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さあ、プレゼントを贈ろう

 舞台の袖で歌う懸命(けんめい)な姿に、会場にいる誰もが徐々(じょじょ)に落ち着きを取り戻しつつあった。泣き声はやみ、苛立っていた人々の表情は完全にやわらいでいる。

 いまだに足もとが不安定な中でも、彼らの目は真っ直ぐに、ひとりの女の子へと集中していた。


「フィノ……」


 もちろんたったひとつの勇気だけで、そう簡単に苦手が克服できるはずもない。

 後方にチェルたちが控えてくれているとはいえ、いまは自分だけが衆目(しゅうもく)にさらされている状況だ。壁を支えにしている手も、ピンと伸びた足も小刻みに震えていて、少し気を抜いただけであっという間に倒れてしまいそうに見える。


 けれども前を見据えた眼差しは、観客たちと確かに通じ合っていた。


「俺も、負けずに頑張らないとな」


 先ほどの決意に満ちた返事を思い出し、急いで舞台裏を見回す。相変わらずスタッフや関係者が慌ただしく走り回っていて、こちらのほうがよっぽど騒がしかった。

 なにか使える物がないかと探っていると、近くで壁にもたれて通話していた男性がいきなり大声をあげた。


「はぁ!? そっちでは地震起きてないって、じゃあこの会場周辺だけ揺れてるってのか!? ンな馬鹿なことが――!」


 ……やっぱり。ここだけ揺れてるってことは、黒ローブの連中が装置か何かを使って、わざと揺れを引き起こしているんだ。そいつを何とかしないと、この地震は収まらない。

 俺はセーアとしてステージにいないといけないから、表立(おもてだ)って動くわけにはいかないだろう。と、なると……。


〈呼んだかい?〉

「おゎああああああぁッ!!?」


 いきなり思い浮かべた人物の声が脳内に響いてきて、場所も忘れて()頓狂(とんきょう)に叫んでしまった。あまりの声量に周りにいたスタッフたちが何事かと駆け寄ってくる。


「セーアちゃん、どうしたの!? 何かあったの!?」

「やっ、だ、ダイジョーブです! ホント、なんでもないの!」

「けど、さっきすごい声で……」

「む、虫がね! でっかい虫さんが、ブーンってそっちに飛んでいったから! セーアびっくりしちゃって、ヘンなこえ出ちゃったの。驚かせてごめんね?」


 ひと気のない通路を指さしながら取り(つくろ)うと、彼らはホッとした表情になった。


「なんだ虫かぁ。それならおじさんが、あとで外に追い出しておくよ」

「ところでセーアちゃん、こんな所で何してるの? 舞台袖にいなくて良いの?」


 屈みながら問いかけられ、頭からすっ飛びかけた本来の目的をようやく思い出した。そうだ。現地スタッフの彼らだったら、会場の準備やステージ転換なんかをしているから、色々と知っているかもしれない。


「あっ、あのね! お客さんがみんな怖がっちゃってるから、セーアたちで安心させてあげようって、チェルたちと話したの。それでね。フィノの歌が終わる頃に、パーッと散らせる物があったらいいなって……」

「ああ! それだったら」


 一人が反対側に振り向き、壁ぎわに積まれているたくさんの大袋を指さす。


「そこに造花やら紙吹雪やらがいっぱい詰まってるよ。もう使い終わってるやつだから、そういう理由なら持ち出しちゃってもいいんじゃないかな?」


 (のぞ)いてみると、中には紙製の小さな薔薇と花びらが。隣の袋には、さっき掃除されていた紙吹雪がたくさん詰め込まれていた。どちらも寒色系で、合わせたらきっと見栄えしそうだ。


「これ、使わせて貰ってもいいですか!?」

「もちろん。ゴミ袋じゃなんだし、せっかくならプレゼントっぽく大きな箱に入れてみたら?」

「ならセーアちゃんが抱えられるぐらいのサイズがいいな。確かどっかで見かけたような……」

「あっ! おれ、場所知ってるから持ってくる!」


 いつの間にか人が集まりだし、アイディアを出し合う企画会議みたいになっていた。沈んでいたスタッフたちの表情が明るく輝きだし、子供みたいに我先(われさき)にと手を挙げている。


