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負けちゃダメ

「さてと。こんなところかな?」

「お、おおおおおぉっ!」


 俺だ、目の前に俺がいる。

 変身したククリアを前に、自然と感嘆(かんたん)の声が漏れていた。

 くせのあるプラチナブロンドのショートヘアに、我ながら生意気そうな薄い青緑の瞳。半ズボンから覗くつるりとした膝小僧。色素の薄さと面立ちから、これでも女の子に間違われる事があるのだが……彼女らしい自信にあふれた態度もあってか、今はちゃんと少年的な部分が強調されている。


 昨晩あんな大暴れをかましておきながら、やるべきことはキチンとやってくれるんだから。さすがは元女神様だ、伊達(だて)じゃない。


「それにしても」


 部屋の壁ぎわにある鏡台を覗き込みながら、ウェスティン――ククリアが関心した様子であごに手を当てる。


「同一人物なのに、ここまで差別化できるとは。化粧というのは本当に凄いね、別人だと思ってしまうのも納得だ」


 彼女の真横に立つ俺は、すでに身支度を整えたセーアの格好でいる。

 整髪料で跳ねがちな髪をまとめ、(まゆ)を整え、まつ毛をカールさせ、化粧をし。外出用のドレスさえ着てしまえば、もとの少年らしい部分は毛ほども残っていない。といってもスカートの下に履いたペチコートを脱いでしまえば男物の下着がお目見えなので、いくら完璧だろうが気は抜けない。仕事場はもちろん、家ならなおさらだ。


「だからって油断はするなよ、ククリア」


 昨晩これでもかと(いじ)ってきた、いたずら好きな元女神様へ忠告もかねて念押しをする。


「風呂場では絶対に交換しなきゃならないんだから。ほんと頼んだぞ」


 特に最後を強調すると、彼女は俺の顔で分かりやすいほどにニタァッと笑いやがった。


「実は手っ取り早く、肉体の一部をパパっと変えちゃう方法もあるんだけどね?」

「ふざけんな。二度とごめんだ」


 いくら秘密を隠し通すためとはいえ、自分からあんな目に遭ってたまるか。本っ当に恥ずかしかったんだからな。


「っていうか精神年齢が離れてるからって、チェルたちと一緒に入れるわけないだろ。ユエリスはまだ五歳だし、兄妹(きょうだい)だからいいけど。それに俺は他の子よりもエチェットのはだっ――」


 あ。…………しまった。


「え? 今なんて?」


 ククリアことウェスティンのニタニタ顔がさらに深まる。


「エチェットの裸が見たい? 同居している恋人同士なんだから叶えられるじゃないかいつでも。君の度胸さえあれば」

「しっかり聞こえてるじゃねーかッ!!」


 恥ずかしさのあまり言い返してしまったが、これでは肯定しているも同然だ。いよいよ()(たま)れなくなってきて、ベッド脇に用意していた旅行カバンを引っ掴む。


「俺っ、そろそろ集合場所に行くから! ちゃんとウェスティンとして振る舞えよ!」

「はぁーい。いってらっしゃーい」

「そのニヤついた顔を引っ込めろおぉぉッ!!」


 叫びながら部屋のドアを乱暴に閉める。

 直後、玄関のほうから物音がした。時間帯的にエチェットかユエリスが帰ってきたのかと思ったが、音の立て方からして違う。これは――……、


「…………父さん?」


 そっと玄関を覗くと、そこには予想通り、昨日から帰ってきていなかった父さんの姿があった。ブーツの底にこびりついた泥を落とし、ブラシで外套を軽く払っている。


 その旅の頃から愛用しているくすんだ色味の外套にも、胸部や腕を守っている鎧にも。大きな傷や汚れが目立ち、呼びかけに振り返った顔にもまた、だいぶ濃く疲れの色が見えていた。

 普段は綺麗に剃っているというのに、何日か手入れをしていないのか無精(ぶしょう)ひげまで生やしている。


「ああ、成哉か。ただいま」


 なのにも関わらず、(くま)の浮かぶ目元をやわらげ、何でもないように挨拶をしてみせる父さん。

 疲労が目立つ表情と、帰宅時間からしてこれまで例の対策会議やら何やらに参加していたのは明らかだ。そう察せても、俺は遠ざけられているので知らないフリをすることしかできない。


「おかえり……。遅かったな?」

「本当は昨日帰れるはずだったんだがな、思ったよりも時間が掛かってしまった。どうしたんだ、旅行カバンなんて持って。これから仕事か?」


 父さんはコート掛けに外套をひっかけながら、やわらかく問いかけてくる。

 そう尋ねるのが幸せでたまらないと伝わる響きに、俺はきゅっと唇をすぼめた。一緒に行きたい。戦わせてくれ、勇者として必要としてくれ――なんて。この顔の前じゃ、とてもじゃないけど言えない。


「ううん。もうすぐライブの開催日だから、練習しようってなってて。チェルとフィノが、これからうちに泊まりに来るんだ。だから対策のために、ウェスティン役をククリアに頼んであって……。その、父さんは今日……」


 ……うちに、いるよな?

