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ドキドキの対面

「え? 今日は……って?」

「あれ? ほら」


 俺の疑問に対し、エチェットは机の上にあるスケジュール表を示した。そこにはさっき見たとおり、午前中の欄に『合同撮影』と書かれている。


「私、臨時(りんじ)のモデルとして呼ばれたんですよ。もちろん大人向けの方ですが」

「「ええええええええッ!?」」


  ――合同って、他のモデルと一緒に撮影するっていう意味だったのか!

 確かによく見れば、いつもカジュアルな装いなのにも関わらず、今日は高級な店に行くようなホルターネックドレスを身につけている。首に引っ掛けるようなデザインの真っ白い袖なしドレスで、丈はひざ下ほど。裾の部分は細かなレースの透かしになっていた。


「このドレスの告知用写真を撮りたいそうなんですけど、お色が四色展開になっていて。白に合う人がちょうど私だったそうで、モデルをやってくれないかって頼まれたんです。セーアちゃんに会うためにフライングしちゃいましたけど、もうすぐ他の方も来ると思いますよ」

「ほ、他のモデルさんも来るのか……」


 今まで撮影から何からずっと三人だけでやっていたので、それ以外の人と仕事をするのはなにげに初めてだ。


 実は店の中には、俺たち以外にも女性のモデルさんが三人ほど所属している。

 ピュティシュ・アルマはもともと、大人の女性向けに展開されているブランドだからだ。パーティーなどの特別な日や、ちょっと背伸びをしたい日に着るための、きれいめなテイストとフェミニンを中心としたスタイルを提供している。


 それが一年ほど前、新たな経営戦略として女児向けの商品を扱いはじめた。

 大人向けとは違い、安価で高級志向なデザインのドレスをメインにした「お人形と一緒にオシャレができる」といったようなものだ。その可愛らしさと手に入りやすさから、小さな子供を持つ親に大ヒット。煌びやかなドレスやセーアという存在に憧れる子供も増え、いまや本来の女性向けコーナーより、女児服のコーナーのほうが拡大しているという有様だ。


 そんな状況だから、大人向けのフロアを担当している彼女たちと、アイドル的な活動をしている俺たちとでは顔を合わせる機会が少ない。

 幼い子供としては不相応(ふそうおう)な人気の上がり方に、同じモデルとして嫉妬をされてもおかしくはないが……。


「……あ、そろそろ来るみたいですね」


 遠くから複数の話し声がきこえ、エチェットが顔を上げた。近づいてくるコツコツというヒールの音に、チェルとフィノが不安そうに身を(ちぢ)こませる。


「他のモデルさんと仕事をするの、これが初めてですわよね? 挨拶ぐらいはした事がありますけれど……。あんまりよく思われていなかったらどうしましょう……?」

「仲良くできるのかな? ちょっとこわい……」


 すがるように目を合わせられ、俺は少しばかり胸を張って、ふたりの手をぎゅっと繋いだ。


「大丈夫っ! だって、とって食われたりしないから!」


 こちとらゾンビに肩を食われたり、腹から巨大な(むし)を引きずり出されたり。魂を歪められたり、消滅しかけたり、肉体と魂を再構築されたり――と、およそ一般とはかけ離れた経験をしている。それに比べれば、先輩イビリなんてそこら辺のいざこざと一緒。チョチョイのチョイだ。


「ふっ、うふふふ! もう。セーアちゃんてば……」

「たまに大胆(だいたん)な考え方するよね。面白い」


 言い方がツボに入ったのか、二人は少しのあいだ笑っていた。

 ……なんとか緊張がほぐれたみたいで良かった。さっきみたいにガチガチじゃ、それぞれの良いところも発揮できないしな。


「それにもしもフィノが言うとおりの怖ーい人だったとしても、セーアが何とかするから大丈夫。ふたりの仕事ぶりを見れば、ちゃんと分かってくれるよ。誰にも文句なんか言わせないって!」


 クスクスと笑っていた二人は、俺の言葉に小さく頷いた。


「セーアちゃん、強いですものね」

「うん。頼りにしてる」


 戻った笑顔に安心して、俺も撮影に入れるよう身支度を整えはじめる。


 二人はまだ幼さから自覚していないみたいだが、チェルもフィノも、他の人なんかとは引けを取らないほどの凄い力を持っている。

 チェルは初めての仕事でもそつなくこなせるほどの才能と度胸があるし、フィノはちょっと心配性で怖がりだけれど、人を惹き付けるほどの存在感と歌声がある。ピィニアとして活動する事で見えてきた、二人の〝可能性〟だ。


 まだ芽吹いたばかりのほんの小さなものだけど、彼女たちの魅力はいずれ実力となって、誰もが知るほどになっていくだろう。

 今はそれぞれ自信がなくても、実績(じっせき)が足りなくても。誰の嫉妬も、批難の声も届かない高みへと(のぼ)っていける。

 俺はそれを、五年のあいだ支えてあげればいい。


 ――あと五年。十二歳になったら、俺はこの仕事を引退する。

 それまでに、チェルとフィノの名前を世界中に知らしめてやるんだ。そしてみんなを笑顔にしてくれる彼女らの(かたわ)らで、俺もまた勇者に戻って、平和を守っていければいい。


 ……たとえセーアが、過去の存在になろうとも。


 カチャリ、とドアノブが回る音がした。

 部屋のなかに(ただよ)っている精霊たちをいつでも使役できるよう知覚しながら、開くドアを注視する。さすがに七歳の子供相手に、先輩イビリをするような(やから)だとは思いたくないが……。


