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表と裏の戦い

 まず優先すべきは、シェリナを逃がすことだ。

 爆弾が使えなくなったからといって、彼女を取り巻く危険が完全に取り除かれたわけじゃない。人目に付きにくいよう抑え込まれ、身動きを封じられている現状は何にも変わらないんだ。

 幼い少女にとって、それがどれほどの恐怖なのか。想像するまでもない。


「……怖いよな。いま助けるから、もうちょっとだけ辛抱(しんぼう)してくれ。これが終わったら、また会いに行くから」


 お前の採点結果も、ちゃんと訊かなきゃいけないしな。

 心の声に(こた)えるように、彼女は怯えきった表情でこちらを見た。目が合っている時点で、俺たちが助けようとしているのは薄々(うすうす)気づいているらしい。


 (さと)く、度胸のある子だ。もしかしたら将来は、ロザリーヌ様をも(しの)ぐぐらいの超有名モデルになっているかもしれない。これからの成長が楽しみだ。


 俺は彼女を安心させるよう小さく頷きを返してから、マイクを口元へ構えた。深く、ゆっくりと息を吸い込んでいく。

 このたった一本のマイクが、今の俺にとっての武器というのなら。みんなに声を届けることこそが、セーアとして出来るすべてだ。なら、今こそ響かせよう。全身から絞り出すんだ。俺が伝えたい気持ちを。


 会場の(すみ)ずみに至るまで――奴らに眠らされているという、父さんの魂を揺さぶり起こすほどに。


「みんっなああああああああああああああああぁぁぁッ!!!」


 二度の人生でも初めて出したぐらいの大声に、マイクがキィィンとハウリングを起こした。耳に痛い音だったが、逆にそれが興味を引いたようで全員の注目が集まる。


「なんだなんだっ?」

「また何か始まるの?」


 この状況下でもイベントを止めない強行姿勢に、誰もが恐怖を通り越して期待感を(あお)られているようだった。

 フィノのソロ歌唱だけでもプログラムにない事態なのに、続けざまのサプライズとくれば、不安な感情だって消し飛んでしまうだろう。


 これでいいんだ。俺は人々の心を癒し、楽しませることで父さんの力になる。奴らの策略なんかには絶対に負けない。

 ぎゅっとマイクを持ち直し、続きの言葉を口にしようとした時。


「おいっ、もういいだろ! やめさせろ!」


 ドカドカという荒い足音とともに、鋭い声が割って入った。

 シャツのボタンが弾け飛びそうなほどでっぷりと太った腹に、三白眼とちょび髭。分かりやすいほどの特徴を持った中年男性だ。運営の中でもそれなりの立場にいる人物なのか、現場のスタッフたちがたじろいでいる。


 彼は手にある丸めた冊子を振り回しながら、唾を飛ばす勢いで怒り散らした。


「まだ揺れは収まっていないんだぞ、中止にすべきだ! イベントとしては充分にやっただろう!」

「け、けど……目玉だったピィニアのミニライブや、握手会などは出来ていません。現に観客だって、不満をこぼす人が出ていて……」

「そんなの適当に締めさせればいい! この非常事態だ、さすがに観客だって諦めがつくだろう。怪我人が出るよりよっぽどマシだ!」


 有無を言わせぬ眼光に、裏方にいる誰もが重く口を閉ざしていた。

 運営側としては、確かに正しい判断だといえる。呼ばれたブランドの大半がパフォーマンスを終えている段階で、残すはピュティシュ・アルマのみ。ここで終了したからといって、締めが中途半端になってしまうだけでイベント自体が大失敗という結果にはならない。


 真に恐れるべきは、クレームよりも状況判断の杜撰(ずさん)さを世間に責められることだ。怪我人が出る事態にでもなったら、責任追及をされかねない。だったら彼の言うとおり、ここで中止にして客を帰すのが妥当だ。


 ……けど、本当にそれでいいのだろうか?

