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セーアとして

「――決めました。イオニアさんに言われた通り、ステージに集中することにします」


 自己紹介も終わり、移動の合間。タイミングを見計らって、俺はこっそりとマネージャーに打ち明けた。

 自分の置かれた状況と、それから……父さんやイオニアさんの行動が単純な拒絶ではなく、優しさからきているのだと分かったから。なおさら勇者ではなく、セーアとして活動していくと決めた。


「本当は俺も勇者として戦いに参加したいし、なにより、父さんたちに『お前が必要だ』って言って欲しかったけど……。でもやっぱり、モデルとしての仕事も投げ出せないから」


 路地裏から少し離れた場所で聞こえてくる、チェルたちの笑い声。

 それに耳を傾けながら、足もとに視線を落とす。今日の蝶をイメージした純白の衣装に合わせた、レース地の白い厚底ブーツ。細身に作られているせいでやや窮屈(きゅうくつ)な足先を見つめながら、答えを探すように一度ゆっくりとまばたきをして、深く息を吸い込んでから顔をあげた。


「今度はセーアとして。世界を救います」


 あの日勇者として、人々に希望を与えたように。

 いまは戦場ではなく、ステージという場所で俺は戦おう。チェルとフィノと一緒に。ピィニアとして、たくさんの人を笑顔にさせてみせよう。(かげ)で起きている事件なんて、騒ぎにもならないほどに。

 たとえ剣と装備が無くたって、誰かのために戦えるんだと――あの旅路のなかで、色んな人に教わったから。


「だからマネージャーさん。もしイオニアさんに訊いているのなら、この世界でいま何が起きているのかを教えて下さい。知らないままじゃ、セーアとして戦えない」

「……あなたなら、そう言うと思っていました」


 突然の告白にも、マネージャーは真剣な顔で頷いてくれた。


「事件の内容について、どの程度把握(はあく)していますか?」

「いえ、全然……。父さんもイオニアさんも、そういう話は一切しようとしなくて。新聞とかも、自分が読んだあとは勝手に処分しちゃうし……」


 家の中や父さんの部屋も探ってみたが、毎日とっていたはずの新聞がどこにも無かった。おそらく読んだあと、外で処分しているのだろう。世界情勢がまとめられた神託者通信も、一時期からパッタリと途絶えている。


「でしょうね。あなたの目に入らないよう、徹底していたみたいですから」


 すまし顔で言った彼は、「それなのに私の口からお伝えしてしまうのは、少々心苦しいのですが」と前置きし、重い口調で続けた。


「『反魂(はんごん)の導き』、と名乗る反神託者はんしんたくしゃ組織の動きが、ここのところ活発になってきているんですよ」

「反、神託者組織?」


 字面からして、神託者をよく思っていないのは明白だ。


「ええ。彼らが神託者を襲う事件が多発していましてね。すでに何名か、死傷者も出ているとか」

「えっ……!?」


 神託者が襲われた、というだけでもかなり衝撃的だ。そのうえ死傷ともなると、並大抵の相手ではない。


 不遇な前世から、強い未練(みれん)を抱いて天へと召されてしまった魂。その強すぎる思念は女神へと届き、やり直しの機会を与えられたのが、俺たち神託者。いわゆる『転生者』というやつだ。

 彼ら彼女らを特別にしているのは、前世の記憶を保持しているというだけでなく、欲した力を使えるようになるという点。ここから神託者は『神の遣い』として、長らくヴァルアネスで信仰されてきた。


 しかしその信仰も、三年前の魔王誕生によって崩れかける事になる。

 彼は、俺たちと同じ神託者だったからだ。


「魔王エルディオの一件から、神託者という存在が絶対的なものではないと、全世界の目に(さら)されてしまいましたからね。彼らには神から託された力が、寵愛(ちょうあい)による差別や、格差に感じたのかと」


