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歌声はみんなの心に

「セーアちゃああああああああああんッ!!」

「チェルちゃああああんっ、フィノちゃああああん!!」


 声援が叫ばれるなか、予想外な人物の登場に目が釘付けになっていた。間違えるわけがない。なんせ、化粧をする前に鏡で見た顔なんだから。

 今は不機嫌そうにしかめっ面をしているが、以前の胡散(うさん)臭い笑顔よりもよっぽど俺らしい表情をしていた。


 勝手にタンスを漁ってきたのだろう。見覚えのあるフード付きの服を着て、下にはひざ丈の短パンを履いている。あくまでウェスティンとして、彼女はそこにいるみたいだった。


 俺から視線を外すと、ククリアは用心深く辺りを(うかが)い始める。

 残った神の力が不安定になっているのも、父さんが『家にいろ』と言った理由だって、彼女はちゃんと分かっていたはずだ。なのにこうしてわざわざ苦手な場に出てきたのだから、何かしらの理由があって此処(ここ)にいるのだろう。


 様子からして、単純に遊びに来た、というわけではなさそうだ。


「さあセーアちゃん、フィノ! いきますわよっ!」

「ぇ――ぅわっ!?」


 動けなくなっていた俺の手を、チェルがぐいと引っ張る。

 そのままフィノとも握り合い、手を繋いだ状態で俺たちはステージへと(おど)り出た。とたんに拍手喝采が起き、白色のスポットライトに照らされる。


「わっ…………!」


 ステージの真ん中から見た観客席は、不思議と奥のほうまでよく一望(いちぼう)できた。

 入場はチケット制になっているが、立ち見形式なので次々に人がやって来る。物販のブースから戻ってきた人、ピィニア目当てに来てくれた人も多いのか、最後列(さいこうれつ)にいたククリアがいつの間にやら後ろから二列目ぐらいの位置になっていた。


 その少し離れたところでは、腕組みの姿勢で高みの見物を決めている黒髪の少女がいる。シェリナだ。手紙に書いていたとおり、ちゃんと仕事を終えてからこっちに来てくれたらしい。

 すでに衣装ではなく私服のはずだが、相変わらず黒とピンクの配色が目立つ露出の多い格好をしていた。


「あのシェリナという子も、ウェスティンくんもちゃんと来てくれていますわね」

「……うん」

「ステージ、ぜったい成功させようね」

「うん。そうだね」


 右と左からの声にそれぞれ答えて、俺は大きく息を吸った。

 スポットライトが当たったら、ここで自己紹介だ。短めだけど、テンポ良くいかないといけないから何回か練習したっけ。

 俺から言わなきゃいけないんだ。俺から……。


「はっ、箱入りむしゅめのお人形、セーアッ!」

「チェル!」

「フィノ」

「「ピィニアといいまーすっ!!」」

「みんな知ってるかなー?」


 噛んだ、めちゃくちゃ噛んだ――内心で泣きそうになりながらも、俺は赤いリボンで飾られたマイクを前方へと突き出した。リハーサルではここで無音だったので、少し虚しくなったものだが。


「「知ってるーーーーーーッ!!!!」」


 思わぬ声量が返ってきて、さっきのちっちゃな失敗なんてあっという間に吹き飛んでしまった。あらかじめ用意されたトークだというのに、自然とこちらの胸まで弾んでくる。

 マイクを口元に近付け、俺は肺に溜まった空気を押し出さんばかりに叫んだ。


「ありがとーーーーっ!! 今日はガラス越しじゃないセーアたちを、いーっぱい見ていってねーーーー!!」

「「わああああああああああああああぁぁぁッ!!!」」


 打てば響くように返ってくる声援が、今までにないほど気持ち良くて。

 ――――すっっっごく、楽しい。


 こんな気持ちを経験しちゃっていいんだろうか。ボロをまとい、血まみれになりながら戦ってきた俺には(まぶ)しすぎる世界なのに。

 あの小さな舞台(ショーウィンドウ)だけでも充分だったのに。本当に戻れなくなっちゃいそうだ。


「今日はわたくしたちのお歌を二曲、歌わせていただきますわ。二曲目はメンバー紹介になっていますので、知らない方は覚えていって下さいませね?」

「ランウェイのあとにはね、握手と撮影会もあるの」

「最後まで要チェックですわっ!」


 人差し指をビシリと客席に向け、ウインクをしてみせるチェル。

 こういう仕草だって、彼女は最初から(なん)なくこなしてみせた。対して俺は、まだやり方がよく分からない。せいぜいスカートのさばき方や女の子座りといった、セーアのイメージに沿った身のこなしを覚えたぐらいだ。


