友だち志望の挑戦状
「ともだち……って、あの態度で?」
「あれで友達になれる人なんてまずいませんわよ。お行儀が悪い、素直じゃない、おまけに自分の非を詫びないだなんて。プライドもやたらと高そうでしたし」
フィノが眉をひそめ、チェルもまた理解しがたいといった様子でため息をつく。
挙げられたシェリナの特徴とは真逆の性格をした彼女たちだ。友達が欲しいのだとして、目的とは不一致な言動をとる理由が分からないのだろう。
でも、俺には何となく分かる気がした。
そばにいてくれる人が欲しい。寂しいと思いながらも、どうせ離れていくのなら一人でいい――そんな諦めから、誰もかれもを遠ざけてしまう気持ちが。
「話をしていて感じたんだけど、あの子は誰よりも『大人っぽく見られたい』って欲求が強いんだ。だけど彼女の中にある大人の定義っていうのがまだ曖昧だから、プライドばかりが先行した振る舞いになっちゃってる」
言いながら思い出したのは、シェリナが唯一『様付け』していた存在だ。
初っ端からこき下ろされたのですっかり忘れていたが、彼女がセーアを激推ししているから楽しみにしていた、と言っていたか。そのあと落胆と同時にメスガキ呼ばわりされたものの、『楽しみにしていた』という言葉自体は他意のない、子供らしい等身大の気持ちだったんだろう。
「ブランドの看板を背負っているのもあって、でかすぎるプライドはどんどんと肥大化していった。そのせいで、彼女にとって対等だと思える子が今までにいなかったんだ」
「そこで現れたのが、セーアちゃんってわけですのね?」
チェルの合いの手に、俺は少し恥ずかしくなりながらも頷く。
「シェリナの憧れの存在が、『ショーゴ・エーサト』のロザリーヌさんていう人みたいで。彼女がセーアのこと熱心に応援してるからって、気にして会いに来たみたいなんだ。どんな人か知ってる?」
「もちろんですわ!」
声高に答えたチェルが、積み重ねられた箱からひとつを選び出してフタを開けた。隙間なく詰め込まれた菓子の上には、一枚の写真が乗っている。
「ロザリーヌ様は〝モデルの元祖〟って呼ばれているお方でしてね。今の時代のカリスマがセーアちゃんであるように、このお方もまた、歴史を作った偉大なるスターなんですわよ!」
「年齢はたしか六十代半ばぐらいだったと思うけど、現役でモデルをやってるすごい人なの。今回のイベントでサイン貰えるかと思ったけど、スケジュールが忙しくて参加してないって」
チェルが差し出してきた写真には、ひとりの女性が写っていた。
さすがは現役というべきか、定規を差したように背筋がピンと張っていて外見の年齢が読みづらい。フィノの補足が無ければ、十歳以上は若く感じられただろう。
歴史を作ったという説明のとおり、彼女の肌にはこれまでに歩んできた人生が刻まれている。けれども『綺麗な人だ』という感想が真っ先に出てくるほどに、佇まいからは力強いオーラがあふれていた。
彼女の放つ凛とした雰囲気をより強めるのは、非対称に切りそろえられたショートヘア。目元の加齢さえ、カメラに向けるまっすぐな視線に釘付けにされて気にさせない。
「……いや。違うな」
この人は逆に、重ねていく年齢を魅力として見せているんだ。
服装や化粧、アクセサリーだけじゃない。今までに培ってきた経験、それによって育てられた自信。生き様さえ、己の身に纏っている。だからこれほどまでに、強烈に目を惹くんだ。
「なにが違うんですの?」
「ううん。なんでもない」
不思議そうに覗き込んでくるチェルに笑って誤魔化し、俺は写真を彼女へと返した。そのついでに、心に浮かんだ感想をありのままに口にする。
「モデルって、本当に奥深い世界なんだね」
ふたりは顔を見合わせると、急にふふっと笑った。
「うん。そうだね」
「でもわたくしたちをこの世界の入口に導いてくれたのは、他でもないセーアちゃんなんですのよ?」
本人は、まるで自覚がないみたいですけれど。
そう上目遣いに囁いて、チェルは黒いドレスの裾をひるがえしながら隣の椅子へと座った。布地にあしらわれた真っ赤なバラが、鮮やかな残像となって視界に映り込む。
「………………ん?」
黒いドレス。赤色。
とたんに過ぎった既視感に、俺は頭を抱えた。
記憶の奥底にある引き出しが、ガタガタと音を立てている。何かを思い出せそうだ。
あとちょっと。ほんのわずかなとっかかりがあれば開きそうなのに、指を差し込めるほどの隙間ができたのに、中に入っている物をうまく取り出せない。
黒いドレス、赤色。
どこかで見たはずだ。どこかで……。
「それで、あの子と友達になるつもりなんですの? セーアちゃん」
「えっ? ああ……うん」
反射的に答えてしまい、しまったと再び頭を抱えそうになった。
せっかく何かを思い出せそうだったのに。といっても、出かかっていたモノが何なのかもよく分からないが。
「少なくとも、さっきの精……電気で、対等な存在にはなれたんじゃないかな。あとは嫌がらせにでてくるのか、それとも彼女なりに歩み寄ってくるのか。こっちとしては、ゆっくり見守るしかないよ」
記憶の底を探るのをやめた俺は、チェルの問いかけに答えながらシェリナ母が持ってきた包みを開けてみることにした。
子供への差し入れなので他と同じく菓子だろうが、甘い物が好きだから幾つあっても構わない。けどモデルとして体重やウエストを測るのを義務付けられているので、食べた分は運動しなければならないのが難点だ。
旅を終えてからも剣術の練習や、エチェットとの手合わせなんかは続けているので、習慣になっているから苦ではないけれど。
「さ~て。な~にっかな~♪」
鼻歌まじりに巻かれていた紐をほどき、ガサガサとあずき色の紙を剥がしていく。
「うおぁッ!?」
予期せぬ物が出てきて、思わず飛びのきながら叫んでしまった。
平たくて丸くて、ちょっとゴツゴツしてる……せ、煎餅だ。煎餅が入ってる! 海苔が巻いてなくて醤油味じゃないやつだけど、これ間違いなく煎餅だ!!
