69話 罠の意味
「罠」という漢字の部首は、あみがしらだそうで。民に網が落ちてくるって意味なんすかねえ。
離された───
全速力で駆け下っていくと、あっという間に暗くなり、落下していったリザとミカの姿が見えなくなった。
だが、完全な闇ではなく、俺は夜目が利く。前方は塞がっていない。
ん?
斜度が緩やかになったような。
「ケント様、前!」
「ああ」
エマの言った通り、前方が明るくなった。
減速しながらそこに達する。急な上り坂に見えたが、それは錯覚で、辿り着いたところは水平な床だった。
止まってエマを床に降ろし、辺りを伺う。
「はぁはぁはぁ…………」
流石に息が切れる。
見回すと、丸い広い部屋だ。
床が眸と薄緑に輝いている。その灯りで明るく見えたのだ。
「ありがとうございます。ケント様。でも、なんでしょう、この広い部屋は。それよりミカとリザの姿が……」
「ああ、2人はあれだ」
右とさらに奥の壁を指す。
「あれは……何ですか? 玉のような」
薄暗がりに見えづらいが、デカい球体が2つ転がっていた。
「ああ、行こう」
球体の元に歩み寄る。
とりあえず。辺りに敵の気配はない
「エマは、そっちを見てくれ。アイ。もういいぞ」
ひさしぶりに、アイが顕現してブーンと飛んだ。
「では」
そうアイが答えた刹那、黒光りする塊が崩れた。風船が割れたように一瞬で境界がなくなり、中に有った液が決壊した。ドロッと溶けて床に広がっていく。色といい、粘度といい、まるでタールのようだ。綺麗さっぱり剥がれてリザとミカが現れた。
「ううう。何が起こったの? 頭がクラクラする」
「大丈夫か、リザ」
結構転がったろうからなあ。
「ミカ! ミカ!」
「ああ……アネゴ」
気絶していたようだ。
「だっ、大丈夫なの?」
「大丈……あぅぁあ……足が……」
ミカが右足首を押さえた。
「見せて」
おおっ。リザがリーザに変わった。何度見ても体型が変わるから驚く。
「………………リーザが 命ず 傷痍を癒やせ スペーリオ・キュア!!」
おっ、知らない魔法だ。
緑の光粒子がリーザの手から、ミカの足に降り注ぐ。以前の魔法より、輝きも密度も高まっている。
『うらやましいのですか?』
『はっ?』
訊いてきたのは、アイだ。
『ご主人様も、リザのように魔法が使いたいかと訊いております』
『こいつは、リーザだぞ』
『そうではなく、先程ポイズントードを屠った、あのような魔法をです』
「そりゃあ、な」
剣や武器を使うのが俺の好みだが、攻撃魔法が使えれば戦い方の幅が広がる。
もっと、みんなを楽させられる。
「なんですか? ケント様」
おっ。エマとミカがこっちを見ている。
声に出ていたようだ。
「いや、なんでもない」
『魔法も使いたいに決まっている』
そうだ。俺も魔法士 の職能を持っているからな。しかし、使える魔法は限られている。ステータスを見れば、いくつも良さげな攻撃魔法名が並んでいる。
回復系は良いのだが、全ての攻撃魔法は発動しない。
『使いたいのですね』
『むっ? もしかして使えるように……』
『いいえ、なっておりません』
なんだ! 気を持たせるようなこと言い方をするな。
『どうにも。ご主人様の魔導インピーダンスが高すぎるのです。ただ、それは皮相的で、まるで絶縁体の膜にでもに覆われているようです。それゆえに、魔鉱獣の魔法をかなり減殺する盾でもあるのですが。魔法を使う方向性では……転移させた高位天使の悪意というか、もはや呪いですね』
盾と言っても。確かに魔束は阻めるが、いったん現実化した熱や衝撃波までを防げるわけではない。中々に中途半端だ。
それにしても、呪いか。
リーザとリザの呪いは断ち切ったが、自分への呪いが解けないとは、情けない。
おっ。リーザの魔法が止んだ。
「どう? 立ってみて! ミカ」
「立つ?」
ミカが怪訝な顔をした。
「もう治っていると思うから」
「そう……なの?」
エマに支えられて、ミカが立ち上がった。
「あれ? もう足が痛くないよ、嘘みたい!」
「だから魔法なのよ。他に痛いところは? 頭とか」
「ないよ。ありがとう、リーザ。でもおかしいな、床が割れて落ちたと思ったら、頭の方から落ちたような。頭……頭。あれ?! 被ってない。どこに?」
ミカは慌てて、その辺りを見回した。
「ああ、あのヘルメットは、レダの変化だ。落ちた時に、頭だけでなく全身に広がって、ミカを助けてくれたんだぞ」
「ええ?」
傍らの黒いヌメヌメが盛り上がって、獣相になった。
「そうだったんだ! レダ! 重いし、被って鬱陶しいと思っていたけど、ありがとうね!」
ミカが、レダに抱き付いた。昨日まで恐々としていたが、もう恐くないようだ。
そうか、内心は鬱陶しいと思っていたんだな。
「アタシも助かったわ。ありがとう、レダ」
リザは、手近な方のレダの頭を撫でた。そう。彼女も鞭だったレダが追いついて守った。
アイがすうっと回って、俺の肩に留まった。
「ありがとうな、アイ!」
「ご評価痛み入ります。ミカは少し間に合いませんでしたが」
足のことを言っているのだろう。
「いや、誇って良いぞ」
「はい」
アイが、薄い胸を張った。
そう。レダを制御したのは、彼女だ。
おそらく外を固い薄皮の球体にして、そのなかを衝撃を吸収する液体金属のままになるように制御したのだ。それによって、リザもミカも転がり落ちるダメージを最小限にしたのだろう。
すばらしい判断だ。
「ですが」
ん?