 依然(いぜん)として動こうとしないスタッフたちの伏せられた瞳からは、そんな無言の思いがにじみ出ていた。


 これでも精神年齢は大人なので、イベントを続ける危険性も分からないわけじゃなかったが……ここは子供であるという点を利用し、あえて無視させて貰うことにした。

 少し高めのトーンを意識し、マイク越しに声を張り上げる。


「急にでっかい地震が起きて、びっくりしたねぇ! 泣いちゃった子もいたかな? まだ揺れてて危ないから、怪我しないようにそのままの姿勢で聞いてね!」


 はーいっ! と素直な返事をする子供たち。

 泣いていたのがとたんに笑顔になって、そばにいる保護者も安心したのだろう。曇った表情が少しずつ明るくなっていく。

 手ごたえを感じた俺たちは、互いに目配(めくばせ)せをしてから箱を掲げた。


「フィノの歌で、少しでも余裕がでてきたと思うから……じじゃーんっ!! この会場に来てくれたみんなに、セーアたちからプレゼントをあげる! ふだんは見ることができない、とっておきの魔法だよ!」


 その言葉に、子供に限らず大人までもが色めき立った。

 以前ショーウィンドウの中で飴玉を飛ばしたことで、『ピィニアのパフォーマンスは一見の価値あり』とファンのあいだでもウワサが立っていたからだ。


 あの箱から、いったい何が飛び出してくるのだろう――観客たちが胸(おど)らせている裏では、俺たちとは別の攻防が繰り広げられていた。


「……セーアちゃん、言ってたんスよ。『みんなを笑顔にしてくるね』って」


 沈黙を打ち破ったのは、ひとりの若い男性スタッフだった。

 箱を探して、中身を率先して詰めてくれた人だ。彼は押し殺した声を漏らしながら、揺れとは別の恐怖と必死に戦っていた。


「おれは彼女を信じて、ステージに送り出したんです。きっと怖かったと思うんスよ。なにせ、初めての経験だから。でも揺れの中でも、彼女たちはあんなに堂々としている。それを最後まで見守ってやらないで、どうすんスか」


 視線を向けないでも、スタッフたちの目がこちらに向いたのが分かった。

 彼は意を決したように黙りこんで、一拍置いてから強い口調で叫ぶ。


「――子供があれだけ必死に踏ん張ってんだから、死ぬ気で支えてやるのが大人でしょうッ!!」


 若さゆえの、青い、ひたすらに青い理想論だ。

 けれどその訴えは、満ちていた空気を揺り動かした。


「私も彼に賛成です」


 ひとりの女性スタッフの手が挙がる。彼と同じく、紙吹雪や造花を詰めるのを手伝ってくれた人だ。


「私の夫と子供が、客席にいるんです。子供はセーアちゃんと同じ七歳で、さっきまで地震を怖がってひどく泣いていました。……正直、仕事なんて放り出して駆けつけてあげたかった」


 スタッフの中でも家族が来ている人がそれなりにいるのだろう、同意の雰囲気が漂う。


「おれも爺ちゃんと子供が来てるからさ、その気持ちすごい分かるよ」

「僕も。母ちゃんと兄弟があそこにいるから、万が一があったらって思うとスゲー不安でさ」

「だったらッ!!」


 青筋を立てながら言いかけた言葉をさえぎって、女性スタッフは上司であろう中年男性にはっきりと告げた。


「でも今、あの子の表情はキラキラと輝いているんです。きっと『どんな魔法なのかな?』って、何度も旦那に尋ねてる。サプライズを用意した側としても、母親としても。子供の反応を楽しみたいじゃないですか」

