6話 ケント 頼まれる
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うわぁぁ。
大変なことを忘れて居た、大破した馬車に駆け寄る。
鉄の匂いが強くなっていく。
無惨に2頭の馬が血だらけで横たわって虚空を見ている。即死だ。痙攣すらしていない。
前方の馬車は、大破して粉々になっていた。あの牛野郎の突進恐るべしだ。屋根のある後ろの貨車は、連結部が折れてスピンしたのか、道路から外れている。あさっての方を向いているが、原形は留めている。
えーと。馬車を運転していた人間ぽい影は、ぶつかって左手に飛ばされて行ったから、こっちか……居た!
人間だ。ぱっと見、俺と差がない姿形。
「おい! 大丈夫か!」
男だ。西洋人ぽい。
地球人だったら、中年に見える男性が斃れている。駆け寄る。
うわっ!
脚があらぬ方向に曲がり、もげたのか肩から左腕がなくなっている。まるで、さっきの俺じゃないか。その上、肩口から上は血みどろだ。
大丈夫なわけが無い。
俺はどういうわけか復活したが。痛みが蘇る感覚が腹を襲い、呼吸が早くなる。
「……ぁ、ぁ、ぁぁ」
声だ。微かだが。よく見れば痙攣している、まだ生きているんだ。
「おい! しっかりしろ。なんだ? 何か言いたいことがあるのか」
「あぁ、あっ……あれを町へ」
日本語? いや。そんなことより!
男の残った腕が上がった、指す方……。
「貨車? そうなのか?」
「……たっ、たのみ……頼みます……」
「わかった」
何かを持っていた手が力なく落ちた。
「おい! しっかりしろ! しっかりしろ……」
『ご主人様。残念ながら……』
「……あぁ。分かっている。畜生!」
開いたままの瞼を閉じてやった。
南無……手を合わせる。
あれ?
なんだか、妙に俺は落ち着いていないか? いや、人間1人が事故死したというのに、全然狼狽えていないというか、相当落ち着いているよな。牛との戦いの所為か。
「アイ! この男は、なぜ日本語を喋った?」
『いいえ、違います。彼が喋ったのはヴァーテン語です。しかしながら、私が、ご主人様の聴覚と大脳に介入し、日本語の情報として理解できるようにしているのです』
「また介入か……ん?」
地面に何か落ちている。
ああ。さっき男が手から何か落としたやつか。概ね長方形の真鍮の板だ。拾い上げる。
「なんだ、これ?」
短辺の端に、いくつか溝が刻まれている。
『鍵ですね』
「鍵。これが?」
アパートの鍵とは似ても似つかない形だ。
まあ、後で考えるとして、尻ポケットに突っ込む。彼は何を頼むと言ったのだ? 貨車の中か。
男の亡骸から離れて、貨車に近付く。
大破した乗用の馬車の後ろに、牽引されていた物だ。
歪んではいるが、見る限り躯体構造は健在だ。側面には小さな窓が開いており、格子が嵌まっている。
後ろに回り込むと、3段の梯子があって、その上に扉が見える。観音開きの扉に江戸時代の蔵に有ったような錠前が掛かっていた。
この鍵か?!
梯子を伝って荷台に上がり、錠前を見る。
錠前の側面に四角い鍵穴があった。穴の幅があれと一緒だ。ポケットから板状の鍵を出して差し込むとしっかり嵌まった。えーと、それで? 開け方が分からなかったが、ガチャガチャ動かしているとカチッと音がして錠前が左右に割れて外れた。取っ手を引っ張ると扉が開いた。
草? 藁か?
中からバラバラと落ちてきた。よく見ると、帽子なんかに使われる麦わらだ。それが集まった小山が貨車の中にいくつもある。
側面の窓から光が差し込んでいるが、そこ以外は暗い。
『ご主人様。奥に人が居ます』
人?
「誰か居るのか?」
かさっと音がして、何かが動いた。
「はっ、はい」
声が返ってきた。
声の主が貨車の中途まで出て来ると、光が当たる。
出て来たのは、10歳位のか細い少女。薄汚れた白い肌、耳!
横に細く長い耳が突き出ていた。びっくりした。
袖なしのブラウス? 下着ぽいものしか身に着けていない。
それより。首の周り、なんだこれ?