「リボンも掛けたら可愛くなるんじゃない? それをチェルちゃんとフィノちゃんが、両側から引っ張ってほどくとか!」

「いいね。それぐらいの箱を包むとなると……そうだ、ステージのふちに飾っているリボンに予備があったはずだ。あれなら幅も大きさも、ちょうど良いはず」

「よしっ、急いで探すぞ!」


 箱とリボンを求め、各地に散らばっていくスタッフたち。

 完全に独断での行動だったが、(とが)めようとする者は誰もいなかった。いま自分に、何が出来るのか――それが問われている場面なのだと、(みな)が感じ取っていたから。


「物はなんとか集まりそうですけど、箱に入っているのをどうやって吹き上げるかが問題ですね。底に魔法陣を描いたとして、遠隔操作でタイミング良くやる方法が……」

「それは気にしなくても大丈夫ですよ。専用の道具を、うちが持ってきていますから」


 ひとりの懸念(けねん)に答えたのは、ちょうど駆け寄ってきていたマネージャーだった。


「アーシュアさん! こっちはいいから、チェルたちの傍に……!」

「ちゃんと他のスタッフが付いていますよ。シェリナさんが捕らえられ、人質にされかけているのもチェルさんから(うかが)いました。このままスタッフや警備員が取り押さえに行ってしまうと、騒ぎはより広まり、下手をすれば被害者が出る事態になりかねない。あなたはそれを危惧(きぐ)しているから、こうして秘密裏に動いているんでしょう?」


 すべてを見透かした問いに、俺は何も言い返せず素直に頷くしかなかった。


「会場に来てくれた人たちの無事だけでなく、笑顔まで守ろうとしている。あなたのその姿勢、私は好きですよ。つい手を貸したくなってしまうぐらいには」


 微笑んで、アーシュアさんは金属製の円盤に魔法陣が刻まれた物を渡してきた。彫られた陣は精巧(せいこう)に描かれているようでいて、よくよく見れば部分的に術式が途切れている。魔力を注ぎ込んでも機能しない、ほとんど落書き同然の代物だ。


「これは?」

「見た通りただの金属製の(おも)しですよ。専用の装置を使っていると言わないと、あなたの能力を隠せませんから。こういう場面に備えて作っておいたんです」


 他のスタッフに聞こえない位置に回り、小声で話しかけてくるアーシュアさん。

 もう魔法が扱えてもおかしくない年齢になったとはいえ、幼い子供がすべての属性を思うがままに操れるというのはさすがに違和感がある。だから言い訳ができるよう、見せかけの道具を用意したんだろう。


 本当にどれだけ気が利くんだこの人……と思っていると、ふいに彼のまとう雰囲気が変わった。


「これを渡すためだけに来た、というわけじゃありませんよ。先ほどいきなり大声を上げたのは、女神からの呼びかけがあったからでしょう?」

「……え」

「邪魔が入らないよう、私が傍にいて誤魔化しますから。通話機をとおして喋っている、という(てい)でお願いしますよ。どうぞ」


 有無を言わさず通話機を手渡され、音のしないそれを耳元へ持っていく。


「……ククリア」

〈やあ成哉くん、どうやら君の傍にはかなり優秀なマネージャーがついているみたいだね。色々とサポートをして貰っているようで、いやあ、羨ましい限りだ〉

「茶化しはいい。それより、お前の目的を話してくれないか? 何かを察したからこそ、此処(ここ)に来たんだろ?」

〈ああ。まさに先ほど、それを話そうとしたところだったんだけどね〉


 少しの間を置いて、再び脳内に声が響いてくる。

 いつもより余裕が無さげな、押し寄せる感情を必死にとどめているような。そんな感じの。


〈雄大がいるんだ。あそこに〉

「…………え?」


 俺が見過ごしていただけで、チケットを買ってわざわざ来てくれていたのか? 家族にも内緒で、無理に仕事を片付けて。

 ここに――――この場所に。


「父さんがいるのか? だったら、一緒に……!」

〈成哉くん。僕はね、美雫(ミナ)しか認めていないんだ〉


 返ってきた言葉は、予想だにしないもので。

 さっきまであったいつも通りの雰囲気なんてどこにもない、ただひたすらに嫌悪を煮詰めた、ひどく冷徹な声だった。


〈雄大が心から愛し、命のともしびが消える時まで添い遂げると誓い、身をゆだねた女性だからこそ許せたんだよ。膨らんでいく美雫のお腹を幸せそうに撫でるのを見て、君たち家族の暮らしを、遠くからでも見守っていきたいと思えたんだ。………だからこそ。さすがに、あれはね?〉