 持つ者と、持たざる者。

 どちらの気持ちも理解できる身としては、何とも言い難い。結局のところどちらも同じ人間でしかなく、気持ちの強さで得た力でしかないからだ。


「彼らの目的はいまだ不明ですが、おそらく神託者と同等の存在になる――だいそれた言い方をすれば、『神に到達する』、といったようなものではないでしょうか。……成哉さん」


 ひと呼吸置き、マネージャーは問いかけるような瞳でジッとこちらを見つめる。


「実際に至ったあなたなら、その行為がどういう意味を持つのかお分かりでしょう? あの代償で済んだのは、ひとえにあなたの願いが純粋だったのと、雄大さんへの想いを通して女神ククリアと同調していたからです。ただの(よこしま)な感情だけで、踏み込める領域ではない」


 思い出すのは、魔王エルディオ――松柳 久志(まつやぎひさし)最期(さいご)だ。

 女神イルマニと想いを同調させて神化を果たした彼は、魂が消失して、二度と輪廻転生(りんねてんせい)が叶わなくなった。つまるところ俺たちは同じ行為をし、同じ代償を払ったのだ。

 それでも俺がウェスティンとしてこの世界に帰ってこられたのは、ククリアや父さん、エチェットをはじめとした、みんなの願いがあったからに他ならない。


「人の身に過ぎた行為をすれば、必ず罰則や反動が起こる。彼らを放置していれば、いずれ暴走によって災害に近い現象が起きかねません」

「……アーシュア、さん」


 あなたは一体、どこまで知っているんですか?

 そんな声にならない問いかけに答えが返ってくるはずもなく、代わりとばかりに、青灰色の瞳が見下ろしてくる。最初に自己紹介した時とは別人じゃないかと思えるほどの、(くら)く鋭い眼光。


「そんな事態が起きぬよう。雄大さんや神託者たちは、暴徒化した者と水面下で戦っているのです。あなたはセーアとして、そのサポートができますか? 不安定になりかねない人々の心を、ふたたびまとめ上げる事ができますか?」


 なんて質問だ。

 およそ七歳の子供にする問いかけではない。そんなの、たかだかモデルとして売れだしたばかりの女の子に訊いてどうする。できるわけがないだろ。


 でも、『俺』だったら。

 ……セーアだったら。


「やっ――」

「やっと見つけましたわっ!」


 ドンと背中に衝撃を感じ、急いで振り返ると、不満顔のチェルとフィノがくっ付いていた。


「おはなし、終わった?」

「もうっ、遅いですわよ! せっかくセーアちゃんとも計画立てようって、フィノと一緒に話していましたのに!」


 一瞬焦ったが、どうやら今までの内容は聞かれていなかったらしい。

 個人的な相談がある、そう言ってマネージャーと二人きりにさせて貰ったので、彼女たちは他のスタッフさんたちによってこの場から遠ざけられていたはずだ。なのに難なく突破してしまうだなんて、ほんとエセではない純粋な子供は恐ろしい。


「計画……って、なんかあったっけ?」


 覚えがなかったので問いかけると、チェルは得意満面(とくいまんめん)に胸を張った。


「がっしゅく、ですわ!」

「ライブの練習のために、おとまりするんだって。それが『がっしゅく』、なんだって」


 覚えたての言葉なのか、なぜかフィノまで自慢げに説明してくる。

 合宿、というと……大会に向けて部活で泊まり込みをするとかいう、あのイベントだろうか? 青春時代をゾンビとともに過ごした俺には経験なんてあるはずもないが、まさかここにきて耳にする事になるとは。


