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終わらせない

 少しでも気を(まぎ)らわせるためだろう、人々は地面に伏せた姿勢で思い思いに会話をかわしている。しかし明るい話題なんて出てくるはずもなく、どれも先を(うれ)うものばかりだった。


「これ、中止になるんじゃ……?」

「嘘でしょ、ライブがあるって発表されてからずっと楽しみにしてきたんだよ!?」

「それは知ってるけど。この状況だと、さすがに……」


 ステージ近くにいた女子二人のやり取りが聞こえてくる。

 ほぼ毎日ショーウィンドウの前に来てくれていた子たちだ。そのたびに『ライブ、楽しみにしてるね。頑張って』と声を掛けてくれて、応援グッズも作っていると教えてくれて。

 昨日も寝られなかったのか、目の下に(くま)を作っている。


「三人のぬいぐるみだって、徹夜(てつや)してようやく完成したんだよ? この子たちと一緒に、ライブ観ようって……写真、撮って貰おうって思ってたのに……。何でよりにもよってこんなタイミングで地震なんて起きるの? ひどいよ……」


 三つの小さなぬいぐるみを抱き締め、彼女はやり切れない気持ちを口にした。

 チェルとフィノの耳にも入ったのか、顔を伏せて拳を強く握っている。片手に持ったままのマイクは、どうしても手放す気にはなれなかった。それは彼女たちも同じなんだろう。


 ――こんな終わり方には、したくない。


 来て良かったと、楽しい時間だったと笑顔で語らいながら帰って欲しい。そしてどうかみんなが、今日の興奮を思い出しながら幸せな夜を過ごせたなら。

 そう願いながら、いままで頑張ってきたのに。


「くそっ! 今日休むために、無理して仕事してきたってのに! ふざけんなよ!」


 怒声が聞こえ、チェルたちが(おび)えた様子で傍らのマネージャーにすがり付いた。手が空いているスタッフが客席に飛び降り、急いでなだめに入る。


「お客様。状況が確認でき次第、ステージを再開する可能性もありますので。落ち着いて……」

「可能性だぁ!? 俺はチグルス国から旅程(りょてい)組んで来てんだぞ!! チケット代だって払ってんのに、一曲聴いて終わりかよ!?」

「お、お子様もいらっしゃる場ですので。お静かにして頂けると……」


 やり場のない感情が溜まってきているんだろう、とにかく当たり散らすように叫んでいる。他にも愚痴(ぐち)をこぼす人まで出始め、場の雰囲気はよりいっそうピリピリとしてきた。

 その重みを子供が感じ取らないはずがなく、しだいにすすり泣く声は大きくなっていた。


「ママぁっ、こわいよぉぉ!! うわああああんっ!!」

「ぐすっ……。セーアちゃんたちと、あくしゅ、できないの……?」

「おてがみ、わたしたかっ……うえぇ、うえええええん!! ええええええええんっ!!」


 泣き声は伝播(でんぱ)し、あちこちから涙する声が聞こえる。

 大人のファンも多くいるが、ピィニアのターゲット層はおもにオシャレに興味を持ちはじめる時期の小さな子供だ。人形という設定なのは、少女たちにとって幼い頃から慣れ親しんできた存在だから。


 歌いながら髪を梳き、化粧をほどこし、毎日いろんな服を着せ替えて。

 嬉しい日には(ひざ)に乗せて同じ時間を楽しんで、寂しい夜には抱いて眠る――そんな風にいつだってそばにいて、やさしく微笑んでいてくれる〝お友達〟だから。


「……()わらせない」


 誰にも聞こえない声量で呟いて、俺は静かに目を閉じた。

 意図的に音を遮断し、感覚を拡げていく。精霊になりかけていた時の、肉体という器から(おのれ)が溶け出していくイメージで。大気に存在する一匹一匹の精霊を知覚し、リンクさせていく。


 ヴァルアネスで起こる自然災害のたぐいは、火・水・土・雷・風といった、それぞれの精霊を統べる王の怒りや哀しみの感情から生まれている。

 だいたいの原因は環境破壊や種の絶滅といった、精霊が視れなくなった現代人の行いに警告しているのが大半だが……どうも今回のは、毛色が違う気がする。


「これ、本当に地震か?」


 俺の呼びかけに対し、なにかが近くの地面からポコッと顔を出した。見た目的に手足が生えた太いゴボウみたいだが、これが土の精霊が具現化した姿だ。

 彼は顔らしき部分を思いきり左右に振ってから、根っこのような手で群衆(ぐんしゅう)を指した。


 ――王さま、おこってない。あそこ。


 半身が埋まっているせいで、示す方向に誰がいるのか分からない。ただあの中に、地震を引き起こしている原因がいるのは確かなようだ。


「……チェル」

「な、なんですの?」


 俺の呼びかけに対し、少し心細そうにチェルはマネージャーから身を離した。


「確かエルフの感覚を持ってるって言ってたよね? それって、耳とか目が人よりも良いってことで合ってる?」

「え……ええ。それから何となくですけれど、魂の在り方なんかも分かりますわ」

「魂のありかた?」

「本当にぼんやりとですけれどね。たとえば、あそこの方たち」


 彼女がおもむろに指さしたのは、ちょうど土の精霊が示した方向だった。

 物販で買ったグッズなどを身につけている人のなかで、短めの黒いローブを被った集団が固まっている。手前に一人、真ん中に三人、後ろに三人。三列使ってバラバラに座っているが、全員同じような出で立ちをしている。