「あれ、って……?」


 俺の問いには答えず、ククリアはひとり言じみた呟きを続けている。


〈僕への冒涜(ぼうとく)だ。ふざけてるよ、おこがましい。いったい誰の許可を得て、ワタシのものに手を出しているというんだ? (けが)らわしいにもほどがある。何様のつもりだ? たかが他人が、あの男を好き勝手しようだなんて。このワタシ以外に誰も、何者だって――ッ!!〉

「イルマニッ!!」


 強めに名前を呼ぶと、一方的だった喋りがぴたりと止まった。俺は深く息を吸いこんで、彼女の反応から悟った事実を口にする。


「あいつらに、利用されているっていうのか? 父さんが……?」


 あり得ないだろ。だって数十人単位で襲い掛かってきた奴らを、たった一人でブチのめすような人だぞ。

 そんな強さを持っているくせに、本人は『何てことない』って顔をしているから、周りが勝手に惹かれてしまうんだ。どうしたって憧れてしまう。


 何者にも敵わない男。

 それが、御崎雄大だから。


 ――――()()()()()


「負け、たっていうのか? あんな、奴らに…………?」

「成哉さん」


 愕然(がくぜん)とする俺を見て、アーシュアさんは倒れないよう肩を抱いてくれた。もしもこの場に支えになってくれる人がいなかったら、そのまま座り込んで動けなくなっていたかもしれない。

 それだけ俺にとって、『父さんが負けた』という事実は途方もなくデカかった。


「父さんが負けていいのは、家族だけだろ……? 俺のパンチとか、ユエリスのダイブとか、エチェットのお小言(こごと)とか、ロズの尻尾ビンタとか。そういうのだったら、いくらでもやられてればいいんだよ。……なのに……なのにっ、なに、やって……!」

〈成哉。お泊り会の夜、お前はワタシのことを姉と呼んだな。あれは冗談のたぐいではなく、本心と捉えていいのか?〉


 とつぜんの質問に面食らうのと同時、無意識に伏せていた顔が上がった。

 当然そこに相手がいるわけもなく、行き交うスタッフの姿しか目には入ってこない。しかしこちらの様子を間近で見ているかのように、彼女の声色(こわいろ)は真剣そのもので、怒りに満ちた口ぶりではなくなっていた。


〈前にエチェットが言っていた。姉という立場の者は、下の子が泣いている時には優しく慰めてやるものなんだと。お前は、ワタシ……僕のことを、姉だと思ってくれているか? この世界に堕とされ、嫉妬や妬みの感情と合わさった(いびつ)な僕を……家族、だと……〉


 なぐさめると言いながらも、確かめたい気持ちが前面に表れた不安げな問いかけだった。

 お前も感情グチャグチャになってんじゃねぇか、と少し笑いそうになってしまい、口角が自然とゆるむ。


「うん。成哉(せいや)と、莉愛(りあ)。父さんが双子のために用意していた名前を貰った、大事な片割れだ。それに、歪なんかじゃない。頭にきてるのは、俺だって同じだ。あいつらをボッコボコにしてやりたい」


 片手に持ったままのマイクをぎゅっと握って、去っていく父さんの背中を思い浮かべる。

 もう一度。今度こそあの背中に駆け寄って、無理にでも裾を引っ張ってやる。絶対に逃がさないんだからな。


「家族総出で救出するぞ。父さんを」


 一拍置いて、弾けた笑い声が聞こえた。


〈慰めがいのない弟だな、お前は。……分かった。(さいわ)い、エチェットたちが足止めを食っていたおかげでキャストが揃った。これからは御崎(おざき)家の猛攻といこうじゃないか〉

