12話 一攫千金
良い言葉ですねえ。
冒険者ギルドの1階へ降りてロビーへ戻り、右手の方向へ歩くアデルさんに付いていく。ほっそりとした体型の割に腰は大きく肉感的だ。
欲求不満か、俺は。昨夜お預けを喰ったしなあ。
いかんいかんと思いながら、つい目で尻を追っていると、短い廊下の突き当たりまで来て、取引室と書いてある部屋に入った。奥へ行くとカーテンで目隠しされた小部屋がいくつも並んでいる。そこに入ると係員がいた。
「おや、アデルさん? なぜ、ここへ? この方は……黒髪……失礼致しました」
よく分からないけど、納得している
「そういうわけです。ああ、大口買取室は空いていますか」
「はい。では、こちらへ」
どういう意味だ? ああ、俺が大口なのか。
小部屋の並び一番奥は、カーテンではなく扉があって、係員はそこを開けて入って行った。奥の壁に扉が有り、部屋の真ん中には大きな天秤状の装置、多分秤りが設えられていた。少し離れて机と椅子、それに何か分からないが布が被された一角が有った
「では施錠させて戴きます」
「ご心配なく。用心のためです」
ふむ。
係員は扉の前から秤の方へ行き、天秤の片側に60cm角の深いトレイを置いた。
「針が、0を示していることをご確認下さい」
「確認した」
「では……ケント様。そこへ青銀を出して戴けますか」
係員がトレイを、机の上に移動した。
『アイ、どうやって出すのだ?』
『出庫、青銀、全量!と念じて下さい。トレイのすぐ上に右手を翳して戴くと失敗がないかと』
『了解』
言われたやってみると、翳した手の下から、おはじきみたいな粒々が次々出てきて、カチカチの後、勢いを増してザァーーーと結構な音がした。
これが青銀か。
地面に落ちているのを、ちらっとは見たが。
『はい。自動的に回収されていますので』
拾っている暇はないし、探し出せない場合があるからな。
青味掛かった鈍い銀色の粒が夥しく出て、トレイの上に山ができる。
「保管庫をお持ちとは。流石は転移者様ですな」
そんな呟きが聞こえてくるが、無視して手元を見続ける。山が崩れるので、見ていないとこぼしそうだからな。翳した手を何度か持ち上げる必要があるほどに、青銀の山が高くなった。
これで終わりか。出なくなった。
「凄い! こんなに」
美人に言われると、なんか気分が良い言葉だ。
「では、量ります。むん! ざっと19.8kg弱というところですかな」
係官はトレイを持ち上げて呟いた。
ん。感覚の割には結構半端な数を……ああ。そうか。重量の単位を、真面目にkgへ変換した結果か。などと考えている間に、係官はトレイを秤の上に慎重に移動し、天秤の反対側で分銅を動かしていたが、やがてこちらを向いた。
「19.5kgですな」
「仰っていたことは本当だったのですね……」
アデルさんは、感心したように何度か肯いた。
「では、お客様。そちらへお掛け下さい。鑑別致します」
「鑑別?」
「はい。青銀の純度を6ランクに分けます」
ふむ。椅子に座って待つ。
「先に申し上げますが、ちなみに最低ランク、純度30%未満は買い取れませんので、ご承知置き下さい。まあドロップ品であれば、ゴブリンのような魔鉱獣でも、大体は4級品以上なので、問題はないと思いますが」
まあ、純度が買い取り価格に影響するのは、分からなくもないが……。
「ちなみにどうやって純度を分けるんだ?」
比重で見分けるのかな? アルキメデス法は……これだけの数の粒は無理か。
係員が、部屋の一角に歩いていくと、被せてあった布を捲くった。
なんだろう? 高さ1.5m位の木製の箱に、何やら黄銅の管が繋がった物が出て来た。側面の床にはいくつか小さな箱が並んで居る。何かの装置ぽいな。
「こちらの魔導具が、分けてくれます」
魔導具!
魔法を応用した、テクノロジーかよ。
手前の取っ手を引っ張ると、箱の正面が斜めに口を開けた。
それと共にブーンと、魔導具が低く唸り始めた。
係員はトレイが載った台を押すと移動し始めた。下にキャスターが付いているらしい。地球にあった物よりは動きが硬そうで、コロみたいな物のようだが。
魔導具の横まで移動すると、大きめのスコップを手にして、青銀の粒を掬った。そして、魔導具の口へくべた。
ほう!
数秒経つと、魔導具の近くでバラバラッと音がした。床に並んだ箱の方だ。
そちらを魔導具の側面に小さな口が空いており、そこから床に置かれた箱に、青銀の粒が、零れ落ちていく。
どういう理屈かさっぱり分からないが、ああやって選別できるのか。選別精度は、実用しているのだ、それなりなのだろう。それに、速度は大したものだ。
魔法最高だな! それにしても、地球の科学技術を超えていないか?