 一縷(いちる)の望みをかけた問いかけの答えは、返ってきた曖昧(あいまい)な笑みで何となく分かってしまった。


「ああ……帰ってきてなんだが、いったん荷物を取りにきただけなんだ。すまないな、最近ずっとこんな調子で。お前も売れっ子だし、なおさら護衛が必要になってくるだろうに」


 なだめるように、頭をぐりぐりと撫でてくる父さん。

 俺の質問を、以前までのワガママと取ったのだろう。送り迎えがないのが不満なのも確かだが、今はそれよりも――……。


「そうだ。チェルとフィノというのは、この子たちのことだろう?」

「えっ?」


 顔を上げると、父さんの手には露店で売られているような小さなブロマイドがあった。

 セーアを真ん中(センター)に、右にチェル、左にフィノが写っているものだ。ピィニアとして活動していくと大々的に告知された時、一番最初に三人で撮った写真。


「……なんで、これ持って……」

「なんでって、親が子供の写真を持ってちゃいけないのか?」


 今までずっとポケットに仕舞っていたのだろう。心外そうに言いながら、写真の端についた小さな折り目を丁寧に直している。


「お前が頑張っているからな、応援の気持ちで買ったんだ。ちなみにどっちがチェルちゃんで、どっちがフィノちゃんなんだ?」

「ぁ…………、えっと、えっとな!」


 まさか父さんが持っているとは思わず、つい嬉しくなってしまい筋肉の目立つ大きな肩にしがみつく。


「おっ、とと」

「こっちの黒髪の子がチェルで、魚人の子がフィノ! ふたりとも俺のっ……ああいや、セーアのだけど…………友達なんだ!」


 興奮ぎみに指を突き出す俺を前に、父さんは(まぶ)しいものでも見るように目を細めていた。


「そうか。友達と一緒だったら、仕事も楽しくやれていそうだな」

「うん! 前までは、ちょっと嫌々だったけど……今はすごく楽しいんだ。だから、だから俺さっ……!」


 ちゃんと聞き届けて欲しくて、正面に回り込む。

 旅の中で出逢った時には、たとえこうしても素顔を知れなかった。家族の過去を、実の父親であるという事実すらも覆い隠していた仮面。それはもう、父さんの顔には着けられていない。

 代わりに前世の俺と似た顔立ちが、力強い眉が。濃いブラウンの奥にある、深い深い眼差しが――こちらに確かに向けられている。


「俺っ、恥ずかしいけどいっぱい声に出して、みんなの応援に(こた)えるから! この世界ごと盛り上げてみせるから、だから……っ!」


 続けようと、深く息を吸い込んだ時。

 はっきりと目に入ってしまった。以前よりも、明らかに傷が増している頬が。

 顔だけじゃない。首筋や腕にも、回復薬を使ったとおぼしき治療痕(ちりょうこん)がいくつもある。傷の大きさによっては本人の治癒力が追いつかず、治っても痕になってしまう場合があるそうだ。その傷に似ていた。

 

「……とう、さんも……疲れなんかに負けちゃ、ダメだからな……?」


 自制したが、ほんの少しだけ声が震えた。

 特別な能力を持っているはずの神託者たちが、彼らに反発する連中によって次々に襲われている。死傷者まで出ている。

 マネージャーから聞いたその事実が、とつぜん現実味を帯びた恐ろしいものに思えてきた。


「なんだ、らしくもない」


 父さんは急に弱々しくなった俺を心配したのか、顔を覗き込んでくる。


「いつも私の扱いだけ雑なくせに。普段の暴力的な態度はどうしたんだ?」

「セーアだからッ!」


 肩を掴もうとする手から逃れ、距離を取りながら俺はなかば無意識に叫んでいた。


「今はセーアで、そういうことしないってだけ! さっきの言葉も……ウェスティンじゃなく、セーアだからああ言ったってだけだから! 気にすんなっ!」


 乱暴に言い放ち、旅行カバンを持ち直しながら玄関扉を開ける。


「成――」

「いってきますっ!!」


 伸ばされた手を見ないフリして、ぴしゃりと閉めた。

 ……いつもの照れ隠しに見えただろうか。だったらいいなと、人目を気にして走りながら思う。

 もしかしたら、父さんを喪ってしまうかもしれない――そう考えたら、泣きそうなほど怖くなってしまっただなんて。言えるわけがない。


 そうするしか無かったとはいえ、みんなの背中越しに消えていってしまった俺だから。



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