空とぶキャンディーとお披露目
三人目も加わり、俺たちは本格的にピィニアとして活動を始めた。
ショーウィンドウも拡張され、今では三人並んで立てるほどのスペースが確保されている。まわりの飾りつけも以前より豪華になって、まさに〝ステージ〟と呼ぶにふさわしい規模感だ。
店内だけでなく通りにもバリケードが作られ、観客が増えるのを見越した対策が色々と取られていた。
今朝の出勤時だけでも、かなりの数の追っかけを見かけている。きっと仕事の幅が広まって、これまでより多くの人の目に触れる機会が増えてきたからだろう。
これからはモデル業だけでなく、アイドルとしての仕事も入ってくる――そう思うとむず痒くなってきて、なんだか落ち着かない。
いまいち実感が湧かないが、それでも俺は確かに、セーアとしてこの場所に立っていた。
「いいか? お前たちはまだ、ガラスの中という狭い世界にしか立てていない。大きなステージで大勢の目に晒される事で、初めてひとつのグループとして完成される」
「「はい」」
「午後からはレッスン開始だ。ライブに向けて、気ぃ引き締めろよ」
チェルにフィノ、そして俺。
それぞれに視線をあわせながら、イオニアさんはグッと親指を突き立てる。
「よし。今日もお客様に、笑顔ふりまいてこい!」
「「はいッ!!」」
ひときわ大きな返事をし、俺たちはショーウィンドウへと向かった。
すでに歓声は外から響くほどになっていて、セーアだけしかいなかった時より多くの人が店の前で待機している。扉をくぐると、へばり付くようにして待っていた客たちが一斉にこちらを見た。
「セーアちゃあああああんッ!!」
「こっち見てえええええ!」
小さめのプラカードに横断幕、手書きのイラストを掲げている人までいる。
手作りのグッズを手に、彼らは思い思いの歓声をあげていた。そんないつも通りの声援のなかに、こんな会話もちらほらと聴こえてくる。
「横にいるふたりは誰だ?」
「知らないのか? 新メンバーの子だよ!」
「名前は今日発表らしいな。これから紹介されるんじゃないのか?」
耳に入ってきたのか、フィノはただでさえ震えていた体をより縮こませてしまった。
「フィノ、だいじょうぶ?」
「……だめ。あし、うごかない」
俺の問いかけに、泣きそうな声でフィノが訴える。
しがみ付かれているチェルも困り顔だ。あと数歩でテープが張られている位置にまでたどり着けるというのに、どうしても前へと進めない。
「セーアちゃん、チェルちゃん……」
どうしよう、と。
困惑しきっている様子で、しだいに曇った顔がうつむいていく。客たちもざわつき始め、なかには「頑張れー!」と声を掛けてくれる人までいた。だが今のフィノにとっては、それすら重荷だろう。
これでは駄目だ。決心した俺は、意図的に遮断していた感覚を拡げるために集中した。
景色がゆらりと揺れ、あちこちに淡い色がつきはじめる。
やがて輪郭が浮き上がると、あたりにいた精霊たちが目に見えるようになった。
半透明の体にみじかい手足。子供のらくがきを具現化したみたいな姿をした小人たちは、周辺を漂いながらフィノを心配そうに見つめている。
彼らに目配せをしてから、俺はドアの向こうで様子を窺っていたスタッフたちに声をかけた。
「すみません! 休憩室にある飴玉、取ってきて貰えませんか!?」
「あ、飴玉か!? わかった!」
ひとりが身をひるがえし、一分も経たないうちにすぐさま目的の物が差し出された。色とりどりの包み紙にくるまっている、まんまるの飴玉。瓶に入っているそれをひっくり返し、幾つかを手に乗せている俺をみてチェルが首をかしげる。
「どうするんですの?」
「見てて」
言いながら、飴玉のひとつをポンと放る。
引力に従って落ちていくはずのそれは、あっと声をあげたチェルの眼前でふわりと浮き上がった。
ひとつ、またひとつ。投げた飴玉は空中にとどまり、ショーウィンドウの中でふよふよ、くるくると動き回っている。
「どういう仕組みですの、セーアちゃん!?」
見た事のない光景に、興奮ぎみに袖を引っ張ってくるチェル。
それもそうだろう。だって現代では、精霊を視れる人なんてそういないらしいから。
「ひみつ」
「ええっ!?」
俺の目には、飴玉を抱えて飛び回っている精霊たちが見えているわけだけど……言えるわけがない。だって精霊を視る能力は勇者ウェスティンの持つものとしては有名で、先祖返り特有なんだから。こんなところまで同じだなんて知れたら、さすがにバレてしまう。
本当は誰かの目に触れるところで披露したくはなかったが……フィノの気をまぎらわすためだ。安いものだろう。
「飴がぷかぷか浮いてる……」
思ったとおり、浮いている飴玉を前に彼女は目を見開いていた。
それは観客も同じだった。タネが分からない手品を眺めているかのように、ただ呆然と見上げている。
「な、なんで浮いてるんだ……!?」
「最先端の技術か? すげー!」
注目を集めている隙に、そっとフィノの手にいちご味の飴玉を乗せる。
「これ……?」
「食べて。きっと落ち着くから」
不思議そうに見つめてくる視線に笑顔で答えながら、俺は先陣を切って一歩を踏み出した。
「いらっしゃいませ、ブランドショップ『ピュティシュ・アルマ』へようこそ! 今日はみんなに嬉しい報告がありますっ!」
以前よりも通りの良い声に、何だなんだと客が集まってくる。
この世界ではまだ馴染みが薄いスピーカーを導入してくれたのは、転生者であるイオニアさんの進言があったからだろう。
刻まれた陣と魔法石でもって動いているそれは、確かに俺の声を店の外にまで伝えていた。
「セーアのお友達が増えました! ゴシック系を担当するチェルに、スチームパンク担当のフィノ。ふたりと一緒に、これからピィニアというグループとして活動していきます。そのデビュー記念として、それぞれをイメージした商品が発売されるんだって! みんな買ってね!」
「「はーい!!」」
何人かが手を挙げる。
正直こういう言動は身だけでなく心まで削られるので、反応して貰えるというのは救われる心地だ。
「それからもうじき、広場でライブが開催されます。時間もそう残されてないけど……セーアたち、頑張って練習するから。応援してくれると嬉しいな」
後ろからトン、と触れるものがあった。
背中に添えられたのは、右隣に立つチェルの手のひらだ。あったかさと自信に満ちあふれた笑顔に安心して、俺は左側で立ちすくんでいるフィノの手を取る。
腕を振る動きで右からの合図を伝えると、小さな頷きが返ってきた。少し笑顔が戻った顔を見て、俺たちもまた破顔する。
「今日も精いっぱいパフォーマンスするから、いっぱい見ていってね!」
せーのっ。
弾みをつけた体は、勢いに乗せて飛び上がった。
「「ピィニアを、よろしくお願いしまーすっ!!」」




