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小悪魔VS小生意気

「『ウィルケンヴィネップス』のシェリナよ。シェリナ・アンバード。聞いたことぐらいはあるでしょ? アンタがとんでもなく無知でない限りは」


 ()()()()()()の部分を強調しながら、カップを手にこちらを睨んでくる少女――シェリナ。

 彼女は俺に淹れさせた茶を(すす)り、勝手にお菓子を食べながら何故かここ数十分ぐらいは居座り続けている。


 その(かん)にも挨拶に来てくれたモデルさんは七人ほどいたのだが、彼らは差し入れを置いて一言二言(ひとことふたこと)かわすだけで、そそくさと退室してしまっていた。


 原因は明らかで、横に座っているシェリナが入ってくる人たちを無言でジッと凝視しているからだ。

 もしかしたら本人はそのつもりが無いのかもしれないが、黙っていても横柄(おうへい)な態度。そのうえキツめな眼光でジロジロと眺められれば、大人だろうと居心地悪く感じてしまうというものだ。


「シェリナちゃんかぁ。改めてよろしくね。えっと、ウィルケンヴィネップス……って、パンク・ロック系の女児ブランドなの?」

「呆れた、ホントに知らないのね」


 肩をすくめながら、シェリナはホットパンツのポケットから名刺ケースを取り出した。態度は生意気そのものだが、こういったプロ意識はちゃんと持ち合わせているらしい。

 受けとった名刺の表側には彼女の名前と経歴が、裏にはブランド名とどういった客層に向けた商品を展開しているのか、といった内容が簡単に記載されていた。


「女児に限ってないわよウチは。男子向けもあるし、他のモデルだって今回のイベントに参加してるけど、代表としてアタシが挨拶に来たってだけ」


 ブランドの顔で売れっ子だから、アタシ。

 そう高飛車(たかびしゃ)に言いながら、白黒のボーダーハイソックスに包まれた足を組みかえ、カップの中身をこくりと飲み干すシェリナ。


 口も態度もすこぶる悪いが、さっきの発言からするとこの子は九歳の女の子だ。自我が確立し、より多彩な感情を覚えはじめる時期。モデルという職業も相まって、きっと彼女の中には大人っぽく見られたいという欲求や、プライドといったものが芽生えはじめてきているんだろう。


 だとすれば、さっきからの言動は二歳年下の同業者――つまり俺に、年齢の差からくる余裕を見せ付けたいという(あらわ)れなんじゃないだろうか。お姉さんぶってると考えれば、案外可愛いなと思えてこないでも……。


「ん。おかわり」


 (から)になったカップを遠慮もなしに突き出され、引きつりそうになる笑顔をなんとか(こら)える。これで三度目だ。

 何杯飲むんだよ……と少々呆れながらも、お茶を淹れるかたわらにシェリナの様子を盗み見る。


 真っ先に目につくのは、オーバーサイズの黒い上着だ。ジャージ風なデザインで、ダボッとした袖がジャマなのか、時々ずり上げながらもカップを持ち直している。

 来たばかりの時は普通に着ていたが、今は肩がはだけるほどに前が開けられていた。下に覗くのは派手なピンク色のチューブトップ――肩ひもがない、腹出しタイプのトップス。


 さすがにヘソが見えるギリギリの丈になっているが、ホットパンツといい、年齢からして露出が多すぎやしないか?


「ねえシェリナちゃん。さっきセーアより、二つ年上って言ってたよね。てことは、九歳なんだよね?」

「そうよ。だからなに?」


 あまりにもぶっきらぼうな返答に少し面食らったものの、話題が発展するかもしれないという期待も込めて口にしてみることにした。


「大人っぽい服なのに、すごく似合ってるから。最初はもっとお姉さんかと……」

「あ、やっぱり?」


 そっぽを向いていた顔が急に勢いよくこちらを向いた。

 服に似たピンク色の瞳が、本人は意識していないんだろうがキラキラと輝いている。


「よく言われるのよねー。アタシは勧誘(かんゆう)されてこの業界に入ったんだけど、年齢知ったら驚かれたわ。本当はブランドのターゲット層が十二歳からだから、モデルをやるにはちょっぴり早いんだけど。大人っぽく見えるからって、プロフィール上では十二歳って言ってるの」


 自慢げにペラペラと喋っているが……いいのか?

