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にぎやかな食卓で、たったひとり

「……それで髪留めを付けたまま戻ったんだけど、服に合うからってそのまま撮影したんだ。来週にはその写真も公開されるんだって」

「ふふっ」


 俺の報告に、横で微笑んでいたエチェットが軽く吹き出す。

 仕事に疲れた毎日でも、何か良い事があった日には誰かに報告したくなる。

 俺にとってはそれが家族だった。できたてのご飯を囲んで、今日はこんな出来事があったんだとそれぞれに語り合う。父さんを憎んでいた頃には考えられない光景だけど……父さんに俺、義理の妹であるユエリス、婚約者のエチェット、そして元女神のククリア。血のつながりもない五人がひとつ屋根の下で暮らすようになってからは、一日の終わりの習慣になっていた。


「成哉くんてば、すごく嬉しそう。よほど三人での撮影が楽しかったんですね?」

「だ、だってお揃いなんて初めてだったから……」


 ゴニョゴニョと誤魔化していると、チキンの香草焼きに入れていたナイフをいったん止めて、小首をかしげて視線を送ってくるエチェット。


「今度、チェルさんたちに会いに行ってもいいですか?」


 耳にかかっていた栗色の髪が頬へと垂れ、微笑もあいまって仕草が妙に艶っぽく見えてくる。

 結婚を前提としている関係から、一緒に住んでいる現在(いま)は同居という状態になるのだろうか。すっかり家族の一員として馴染んでいる彼女は、いつもこうして夕飯時になると、俺の話を楽しそうに聴いてくれる。


「ちょ、ちょっとだけなら……」


 たまらず目を逸らしながら答えると、対面で食べていた人物の意味ありげな笑いが視界に入ってきた。父さんの愛人を豪語しているククリアだ。

 チェルたちと遊んでいた時の様子も、エチェットを前にバクバクと脈打っている心臓の音だって、こいつにはすべてが筒抜けだ。


「本当は紹介したくて堪らないくせに」


 元女神様という肩書きもなりを潜め、いまでは俺の姉という立ち位置に収まっているククリア。

 血ではなく魂を共有し合った仲なので、互いの気持ちは手にとるように分かってしまう。それが役に立つ事もあるんだけど、ほとんどは意地悪したい姉心(あねごころ)から、こうして揶揄(からか)いのタネになっていた。


「成哉くんてば、本当に可愛いね。……ね、雄大?」


 何気なく視線をやった彼女だったが、傍らの父さんはうわの空といった様子でスープをくるくると掻き混ぜている。手元を見ていないせいで、若干こぼしているのさえ気づいていない。


「ゆうだーい?」

「パパ? どしたの?」


 あまりの反応の無さに、黙々と食べていたユエリスまで心配になってきたらしい。幼児用のフォークを放り出し、椅子から降りて父さんの方へと駆けていく。


「パパ、おなかいたいの? だいじょーぶ?」

「あ、ああ」


 よじ登られてやっと気づいたのか、少し遅れて顔を上げる父さん。


「そうだな。とても美味(うま)いぞ、このスープ」

「ダメだ、聞いてないよこの人」


 虚ろな反応に、肩をすくめてククリアは嘆息した。どうやら一連の会話を何も聞いていなかったらしい。

 ここまで考え事に夢中になるだなんて、脳筋(のうきん)思考の父さんらしくない。そう思いながらも俺は、今日の報告をスルーされた怒りから、こっそり父さんの苦手な野菜を皿へと移してやった。


「えい」


 スプーンに乗った紫色のブロッコリーっぽい野菜が、父さんの目の前にある皿の上をコロコロと転げていく。


「ずいぶん古典的な嫌がらせをするね、成哉くん」

「嫌がらせじゃない。野菜を摂って欲しいという息子らしい気遣いだ」


 屁理屈(へりくつ)をこねながら様子を窺ってみたが、やっぱり父さんは膝に座ったユエリスの頭を撫でながらボーッとしている。

 目も眠そうに垂れていて、かなり疲れているみたいだ。そのまま放っておくと皿やカトラリーを床に落としかねないので、仕方なく起こしてやる事にした。


「おい、父さん。父さんてば」

「ん、んん?」

「地球の復興に精を出すのもいいけどさ、娘に心配されるほど体を張るなよ。俺だって心ぱ…………おいコラ寝るなって」

「だいじょうぶだ。ねてない、ねてない、ぞ……」

「バッチリ寝てるじゃねーかッ!! ああもう、運ぶしかねーじゃねーかよ!」


 食事中だというのに、エチェットに担がれてベッドルームへと運ばれていく父さん。もし俺が代わりに運べるぐらいの身長だったなら、布団よろしく窓際に上半身を掛けてやるところだ。


「まったく、なにをそんなに夢中になっているんだか……。ククリア、何か知ってるか?」

「いや?」


 いつも父さんの後ろをくっ付いて回っているククリアに訊いてみたが、反応は思ったよりもあっさりしたものだった。


「最近は僕も単独行動している事が多いからね。ただひとつ言えるのは、雄大は地球の復興ではない別の用事に手を焼いていて、何か君に隠しごとをしている」

「隠しごと?」

「それは雄大本人に訊いてみる事だ。もっとも、その機会があればの話だけどね」


 彼女が指したのは、ベッドでうつ伏せになって寝ている父さんだ。今にもイビキをかきそうなほどグッタリとしている。

 たしかにこの状態では、訊き出そうにも難しいだろう。明日の朝にでも問い詰めてみるとするか。


「ったく。朝の送り迎えも最近はご無沙汰(ぶさた)だし、いつチェルたちを紹介できるんだよ……」

「あー。やっぱり成哉くん、雄大にお友達を紹介したいんだ?」


 何気なく呟きを漏らしたつもりが、耳ざといククリアに拾われてしまった。


「大好きなパパに、出来たばかりのお友達を自慢したいんだね。なるほどなるほど」

「違う、違うってば!」

「いやー、本当に可愛いね成哉くんは。ねえ、エチェット?」

「そうですねえ。この反応も可愛いです」

「やめろおおおおおおおッ!!」


 女性陣ふたりに囲まれていじられ、俺はなす術もなく転がされるばかりだった。


「おにーちゃん、かわいー!」


 ついにはユエリスまで混ざり始め、食卓はいっそう賑やかになる。

 しかしこれだけの騒ぎの中でも、父さんはうつ伏せのままベッドルームで倒れ込んでいた。起きる気配はない。

 本当にどうしたというんだろう。あれだけ一緒にいたククリアとも別行動しているみたいだし、別の用事とやらに手を焼いているというのは間違いなさそうだ。


「明日になったら、ちゃんと訊かせて貰うからな」


 なかば自分に言い聞かせつつ、俺は残ったチキンの切れ端をフォークで刺し、口元へと運んだ。

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