされてしまった。
横にはチェルが密着し、手には企画書が渡され。対面では、仕事モードに入ったイオニアさんが熱弁を振るっている。
……何かに失敗した、というのは流れから察した。
「『いつも、あなたの傍に』をコンセプトに、同い年の女の子三人で形成されたモデル兼アイドルグループ。それがピィニアだ。甘ロリ・白ロリ担当のセーアをセンターに、ゴスロリと黒ロリ担当のチェル、残りのもう一人が、クラシカル・スチームパンク担当だ。もともとビスクドールをモチーフにされていたセーアに合わせて、他の二人も同じ売り出し方をするそうだ」
説明を聞くに、上の方ではほぼ決定事項になっているらしい。
これ以上置いてけぼりにされているのもアレだし、もう受け入れてしまおうか。きっとグループを組んだ方がより利益を上げられるんだろう。お金と仕事が入ってきて、適度に休みが貰えるのなら文句はない。
諸々をぐっと吞み込んで、俺は手にある企画書のページを示した。
「あの……。この甘ロリ・白ロリ担当って、何なんですか?」
あちこちに『ヒミツ』と書かれたセーアのプロフィールには、新しく【担当】という項目が設けられていた。ひとりで活動していた時にはなかったものだ。なんとなく服の系統だろうと察しはつくものの、細かな違いなどは分からない。
イオニアさんはおもむろにポケットからメモ束を取り出すと、ガリガリと何かを書き付けはじめた。
「お前らが着ているドレスは地球の言葉でいうところの‶ロリータ服〟っていうやつなんだが、それにも様々な系統があってな。スウィートにゴシック&ロリータ、クラシックにロリィタパンク、和ロリ、華ロリ、ミリタリー、パイレーツ……とまあ要素を掛け合わせたものが色々とあるわけなんだが、その中でもこの世界に浸透しやすそうな六つのジャンルに絞っていこうと思ってるんだ」
六つのジャンルとやらが丸で囲われ、矢印を引いてメンバーの名前が書かれていく。
「セーアは可愛さと神秘性を前面に押し出したいから、白をベースにレースやフリル、リボンで甘さを全開にしたスウィートと白ロリを。チェルはミステリアスでダークな雰囲気のゴシック&ロリータと、それからセーアの対比として黒ロリを担当して貰いたい。ここまではいいか?」
「あ、あの」
熱意の籠もった弁に押されがちになりながらも、俺は何とか手を挙げた。
「白ロリと黒ロリって、個別のジャンルなんですか?」
「ん? ああ、どっちも可愛い系統で纏めてるってのは共通してるんだけどな。全体を白で統一すると白ロリで、反対に黒で統一すると黒ロリになるんだ。今日の撮影もお前たちのバランスを見るために……ほら」
立ち上がったイオニアさんは、壁際に置かれていたハンガーラックから二着を選んで引き出した。札が付いていて、今日の日付と俺たちの名前が書かれている。本日分の衣装だ。
説明のとおり、二着のドレスは色こそ白と黒ではっきりと分けられてはいるものの、デザインはどちらも一緒だった。大きめのリボンに細かなひだのフリル、ポケットや袖口にあしらわれたパール。デザインこそシンプルだが、装飾の少なさがより色味の統一性を意識させる。
メンバーとしてのバランスを見るというのなら、確かにうってつけだろう。
「昼休憩が終わったら、これに着替えて外に集合だ。セーアは場所分かるよな? チェルを案内してやってくれ」
「は、はい」
「それから三人目が見つかって大々的に宣伝されるまでは、ピィニアの件はまだ口外禁止だ。関係者以外はもちろん、家族にもな」
「え? 家族にも……ですか?」
「ああ、どっから情報が漏れるか分かったもんじゃねぇから。変にスクープされても困るだろ?」
イオニアさんの返答に、チェルは少しばかり不満げに唇を尖らせた。
家族構成はもちろん、彼女についてはろくに知らないのでその表情の意味も察するしかないが……誰かしら、身近に話したい人がいたのだろう。けれどすぐ笑顔に戻したあたり、なりたてとはいえ、やはりプロ意識を持った子なんだという印象が大きかった。
――そして後あと俺は、その時に抱いた印象が間違いのないものだったと知る。
「チェルちゃん、目線こっち! そうそう、少し腰ひねってみて!」
「お互いにくっ付いてー。あと五センチぐらい、もうちょい!」
驚くべきことに、チェルの仕事ぶりは初めてとは思えないほど様になっていたからだ。
外での撮影にも関わらず、カメラを前にポーズをとってみせる度胸と自信。感覚的な指示にも即座に応え、周囲の視線にも臆さない。
そんじょそこらの子供にできるような芸当ではなかった。もしかしたら、過去に芸能界で経験を積んでいたんじゃ――なんて思ったのだが、意外にも彼女は首を横に振ったのだった。
「まさか。セーアちゃんに憧れて、いつも真似をしていただけですわ」
「本当にそれだけ?」
「ええ、それだけですわ。その気持ちだけで、わたくしはこの業界に飛び込んだのです。お馬鹿でしょう?」
ほんの少しだけ目元をやわらげ、自嘲してみせる顔にはやはり、どこかしらの大人っぽさを感じた。
――この子となら、もしかしたら一緒に楽しく仕事できるかもしれない。
彼女の笑顔を間近で眺めながら、俺はいつの間にかそんなことを思っていた。ソロでの活動にようやく慣れてきた頃に降ってきた、グループ結成の計画。なんでいまさら――なんていう苦々しい気持ちは、いまや新しく湧いた感情の前に消え失せていた。
その感情がなんと呼ぶものなのかは、まだ俺には分からなかったが。