19話 リザ覚醒
女は変わるって言いますよね……。
なっ、なぜ修羅場? 頭が真っ白だ!
「こっ、こ、こ……」
ちゃんと説明しようとして、ドモリまくる。
「私は、アイです! リザさん」
人型が立ち上がって、こっちを振り返る。
おおう。動けるようになったのか。
ホルターネックのシャツをたくし上げると、器用に首の後ろのボタンを留める。人間みたいだ。
「アイですって?!」
俺の方が人形になったように、カクカクと頷く。
「はい! アイです!」
「アイって、このぐらい。ちんまりしていたでしょ!」
両手を20cmぐらい離して示す。
「では、証拠を見せましょう!」
言うが早いか、ぬちゃあと再び融けた。
「うわっ、キモっ!」
そして時間を巻き戻すように、融けたアイが再び人形に戻った。
「うわー、何これ。面白い」
キモいんじゃないのか?
「実はリーザの首輪だった、金属生命体に憑依しております。よろしく」
「えぇぇ、あれに? あれって、溶ける物だったのね。首輪だったと言われると、複雑だけど。今は本当の人間みたい。よく見ればかわいいわ! 可愛いものに罪はなし。よろしくね」
そうなのか?
さっきまでの修羅場が嘘のように、にこやかに笑いながら握手している。
「あー。喜んでいるところ悪いけど。アイに憑依して貰ったのは、女の姿になって欲しかったわけじゃない」
「じゃあ、何に成って欲しかったのよ? まさか男?」
なんで、リザが怒る?
「男でもない、武器だ!」
「武器って?」
「そうだな、槍とか、剣とか……」
「そうなのですか? 先に言って貰えば、オブジェクト数が少なくて楽だったのですが」
いや簡単な物って言っただろうが。
「えぇぇええ! アイちゃん、剣に成っちゃうの?」
「ご主人様の要望に従います」
「やだぁ! こんなにかわいいのに。なんで武器なのよ!」
俺を睨むな。
「あれを見ろ!」
部屋の隅に立てかけてある物を指差す。
「あの剣が何だって言うの?」
「俺が居た国で使って居たのは、太刀とか打刀とかいうもので、反りがあるんだ」
「反り……真っ直ぐなのはないの?」
「うーん。まあ大昔や外国では剣や直刀もあるけど、俺は使ったことはなかった。あれは感覚が、どうも違うんだ」
「理由は分かったけど……それだったら、もっと良い武器買えばいいじゃない。ケントはお金を持ってるのだし」
「金はまあ、それなりにあるが、リザの杖と同じで物の方がない。防具屋の店主に聞いたけどグラナートでは見掛けたことはないらしい。それに世界一固いのだろう、だったらガルヴォルンってヤツで、凄い武器ができる可能性が高いだろう」
「ふーん。そこまで言うなら分かったわよ。闘っていないときは、あの姿に戻ってね!」
「ええ、ご主人様が良いと仰れば。そうそう、魔力を与えれば分裂して増殖するみたいですよ」
「へぇぇ」
「疑いは晴れたか? じゃあ、30分ぐらい待ってくれ。それから、どこかで腹拵えをして、ギルドへ……ああいや、まずは狩りに行こう! リザもギルドに登録して貰うが、実戦経験がないと面倒臭いらしいからな」
登録前に実戦経験が有った方が良いとは、アデルさんの助言だ。
「よく分からないけど、狩りには行きたいわ」
「よし。じゃあ、忘れ物のないように準備しておいてくれ」
†
≪ リザ視点 ≫
少し早い昼食を摂った。
それから、町の門から外に出ると街道に沿って、しばらく歩いてきた。
ケントは、辺りに人気がなくなると、元はアタシの首輪だった物で造った、曲がったカタナという剣? を振り回して、その辺に生えている木の枝を斬って、1人で頷いている。何かを確認しているみたいだ。
それだけじゃなくて、ケントは起きると1人で剣の練習をやっている。汗まみれで帰って来るものね。私には言わないけど、何か悩んで居るみたい。
剣のことは分からないし、そっとしておこう。
「ああ、リザ」
「なに?」
「パーティ設定するぞ、手を出せ」
「うん」
がっちり握られた。
ああ……けっこう逞しい手だわ。
思わずアタシも握り返した。
顔も寄ってきて、ちょっとドキッとする。なんていうか、優男って顔じゃないけど、目と眉が凛々しくて、結構好みなのよねぇ。
お姉さん達が言っていた、惚れた男が良い男ってやつかな。
首輪を外してくれた時は、命を懸けてくれて凄く格好良かったしぃ。
今のアタシならともかく、色気に負けるのは分かるけど。あの時は前のリーザの姿だったし。しかも、知り合ったばかりなのに。男気あるわよねえ。それにやさしいし。
まあ、リーザがケントにぞっこんだから、それにアタシも引っ張られているわよねえ。
なんだかんだ、アタシが好きなのは認めるわよ。
キスもしたし(リーザが)、胸も触らせちゃったけれど。好きじゃなければ、させるわけない。アタシはこう見えても安い女じゃないのよ!