「なっ……!!?」

「この状況だからこそ、お客さんに心づくしの対応をする。それを実践してくれているのがセーアちゃんたちじゃないんですか?!」

「そうだそうだっ!」 


 別のスタッフからも声が上がりはじめ、孤立に(おちい)った男はいよいよ頭を掻きむしりはじめた。


「クソッ、お前らじゃ(らち)があかん!! 彼女たちの関係者はどこだっ!? やめさせるよう話を通してやる!!」

「私でよければ」


 スッと手を挙げたのは、なんとアーシュアさんだった。


「お前は?」

「ピィニア専属のマネージャー、アーシュア・ルイベスタインと申します」

「マネージャー風情がどうしてしゃしゃり出てくる? もっと上の立場の奴はいないのか?」


 いかにも冴えないサラリーマン風の容姿に、当てにならない雰囲気を感じたのだろう。男の渋い顔には『コイツじゃ話にならん』と分かりやすいほどに書かれてあった。

 しかしそこはアーシュアさんのこと、(ひる)まずに胸ポケットから金色に輝くバッジを取り出す。


「失礼ながらわたくし、神託者のイオニア・バーンズ様から直々の(めい)を受けて、彼女たちのサポートをしておりまして。……この意味、お分かりでしょうか?」


 紋章が刻まれた重厚なバッジを目にした瞬間、男はあんぐりと口を開けた。


「イオ……ッ!? そっ、そういえばピュティシュ・アルマは、イオニア様のブランドの……!!」

「ええ、系列ですよ。そしてセーアちゃん自身も、イオニア様が見初(みそ)められた存在。その素質は疑うべくもなく、また、ただのモデルには収まらない力が彼女にはある」

「……()けろと、いうのか……?」


 苦々しい問いに、アーシュアさんは怪しく眼鏡を光らせながら笑う。


「ええ。全財産、なんなら魂ごと賭けて頂いても構いませんよ。そうするだけの価値が、彼女にはあるのだから」


 さあ、成哉さん。あとは存分に。

 なんて続きの言葉が聞こえてきそうで、ちょっとだけ身震いした。ホントあの人、頼りがいがあって気が利くし、男としても一目置けるんだけど……やっぱり色々と、得体が知れない。


 まあ彼のおかげで邪魔が入る可能性が無くなったことだし、思うさまやらせて貰おうじゃないか。


 ステージ裏をちらりと確認してから、俺はチェルとフィノに目で合図を送った。ふたりは赤いリボンの端を持ち、それぞれに引っ張っていく。


「今日、ここに来てくれたみーんなに伝えるね! いつもセーアたちを応援してくれてありがとう。大好きだよっ!」


 蝶結びがゆるんでいく合間、これまでと同じくアドリブのセリフを口にしながら……いつしか視線は、黒ローブの手前の男――父さんの元へと移っていた。

 ファンに向けた感謝でもあり、俺自身の本音でもあったから。


「これからもずっと、ずぅーっと笑顔でいてね! 怪我なんてしないで、無事におうちに帰れますように。虹の橋に乗せて――セーアたちのお願い、神様に届けぇっ!!」


 リボンが完全にほどけた瞬間、俺は風の精霊の力を箱の中へと一気に注ぎ込んだ。予定では花火みたく、フタが取れてパッと真上に打ちあがる予定だったのだが……。


「あ、れ? あれっ??」


 いつもどおりにやっているはずなのに、中身が飛び出してくる様子が一向にない。

 おかしい。探っている時はべつに何でもなかったのに、どうして……と考えて、今の自分が女の身体(からだ)になっているからだと気づいた。

 そうだ。シェリナに静電気を仕掛けた時も、あれはただ精霊に呼びかけただけだった。本気で使うとなると、身体的特徴や魔力量なんかが微妙に変化しているから、前とは勝手が違うんだ。このままの調子で注ぎ込んでしまうと……。