 なんて思ったが、よくよく考えれば俺のほうが問題だ。性別をはじめとして、一人称も口調も仕草も(いつわ)りだらけ。それと比べてしまえば、三歳サバ読んでいるぐらいは可愛いものだろう。


「そっかぁ。シェリナちゃんもヒミツにしてること、あるんだね?」


 親近感湧いちゃうなー、といったノリで微笑みながら小首をかしげてみせたら、またジロリと睨まれた。


「アンタには及ばないけどね」

「そ、そうかな?」

「公開してるのは七歳っていうのと、あと女であるということ。甘いものが好きで、憧れの人は勇者パーティーのエチェットお姉ちゃん、だっけ? 家族構成で判明しているのは父親のみ。セーアっていうのが本名か、それとも芸名なのかも分からない」


 先ほど内心で自虐(じぎゃく)しただけに、つらつらとプロフィールを挙げられて冷や汗が出てきた。これだけ覚えてるってことは、やっぱりこの子、セーアをかなり敵視しているのでは?


 ライバルとか言ってたし……。まさかチェルたちがいない隙に、俺のヒミツを暴こうとしに来たんじゃ……?


 じわじわと湧いてきた危機感を前に、自然とカップを置く手が震えてくる。落ち着け、普段通りにすれば大丈夫。言い聞かせるほどに手が汗ばみ、意図せずカチャンと陶磁器が鳴った。

 とたんに心臓が跳ねたが、相手は肩をすくめているだけで特に反応した様子は見られない。


胡散臭(うさんくさ)いったらないわよね。『人形師のお姉さんに抱き締められて感情が芽生えた』とかという設定のくせに、父親がいるし。ガバガバ過ぎない?」


 淹れたばかりの茶を飲みながらイチャモンを付けてくるばかりで、カメラを出してくるだとか、わざと情報を引き出そうとするような真似はしてこない。

 まあ相手は九歳の女の子だ、さすがに考えすぎか。ちょっと犯罪組織のこともあって、気を張り過ぎているのかもしれない。やっぱり疲れてるんだ。


「えっと、パパはね」


 なんとか気持ちをなだめながら、俺は彼女の言うガバ設定とやらに答えようと口を開いた。


「セーアを引き取って育てたいって言ってくれた、優しい人なの。実の子供みたいに大切にしてくれてるんだ。だから人形師のお姉さんも、『セーアを人形じゃなく、人間として見てくれるなら』ってパパに預けてくれたんだよ」

「ふーん」

「いつも身体(からだ)に不具合がないか気にしてくれるし、たーっくさん甘えさせてくれるの。だからセーアね。お姉さんももちろんだけど、パパのこともだぁーいすき♡」

「へえぇぇー」


 自分で振った話なのに、まるで興味を示そうともしない。

 あまつさえ指を差し、こんなことまで言いだした。


「その設定、言ってて恥ずかしくならない?」

「せってい? よくわかんない……」


 もちろん恥ずかしいに決まってんだろうがッッ!!!


 なにが悲しくて『だーいすき♡』なんて胸の前で手を握りながら言わなきゃならないんだよ! 抗議しに行ったらもう公式設定になってて変えようもなかったし、父さんのこと訊かれるたびに言わなきゃいけないし! このバックストーリーを考えたやつ、俺の素性(すじょう)を知らない外部の人なんじゃないのか!? 誰が好きこのんでやるかこんなの!!


