64話 居眠り
ふうむ。体調が芳しくないです。
「では、お疲れ様でした」
「ああ」
王都のギルドに戻って来て、常時依頼実施の報告をした。
ふむ。35セルクか。
泥運びの日当だ。やっぱり1セルク100円というレートは、少し違う気がするな。それとも単にブラックなだけか。監督の話しぶりだと公共事業だからな。
狩りとは比べものにならない少額だが、それはどうでもいい。
常時依頼をこなしたので、俺はめでたくC級冒険者に昇格した。
エマは自由意志だが、リーザ/リザとミカを連れている手前、外聞というものを無視できない。いつまでもD級というわけにはいかない。
窓口を離れて、ギルドのロビーを見渡す。
リザとエマはまだ帰ってきていないようだ。さっき4時の鐘が鳴ったばかりだからな。
彼女達とは、ここで待ち合わせだ。ミカの研修が5時までだから、全員で揃って帰る予定だ。
手持ち無沙汰になったので、壁際のベンチに腰掛ける。
『今日も称号が手に入りましたね』
すかさず、アイが話しかけてきた。
そういえば。ログを見直す。
≪称号:|怪力無双を得ました!≫
それで、どんなスキルが得られるんだ?
『最大筋力の持続時間が1.5倍になるみたいですね』
筋力が上がるわけではないのか?
『そうですね』
むぅ。微妙だ。昨日の飛蝗人てのは?
『跳躍時の姿勢制御が巧みになるそうです』
こっちも微妙だな。
『まあ、そう仰らずに。ただ、それよりも、ここ数日。ご主人様の身体の切れが良くなっていませんか?』
ああ。なんて言うか。今になって省みると、この世界に来てから自分の物ながら、借り物の身体で動いていた気がする。
『急激なレベルアップで、ステータスが一気に上昇したのですから無理もありません』
そうだな。そもそも最初、ガリガリになって体力が極限まで落ちたからな。短期間で戻ったが、あれが感覚に悪影響を及ぼしていたに違いない。
まあ師範のおかげで、気付きを得たのはよかった。徐々に感覚もしっくりしてきて…い………。
†
「ント……ケント。そろそろ起きて!」
「おあっ! リザ、かぁ」
ああ、ギルドのロビーだ。
いつの間にか、居眠りしたようだ。
「もう。ケントったら。工事で疲れたの?」
「まあ、な」
「ケント様、お待たせしました」
横にエマが座っていた。
「ちょっと、もうちょっとそっちに詰めてよ」
おお。
少し動いて、ベンチに3人腰掛けた。キッチキチだ。
「ああ。依頼終了報告は?」
「もう済ましたわよ。ほらっ!」
リザが右手を突き出してきた。ギルドカードが浮かぶ。ふむ。文字が変わって、C級と読めた。エマもだ。
「昇級おめでとう。ふたりとも」
「へへへ」
「ケント様を起こすのが憚られたので、交代で済ませました」
「そう。それで先にエマが行って、次にアタシが行って帰ってきたら。エマはペタッてケントにくっついているし。油断も隙もあったものじゃないわ。アタシも……」
両脇から、柔らかい物が押し付けられている。
油断かあ。
公共の場所で居眠りするのは、日本人だけと言うけれど。ここは日本じゃないからな。
『大丈夫です。変なヤツが近付いて来たら、私が起こしますので』
ああ、頼むな。居眠りしないのが一番だが。
「それで。ミカはまだか?」
「うーん。まだ姿は見えないわね。もう少しで5時になるけれど……あっ!」
遠くから、鐘の音が聞こえてきた。
ギルドは……少なくともこの支部は24時間営業だが、この時間で職員は結構交代が始まっている。
「ケント様、あそこ」
おお、研修が終わったミカがロビーへ出て来た……ん? 誰だ。
ギルド職員の揃いのベストを着込んだ壮年の男と話しながら、ミカはこちらを指した。
するとその職員がこっちに向かって歩いて来る。何だろう?