 周りにも黒ずくめの恰好をしている人はいて、馴染んでいるようにも見えるが……本質を見抜く力のあるエルフには、やはり誤魔化しは効かないんだろう。


「どうにも異質ですの。魂が……なんというんでしょう、普通よりもかなり歪んでしまっているというか。特に、一番手前にいる方。なんだか人間じゃない雰囲気をひしひしと感じて、わたくし、さっきから怖くて……」


 ぶるりと身を震わせ、チェルは耐えかねたようにフィノにすがりついた。『大丈夫だよ。だいじょーぶ』と耳元で優しく囁かれ、肩の強張りがゆっくりと解けていく。

 彼女にとっては(こく)かもしれないが、フィノがいれば、探る負担も多少は軽減されるだろう。


「ごめんね、チェル。辛いかもしれないけど、無事にステージを再開させるために、ちょっと力を貸してくれるかな?」

「…………できるの? わたしたちで」


 尋ねてきたのはフィノだった。小さく頷きを返し、遠くにいるククリアを視界に捉える。


「うん。フィノにも協力して貰いたいんだ」

「もちろん、だけど。セーアちゃんて……」


 いったい、何者? と、そう訊きたいんだろう。

 けれど続きが彼女の口から出てくることはなかった。俺の意志を尊重してくれているからだというのは、今までの付き合いから分かっている。だからあえて、これだけ話すことにした。


「セーアね。よく精霊っぽいとか、妖精みたいって言われるけどさ。それ、ホントなんだ」

「え? セーアちゃん、精霊人(せいれいびと)だったの? 古代から精霊王に仕えているっていう一族の……?」

「ううん、それよりもっと精霊に近い存在。だからちょっと、特別な力が使えるの」


 精霊に呼びかける形でなら幾らでも魔法が使えるだとか、そういった具体的な説明は無しにした。

 あまり詳細に話すと、俺がウェスティンだとバレてしまう――という考えが普段ならあったはずなんだが、今はただ、『あまり話したくない』という思いのほうが強かった。


「それが、セーアちゃんのヒミツ?」

「うん。このままみんなが悲しんだり、怒ったりしてるの見てたくないから。勝手に動いちゃうけど、いいよね? マネージャー」

「いいよねって、まったくあなたは……」


 アーシュアさんは呆れた様子で首を振り、少し厳しい顔つきで言った。


「あなたたちはモデルなんですからね。顔と体、衣装にキズが付かない程度にお願いしますよ。あと、あくまでお客様の目の前であるのをお忘れなく」

「りょーかい」


 軽く答えた時、チェルが再び強く袖を引っ張ってきた。


「セーアちゃん、シェリナさんが……っ!」

「えっ!?」


 視界をめぐらすと、一番後列にいた黒ローブの連中にシェリナが抑え込まれているのが見えた。必死に抵抗しているが、口元を覆われているのと囲われているせいで、完全に人に(まぎ)れてしまっている。

 上から見下ろせる位置にいる俺たちだけが、その異変に気付いている状況だった。


「あの方たち、さっきから人質を使ってマイクを奪うとか言ってますわ。それに、変な玉みたいのも用意しているみたいですし……。かすかに火薬の臭いがするので、たぶん爆弾かと」

「人質に爆弾、か。……よし」


 頷いて、俺は衣装のポケットを探った。三つの飴玉を取り出し、それをチェルに手渡す。


「チェル。シェリナを捕えている奴らに向けて、これを弾いて。できれば(ひたい)に」

「飴玉を、ですの?」


 探る瞳で見つめてくる。ちゃんとした武器でなくてもいいのかと、そう言いたいんだろう。

 けれど俺たちは、冒険者でも、ましてや勇者でもない。あくまでもただのモデルだから。


「シェリナが逃げられるよう、(すき)を作るぐらいでいいんだ。あとはスタッフさんたちが何とかしてくれる」

「けど、爆弾が……!」

「言ったでしょ、セーアも特別な力を使えるって。精霊に呼びかければ、武器を無効化するぐらいは出来る」


 言いながら、シェリナを捕らえている男たちへと指を向ける。

 俺の意志に(こた)えて集まってきた水の精霊たちがふよふよと空中を泳ぎ、彼らの腰にあるポーチへと次々に染み込んでいった。


 布地の色が変わるほどぐっしょりと濡れた辺りで、奴らはようやく全ての爆弾がしけっていることに気付いたらしい。慌てふためいている。

 このままチェルに――と思ったが、飴玉ひとつでも客の目に留まったらマズい。なるべく多くの視線を逸らす方法を考えないと。


「フィノ、歌をお願い! チェルは指示するまでそのまま待機してて!」

「ど……どこ行くの?」

「使える物がないか探すっ! パフォーマンスとして成立させないと、みんな不安になっちゃうから! 俺もセンターとして、ちゃんと盛り上げてみせる!」


 舞台袖から駆け出した辺りで、『わかった』という返事が聞こえてきた。なにかを深く決心したような、そんな響きだった。

 マイクがゴソゴソと鳴る音と同時に、フィノの穏やかかつ芯の通った声が客席へと伝わる。


「みんな、落ち着いて。だいじょーぶだよ。すぐに収まるから、それまでわたしの歌を聴いてくれる?」


 怒号(どごう)すら聞こえていた観客席は、それこそ水を打ったようにシンとした。シェリナを抑え込んでいる(やから)までもが動きを止める中で、フィノは大きく深呼吸をする。


「あ……あのね。さっきみんながいっぱい褒めてくれたの、すごくうれしかった。だからね。今日はみんなに、笑顔でおうちに帰って欲しいから。がんばって、もうちょっとだけ勇気を出すね」


 そう言って歌い出したのは、未完成のステージでひとり歌っていた曲だった。

 あの日に聴いた震えるか細い歌声は、やはり透き通っていて――――しかしとても、堂々としていた。



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