「おい。リザ! できたぞ」
「はっ?」
「はっ、じゃない。手を離せ」
「あっああ、ごめん」
「何だか顔が紅いぞ。病気じゃないだろうな?」
「だっ、大丈夫よ。朝起きたら終わっていたし。初めてだったからちょっと驚いただけよ」
「ならいい。でも具合が悪くなったり、辛くなったりしたら、すぐ俺に言うんだぞ」
「うっ、うん。わかった。ねっ、ねえ! 早く狩りをやりたいんだけど!」
ふう。ドギマギしちゃった。
「まあ、俺もこの武器を試してはみたいが」
心配性ね。
「任せておいて。アタシの天才魔法士ぶりを見せて上げる。稽古は十分だし。ダビッドも大丈夫って言ってたし」
「ダビッド?」
「ああ、バステルに買われる前の、前の……ご主人様」
あれ? 何か嫉妬してない? やーねえ。ちんまいリーザの頃よ。でも何か嬉しい。
「ふーん。まあいい、近くにある迷宮にも行きたいが。この武器もリザの魔法士の実力も未知数だ。だから……まずは腕試しだ」
グラナードの町を出て、南に向かう。
30分ぐらい歩くと、街道脇の様子が枯れた草っ原に変わった。中に入っていくと、草が脚に纏わり付いて歩き辛い。そこからまた30分。
居た──
魔力で拡張された魔感応が、敵を教えてくれる。
「4頭も居るよ。ケント!」
ふふふ。
耳元によって囁くと、ケントったら、びくっとしたわ。
「頭を下げろ。見つかるぞ!」
誤魔化してるぅ、カァワイィ。
あの鬣に腕と顔を描く鋭利な爪。あれは……。
「金獅子だわ」
「ああ、よく知っているな」
おわっ! 急にくっつかないでよ、ドキドキするじゃない。
「2人前のご主人様が、図鑑を見せてくれてたからね」
見た目は強そうだけど、それほどではないと書いてあった。それでも一般の人間よりは圧倒的に強いけど。
ケントに対するドキドキが、魔鉱獣を見ていたら別物に変わった。
「なんだ。震えているのか」
本当だ。自分でも気が付いていなかった。
「きっ、期待で胸が震えているだけよ。アタシは天才魔法士に成るって言われていたんだからね」
声を荒らげなかったアタシ偉い!
「だけど、実戦は初めてなのだろう?」
「大丈夫って言ったら大丈夫!」
声を潜めつつも強弁する。
「そうか。じゃあ、作戦だ。俺が3頭斃す。ただ最初は動くな。俺が2頭斃してから、行動開始だ。残る2頭の内、近くにいる1頭を斃してくれ。いいな!」
むぅぅ、何よ。それ! でもアタシを気遣ってくれているんだわ。
「分かったわよ」
「行くぞ」
ほわぁー。ケントってば、音も無く走って行って、跳んだ!
ケントが空中に身を躍らせた。
うわっ!
凄い、魔鉱獣の首がずるっと落ちた。
あっ、左!
金獅子が飛び掛かって……頭半分が切り飛ばされた。
はあぁ、えげつないほど強い。
リーザの目を通して見るのと迫力が段違いだ。あっと、見惚れている場合じゃなかった。
アタシもやらなきゃ!