ホールを真っ直ぐに横切って近くまで来た。
俺も、思わず立ち上がる。
男は、顎髭を蓄えたなかなかに厳つい顔だ。
「あんたが、ミカの主人か?!」
横柄な言い方だ。
「ああ。ケント・ミュラーだ。あんたは?」
「ミレスだ。あんたに言っておきたいことがある」
ん? 聞いた名だな。
『ギルドマスターが、一昨日口走って居ました』
ああ。斥候の研修講師だ。
肯く。
「ミカさんは、滅多に居ない斥候の見習いだ」
”さん”?
横でミカが照れている。
「そのクランのマスターがどんなやつかと思ってな。顔を見に来たんだ。あんた。斥候職を使い捨てにしたら承知しないぞ。わかったな!」
ギルド職員と言うよりは、熟練の冒険者という顔付きだ。
人相はだいぶ違うが、似てるな。
「言われるまでもない。研修の教授をよろしく頼む」
「それこそ、言われるまでもないことだ。じゃあな」
はぁぁ。
「あっ、アニキ。すみません。多分アニキ達が待っていると言ったら、ミレスさんが会わせろと言い出して……」
「ああ、別に気にするな。悪い人には見えなかった。まあ少し頑固そうだったけどな、あはは……」
なんというか、俺の爺ちゃんに感じが似てる。
†
「では、市場へ行きましょう」
皆疲れているだろうから、今日もレリック屋で夕食を摂るかと言ったら、リーザが市場で食材を買って、クランハウスで食べませんかと言い出した。エマもそうですね、今日は収入も少なかったしと言い添えて、まあまだ金もあるけどなあとは思いつつも、2人の意見に従うことにした。リーザの料理は旨いしな。
今朝、行き掛けに古着を買った筋から、一筋北にある食物市場に向かう。
「へえ。意外と広いな」
それに賑わっている。人が一杯だ。
「ええ。北西町の胃袋と言われていますから」
エマがにこやかだ。
胃袋ねえ。
確かに、山盛りの野菜と果物。豚の頭が並ぶ肉屋、樽にぶつ切り肉を盛り上げて売っている。
「ああ。ダイナミックだなあ……でも虫は寄ってきてないな」
集ってきそうなものだが。
「ああ、虫除けの魔石を使ってますので。ほら、軒先からぶら下がっているあれです」
あれか。何か紫色の石が入った、ペンダントのようなものが吊られている。
「あれはどこかで買えるのか」
「道具屋で売ってますよ」
そうか。部屋に吊っておきたいな。蚊帳も悪くはないけれど、出入りが面倒臭い。
「是非買おう」
「では帰りにでも」
「でも結構長持ちするから、魔法ではなくて、石の臭いを虫が嫌がるって話もありますけどね」
「ああ、そうですね」
さっき路地裏で変態した、リーザとエマが主婦っぽい会話を始めた。
えっ!
「ケント様?」
声がだいぶ後の方に聞こえた。俺は無意識に駆けだしていたのだ。
数秒進んで、そしてある露店の前に止まる。
樽へ白い穀物が堆く盛られていた。
「いらっしゃい」
「これ、米だよな?」
「ああ、東洋ではそう呼ばれていますね」
「東洋?」
「ええ、我が国ではイイネの種で通っているよ。昔は隊商で東洋から、運んできただけどね。今は南部でも作っているよ。ウチは臼で突いてすぐ食べられるようにしてあるからね」
そう。玄米じゃなくて白米に精米してある。
「ちょっと、手に取っても」
手を見せる。ギルドに入る前に着替えた時に、しっかり手を洗ったから綺麗だ。
「ああ!」
店主が肯いたので、数粒摘まんで、手に取る。視力は上がっているが、手を顔に近付けて凝視。
おお! 短い。短粒種だ。ジャポニカ米(※)じゃないか!?
「よし! 10キロくれ!」
※:ジャポニカ米は日本で栽培されているほとんどの稲で採れる米で、短粒種。世界の主流はインディカ米で、長いもしくは細長い形(中粒種、長粒種)。
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
2023/09/23 誤字訂正(ID:2582126さん ありがとうございます)