「開催まで残り三日しかないですもの。三人で合わせられる時間もそうありませんし、それならお泊りでもして、一緒に練習してみませんこと?」

「ね、マネージャーさん。いーい?」


 フィノに遠慮がちに問いかけられ、アーシュアさんは困り顔で首筋を掻いた。


「練習に精を出して頂けるのはありがたいんですが……。お泊り会、ですか。……セーアちゃんがいいなら」


 横目で(うかが)われ、俺もまた同じ仕草をする。

 この状況でノーなんて言えるわけがないだろ。いいよね? みたいな顔で二人とも見てくるんだぞ。


「まあ、練習するのは大事だし」


 瞳から放たれるビームを回避する事もできず、俺は小さく頷いた。

 風呂さえ誤魔化(ごまか)せば、何とかなるだろ。たぶん。


「……で。いつお泊りするの?」

「明日ですわ!」

「誰の家で?」

「セーアちゃんち」


 フィノが指さしてくる。

 人を指差すんじゃない――なんて言葉をいいかけたが、それよりも衝撃的な発言に、俺は目を剥いて身を乗り出した。


「なんでうちッ!?」

「だってセーアちゃん、いつも着替える場所とか別々だし。プロフィールのヒミツになってるところとか、いつまでも教えてくれないし……」


 むぅ、と膨れっ面をされてしまい、返す言葉がない。

 これまで念のために二人とは違う場所で着替えをしていたのは事実だ。たかだか下着一枚とはいえ、見られたら説明しようもないから。

 でも家なんて、下着以上に隠しようがない。扉を開けたら勇者パーティーが勢ぞろいだ。どうする。


「セーアちゃんのご自宅は駄目ですよ」


 神の助けか、マネージャーが口を挟んだ。


「どこから情報が()れるか分かりませんから。たとえ三人のあいだでも、そういった重要なプライベートは秘密にしておかないと」

「「えええええーッ!!」」


 ふたりのブーイングが路地裏に響き渡る。

 さすがはマネージャー、イオニアさんの後任としてちゃんと俺のサポートをしてくれるみたいだ。ありがたい。


「セーアちゃんちダメなら、誰のおうちにする?」

「うちはお兄さまが気難(きむずか)しいお方でして。ダンスの練習どころか、たぶんお泊りも……」

「フィノのおうち、はんぶん海に沈んでるからチェルたち入れないと思う」


 話し合った二人が、改めてこちらをジッと見てくる。

 特にマネージャーが集中砲火を受けていて、代わりの場所を提案しない限り、このキラキラビームは()みそうにない。

 さすがに堪りかねたのか、彼は思い出したとばかりにひとつ大きな咳ばらいをする。


「…………ゴホン。そういえば、勇者パーティーのエチェットさんが、あなたたち三人をご自宅に招きたいとおっしゃっているそうでして。この機会にご連絡すればきっと、こころよい返事を貰えるかと」

「はああああああああああああああああああああッ!!?」


 ちょっと待て、それって結局うちでお泊りする話になってるじゃないか!?


「セーアちゃん、しーっ!」

「人が集まってきちゃいますわ!」


 ふたりがかりで口を塞がれてしまった。

 手の下でもごもごと文句を言いながら、どういうつもりだとマネージャーを軽く睨みつける。彼は相変わらずの読めない笑顔で、こちらに含みのある視線を放っているばかりだ。


「勇者ウェスティンさんをご紹介したいんだそうですよ。みなさんと同い年ですし、きっとお友達になれるんじゃないですかね?」

「「勇者さまに会える(んです)のッ!!?」」


 どうすりゃいいんだ俺は。分裂しろと?


「そういえばエチェットお姉さま、『お友達になって欲しい』っておっしゃってましたものね!」

「剣とか装備とか、いろいろ見せて貰いたいな」

「ねっ、セーアちゃん。楽しみが増えましたわね!」


 すでにその気になっている二人は完全に盛り上がっている。

 世界の危機に対抗するため、人々の平穏と笑顔を守るために。今度は勇者ではなく、モデル兼アイドルとして活動していくと決めた矢先のお泊り会。


 色んな問題が山積みで、頭が痛くなってくるけど。

 ……とりあえず明日に備えて、分身魔法でも身につけておこうかな。


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