あの金獅子は、完全にケントに気を取られている。
今だわ!
~~ ギルメーダス ホーヘイム ディス エイダム リザが命ず 宿敵に劫火を ~~
「ヰグニスタァ!!!」
突き出した杖の先、大きな火焔が一瞬に渦巻くと、弓より疾く飛んだ。
狙い違わず金獅子に中ると、一気に燃え上がった。
「あぁあああああ、ははっはは……!」
笑いが止まらない。
もう、醜く地を這い回る、ちょっと前のアタシじゃない。
ケントがこっちを見ている。
「ほらね、ケント! アタシは天才なんだって。言ったでしょ、心配ないって」
「ああ、そのようだな」
燃えさかる炎が、崩れ落ちるように倒れると、また黒い煙が充満する。
頭の中で、ファンファーレが鳴った。
≪マンティコア4頭を斃しました!≫
≪経験値375552を獲得しました!≫
≪青銀4164gを得ました!≫
え? 戦闘って、そんなに経験値が得られるの?
≪職能:魔法士 が昇格しました!:レベル18≫
≪職能:|魔法士 が昇格しました!:レベル19≫
≪職能:|魔法士 が昇格しました!:レベル20≫
:
:
:
ええ? 目まぐるしい勢いで、魔法士のレベルが上がっていく。
ありえない、ありえないわ! 練習ではほとんど上がらなかったのに!
天職だったけど、しばらくレベルアップしなかったのに。
:
:
≪職能:|魔法士 が昇格しました!:レベル28≫
≪職能:|魔法士 が昇格しました!:レベル29≫
止まった。
29ぅぅうう?
あっ。いつの間にか、ケントが近くに居た。
「ねえねえ、ケント、ケント!! アタシ、魔法士が昇格したのよ! レベル29だって。こんなに一気に上がるなんて、すっごい! 嘘みたい!」
「なんだと……」
ケントも驚いては居るのだろうけど、それほどでもないみたい。
「どうなっているのかしら? ねえ、ケント!」
「うーむ。俺とパーティを組むと、獲得する経験値が128倍になるらしい」
はっ? 128倍?
「うっそだあ……嘘だよね?」
うゎぁ。ケント凛々しい顔。
「本当なの?」
うわっ、この眼。本当らしい。
でもそのことより、真剣な顔が愛しくなって、ケントに抱き付く。
「もちろんだ」
「そうかぁ。ケントは嘘付かないもんね」
あっ、腕が回され……まだだめよ、こんなところで。はぐらかさないと。
「ああ、こんなに青銀が落ちている」
しゃがんで金属塊を拾う。
あぁ胸の高鳴りが。バレないように……冷静に冷静に。
「はい。ケント。ほら結構重いよ」
拾った物を差し出す。
「ああ、いや。これはお前が斃した分だ!」
「何言っているの。奴隷が得た物は、全て主人の物なんだよ。でも、何か欲しくなったら、ケントにねだるから買ってね」
「アン……」
あっと言う間に絡め取られた。これじゃあ逃げられない。逃げないけど。
ぎゅっと抱き締められて、接吻!
し、舌が入って来たぁ。
あぁぁ……だめ、頭がぽぉぉとなる。
はぁ、やっと息が……。
「うっふう、ケントぅ。夜まで我慢できないの?」
声が上ずる。
リーザには手を出さなかったのに、積極的。
どうやら、わたしも……だからといって。
「夜まではお預けよ。今はもっと魔鉱獣を斃したいからね」
† † †
≪ ケント視点 ≫
「……ト、ケントってばぁ!」
おわっ。
「ああ。どうかしたか?」
「どうかしたって、こっちが訊きたいわよ。ぼうっとしちゃって」
「ああ、すまん。この世界に来てからのことを思い出していたんだ」
「ふぅん……フフン。アタシとリーザに出会えて、よかったでしょ?!」
「ああ、俺は運が良いのかも知れない」
「知れないじゃなくて、良かったの。もちろんアタシ達もね。ほら。行こう、ケント!」
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訂正履歴
2022/09/28 誤字訂正
2022/10/05 物語冒頭から続く回想の終わりであることの記述を追加