「――失礼。お邪魔するわよ」


 廊下側から現れたのは、いかにもモデルといった雰囲気の、均整のとれたボディーラインと顔つきをした三人の女性だった。エチェットと同じデザインの、それぞれ赤、青、緑に彩られたホルターネックドレスを身につけている。


「ふぅん……。この子たちが、ウワサの『ピィニア』……?」


 最初に入ってきた赤色のドレスを着た巻き髪の女性が、値踏みをするように俺たちを見下ろす。

 他のふたりの女の人たちも後ろを取り囲む形で立ち、なにやら物言いたげに腕組みをしていた。濃い目のアイシャドウのせいで眼光がきつく見え、また怖くなったのか、俺の背中にしがみついているチェルとフィノがいっそう密着してくる。


「せ、セーアちゃん……!」

「えと、えとっ……」


 萎縮(いしゅく)してどうしていいのか分からなくなってしまったらしい。

 俺はふぅっと息をつき、大きく顔をあげた。


「一緒にお仕事をするのは、これが初めてですよね? セーアといいます。こっちの黒髪の子がチェルで、魚人(ぎょじん)の子がフィノ。組んだばかりのグループなので、もしかしたらご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが……今日はどうぞ、よろしくお願いしますね。先輩!」

「成……セーアちゃん……」


 俺の発言に、エチェットが感嘆の声を漏らす。

 彼女と出会ったばかりの頃にはずいぶんと生意気な言動もしてきたから、そっちの方が印象深かったはずだ。あれから三年。色んな人に会ってきたし、モデルという仕事もこなしてきた。今回はそれの応用だ。


「……………………ダメね」


 しかし意気込んで(のぞ)んだ俺の挨拶は、赤いドレスの女性の短いひと言と、相変わらずの威圧的な視線で跳ね返されてしまった。

 硬く生気のない声。読めない表情に、精一杯の笑顔が強張っていくのが分かる。


「……え? だめ、って……」


 ……どういう意味だ?

 ()びた営業スマイルに見えたのか? チェルとフィノの手前、張り切って挨拶したのに。わざとらしかったのだろうか。

 彼女はそれ以上なにも言わず、俺の真正面に立って一歩を踏み出した。コツンというピンヒールの甲高い音が妙に響き、上からのとげとげしい視線もあって意気込んでいた気持ちがどんどんとしぼんでいく。


「……えと。ごめ、なさ」


 どうしていいか分からず、謝罪を口にしかけた時だった。

 いきなりグワシッ、という擬音が似合いそうなほどに掴みかかられたかと思うと、いつの間にか俺の体は宙に浮いていた。


「うわあああああぁっ!!?」


 そのまま羽交(はが)い絞めにされ、抱きしめられた姿勢のままでブンブンと振り回される。


「こんっっっなに可愛い子、抱っこせずにいられないじゃないのおおぉぉぉッ!!!」


 ――前言撤回(ぜんげんてっかい)

 とって食われるかと思った。


威厳(いげん)ある振る舞いを、とか思ってたけど! 思ってたけどおぉっ! 無理よこんなの! ぎゅーってしたくなるでしょ!」

「やあああああんもうっ、ちっちゃい! 可愛いーっ!!」

「本当にお人形みた~いっ!! お洋服すごい似合ってるし~!!」


 振り返れば、俺だけではなくチェルとフィノまで被害に遭っていた。

 二人とも困り顔だが、まあ嬉しそうだし……そのままにしておいてもいいか。


「ねえねえ、セーアちゃん。ちょっとお願いがあるんだけどぉ」

「はい?」


 お姉さんの囁きに、俺は首を巡らせて答えた。返事はしたものの、無理に抱き上げられているせいでスカートが(まく)れそうで意識は散漫だ。ペチコートを着ているから平気だが、その下は普通に男物なのでズレたらマズい。

 さりげなく裾を引っ張っているあいだに、ルージュが引かれた唇が耳元に迫ってくる。


「お姉さんにぃ、あとでお着換えさせて貰っても、いーい?」

「へい?」


 一瞬言われている意味が分からなかった。

 が、彼女の向ける視線の先に目をやって納得した。休憩室の隅、ハンガーラックに掛けられた数着の衣装を見つめている。宣材用という名目だが、ヴァルアネスでも大人気のメイド服や、獣人なりきりセットといったイロモノの衣装がほとんどだ。


 ……ええと、まさかこれを着ろと?

 女子たちの面前で?

 そのうえお着替えさせろと?


「だっ………………、ダメですッ!!!」


 間髪入れず、傍に控えていたエチェットが赤いドレスの女性から俺の体を強引に奪い去った。

 用意周到にも距離をとり、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「この子は私のですッ!! 着替えさせていいのも私だけです!!」


 言っている事は恋人として嬉しいし、独占欲持ってくれているんだなって思えるんだけど――……いかんせん小脇に抱えられているのが、なんか荷物感あってほんのりと悲しい。


「え~、なんでぇ~? ちょっとだけ~」

「エチェットお姉さまとセーアちゃんは、愛し愛され合っているご関係ですのよ。お邪魔してはダメですわ」


 同じく可愛がられているチェルが、横からさりげなく補足してくれた。

 ありがたいけど、関係がややこしくなっているのは気のせいか。

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