 それも最初は嫌々だったくせに、今さら意欲が湧いてきている。

 ……俺だって負けていられない、って。


「それじゃあ最初の曲にいくよーっ! セーアたちからファンのみんなへ、いつもありがとうの気持ちを贈るねっ! 『ピィニア』ッ!」


 イントロが始まり、スポットライトがゆっくりと消えていく。同時に客たちの期待が高まっていくのを肌で感じていた。

 眠っているお人形を意識して、肩の力を抜いて――振り付けの先生に言われたことを思い出しながら、目を伏せ、お辞儀のポーズで両手を交差させる。


 パッとライトが左側を照らした瞬間、清らかで透き通るような歌声が聴こえてきた。


「♪ ねえ そばで見ててね? 未完成で弱いわたしを

 きみの手にある こころのパーツ そっとはめ込んだら

 トクン、トクンッて動きだす ちっちゃなこの気持ち」


 フィノの歌い出しはやっぱりステージ映えするもので、みんな一気に惹き込まれていった。帰ろうと立ち上がっていた人までもが動きを止め、じっとこちらに聴き入っている。

 そこに帰さない、とばかりにチェルの元気な歌声と小悪魔的な仕草が追い打ちをかけ、俺も本気の彼女たちに見劣りしないよう、羞恥心を捨ててセンターらしく全力で歌った。


「♪ わたしがまだ 本当のお人形だったころ 

 愛なんて知らなくて ひとりさみしい世界にいた

 曇ったガラスに覆われた (ひつぎ)みたいな小さな木箱

 そこがわたしの全てだった 身動きさえとれなかったの

 思い出すと怖くて 手が震えちゃうから ねえ?

 今夜はやさしく繋いでいて 眠る時も一緒に」


 手を前へと差し伸べると、真ん中(センター)に集中していたスポットライトが三つに分散し、両側からすぅっと息を吸い込む音が聞こえた。


「「♪ ピィニア いつでもきみのそばに

 きれいに着飾るすがたを いっぱい見て欲しいから

 ピィニア たくさんの愛の言葉をかけて

 お人形のわたしが あなたと同じになる日まで


 ピィニア いつでもきみのそばに

 あしたも大好きな気持ち たっぷりとあげたいから

 ピィニア 虹色にかがやく魔法をかけて

 お人形のわたしが あなたと同じになる日まで


 おねがい きいてくれますか?

 お人形のわたしも あなたと同じになりたい」」


 歌い終え、手汗で滑りそうになるマイクをなんとか握り直す。

 最後に定位置へ戻って、膝をついて最初と同じポーズ――頭で唱えながらきゅっとターンし、練習どおり動きを止めるタイミングでチェルたちと揃えることが出来た。


「……はっ……はぁ……」


 たった一曲踊っただけでこれだ。肩で息をするぐらい疲れてしまっている。

 どれだけ鍛えていたって、やっぱり初公演という緊張には勝てない。おまけにこの大観衆、膝なんてもうガクガクだ。


「えー、一曲目はグループの代表曲となる『ピィニア』でした! お疲れ様でしたー、セーアちゃん大丈夫かな?」


 ステージ袖にいた司会のお姉さんが駆け寄ってきて、軋む身体(からだ)を起こした俺にインタビューしてきた。

 全っ然大丈夫じゃない、大勢の前で歌って踊るのがこんなにキツイだなんて思わなかった。もう一曲残ってるだなんて嘘だろ?

 心では思っていても、隠さなきゃならないのがこの仕事だ。笑顔を浮かべて両手を掲げ、ぴょんと跳ねてみせる。


「大丈夫ですっ、セーアまだまだ頑張れまーす!」

「おおっ、元気なお返事! センターらしい頼もしさだね。チェルちゃんはどうかな、緊張とかしてない?」

「何度も練習してきましたもの。それにこうしてお客様と直接触れ合える機会なんてめったにありませんし、逆に楽しくてワクワクしていますわ!」


 返答のとおりに、チェルは疲れているような様子もなくにこやかにしている。こっそりハンカチで汗を拭っている俺よりもよっぽど堂々としていて、やっぱりお兄さんに良い顔を見せたいんだなと察せた。


「いやぁ、初めてとは思えない度胸でお姉さん関心しちゃうなあ。フィノちゃん…………わあぁっ!? 大丈夫!?」


 対してフィノはというと――あからさまに顔が蒼ざめ、全身が小刻みに震えていた。


「ら、らぃじょぶ。ふぇの、らぃじょーぶ、らよ」

「自分の名前も言えてないよ!? ちょ、ホントに大丈夫……」


 司会のお姉さんが慌てて舞台袖へと視線をめぐらす。

 そこにはモデルのための救護班もいて、万が一が無いようずっと待機している。彼らが身を乗り出そうとしているのに気づいた俺たちは、慌ててフィノのもとへと駆け寄った。


「フィノ! 歌、すごく良かったよ!」

「さすがでしたわ。みなさん魅了されていましたもの、あれがフィノの実力ですわ。ね? セーアちゃん」

「うんっ、それにちゃんと綺麗に踊れてたし! セーア、二か所も間違えちゃったのにさ」


 笑いまじりに言うと、フィノが少しだけ頬をゆるめた。そしてすがりつくように、俺とチェルを抱きしめてくる。


「……ちょっと、栄養補給(えいよーほきゅー)

