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トウロウ葬(キル・インセクタ)  作者: 来栖らいか
7/15

〔7〕

J公園からの帰り道、すっかり暗くなったので、浩人は彩花を家まで送ってから自宅に向かった。

 大量に捕獲したコオロギを、カマキリに与えるのが楽しみだった。しかし浮き足立っていた理由は他にもある。はっきりとした感情はまだ伴わないが、彩花との関係が変化して嬉しかったのだ。

 家の近くまで来ると、外玄関に明かりが灯っていた。まだ両親が帰宅する時間ではない。外玄関の明かりは夕方五時から明け方まで、対人センサーで灯るようになっている。たまたま両親のどちらかが早く帰ったのか、それとも誰かが玄関にいるのか?

 少し手前で自転車を降り、コンクリートブロック塀の奥を覗うと玄関前に誰かが立っている。その人物は何度かチャイムを押したが誰も出てこなので、諦めたように踵を返した。どこかで見たことがある、四十歳くらいの女性だ。

「あの、何か用ですか?」

 後ろ姿に声を掛けると、驚いた顔で女性が振り返った。

「もしかして、透子さんのお母さんですか?」

 確かに透子の家で見た、エプロン姿の母親だ。彼女は浩人に軽く会釈をして玄関前に戻ってきた。

 不審な面持ちで浩人は、自転車を玄関脇に止める。

「お世話になっています、瀬名透子の母です。何度か伺ったのですが、お留守だったみたいで……遅い時間にすみません」

「えっと、ボクに何かご用ですか? 親は九時過ぎまで帰らないんですけど」

 既に日は落ち、外灯がない場所は相手も顔もよく見えないほど暗い。しかし透子の母親は、日焼けを極度に怖れる女性のように肌を隠した服装だった。細かいボーダー柄の長袖ハイネック、黒いレースの手袋、細身のパンツ、つばの広い帽子。玄関の灯りがなければ、誰だか解らなかっただろう。

 彼女は、なぜ浩人の自宅を訪れたのか? わざわざ、透子に近付くなと言いに来たのだろうか? 

 浩人から見て透子は良家の子女だった。初めて会った時に着ていた制服は、浩人でさえ知っている私立名門女子校の制服だ。大きな輸入住宅に、手入れの行き届いた庭。駐車場にはメルセデス。なおかつ一人娘となれば、家に上げる男友達も選ばれる。

 だが、予想は大きく外れた。

「透子と……良い友達になってください。あの子にとって、あなただけが理解者なんです」

 母親が自ら出向き、友達になってくれと頼むなど常識ではあり得ない。いったい何を考えているのだろう? 気味が悪いと思ったが、蒼白い街灯の下に浮かんだ彼女の表情は真剣で苦しげに見える。

「どういう意味ですか? 別に頼みに来なくたって……」

「透子は難しい病気を抱えているんです。だから家に引き籠もりがちで、虫の飼育に没頭するようになりました。誰かを家に連れてくるなんて、今までなかったんです。出来るだけでいいですから、あの子と一緒にいてあげてください。お願いします!」

 深々と頭を下げられて、浩人は困惑した。

 ビスクドールのような肌や瞳は、病気のためなのだろうか? 

 それにしても、透子の母親の頼みは重すぎた。出会ったばかりの透子が病魔に冒されていると言われても、どう対応したらいいか解らない。

「ボクには特別なこと、何も出来ないですけど透子さんとは友達ですよ。大丈夫ですから」

 複雑な心境を押し隠し、浩人は当たり障りのない返事をした。すると透子の母親は必死の顔つきを緩めたが、変わって何かを警戒するような目を周囲に走らせた。

「ありがとうございます、よろしくお願いします。それから……あの、一つだけ心配なことがあるんですけど」

「心配な事って?」

 病名は解らないが、命に関わるような発作があるのかも知れない。症状に関する注意かと思い、浩人は身構えた。

「あの子を、透子を怒らせるようなことは言わないようにお願いします。あの子はとても……危険なのです」

「危険……」

 どういう意味だ? 怒らせることで危険な症状が出るのだろうか。

 透子の母親が慎重に吐き出した言葉は、浩人を当惑させた。問い直そうとすると、拒むように首を横に振る。理由は言いたくないらしい。

 その時ちらりと、ハイネックの下に巻かれた白い布が見えた。

 包帯?

 視線を感じた母親は、隠すように喉元を抑える。

「透子には、私が来たことを言わないでください。くれぐれも、お願いします」

 彼女は深く頭を下げ、何度も振り返りながら帰って行った。見送る浩人に、先ほどまでの浮かれた気分は無い。

 一転して、暗い幕が降りた気分だった。

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