頭よりも大きい角環が填まっている。
石? 金属? どちらにも見えるが。表面に何やら細かに紋様が刻まれていて、見るからに異様だ。
上目遣いにこちらを窺っていたが、俺が見ると眼を伏せた。脅えているようだ。無理もない。
「大丈夫か? ああ、ぶつかってきた牛は俺が斃した。もう心配ないぞ」
「はい。魔鉱獣が煙になったところは、その窓から見ていました。あっ、あのう。バステルさんは?」
やっぱり、あれは魔鉱獣と言うのか。
「バステル? もしかして、馬車を御していた男か?」
「はい」
言うべきか迷った。しかし、どうせすぐ分かることだ。
「道の横……ここから見て、右の茂みの前に横たわって居る」
「しっ、失礼します」
「おぅ」
俺の脇を抜けて、飛び出していった。あの男は、もう死んでいるとは言えなかった。
『ふむ。エルフ族ですね』
「エルフ?」
『それより、ご主人様。まだ奥に2人居ます』
目を凝らすと暗さに慣れて来たのか、麦わらの山から、脚が突き出ているのが見えた。掴んで貨車の中程まで引っ張りだす。麦わらが動いてもう1人居るのが分かった。アイの言う通り2人、両方女だ。20歳前後か? 麦わらがクッションになったのだろう。傷は負っていないが、気を喪っている。
いずれも肌は白くて、見目麗しい女だが、飛び出して行った少女と同じで、下着しか着ていない。胸がデカい。おっと、いかんいかん。
「耳は……こっちは俺と一緒か」
もう1人は、さっきの少女と同じく、長くて横に張り出している。
『はい。左はサピエン族ですね。右はエルフ族です』
「サピエン族?」
『ご主人様も強いていえば、サピエン族ですね』
確かに、日本に居た外国人と差がない。さっきの御者もサピエン族なのだろう。
2人の首にも首輪が填まっているが、少女とは違って装身具のような感じで、正面には札が掛かっている。
ん?
一瞬札に変な文字が見えたが、モザイクが掛かるように視界の一部が崩れ、すぐ片仮名に変わった。本当に俺の脳へアイが介入しているらしい。
ボナに、こっちはナタリア。名前か?
『これは、奴隷鑑札です。しかも娼婦ですね。失神はしていますが、問題ありません』
奴隷……ねえ。
とにかく、外へ……いや、かえって危険か。他の獣が出るかも知れない。
その刹那、チリっと肌が戦いた。
「イャァァアアーー」
!
外───
『魔鉱獣です!』
さっきの少女の近くに獣がいる。しかも4、5頭。今にも飛び掛かりそうだ!
やらせるものか! 荷台の上から、飛び出した。
恐怖はなかった。ついさっき死にそうなった事実も頭から失せていた
気が付くと宙に躍り出て、貨車から驚くほど飛んでいた。
地面に2歩着いて踏み切る。躍り掛かる魔鉱獣の側頭へ突き出した膝がめり込み、吹っ飛ばした。片膝をついて滑り込むように着地。
ここにあったか! 商人バステルの亡骸の横。地面に投げ出された剣を拾う。
グォォォロロ!
唸り声と共に別の一頭が飛んできた! 身を沈め大きく開いた顎門を回避、逆袈裟!
思いの外、軽く振れた。
青銅剣は魔鉱獣の胴を切り裂き、蒼い血飛沫が散る。
残りは……ああ、道の先へ逃げていった。
『その男の血の臭いに寄ってきたのでしょう。本来臆病な者共です』
ふむ。
「大丈夫か?」
傍に居た少女の顔には、青い飛沫が大量に付着していた。
戦いて震えつつ、少女は肯いた。
ボフっと破裂音がして、転がった魔鉱獣が消えて煙が渦巻く。そして地面に何かが転がった。
キャッ!
少女の背けた顔を染めた青が、ジリジリと光ると消えた。
≪キラーハイエナ2体を斃しました≫
頭に無機質なアナウンスが流れる。さっきと同じだ。
≪基準経験値324を得ました!≫
≪獲得経験値逓倍:256倍を適用,経験値82944を獲得しました!≫
≪青銀3854gを得ました!≫
ファンファーレが鳴る!
≪職能:剣 士が昇格しました!:レベル28≫
≪職能:拳闘士 が昇格しました!:レベル24≫
≪職能:回復神官が昇格しました!:レベル5≫
≪職能:放浪者 が昇格しました!:レベル29≫
≪職能:剣 士が昇格しました!:レベル29≫
≪職能:拳闘士 が昇格しました!:レベル25≫
≪職能:回復神官が昇格しました!:レベル6≫
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ふう。何か、一瞬身体が温かくなった。
「おーーい」
声? 道の先から聞こえたような!
目を凝らす……馬だ! さっき馬に乗った人が、近付いて来た。
ん? 何だこの視力。
まだ200mは離れているのに、顔がしっかり見える。
傍まで来ると並足となって、止まった。
30歳ぐらいの男が、ひらりと馬から下りた。訓練された身の熟しだ。兵士かな? 上下革で出来た服を着ている。
「さっき、ハイエナが逃げていったが、この有り様は?」
「ああ、ハイエナとは別に、デカい牛の化け物が出てな。そいつにやられた!」
「デカい魔鉱獣?! どのぐらいの大きさだ?」
「大きさ? 普通の牛の倍以上はあった……頭がこの位か」
両手をある程度広げる。
「街道に、そんな大きいのが。しかし、この馬車の有り様を見れば、納得だ。それで、その魔鉱獣は?」
周りを見渡している。
「あっ、ああ。運良く俺が斃した」
「おお、そうか!」
何だろう、男はずっと俺の頭を気にしているような感じだ。それにしても簡単に信じたな。
「とにかく、町から助けを呼んでくる」
「ああ。助かる!」
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訂正履歴
2022/09/20 申し訳ありません。特濃版から見直しました。