ゴゴゴ……と、再びの地鳴りに振り返ると、駆け下ってきた斜面が、迫り上がっていく。
「くぅ」
為す術なく見上げていると、斜面と天井の差はみるみるなくなり、完全に塞がってしまった。
「ふぅ。これで、戻れなくなりましたね」
エマが落胆した表情になる。
「ぅぅうう! ぼっ、ボクの所為だ! ボクの! うぅぅぅ……やっぱりボクが斥候職なんて」
ミカがまた、床に突っ伏してしまった。
「み、ミカ……」
エマが背に手を当てなだめる。
「それがどうした、ミカ」
「ケント様?」
エマがびっくりしたように、こっちを見返す。
「自分の所為だと思っても、ただ泣いて喚いているだけか、ミカ?」
「あ……アニ……キ」
「ミカの所為だと言うなら、俺の所為でもある。だが、今はどうでも良い! 問題は、この迷宮からどう出るかだ! それに、ここには代わりの人間は居ない。ミカだけじゃない、エマもリザも代わりなんて居ないんだ。なのに、ミカは泣いてるだけか?」
「うぅぅ。やる! やるもん! やって良いなら、やる」
「何を言っている。誰も、やめて良いなんて言ってないぞ。なっ!」
「そうよ、勝手にやめたら困るわ。リザなんか、全く気が付かなかったし」
リーザが、屈託ない笑顔を浮かべる。
エマは、天井を見上げるとふうっと長嘆息した。
「そうね、ケント様は、何か感じ取っていたようだけれど、私も罠だとは。ミカ、立ちあがって胸を張りなさい」
「アネゴ……」
ミカは、エマから受け取った手拭いで顔を拭いた。
ん。いつの間にかアイが消えている。
『ところで、アイ。俺はどのぐらい駆け下った?』
『はい。垂直の高さにして、およそ35メートルほど。5階層から6階層分というところです』
元々、地下の4階層に居たから、今はざっと10階層というところか。
「あそこに通路がある。ああ、ボクが偵察します」
ミカが、左前方を差して、そのまま歩き出した。
壁に大きく口を開けており、長く続いているように見える。
「おお、慎重にな」
「私も一緒に行くわ」
エマとレダが1体、付いていった。
「おまえも、ありがとうな」
クゥゥン。
レダの頭を撫でると、喉を鳴らした。
「ケント様……いや、ケント」
言いながら、リーザがまたリザに戻った。
「なんだ?」
「このレダは、ケントの腕を被っていたヤツでしょう?」
「ああ」
ぎゅっと抱き付いた。
「アタシは守ってくれてうれしいけれど。リーザは、ケント自身を守って欲しかった、だって」
「じゃあ、次回は考えるよ。ふふふ……」
「もう!」
「ところで。エマはケントは気が付いていたと言っていたけれど……」
「罠のことか?」
「そう」
「いや、何か微妙に戦慄というか違和感があっただけで、それが罠だとは気が付かなかったよ。それに床仕掛けがある気が付いたのは、ミカだったしな」
「そう」
「俺達も行こう」
「うん。でも、あそこを進んでいいのかな?」
歩きながら、訊いてくる
「確かにな。一応は確認するが。ただ」
「ただ?」
「俺達を殺すつもりだけなら、あんな斜面にする必要はない」
「ああ、そうか。そうよね。単純な穴にしておけば、落ちて……レダが居なければ」
そういうことだ。あんな大掛かりな仕掛けはいらない。
斜面でも十分危ないだろうが、穴よりは。
「ううん。じゃあ、なんで? なんで、わざわざ?」
「わからん」
「まあ、わかったら苦労しないか」
「わからないが、生かしておくなら。俺達、ここに来た者達に何かやらせたいことがあるのかも知れないな」
「やらせたいこと?」
「迷宮自身か、迷宮を作った何者かの意思か。はたまた偶然の積み重なりなのかも知れん」
「うぅぅん」
「アニキーー」
「ふふ。ミカは元気が戻ったみたいね」
「そうだな。どうだあぁあ? 行けそうか?」
「罠はなさそう。行けると思う」
「そうか。でも、その前に、この部屋をぐるっと回って確認だ!」
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