「やばっ……!」


 慌てて止めようとしたが、すでに遅かった。フタを外すよりも先に、側面がどんどんと膨張(ぼうちょう)していく。


「ちょちょちょ、ちょっ、膨らん…………おわぁッ!!?」

「きゃあっ!?」

「わぉ」


 危険を感じ放り出した箱が、バンッと音を立てて爆発四散した。

 紙吹雪と造花が、紙片やリボンの切れ端もろとも風に乗って空へと舞いあがる。さながら雪のように天から降り注ぐさまを、人々は笑顔で仰ぎ見ていた。


「虹だぁっ!!」


 その時、ひとりの男の子が指を突き上げた。

 歓声に、客の目線が自然と示す方向へと向く。彼らの頭上には、うっすらとだが虹が掛かっていた。念のため、水の精霊の力も借りていたのだ。

 出ているあいだに願い事を十回唱えると、叶えて貰える……向こうの世界でいうところの流れ星的な言い伝えが、ヴァルアネスにはあるからだ。


「セーアちゃんにおてがみ、わたせますよーに!」

「このまま無事に、地震が収まってくれますように」

「イベントがプログラムどおりに終わって、大成功になりますように」


 人々は両手を組み、虹を見あげて祈りを捧げる。

 その中で黒ローブの連中だけが、空を見る余裕もなく少女を取り押さえるのに夢中になっていた。


「――チェル、今だッ!」

「ええ!」


 チェルの手のひらから飴玉が発射され、指で弾いたとは思えないほどの正確さで眉間を撃ち抜いた。一人、二人、三人。シェリナを捕らえていた男たちが次々に額を押さえてしゃがみ込む。

 連発できたのは、彼女の横でせっせと飴玉を手のひらに乗せていた人物がいるからだ。


「フィノ、ナイスアシスト!」


 声を掛けると、フィノは誇らしげに胸を張った。

 正直なところ、ここまで連携プレイが上手くいくとは思わなかった。さっきアーシュアさんが言っていた、『ただのモデルには収まらない力』。それはもしかしたら、この二人にも当てはまるのかもしれない。


「まあ、大変っ!」


 客席を改めて確認したチェルが、口元を覆って小さく悲鳴をあげた。


「シェリナさん、追われていますわ!!」


 逃げ出すシェリナと、その背中を追う黒ローブ集団。おそらくやり取りの中で、自分はブランドの看板モデルだと喋ってしまったのだろう。プライドがやたらと高い彼女ならばやりかねない。

 さっきまでステージに立っていたモデルであり、それなりにファンもいる女の子。おまけに母親がマネージャーとなると、ただの一般人よりも利用しがいがあるというものだ。


「……ククリア」

〈分かってる。逃げる方向をある程度予知して、エチェットたちに伝えてるところだ。すぐに鉢合わせる〉


 返答に少し安心して、俺はその場に残ったひとりの男と対峙する。

 地震はだいぶ収まり、立っていても問題ないぐらいにはなっていた。それだけ揺さぶれたという証拠だ。もしくは――。


「どうしますの、セーアちゃん!?」

「さっきエチェットに協力を仰いだから、行く方向に仲間と待ち構えていると思う。シェリナの保護は、彼女たちに任せておこう。……それよりも」


 奥へと投じた視線に、何かを察したチェルがごくりと喉を鳴らす。


「問題は、()()()()、というわけですわね」

勝算(しょーさん)はあるの?」


 フィノの鋭い質問に、思わず苦笑いを浮かべそうになった。

 そんなもの、ほとんど無いに等しいからだ。俺は精霊を扱えるだけのただのモデルでしかなく、神託者として持っていた能力(ちから)だって失くしてしまった。そんな状態であんなバーサク勇者を乗っ取るような狂気集団に立ち向かえるだなんて、普通の人なら考えもしないだろう。


 普通の……家族以外の人間だったら。


「ん、ちょっとはね。ここからが本番、セーアとしての腕の見せ所かな」


 ほんっとうに恥ずかしいし、何ならやりたくないけど。設定だからしょうがないよな。

 自分に言い聞かせながら、ひとり残った男へと向き直る。

 フードの奥の口元が、ニイィッと吊り上がったように見えた。



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