2回、青銀の粒をくべると、係官が下の箱を見た。
「ふむ。ほとんど1級品ですな」
その後も、どんどん粒をくべていき、10分も経たぬ間に、最後はトレイを持ち上げて、青銀の粒全ての投入を終えた。それから1分もしない内に音が止んだ。
「鑑別が終わりました。1級が18.8kg。2級が0.7kg。3級以降は有りませんでした。申し分のない純度です。全て買い取り可能です。少々お待ち下さい。買い取り価格を計算します」
後に知ったが1級は純度95%以上、以降は90%、80%、60%、30%らしい。
係官は腰掛けると、紙とペンと……あとなんだか棒が組み合わさったものを使って計算を始めた。棒には定規のように、細かく目盛りが刻んであって、短い部分を長い部分に沿って動かして……ああ、あれは形は違うが計算尺だ。
『はい。ご主人様。前の方はご存じありませんでしたが、地球にもあったのですね?』
『ああ、有ったとは聞いている』
『聞いているとは?』
『いや俺は、実際には使ったことがないんだ。俺が生まれる前に、既に廃れていたんだよ。もっと便利な電卓が発明されてな。写真では見たことがある。若干、形は違うようだが。似たような原理だろう。ここには電卓がないだろうし、売っているなら欲しいな』
『ふふふ! そんな物、不要です!』
『えっ、なんでだ!』
『加減乗除に有理数、無理数、複素数、四元数に至るまで、まるっとアイにお任せ下さい』
『おぉぉ……心強いな』
そうか、いろんな数値変換やっているものな。
「終わりました」
おっ!
「それで、如何ほどになりましたか?」
アデルさんが訊いてくれた。
「はい。今日の買取価格は青銀1g当たり5セルク75ペリーですから、1012ヴァズになります」
1012ヴァズ? ヴァズって単位なのか?
「ああ、悪い。この国のお金と言うか、通貨体系がよく分からないのだが」
アデルさんは、はっとした顔になる。
「そ、そうですよね。ヴァーテン王国の基本通貨単位は1ヴァズです。小金貨相当になります。その百分の1が1セルク、そのまた百分の1が1ペリーです」
「なるほど」
とは言ったものの感覚が掴めない。なんとなく1000ヴァズは、大金のような気がするが。
『ご主人様!』
『なんだ?』
『さっき相場表を見たところ』
『そんなの有ったか?』
『ありました。済みません。変換が間に合いませんでした。金1gが0.65ヴァズですね』
そういえば、意味不明な表があったような。
『ご主人様の記憶を遡ると金1gが……』
おい! やめろ!
『……上がり下がりが激しいものの、おおよそ8千円から5千円ぐらいの間ですね。ですから』
俺の記憶を覗かないで貰いたい。
『ああ……大体でいいや。別に日本と貿易するわけじゃないし。じゃあ、ざっくりと1ヴァズは1万円相当だな』
『そう言うことになります』
ふむふむ。
ん? 待てよ! じゃあ、1000ヴァズって1千万円相当じゃないか!
うわっ! とんでもなく稼いでいた。俺が持った最高金額だ! 日本円じゃないけど。
支部の買い取り量の半日分というのも頷ける。まあ、その所為で死に掛けたけど。
「それで、ケント様。全て現金で受け取られますか?」
「えーと。現金以外の受け取り方法があるのか?」
「冒険者ギルド預金という方法があります」
「ああ、そうだった。ギルマスが言っていたな」
「ギルド紋章に記録されますので、全世界の冒険者ギルドで換金できます」
おお全世界。スケールでかいな。
「ああ、でもケント様は、たくさん入るストレージをお持ちのようなので、現金でもよろしいかと存じます」
「預金は、いつでも預けたり下ろしたりすることができるのか?」
「はい。窓口が開いていれば。ギルドは年中無休、24時間やっておりますが、窓口は日の出から20時までです」
ATMより便利だな。カードも通帳も要らない。
「今日のところは、現金で貰おう」
色々買いたい物が出て来るだろうし、物価が分からん。
「承りました。それで……」
ちょっとした確認があって、係官が部屋の壁を這わせて留められた管の蓋を開けると、曲がった管端に顔を当てた。
何やっているんだ? ああ! あれは導波管! ……じゃなくて伝声管だ。古い船などで使っていたやつ。
どこか少し離れた場所へ、何かを声で命じたのだろう。
しばらくして、奥の扉が開いた。別の係官が出て来て、持って来た籠を置き、代わりに木の箱を回収していった。
「どうぞ、お受け取り下さい」
小金貨950枚、大銀貨300枚、後は銀貨で受け取る。それぞれ価値が10分の1に相当だな。簡単なので覚えた。
小金貨は円盤状のコインだ。色味から言って純金ではなくて18金位か。大きさは1円玉よりは小さく、片面の中央に髭面のおっさんの横顔が浮き彫りになっている。こういう物は、世界が変わっても似たようなデザインになるのか、それとも自己顕示欲の強い爺さんが多いのか……偽造防止用に浮き彫りを鍛造すればそうなるのか。持ってみると、見た目よりは重く感じる。端は厚いが真ん中は結構薄い。
後で聞いたが、10ヴァズ大金貨というのも有るらしい。金貨自体が大店以外では受け取り拒否されることもあり、屋台などでは小金貨でもほぼ使えないらしい。それで銀貨も混ぜて貰った。
そういうものか。とは思ったが、そういえば100ドル以上の紙幣は嫌がられるなんて話も、なんかで読んだ気がする。まあ、偽札のリスクを取るのが嫌な面もあるのだろうが。高額貨幣は、そういうものか。
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訂正履歴
2022/09/21 誤字訂正,少々加筆
2022/09/24 少々加筆,硬貨の枚数