「キャスト?」

〈ロズを連れてきたせいで、ドラゴンテイマーの資格を提示するよう、受付に求められていたようでね。カルムと合流し、三人と一匹でこちらに向かっているよ〉


 エチェットとユエリス、そんなことになっていたのか。どうりでライブが始まっても会場に来ないわけだ。

 それにしても、カルムか――久しぶりに会うな。師匠のお腹に赤ちゃんがいるのが分かって、それを伝えに来てからしばらく顔を見ていない。俺が忙しくなったのもあるけど……そうか、会えるのか。


「ならククリア。エチェットに声を送って、連中を逃がさないよう指示を出してくれ。会場の外でだったら、いくらでも暴れていいから」

〈雄大はどうする? 魂を絡め取られ、無理に眠りにつかされて勝手に身体(からだ)を使われているんだぞ?〉


 答えようと息を吸い込んだ時、大きな白い箱とキラキラした赤いリボンを抱えたスタッフが駆け寄ってきているのが見えた。


「セーアちゃん、これっ! あったよ!」

「フィノちゃんが頑張って(しゃく)稼いでくれているから、急いで持っていこう!」


 言いながら箱のふたを開け、急いで紙吹雪やら造花やらを詰めていくスタッフたち。また床にこぼれてしまったが、彼らは脇目もふらず作業を続けてくれていた。


 やがて中身がいっぱいに詰まった箱は閉じられ、シュルシュルとリボンが巻かれていく。綺麗にラッピングされたそれは、まさしく『プレゼント』と呼ぶにふさわしい見た目だった。


「はい。セーアちゃん、できたよ」


 受け取ると、中身が全部紙だからか思っていたよりも軽かった。それでも両手を広げてようやく持てる大きさで、みんな心配そうに見つめている。

 揺れはいつ収まるのだろう。客の不満を自分たちの力で解決できるのか、怪我人を出すことなく無事に終われるんだろうか――そんな思いも感じ取りながら、俺ははっきりと告げる。


「それじゃあ、みんなを笑顔にしてくるから! いってきますっ!」

「うん。いってらっしゃい」

「頼んだよ、セーアちゃん」

「はーいっ!!」


 後ろに向けて返事をしながら、舞台袖へと急ぐ。

 だんだんとフィノの歌声が近づき、俺とマネージャーに気が付いたチェルがパッと表情を輝かせた。


「待ってましたわ、セーアちゃんっ!!」

「チェルさん、いいですか。この箱を舞台の中央、スポットライトが落ちる危険のない端のほうへと持っていって、フィノさんと一緒にリボンをほどくんです。あとはセーアちゃんにお任せ下さい」


 マネージャーの簡単な説明に、チェルは小さく頷いた。


「分かりましたわ。それから指示が出たら、この飴玉をシェリナさんを捕らえている連中に向けて弾けばいいんですのよね?」

「うん。やれそうかな?」

「もちろんですわっ!」


 ウインク付きで頼もしく返してきた彼女は、「それじゃあ行きますわよ!」と元気よく歩き出した。俺もマイク片手に箱を抱え、再び舞台上へと足を踏み出す。

 俺たちの姿を認めたとたん、いまだ歌い続けていたフィノは泣きそうな顔をした。その両脇に立ち、背を支えながら一緒に歩き出す。


「フィノ。ありがとう、ひとりでも頑張ってくれて」

「あとはわたくしたちが付いていますから。もう大丈夫ですわ」

「うん……。うん」

「この箱を舞台中央の端に持っていって、わたくしとフィノでリボンを引っ張るんですの。そうしたら、素敵なことが起こるんですのよ」


 チェルの言葉に、フィノは控えめに笑った。


「精霊さんの魔法(まほー)だね?」

「ええ。誰もを(とりこ)にしてしまう、とびっきりの魔法ですわ!」


 ふたりの視線に頷き、俺はステージから黒ローブの連中を見下ろす。

 一番手前にいる男に集中すると、微かに父さんの持つ守護精霊の存在を感じた。かなり巧妙に隠されている。これじゃあ分からなかったはずだ。


〈――雄大ッ!!〉

「俺が何とかする」


 悲痛な叫びに短く返し、箱を持ったままステージのふちへと立つ。

 父さんとシェリナ。ふたりの解放という目的のため、事態は確実に動きだしていた。


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