「えいよう?」

「わたしにとっての海水は、セーアちゃんとチェルだから。苦しくなるとね、ふたりのこと思い出すの。そうすると息ができるようになって、こうして楽になるの」


 彼女のゆっくりとした呼吸音が、すぐそばで聞こえてくる。

 震えていた体が落ち着きを取り戻し、冷え切っていた手がほんのりと温かくなっていた。


「――ぁ、ねぇみんなっ!?」


 俺はハッと我に返り、ざわついていた客席へとマイクを向けた。


「フィノの歌、どうだった!? みんなの感想も聞かせて!!」

「せ、セーアちゃ……」


 肩越しに顔を伏せる気配がした。二人がいれば大丈夫――出会ってからのフィノはよくそう言うが、ステージが完成するまで何度か様子を見に来て、客もいない未完成な舞台でひとり歌っていた彼女だ。

 本当はこうしなくても、堂々と歌って称賛を浴びられるようになりたいはずだから。


「フィノ、顔をあげて。客席を見てみて」


 頬に手を添えて(うなが)すと、顔がおずおずと持ち上がり右側を向く。

 観客たちは笑顔を浮かべ、彼女にエールを送っていた。


「フィノちゃんの歌、大好きだよーーッ!!」

「もっと聴かせて!」

「お店でも流してほしいなー!」

「二曲なんて少ないから新曲どんどん出して!」

「「姫えええぇぇぇぇ、頑張れえええぇぇぇッ!!」」


 最後のは『歌姫へ愛を捧げる会』とか書かれた横断幕を掲げた集団のものだった。非公式のファンクラブだろうか、ずいぶんと濃ゆいメンバーだ。

 他にも色んな声援が聞こえていた。みんなフィノの歌声を褒めていて、それはちゃんと本人にも伝わっているみたいだった。


「……わたし、やるね」


 呟きながら立ち上がると、脇に垂れ下がっていたマイクを両手に握り込み、胸元へと持っていく。


「もっと、やれる」


 マイクはちゃんと囁きを拾いあげ、励ましてくれた観客たちへと届けてくれた。


「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!!」」


 会場のボルテージは、いまや最高潮に達していた。


「ど、どうやら友情パワーと声援で力がみなぎってきたみたいですね! えー、ピィニアのミニライブは次で最後になります。そのあとは『ピュティシュ・アルマ』のランウェイになりますので、引き続き衣装を変えた違う雰囲気の彼女たちをお楽しみ下さい。それでは二曲目、セーアちゃんお願いします!」

「はいっ!」


 司会からバトンを渡された俺は、再びマイクを顔のそばに持っていく。


「ミニライブ最後の曲は、『いつだって♡そばにいて』です。ライブでセーアたちが気になったよって人は、ぜひこの曲でお気に入りの子のプロフィールを知っていってね! それじゃ、いっくよー!」


 人差し指を掲げながら、さりげなく視線をステージ袖へと移す。現地スタッフが俺の合図に頷きを返し、ゴーサインを出そうとした――まさにその瞬間。


 ドオオォォオンッという轟音(ごうおん)とともに、凄まじい縦揺れが会場を襲った。


「きゃあああああああああッ!!?」

「じっ、地震か!? デカいぞこれ!!」

()せろ、倒れて怪我するぞっ!!」


 悲鳴があちこちで上がり、客席が騒然となる。


 ヴァルアネスの中でもエリス国、特にウッドリッジは地震がめったに無い地域だ。防災の心得(こころえ)を持っている人なんてほとんどいなくて、彼らは慌てふためくばかりだった。

 そんな彼らを落ち着かせるために、司会やスタッフたちは必死に声を張り上げる。


「お客様! 揺れが収まるまで、その場で待機をお願い致しますっ! 慌てた行動は怪我のもとになります。どうか落ち着いて、倒れない姿勢を取って下さい!」

「いま状況を調べております。今しばらくお待ち下さい!」


 客席ばかりじゃない、裏側もまた騒がしくなっていた。地震の原因を調べろだとか、モデルの安全を確保しろといった指示が飛び交っている。

 そして舞台の上もまた、例外じゃなかった。


「きゃああああっ!!」

「こ、こわいよぉ……!」


 うずくまるチェルとフィノの頭上では、スポットライトや渡された鉄骨がガチャガチャと鳴っていた。いつ落ちてきてもおかしくない。そう感じた俺は、急いで傍らにいるふたりに叫ぶ。


「チェル、フィノ!! 這ってでもいい、早くここから逃げないと!!」


 けれどあまりの揺れと恐怖に、身動きが取れなくなってしまったらしい。

 俺はなんとか手を引いて強引に立たせると、おぼつかない足取りの彼女たちを安全な場所へと引っ張っていこうとした。けれど揺れはいまだ収まっておらず、今にもこけてしまいそうになる。


 そこに誰かが飛び出してきて、よろけかけたチェルもろとも一気にふたりを抱え上げた。


「マネージャーっ!!」

「このまま舞台袖へ。続行するかどうかの判断が(くだ)るまで、とりあえずは待機でお願いします」

「……そんな……」


 チェルが哀しげに呟くなか、俺たちは物が落ちてこない場所へと移動する。

 そこからでも観客席の様子をなんとか(うかが)うことができた。先ほどまで喜びや興奮に満ちていた空気は、あっという間に恐怖と不安の感情に塗り替えられてしまっていた。


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