「やっぱ全体的に作り物っぽいのよねー。ぜんっぜん()が見えてこないというか、存在自体がウソに思えてくるというか」


 素ならまさに内心でブチ撒けている真っ最中なのだが、外見上では少女らしく見つめ返しているので当然悟られるわけもなく。


「そのぺったんこ具合からして、性別もウソだったりして?」


 いくら怪しまれても、いつもと変わらず演技さえしていれば――と油断していた俺は、彼女がみせたニヤリとした笑みの意味にすぐには気付けなかった。


「セーア、おとこのこじゃないよ? ちゃんとおんなのこ……」


 最後まで口にするよりも先に、いきなり彼女は座っている俺の上に覆い被さってきたかと思うと、初対面ではまずあり得ない箇所にバッと触れてきた。


「ひゃっ……?!」


 下にペチコートパンツを履いているとはいえ、まだ私服なのもあって着込んでいる物が少ないためにガードはやや薄い。少なくとも、スカート越しに軽く確認できてしまう程度には。


「ふーん。女なんだ、一応」


 シェリナはパッと手を離し、それきり興味を失ったようになーんだ、つまんないのとぼやいている。

 けれど俺の心臓は爆発しかねないほどに暴れていた。危なかった。まさかククリアの気まぐれなイタズラが、こんな場面で役に立つとは。子供の突拍子(とっぴょうし)もない行動というのは怖い。


 ――これはちゃんと言い聞かせておかないと、この子の教育面が危ない。

 決心した俺は、これ以上被害者を増やさないためにも熱意を持って言い聞かせることにした。


「あ、あのねシェリナちゃん。おんなのこ同士でもね、いきなりこういうトコ触っちゃいけないんだよ? もっと大人になって、好きな人ができたら……」

「なに真っ赤になってんのよ。アンタ人形って設定なんでしょ? 触られたぐらいで動じてんじゃないわよ」

「動じるよぉっ!」


 あの変態女といい、なんで人形って設定だからって勝手に触られなきゃならないんだ。俺はエチェットじゃないとイヤだし、もうちょっと年を重ねて同じぐらいの身長になってからだなぁ!


「とにかくダメなのっ! 年齢的に早いし、同意もなく勝手に触っちゃダメ!」


 退屈そうに聞き入っていたシェリナは、またしても思い付いたとばかりに嫌らしい笑みを浮かべた。


「そういやママの雑誌に、アンタみたいな子が夜には一番積極的になるんだって書いてあったわ」

「それ子供は読んじゃダメなやつッ!!」


 ああもう、頼むから誰かこの子追い出して! 警備員さーん、マネージャー!

 ……ってそうだ、マネージャーがいるじゃないか。バタバタしてて連絡とれてなかったし、チェルたちのこと伝えるついでにシェリナを引き取って貰おう。


 通話機を取り出そうとポケットをゴソゴソと漁っていると、ふいに廊下から足音がした。やがて扉が開き、待ち侘びていたふたりの人物が姿を現す。


「チェル、フィノぉっ!」

「ただいま。たのしかった」

「あら? セーアちゃん、その子……」


 何故か大量のお菓子を抱えたチェルが、俺の脇に立っているシェリナに気づく。当の本人は、入ってきたふたりを目にしたとたんに指を向け、無遠慮(ぶえんりょ)に言い放った。


「あ。()びたメスガキに媚びる取り巻き」

「まぁっ! 誰がメスガキですって!?」


 積み重なったいくつもの菓子箱をドンとテーブルに置き、両脇にこぶしを当てるチェル。


「セーアちゃんは(うるわ)しの立派なレディーですことよ! メスガキだなんて、そんな口汚(くちぎたな)く呼ばないで下さいませ!」

「チェル……」


 レディーではないものの、自分たちに向けての言葉ではなく、俺への暴言に怒ってくれているのが嬉しかった。

 憤慨(ふんがい)するチェルとは対照的に、フィノは冷静に扉を開けて廊下側で待機している男性に声を掛けている。


「護衛のおにいさん。お部屋に変なのがいるから、いますぐ追い出して」

「変なのじゃないわよ!? 『ウィルケンヴィネップス』のシェリナよ、まさかアンタも知らないっていうの!?」

「知らない。ひとの友達をメスガキ呼ばわりして、勝手にお茶をのんだりお菓子を食べてる人は不審者以外のなにものでもない」


 バサリと言い切られ、初めてシェリナは狼狽(ろうばい)した様子を見せた。


「べ、別にいいじゃないの。暇つぶしに来ただけで……」

「あっ、シェリナ! ここにいたの!?」


 護衛の人が呼んできてくれたのか、彼女のブランドの関係者と思われる女性が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「ま、ママ!?」