「い、いきなりどうしたんですの?」
「虫でも入ってた?」
あまりの反応に、ふたりとも驚きながら手元を覗き込んできた。しかしそこにあるのは何の変哲もない変わった菓子だけだ。
「これ、お菓子ですの? 見たことないですけれど……」
「セーアちゃん、知ってるの? もしかして苦手?」
「全ッ然! 大好き!」
首を猛烈な勢いで振りながら、俺はさっそく七枚あるうちの一枚に齧り付いた。
これに強烈な反応を示すのは、俺を含めた転生者たちだけだ。そのうちの誰かが記憶を頼りに思い出の料理を再現し、こうして販売・流通してくれる。
現地の人にとっては『初めての味』として好まれるし、転生者にとっては『恋焦がれていた味』をこの世界でも食べられる。まさにウィンウィンな関係だ。
「ふわぁあ……」
噛みしめるたび、懐かしの味が口内に広がっていく。
白焼きの煎餅だ。ほどよい塩味で、米が持つ本来の甘さも感じられる。お米を栽培している国は本当に限られていて、そこから輸入なり何なりして加工されたのだろうから、たった七枚でも高級菓子ぐらいの値段はするだろう。
「決めた。セーア、シェリナともう一度会う」
「「えっ?」」
「お礼言う。今すぐ」
「「いますぐ!?」」
まっすぐドアに向かおうとする俺を、フィノが後ろから引っ張り、チェルが目の前に立ちはだかってくる。
「あの子が所属しているブランドはいま、ステージ上で商品紹介をしている真っ最中ですわ! というか、わたくしたちもそろそろ用意しないとですし!」
「さっき『ゆっくり見守る』って言ったでしょ。そんなに急がなくても……」
「じゃあ仕方ないから手紙で」
くるりと背を向けて椅子に座った瞬間、ドアが唐突にコンコンと鳴った。
シェリナかと思い振り返ったが、隙間から覗いたのは銀ぶち眼鏡をかけた印象の薄いサラリーマン顔こと、うちのマネージャーだった。
「……あの、セーアちゃん?」
彼はクセなのか、眼鏡のブリッジを指で抑える仕草をしながら、やや呆れた様子で椅子にもたれ掛かっている俺を見た。
「『なーんだ、マネージャーかぁ。焦って損した』って感情が露骨に出てますよ? 顔と態度に」
「うん。出してる」
ダラけながら返すと、マネージャーが『まったくあなたは』と言いたげに肩をすくめた。
もちろんチェルとフィノがいる手前、これ以上のやり取りはできない。事情を知っている協力者だからか、彼と話しているとつい素が出てきてしまう。
「マネージャーが来たってことは、そろそろ準備しないとですか?」
「いえ、まだ時間的には早いですね。今回はちょっと渡すものがあって来ただけですので」
俺の問いに時計を確認しながら、アーシュアさんは懐から何かを取り出した。一枚の紙だ。封筒もなく四つ折りにされている、シンプルな便せん。それをこちらに差し出してくる。
「先ほど事情を伺いに行った際に、あなた宛てにとシェリナさんから受け取りまして。一応刃の欠片などが入ってないかなど、色々と調べさせて貰いましたので」
「えぇ?」
相手は九歳の女の子だぞ、ちょっと構えすぎやしないか?
いや、その油断からセクハラを受けたんだけども。あれはスカートめくりの部類であって、未然に防ぐのは不可能だったというか……。
「もしや『果たし状』ってやつじゃありませんの?」
「またセーアちゃんのことメスガキとか書いてるかも。いざという時、物的証拠になるから取っておいたほうがいい」
内心で言い訳を並べ立てている横では、チェルとフィノが警戒心を剥き出しにしていた。
何だかんだ言って根は悪い子じゃなさそうなので、俺としてはじっくりと時間をかけて良好な関係に持っていきたいところだ。
プライドも外聞も関係なく、対等に言い合える相手。それを彼女は望んでいるんだろうから。
願わくば、あの出会いが彼女にとっての刺激になっていたらいいな、なんて。
「…………あ。これ、挑戦状だ」
「やっぱりですの!? まったく、懲りないお方ですわね!」
「またお母さん呼んで叱って貰えばいい」
「ううん、そうじゃないんだ。ほらこれ」
四つ折りの紙を広げて見せる。
覗き込んだふたりは、口元を押さえて小さく吹き出した。
「確かにこれは、わたくしたちピィニアへの挑戦状ですわね」
「うん。受けて立つ」
フィノが珍しく強気に微笑んでみせる。
飾り気のない紙には、太めのペンで『あんたたちのステージ、観客席で見てるから。実力がどんなものか見極めてやるから、覚悟してなさい』という一文とともに、ウサギ、ネコ、クマが可愛らしく描かれていた。
それから何名かの訪問を受けたのちに、俺たちはいよいよ準備に入った。
改めて化粧をほどこし、揃いの衣装を着てステージ裏へと移動する。現地スタッフやモデル、関係者たちが慌ただしく行き来しているなかで、大勢の熱狂的な歓声が身を震わせるほどに響いていた。