「まったく、これから出番だっていうのにピィニアさんのところにお邪魔なんかして……! あっ、衣装に食べかすが付いちゃってるじゃない! あなたこの恰好でランウェイを歩くつもりなの!?」

「ふぇっ?!」


 言われて初めて気付いたのか、シェリナは勢いよく椅子から立ち上がった。

 その拍子にポロポロとクッキーの欠片(かけら)がこぼれ落ちる。


「ちが……! こ、これはねママ……!」

「ごめんなさい、この子同い年ぐらいのモデルさんに嫉妬して意地悪言っちゃうんです。酷いこと言われたり、乱暴されたりしませんでしたか?」


 スーツを着た、シェリナに似た面立ちの女性――おそらく母親としてマネージャーをやっているんだろう――が強引に娘の頭を下げさせながら、心配そうに俺たちを見つめてくる。


 文句を言いかけたチェルだったが、俺はそれを制した。


「いいえ。ちょっと彼女が所属しているブランドについて、色々と教えて貰っていたんです。セーア勉強不足で、業界のことも全然知らないから」

「あら、そうだったの?」


 尋ねられ、彼女は迷いながらも無言で小さく首を縦に振った。「なら良かったわ」と安心した様子で返し、シェリナの母は手にしていた包みをテーブルへと置いていく。


「これ、せめてのお()びに。もし迷惑じゃなかったら、また遊んであげて下さいね。ほら、行くわよシェリナ」

「あっ、待って!」


 呼び止めた俺は、うつむいている彼女に向けて右手を差し出した。


「ほら、握手。良かったら、また仲良くしてほしいな?」


 相手は向かい側にある手と顔とを見比べていた。

 そりゃあそうだろう。メスガキ呼ばわりし、あんだけ罵倒して茶を淹れさせ、菓子をバリバリと食い、セクハラまがいなことをし、挙げ句にチェルたちを『取り巻き』とまで言ったんだ。

 普通ここまでされて、仲良くできるわけがない。


 けれど俺はあえて、された悪行を話さずに手を差し伸べたのだった。

 

「…………ん」


 ためらいがちに、少しばかり大きな手のひらが握り返してくる。


 瞬間、


「――――――――――ッ!!?」


 シェリナはビクンと全身を仰け反らせ、(もだ)えながら倒れ込んだ。

 床に転げまわり、涙目になってこちらを睨んでいる。


「せっ……セーアぁぁぁッ!! アンタ今、なに仕込んだのよぉっ!?」

「え? なにもしてないよ?」

「嘘よ! だって今、すっごいビリビリきたもの! 普通の静電気じゃないわ!」


 うん。だってわざと空気中に溜まっていた雷の精霊を呼び寄せて、握手のタイミングでお前の身体に張り付かせたからな。


「セーア人形だから、すごい帯電体質なの。痛くしてごめんね?」

「もう機械よねそれ!?」


 マネージャーである母親に引きずられながら、扉が閉まるまでシェリナはずっと文句を言っていた。やがて静かになると、チェルとフィノがずいと身を乗り出してくる。


「なんで言われたこと話さなかったんですの!?」

「叱って貰えば良かったのに」

「うん……。そのほうが、あの子のためにはなったと思うんだけどね。母親には素直そうだったのに、こうして目を盗んで同い年ぐらいの子にちょっかい掛けに行ってるみたいだから……もしかして、友達が欲しいんじゃないのかな? って」


 俺の返答に、ふたりは目を丸くした。

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